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最奥に潜む者

 有無を言わさず転移されたウィズウッドがまず目にしたのは、迫り来る赤熱の地面だった。真っ逆様に溶岩の中へ落ちようとしている。


「──【南の逆風(ノトス)】ッ」

 空中で傍らにいたニーナを抱き止め、すかさず真下に手を向けた。

 ふわりと見えざる風圧によって彼等は浮き上がり、難を逃れる。


「怪我はないか」

「は、はい。ありがとうございます……お二人は!?」


 ハッとして周辺を探す彼女は焦燥を見せる。

「此処に飛ばされたのは余とそなただけだ。恐らく分断されたな」

「そんな! 一体どちらに……!」

「無作為に迷宮内を飛ばす罠であるからな、さしもの余であろうと検討もつかぬ。よもや自らの術中にハマるとは思わなんだ」



 浮遊したウィズウッドは高い冷え固まった岩石の上に降り、状況を確認。

 転移先は先程通過した溶岩エリアのようで、渡った石橋も見える。戻される形になったらしい。


「だが、恐らく一番のハズレは此処だ。こちらに飛ばされなかったというのはまだ救いであろう。居場所を探れるか?」

「……ダメです。リゼちゃんとボルタくんの魔力反応が感知できません。力及ばず、すみません」


 賢明に瞑想するも失敗に終わる。魔力探知に秀でた彼女であっても、迷宮の作用が妨害して上手くいかないのだろう。


「私は教師失格です。私がついていながら、こんなことに……」


 うなだれたニーナの肩に魔王は手を置いた。

「案ずるなニルヴァーナ。此処は余の迷宮。見つけ出すのは骨が折れるが合流すればよい」

「ですがもし、二人に万が一のことがあったら……」

「リゼならば魔物に襲われる心配はない。我らが飛ばされたように、ボルタもあやつと一緒に飛ばされていよう」



 と彼女をなだめていたが、胸中では虫の知らせを警告していた。

 このエリアのマグマの活性が外部的な干渉──更に地下からの進入によるものであること。

 警護の間に鎮座していた守護魔物の不自然な怪我が、なにかと相対したことによるものであること。


 統合してこれらを為した存在が未だに迷宮の何処かにいるとするのなら、他の者が自分を差し置いて出会ってはならない。

 此処で拘泥していても現状が変わらない以上、ウィズウッドにできるのは捜索に出ることだった。


「そう、ですね。ではどういたましょう」

「元の道筋を引き返すのが得策であろう。あやつらだけで動いては迷うのは明白。なにかしら目印でもつけておればよいのだが──」


 ──ずん、と。

 腹の奥に響くような鈍い振動が、洞窟全体に浸透する。天井から小石がパラパラと降り落ちる。周辺にいたサラマンドラも慌てて逃げ去っていく。

 地震にしては短く、落雷にしては此処は地上から遠い。自然の現象とは考えにくかった。


「なん、ですか?」

「検討もつかぬ。が、最深部の方で起きているようだ。予定を変えてそちらを見に行くとしよう。この異変にあやつらが関与している可能性も有り得る」


 努めて冷静にウィズウッドは切迫した事態を危惧してニーナを促した。


(よもや、侵入者にでも遭遇してはおるまいな)



 悲鳴と絶叫を重ね、リゼとボルタは暗闇に落ちた。

 数メートルほど下で積み上がったなにかがクッションとなり、二人はそこに埋もれる形で落下する。しかもジャラジャラという不思議な物音を立てた。


「……痛ったぁ。さっきのはもしかして【魔空穴(ジョウント)】?」

「ぶはぁっ……こ、此処どこっスか?」

「わかんない。暗くてなにも見えないっし、ヘルメットどっか行っちゃったみたい」


 キョロキョロとあたりを見渡していると、突然辺りで明かりが点る。無数に設置された燭台に炎が独りでに燃え上がり、その場を照らしていく。

 それも迷宮の仕掛けなのかと戸惑うリゼ達だったが、そんな注意の意識がたちまち吹き飛んだ。


「う、わぁ……!」

「ほぉおぁああああああああ!? こ、こここれはァああああああ!」

 明るくなると同時に、足元が目映い金色に輝いていた為である。

 その正体は見渡す限りの金貨や金塊といった財宝の海であり、そこに自分達は落ちてきたのだ。

 どうやら此処は迷宮の最深部。意図せずしてリゼとボルタは目的の場所まで辿り着いたらしい。

 全てを持ち帰るには余りに膨大で、言うまでもなく現代でも途方もない価値をもたらすだろう。



「うっひょぉおおおおおおお! これぜーんぶお宝ァ!?」

「綺麗……」

「森野も人が悪いっスね~! なにもめぼしい物がないなんて言ってた癖にこんなに貯め込んでるじゃないっスか~! 確かいくらでもくれるって話だったっスよね! これでオイラ達大金持ちっスー!」

「でも、あれ? これ……」


 目の前で広がる黄金郷に狂喜乱舞する獣人を尻目にリゼは金貨を掬い上げる。


「あっそうだ。森野が言ってた秘伝書も此処にあるらしいっスからそれもついでに手に入れておくっスかね。此処がゴールなら待ってればはぐれた二人もこっちにくるっしょ」

「ねぇボルタ……」

 覚えた違和感を伝えようとした矢先に、期せずしてその瞬間が訪れる。



 ──誰だ。オレの縄張りに入ったヤツはよぉ。



 割れ鐘をついたような声は何処からともなく響き渡る。聞こえたというより頭の中に届いたようだった。

 二人の呼気が同時に止まる。身体がこわばり、落雷が落ちたように思考が停滞した。


「リ、リリリゼぇ……!」

「……今の、って、まさか……」


 此処になにかがいる。その結論だけはハッキリと警鐘を鳴らしていた。

 少し離れた財宝の山のひとつが揺れ、うねり、上昇した。

 その中に潜んでいた者が姿を現す。


 緋色の鱗に覆われた巨躯。広げただけで周囲の金貨を吹き飛ばす強靱な蝙蝠翼。太い尾を持ち、魔族と同じ悪魔の角を生やした四足の怪物。

 ワニよりも強靱なあぎとの奥からは、地の底に反響するほどの唸りを吐いた。


 初めて目にする生物であるのだが、すぐにその正体を理解できる造形であった。


 ──だがよく此処にきたな。歓迎、いや大歓迎だ。とびっきりもてなしてやるぜぇ、冒険者ァ。


 かつては実在したとされ神話や伝承で語り継がれる今や伝説の魔物──ドラゴンは、こちらにそんな思念を飛ばして歯牙を剥けた。


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