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晩酌エルフ

「では我々は此処でおいとまさせていただこう」

「あらぁ、お夕飯ご馳走しようと思っていたのに残念ねぇ」

「そこまで厄介になる訳にもいくまい。諸々の親睦はまた日をあらためて」

「おじゃましましたフェリスさん」


 およばれの流れになりそうになったところで退散した。ニコニコ顔の母親とは裏腹に、ボルタはこれから待ち受けるであろう苦難と災難を悟ってかどんよりとした面持ちで見送っている。


「ほんっとに厄日っス……」

「ま、また明日ねボルタ」

「……うーっス」

 そんな別れ際、名残惜しそうなボルタの母フェリスにウィズウッドは最後に質問する。



「時にフェリス殿、ボルタに伝授する戦狼武術はどれほど見込めるのだろうか」

「うーん……月昂(げっこう)斬刻(ざんこく)堅繰(かたくり)崩突(ほうづき)。基本の型は教えられるけれど、何世代も跨ぐ度に受け継がれていた技の種目もそれなりに薄れているみたいで、断片的な部分でしかないのかもしれないねぇ」

「ふむ、余の知る動きも含めたとして少々心許ないかもしれぬ。こちらもなにか修得の手助けになる手かがりを……む、とすれば」


 そう零したところで、ウィズウッドの脳裏に一筋の閃きがよぎった。



 場所は変わって教師の清水ニーナのマンション。定期的に出入りを繰り返してはいたが魔王の寝食に援助するべくリゼの家に泊まり掛けていた彼女であったが、久しぶりに我が家で腰を据えた。


 絶命危惧人種のエルフであるニーナは立場上、住まいを監査されて指導を受けるので生活の形跡をある程度残す必要があった。

 リゼの家にはまだ帰ってきていなかった二人の夕飯を作り置き、一晩をこちらで過ごすと書き置きしておいた。


 これで、心おきなく羽を伸ばせる。


「ぷはーっ! びーるおーいしー!」

 着崩したブラウスとタイトスカートのまま猫撫で声の喝采をあげる。

 人前ではけして見せることのない弛緩した笑顔で少し早い晩酌を堪能していた。

 無数の缶ビールに柿ピーやさきいかといった乾き物。此処最近はそれらをリゼとウィズウッドの前で買うことを控えていたのである。


「んん~ニーナ柿ピーもだーい好きー♡」


 一粒一粒を口に運んでうっとりと彼女は相好を崩した。

 ウィズウッドの帰還以来、それを控えていたのはリゼの家でやるのは失礼だというのは勿論、教育によろしくないとか若返りとはいえ名目上は未成年の陛下が飲酒をしたがらないようにとかそういった建前もあるのだが、根本的に言えば、



「こ~んな姿、リゼちゃんはともかく陛下にはお見せできないものね~。ウフフ~」


 と、年甲斐もなく──千年以上生きている──彼女は笑う。

 何気なく点けたテレビからは恒例のミステリー番組が放映されており、それをBGMに流していた。


『今夜の舞台は太古にエルフ達が建設したとされる都市イスエルヴァル。未だに湖の底で眠るそこは一夜にして水没したとされ、何故……』

 ふと眺める映像には、彼女の髪と同じく青々とした水面と廃墟の景色が映し出される。



「ふぅん、そんな場所もあったわねぇ、私陛下に会う前のこと殆ど覚えていないし。懐かしい感じもするけれど、実は忘れているだけで行ったことあったりするのかしら」

「いつぞやもそのようなことを申しておったな」

「ええ、でもとっくの昔の話ですから~」

「時に、これらはそなたが耽溺するほど美味なる物なのか?」

「そうなんです~、ああでもダメですよ陛下、柿の種はともかくお酒はもう暫く──」


 独白であった筈の呟きが、知らぬ間にやりとりになった。


 ニーナのふやけた面持ちが瞬間的に凍結したように固まる。

 しげしげと興味深そうに乾物類を眺める魔王が部屋の中に現れていた。

魔空穴(ジョウント)】という空間移動の魔術により、ウィズウッドは扉を介さず入ってきたのだろう。

 彼が一粒口に入れていく様子を尻目に、アルコールでポカポカしていた彼女の頬がたちまちサーッと青ざめていく。



「なるほど、悪くない珍味だ」

「……陛下、私のご自宅へ、わざわざお越しになられて、なにか入り用で……?」

「うむ、少々確認をとりたいことがあってな。余の退陣後のヴォルフデッドについてだが……連絡もなしに尚早(しょうそう)であったか?」

「……いえ、支障は、ございません」


 消え入りそうな声でニーナはそのまま魔王といくつかの質疑応答を交わした。そして近日中の計画を相談していく流れとなる。


「ではその手筈で赴くとしよう。出立の支度は任せたぞニルヴァーナ」

「謹んで、お引き受けを」

「夜分に邪魔をした。存分に満喫するがよい」

「……はい」


 ウィズウッドが立ち去ってから間もなく、その部屋からは乙女らしからぬ悶絶の呻きが長らく続いていたという。



「再び舞い戻ったぞ、我が居城」

「おめでとうございます、なんと喜ばしいことでしょう!」

「うむ」

「……昼間からこんな廃墟で盛り上がる人初めて見た」


 パチパチとエルフの拍手喝采は閑散としている朽ちた城門前で響き渡る。リゼの突っ込みはもはや野暮というもの。



 集合場所となったのはかつて魔王ウィズウッド・リベリオンが根城としていたグリーンウッド城。今やユグガルド有数の観光地と化し、拠点の役割を全く果たせずにいる。

 そこにはウィズウッドとニーナ、リゼに加えボルタも混ざっていた。

 田中リゼとしてはわざわざ個人的な用もないのに半分強制的に連れてこられて「なんであたしまで……」と不満を露にしていた。


「陛下、こちらヘルメットになります」

「無用の長物だ。他の者に回せ」

「左様ですか。じゃあリゼちゃん、ボルタくん」

「それより先生、どうしてそんな服着ているの?」

「探検するなら形から入らないと。ほら『古代いせき冒険』でもリポーターがこんな格好していたでしょ?」

「……あー、そう?」


 リゼが出発当初から気になっていたのは彼女がサファリジャケット姿であった為だ。気合い十分と受け取るべきか、ただコスプレしたいのか判断に悩むところである。


「で、何処にオイラのご先祖の秘伝書とやらがあるんスか?」

「この城の地下深くにある迷宮の最深部にヴォルフデッドは自らの奥義の全てを記した書物を書き遺したようだ。力を求める強者に伝えるべくあえてそのような場所にな。しかしおぬしも随分と積極的に快諾したものだ」

「だってこの城の地下に迷宮があるんしょ? 他にもお宝あるかもしれないじゃないっスか!」

「さて、そのような物を貯蔵した記憶がないのだが。現代では文化的な価値があるやもしれぬ故、好きに持ち出すがよい」



 そうして四人は入城。閑散とした大広間の床はところどころひび割れ、簡素な石造りの空間が出迎える。


「やはりなにも残っておらぬか。今更返せとぬかすつもりはないが、物寂しい光景だ」

「此処にあった絵画や彫刻のいくつかは美術館に寄贈なされておりますから、よろしければまたの機会に」


 そこから玉座や礼拝堂にも目もくれず倉庫であった部屋へと移動する。そこで保存していたはずの貯蓄物はさることながら矢や武器甲冑も回収され、室内はもぬけの殻となっていた。



「此処だ」


 奥の壁をウィズウッドは示唆し、床に手を当てる。堆積した埃が舞い上がり、微かに揺れが発生した。

 床の一端が浮かぶにつれ、人が悠々と潜り込めるほどのトンネルが現れる。


 その先には螺旋階段があり、地下へと続いていた。


「このまま降りて行けばイアールンヴィズ大迷宮の入り口だ」

「うおおおおお隠し階段ってやつっスね!?」

「此処からは灯りが要る。ニーナよ」

「ハイ」

「……ランプと思いきや情趣がない」

「昨今ではこちらの方が便利でして」


 懐中電灯を差し出されたウィズウッドは複雑な顔になる。残りの三人はヘルメットのライトを点けた。


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