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幼女、成長する


 青い髪と陶器のような白い肌、なにより目を惹いたのは笹穂耳。エルフと呼ばれる希少な人種に見られる特徴である。

「ご帰還お喜び申し上げます。あの頃よりもとても若々しい御姿ですが、やはりこの魔力……間違いない。ああ、またお会いできる日が来るなんて、本当にお懐かしゅうございます……!」

 恭しく魔王の手を取り頭を垂れた。

 感極まったのか、目尻に涙まで浮かべている。


「ニーナ、先生?」

 傍らでリゼは戸惑ったようにその乱入者の名前を呼んだ。

「変わらぬ忠誠を此処に……何卒、またお傍に……」

 ウィズウッドは間を置いて口を開く。



「おぬしは誰だ」

「……へ?」素っ頓狂な声を出したのは、突如として声を掛けた女性の方であった。

「これほどの麗人、顔を合わせたことがあれば忘れもしない。だが、心当たりがまるでない」

「……ひ、ひどいですぅううううう! 陛下のことは一目で分かりましたのにぃいいい!」

「ぬ……! オ、オイ」

「うぇえええええん陛下の薄情者ぉおおおおおお!」



 その場で彼女は年甲斐もなくわっと泣き出した。

 さしもの魔王も狼狽え、リゼは責めるように白い目で見る。

「うわぁ、泣かせた」

「……仕方なかろう。この者を知っておるのか」

「ウチの学校で教師をやってるエルフの清水ニーナ先生。担当科目は歴史。生徒間でも人気があって他校でも有名。色んなところでも引っ張りダコ」

 指摘に嗚咽を漏らす美女エルフと魔族の女子生徒を交互に見やる。


 日の光を反射する湖面のような長い髪に、一人の心当たりのあった人物の面影を重ねた。


「ニーナ……まさか、ニルヴァーナ、なのか」

「気付くのおぞいでずよぉおおおお! でも美人とほめでくれだぁああうれじいぃいいいいいいい!」



 鼻を詰まらせながらだみ声で魔王にすがりつくニーナ。叶わぬと思っていた再会を果たす。

「なんと、これほど立派になっていようとは。見違えたな、よい女になっておる」

「ふえぇぇ陛下ぁ……」

「しかしまだお転婆が抜けきっておらぬな、全く」

 子供の時のように摺り寄せる彼女に優しい苦言を魔王は零した。

 二人の関係も経緯も全く知らないリゼは、蚊帳の外に追いやられて居心地が悪そうに頬を掻く。



「……よくぞご無事で。あの傷ではもう助からないとばかり」

「ユグドラシルに生かされた。根の下で癒された末に、今しがた目覚めたのだ」

「そうですか。世界樹が陛下を……」

「その様子からして、長らく眠ってしまったようだな」

「ほんとですよ、どれだけ待ちわびたか」

「苦労を掛けた」

「ですが陛下は戻ってくださいました。それだけで私はもう満足しております。今一度陛下にお仕えするご許可を」

「うむ、大いに許す。そなたには色々教わりたいことがあるのでな。頼りにしているぞ」

 笑いながら赤く腫れた目元をこする彼女。ようやく落ち着きを取り戻し、喜びを噛みしめ始める。



「ひとまず此処から離れましょう。この城はもう拠点の役割を果たしておりませんので」

 彼女の誘導により、森の方へと一同は足を運んだ。

 ニーナの【魔空穴(ジョウント)】により黒い歪みが起こり、別の場所への通り道を作り出す。

「ほほう。杖ありきとはいえ【魔空穴】を扱えるようになったとは。伊達に成長してはいないな」

「恐れ入ります」

「なにコレ、ブラックホール!?」

 戸惑うリゼを促し、そこをくぐると街中にある建物の屋上に出た。



「ええ! 先生のマンションにワープした!? こんな高度な魔法があったの!?」

「これは魔法じゃなくて魔術よ。皆には内緒ね」



 人の目に付かぬうちに下に降り、そして高階層にある一つの玄関口へとすみやかに足を運ぶ。

「お城に比べると手狭ではありますが、どうぞこちらに」

「構わぬ。邪魔しよう」

「今日は練習から帰って早々、色んなことが起こり過ぎて頭がいっぱい……」

「リゼちゃんもあがってね。お礼もしなくちゃ」



 手狭とは言ったものの、値の張ったタワーマンションの一室は独り暮らしでは少々持て余す間取りである。

 そこに招かれた魔王とリゼはリビングのソファに座る。内装を興味深く見渡す彼に彼女は苦言を呈した。白いお洒落な壁に小物。魔王としては物珍しい光景だ。

「あんまり女性の部屋をじろじろ眺めたらダメでしょ」

「何故いかぬのだ。余の配下がどのような生活を送っていたのか観察するだけだ」

「本当にデリカシーのない……」

「いいのリゼちゃん。陛下は特別だから」



 言ってお茶を用意したニーナに、リゼは恐縮した様子で頭を下げた。

 部屋の中で窓越しに大樹と並ぶ街を眺め、ウィズウッドは口を開いた。

「しかし城もさることながら、この地は大分変わり果てているな」

「人間の国家が成り立ち、リアヘイムという名前になりました。此処はその首都エスダーン。人だけでなく魔族の方々、それに獣人といった亜人も共存して暮らしております」

「ふむ、知らぬ間に大分情勢が動いている。具体的に如何ほどの月日が経ったのだ?」

「陛下。恐れながらお答えしますと、貴方様が地上を去られてから既に千年が経っています」

「千年……なんということだ」眩暈を覚えたようにウィズウッドの重心が傾く。

 あらためて彼は城の劣化具合や先程まで目を通してきた景色を反芻させる。



「それほど時代が変わったとなれば、ヴォルフデッド、ゲミトゥス……他の皆にも先立たれてしまったのだな」

「ええ。彼等も陛下の訃報をいたく嘆かれていました。ですが、貴方様が遺されたお言葉に従いその後も抵抗による犠牲者はなく、無事戦争を終えられましたよ。それからも色々ありましたが、現在は当時よりも大分平穏な時代が続いております」

「そうか。……待て、では何故そなたは今も若々しい?」

「はい。実は陛下に人の子として拾われて自覚のなかったことですが、私はエルフの生まれであったことを暫くして知りました」



 言って、長い横髪を掻き分けて長い笹穂の耳を見せる。

 鋭い彼の双眸がほんの少し吊り上がる。

「エルフ……森林の奥深くに潜むとされるかの長命種族だったとは。余は盲いていたのか」

「間違えるのは無理もありません。幼少の頃は耳も伸びていなかったのですから」

「……先生ちょっと待って」


 お茶を啜っていたリゼがそこでようやく口を挟む。


「なんか戦争とか千年経ったとか色々不穏な単語が聞こえるけど、コイツって単なるコスプレじゃないの? もう家に引き入れたことだし、演技をやめさせない?」

「……リゼちゃん、此処まで付き添ってくれたのが貴女でよかった。いい? この御方は正真正銘本物の魔王ウィズウッド・リベリオン様よ」

「またまた御冗談を」

「大昔にあのユグドラシルで眠りについた陛下が現代でお目覚めになられたの。ありがとう、路頭に迷われていたところを助けてくれて」

「……ええ、嘘でしょ?」

 にわかに信じがたい様子で彼を見る。ウィズウッドは「今更であろう」と鼻を鳴らした。



「そう、つまり貴女のご先祖様。これもまた運命の巡り合わせなのかも」

「なに? どういうことだニルヴァーナ」

「こちらのリゼちゃん……田中リゼは、陛下に近しい血縁の末裔にあたられます。内密に調べた事実でありますので、世間ではまだ与り知らぬ話ではありますが間違いありません」

「余の、後裔(こうえい)だと……?」

「はい。以前陛下もおっしゃられていたではありませんか、袂を分かった親族がいらしたこと。そちらの血統に連なるのが彼女ですよ」

「あ、あたしと同じ年頃なのに(ひい)の字が何個も付くほどのお爺ちゃんってこと……? 魔王というだけでなく、ちょっと突然過ぎて……」



 互いに顔を見合わせる。似通う点は幾つもある。魔族としての肌、角と瞳も一緒だ。

 だが髪の色がリゼは黒くウィズウッドが灰色に近い白と明確に分けられていた。

「いまいち実感が」

「湧かぬな」

 そして難色を示した。お互いなんとも言えない気分になっている。



 そこでエルフの咳払いがその場を仕切り直した。

「ひとまずこれからのことについてお話ししましょう。陛下は今後、如何なさいますか? 再び魔王としてのご活動を?」

「えっ、また世界征服とか再開するの!?」

「またとはなんだ。ただ暴虐の限りを尽くす独裁者とでも思ったか」

 腰を浮かすリゼにウィズウッドはむっつりとした面持ちで苦言を呈した。



「確かに、人間どもへの牽制に戦争などを起こしたのは事実。おぬしは余を侵略側に見立てているようだが、内情はその逆だ。彼奴等(きやつら)は好戦的で隙あらば領土をどんどん拡大しておったわ。故に魔王として利権を奪われぬよう行動したに過ぎん」

「そう。この御方は魔族の方々を守る為に代表として立派に闘った。そうして陛下の御身と引き換えに停戦を申し出たからリゼちゃん達もようやく同じ人種として認められたの」

「そ、そっか。歴史を学んでいると、昔は戦争が絶えなくて殺伐としていたらしいもんね」


 魔王は彼女の納得した様子に頷く。

 女子高生の彼に対する遠慮のない態度や失礼な言動にはなにも口を出さない。懐の大きい彼はそのようなことでは逐一腹も立てないのだ。



「地に足もつかぬ状態でことを荒立てる気はない。今の世がどうなっているか、その現状把握を優先する。この未来で余が落ち延びた意味、見出してから判断したい。何処か文献のある場所を存じているか?」

「それなら図書館をご利用するのがよろしいかと。もう日も落ちますから明日にでもご案内いたしますよ」

「うむ、それまでは此処で厄介になってもよいのだな」

「もちろ……あ」



 快諾しようと言い掛けたニーナだったが、口元に手を当てた。

「大変申し訳ございません。実はこの部屋に陛下を置いておくのは、不味いかもしれないです……そうだ、リゼちゃん!」

「え? 先生?」

「陛下を住み込ませてあげられない!? 貴女の家、殆ど独り暮らしでしょう?」

「ハァアアアアアア!?」

「ちょっとの間! ちゃんと別の所に住居を用意するから!」



 腰を浮かせて絶叫するリゼに、エルフは両手を合わせて頼み込む。

 魔王もパチクリしながら問う。

「はて、此処ではなにか不都合があるというのか」

「そ、そうなんです。エルフという種族の保護の為、私は政府に管理されている身でして……定期的に生活監査の人が立ち入りにいらっしゃいます。陛下の暮らす痕跡が見られると、戸籍のない貴方様に疑いの目が……」



 左右の人差し指をツンツンさせながら弁明する。

「ふぅむ、面倒なことになるのだな」

 しなやかな理解を示したウィズウッドは、子孫の女学生に意識を向ける。



「ではリゼ、そちらに厄介になろうと思うが」

「む、無理無理! 今日会ったばかりのよく知らない男子と暮らすなんて! そもそもひとつ屋根の下に年頃の男女を同棲させるとか教師の風上にもおけない所業だよ!?」

「そこは心配しないで。陛下はこう見えて百以上のお歳を召しているから」

「そういう問題!?」

 ブンブンと左右に首を振る彼女。至極真っ当な拒否反応である。



「お願いリゼちゃん……慣れて貰う間は一緒に泊まりに行くから」

「うぅ……確かにあたし、先生に小さい頃からお世話になっているけど……」

「この人は私の大切な人なの。それに貴女のご先祖様でもあって、無関係ではないわ。ズルい言い方でごめんなさい」

「うー……」

「先生を助けると思って!」

 躊躇を見せていたリゼだったが、折れるのも時間の問題。

 あまりに無茶ぶりな話であっても、彼女は頼み込まれると断りきれない難儀な性を持っているからだ。



「……分かった。だけど少しでも問題を起こしたらすぐに叩き出すからね!」

「リゼちゃん!」

「肝に銘じよう」



 話は決まり、魔王ウィズウッドは田中リゼの家へと赴くこととなった。



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