守護する番獣
先にはドーム状のフィールドが続いている。あたかもそこで存分に暴れられるような地形になっている。
無論そこは他ならぬウィズウッドが設けた舞台であり、反対側にも扉が用意されている。このまま進めば迷うことなく最深部へたどり着けるだろう。
「来たか」
ただし、素直にそこを通れたらの話だが。
「ゴゴルルゥゥゥ」
青白い巨躯が何処からともなく現れ、雷轟にも似た唸りをあげる。
しなやかな胴体に強靱な四本足、豊かな蒼いたてがみを蓄え二対の立派な角を持っている。背には大鷲の翼、尻尾は獣としては不自然な蠍の尾。
そんな特徴を持った獅子の魔物は牙を剥き出しにして立ちはだかった。
その正体はメメコレオウス。遥か昔に他ならぬウィズウッド本人がこのイアールンヴィズ大迷宮に配置した怪物で、迷宮内の魔物の中でも群を抜いた戦闘能力を誇る。
「あれが、番人スか……」
「お、大きいね」
「二人とも、これ以上近付いちゃダメよ。陛下にお任せすれば間違いはないわ」
扉の門前から見守る三人を背に、ウィズウッドは悠々と魔物の元まで歩み寄った。
私服からマントのついた黒の鎧の姿へと換装して対面を果たす。
「あの頃の姿と遜色変わらぬが、おぬしは果たして何代経た守衛だ? 余が分かるか?」
返事は威嚇で一蹴。懸念した通り、この青獅子だけはこれまでの魔物と違って魔族であり魔王である彼を前にしても敵意を向けてくる。
「仕方がない。どれ、娑婆に出れぬ鬱屈が溜まっておるようならば少しばかりじゃれてやろう。さすれば否応なく理解できよう」
「ゴォォアアアアア!」
開戦の合図は、飛びかかって降ろされたメメコレオウスの前脚がきっかけとなる。床が踏み砕かれ、洞窟内で僅かに振動を起こす。
糸に引っ張られるように間合いから脱していた魔王は「レーヴァ」の杖を取り出した。
「【焼ける雷】」
振るう先端から無数の紫電が迸った。地面を舐めるとその軌跡に火の手があがり、焦がしていく。
蒼獅子は彼の魔術を俊敏な動きで掻い潜りながら、今しがた散らばった岩石を弾いて飛ばしてくる。着地して硬直するウィズウッドを狙った。
しかしノーモーションで彼は目と鼻の先で飛礫を停止させる。
それを路傍に捨てている間にも蠍の尾が迫っていたが、すかさず張り巡らされた【魔障壁】が幾度も毒針の突き刺しを阻む。
無言でウィズウッドが杖を構えた途端、蒼獅子は飛び退いた。
「ふむ、よい反応だ。戦闘の勘は微塵も衰えておらぬようだな。それでこそ数ある魔物達の中から選抜した甲斐があったというもの」
あちらも脅威を察知したようで、迂闊な肉薄を止めてこちらと距離をとっていた。
代わりにメメコレオウスは足元に群青のシジルを展開したかと思うと、周囲に人魂のような蒼炎を浮かべる。ぐるりと周囲を包囲するほどの数を誇った。
「【愚者の鬼火】か、なかなかに高度な魔術だぞリゼ。魔物であってもこうして扱えるのだ。おぬしもしかとその目に焼きつけて──」
「前見て前ェ!」
無防備にも敵に背を向けるウィズウッドにハラハラと焦るリゼが叫んだ直後、
頭上を埋め尽くす炎の雨が一挙として魔王に襲いかかった。ひとつひとつは小さな灯火ではあるが、集約することで大爆発を引き起こす。中心地にいる者は消し炭になるだろう。
だが、燃え盛る業火はたちまち渦を巻いて立ち昇り、徐々に収束していく。
霧散したそこには健在のままでいるウィズウッドの姿があった。風を起こして無力化させた。
「大した威力だ。並み入る冒険者であればひとたまりもなかったであろう」
全力の魔術を見舞ったつもりでいたのか、さしものメメコレオウスも動きを止める。
「しかし相手が悪かったな、メメコレオウスよ。余を追いつめたくば先程と同等で属性が異なる魔術をあと三つほど立て続けに放つ用意をせねばならぬぞ。大概の魔導士であればたちまち魔力を枯渇させてしまうがな」
ウィズウッドは歩む。蒼獅子は一瞬尻尾を巻いて逃げ出しそうな気配を見せたが、身体を膨らませてその場に留まった。差し違えても此処の番人としての役割を全うするつもりだ。
「身の危険よりも忠誠を優先したか。その姿勢は天晴れというもの」
今度は白兵戦を主体に戦闘を臨む為、魔王は杖に光刃を宿らせる。【煌刃】の魔術。
それだけに留まらず頭上に掲げた彼は、その出力を更に高めた。
魔術の刃は身の丈を優に越え、二メートルほどの刀身に伸ばしていく。
【煌刃伸化】
「敬意を評し、こちらも存分に応えよう」
巨大な光剣を携え、今度はウィズウッドが肉薄。枝でも振るうように軽々と振り下ろす。
横に飛び退き難を逃れたメメコレオウスに、一振り二振りと追撃を仕掛ける。
防ぐべくして蒼獅子の硬質な蠍尾が接触するも容易く弾いた。
怯んだ隙を見逃さず、ウィズウッドは自らの何倍も体格の大きい魔物を薙ぎ倒す。獣の悲鳴が響き渡った。
「沈まれ」
そう片手をかざし、見えない重力に縛られたように、起きあがろうとしたメメコレオウスの全身が這い蹲る。爪で何度も地面を引っ掻いて抵抗するも微動だにできない。
光刃を解き、そのままウィズウッドが近寄るにつれ魔物は一層もがいて無力な威嚇の声を吐き出している。
構わず彼が背中に手を押し当て、少しの間が生まれた。
すると、メメコレオウスの唸りが引き、落ち着き始めた。
拘束が解かれたのか力を抜いて寝座ったままでいる。
「そうだ、余はおぬしの敵ではない。長らくの留守をよくぞ預かってくれた」
それどころか背を叩かれていいく内にゴロゴロと喉を鳴らし始めた。獅子の魔物が猫同然になった。
「……終わりましたか、陛下」
「うむ、皆もこちらに参れ」
「どうやって手懐けたの?」
「元々こやつが扱う魔力は他ならぬ余が分け与えたものだ。悠久の年月の中、祖先から脈々と引き継がれておったのだろう。一度同調すれば主君か否か判別できよう」
危険はないと伝え、三人はこちらにやってくる。
恐る恐るリゼとボルタはメメコレオウスの様子を窺う。魔物は歯牙を向けてこなかった。
「……はえー、こんな凶暴そうな魔物が本当に大人しくなってるっス」
「当然だ。主君に対して強固なる忠誠を持つからこそ、こやつを選んだ。それ故に酷な仕打ちを強いてしまった」
「さっきの戦闘のことっスか?」
「手心は十二分に加えてはいるがそういう話ではない。何故此処にいて誰が為に役目を全うするのか、その理由すら見失ったままこの地下を守り続けていたのだ」
それも途方もない年月の間ずっと。
「属する者に意義を持たせることも上に立つ者の役目。労い、思ん量り、理解を示していかねばその資格はないと余は考える」
「……属する者」
「そうだ。誰に付き従うのであれ、その仕える意義を探せ。さもなくばこの魔物のように、忠誠の意味を失くして彷徨うことになるぞ」
「オイラは、別に誰の下っ端にもなる気は……」
「以前おぬしが申した一匹狼の話だが、あやつらにも群れの中では優劣や階級がつきまとう。それとも草食動物のような群れの在り方を望むか? あちらは身代わりや置き去りは茶飯事だぞ。加えて草を食む場所も考えなくてはな。足並みを揃えて荒れ地に移住してしまっては元も子もない」
ボルタは黙りこくる。ウィズウッドの言葉に核心を穿たれたからだ。
「さてメメコレオウスよ、しかと聞け。戦争はとうに終わった。おぬしの此処を守護する役割はこれにて終わりである。地上の野に放つのは難しいが、どうかこの広大な迷宮の中で健やかに……む?」
魔王が命じるように語る最中、守護魔物の状態に気付く。
翼の付け根やその背には牙や爪のような鋭利な何かで抉られた傷跡が残っていること。それは先程の戦闘にしてはうっすらとしており、時間が経って治りかけの状態であることを示唆していた。
怪我の具合からして自然にできたものとは考えにくく、縄張り争いにしろ迷宮の主ともいえるメメコレオウスと同等に相対でき手傷を負わせることができる魔物なんて配置した記憶がない。
この時代、迷宮を攻略するような冒険者も現れない筈なのに、一体何者が彼に手傷を負わせたのだろうか。
「ああーっ!?」
和やかな空気を破ったのは、コボルト種の獣人による叫び声である。
騒ぎ始めたきっかけは壁の隅に置かれた物を発見ボルタは真っ先に食いついた。
それは赤を貴重にした金飾の箱だった。ボルタが一目散に駆け寄り、三人も後に続く。
「うおおおおお皆見て見て! 宝箱っス! お宝ァ!」
「へぇ、これまた絵に描いたような見た目で」
「あのぅ陛下、こちらにはどういった物を収納なさっておいでで?」
「はて……なんであったか。いや、これは……」
長らく迷宮を放置していて細部のことがあやふやなウィズウッドは記憶を掘り返す。
痺れを切らしたボルタは手を伸ばした。
「とりあえず開けてみるっス。おっ、鍵も掛かってないっスねー」
「待て。確か仕掛けが──」
思い出しつつある魔王の制止が遅く、箱の蓋は開かれる。
中身そのものはもぬけの空で、最初からなにも入れてはいない。しかしとある魔術の罠が仕組まれていた。
「どわぁ!?」
「キャッ!?」
「陛下っ」
「不覚……!」
四人の足元にポッカリと黒い歪みが現れる。【魔空穴】が発動した。
次元の落とし穴にウィズウッド達は引き込まれた。




