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昼休みの裏側で



 終着地点は校舎の外れにある体育用具を納めた倉庫前だった。勿論昼休みに立ち入ることなんてほとんどない。ウィズウッドは忍び寄り、現場を窺う。



「みんなお待たせっスー、遅れてすんません。もう始まっちゃったスか?」

「おうボルタ。今スタートするとこだ」


 獣人が合流した先でたむろっていたのは数名の男子生徒。一様に地面にしゃがみ込んで携帯魔鏡(ミラーズホン)で投射された映像を眺めている。

 その音声がこちらにまで届いた。


『第三十八回ケンタウロスダービー、ただいまゲートが開きました。先行に並ぶ二人はパドックにて見事なサイドチェストを決めた葦毛(あしげ)のシルバーブレット、特技はパントマイムのチョコラテイングレス、三番手はパティシエが趣味のスレイプニルターボ、四番手ラブピュアパピヨン、自他と共に認めるオカマです』



 競人馬の中継を流し、その手には紙切れを握り締めて彼等は食い入るように見つめていた。


「いいぞ、そのまま追い抜けシルブレ。お前に賭けたんだぞ」

「選んだのは無難に単勝っスね」

「俺はスレイプニルと続けばどっちでもいい。チョコラテ下がれチョコラテ下がれ……」

「お前枠連かよ」

「とりあえずオッズ高めのスーパーマサラにも単勝賭けたんだが出遅れてんな」

「転倒王は大穴過ぎるだろ」

「うーむなにを言っておるのか皆目検討もつかぬ」


 魔王はやりとりに首を傾げ、様子を見ていた。

 だが、賭け事をしているという推察はできた。ニーナに学生の身ではやってはいけませんよと口酸っぱく言われているからだ。


『あーっと! 此処で後続のスーパーマサラウマ転倒! これでレース中のリタイア通算十五回目になりました!』

「クソァ! こっちの大穴狙いじゃ期待を裏切らねぇ!」

 やがて、実況と観客の音声に熱が入り始める。



『四コーナー手前、ここで先頭に追い上げたのがラブピュアパピヨン、ラプピュアパピヨンです! 大歓声の中首位独走! ラブピュアパピヨン! ラブピュアパぴゅ──呼びにくいコイツ! オカマが今ゴール! ゴォォルっ! 勝利の投げキッスを観客席に振りまいています! 二着はチョコラテイングレス、三着は……』

「ああぁぁぁl!」

「あんのオカマ野郎ぉ!」


 彼等は悪態を吐き、外れた馬券を空に放る。


「残念だったっスねぇ、気を取り直してハイ」

「……あれ? 俺のカレーパンは?」

「ちょっと色々あって買いそびれちゃったんスよ。変な奴に絡まれたせいで……」

「変な奴?」

「森野ウィドっていう魔族っス」

「それってアイツか。この前転校してきたっていう」

「星村と試合で圧勝したって噂もあるが、最近調子に乗ってるみたいだな」

「なに言われたんだ?」

「いやー、なんか魔戦興行(ウォーゲーム)のチームに加われとか勧誘してきたんスよー。まぁ断って逃げてきたので」


 言いながら購入したパンを手渡していく。

 それから言い辛そうにボルタは切り出した。


「それよりあのぅ、代金の方なンすけど……」

「ああ、そのことなんだが」


 受け取りながら男子生徒は心底すまなそうな表情で、


「今朝当日券の代金ですっちまった。昼飯代残すの忘れてたんだ。次回の競人馬で取り戻すからよ。まとめて返すわ」

「大丈夫っス、余裕ができた時で構わないっスよ」

「いつも悪いなボルタ」

「なんのなんの、友達っスから」


 ボルタはにこやかにツケ払いを了承した。その慣れた様子からしていつものことらしい。

 ウィズウッドはやはりと息を吐く。それからその場に赴いた。



「ところでなんだそのフィッシュフライポテトパンって」

「とりあえず新発売だったんでカレーパンの代わりっス」

「ふーん、じゃあそれで……なんだお前」


 ボルタの背後からウィズウッドはパンを取り上げ包みを開ける。

 それから制止するより早く口に運んだ。


「あぁっ! それは!」

「うむ……なるほど。揚げた衣の歯触りが絶妙にちょうどよく、白身魚と芋のフライに白きソースの味わい……」

「いきなり現れてなに食ってんスか!?」

 食レポする魔王はツッコミを受けながらも至極真面目な表情で言った。


「いまいちだ」

「しかもダメ出ししやがったっス!」

「てめっ俺のパンを……!」

「まだおぬしの所有物ではなかろう? 駄賃を払っておらぬのだからな」


 そして、とウィズウッドはボルタに視線を移す。

「これは献上品として余が賜った物だ。他ならぬ部下となるこやつから受け取った。異議はあるか?」

「大ありだ!」

「馬鹿かてめぇ! 誰がダチを引き渡すかよ!」


 獣人を巡って男子生徒と対立する。

 彼等からすれば突然ポッと出てきた輩が購買のパンをぶんだくって強引にボルタを自らの陣営に引き込もうと言うのだ。たまったものではない。


 しかしウィズウッドとしても到底容認できない状況であった。欺瞞もいいところであると内心吐き捨てたかった。


「ではおぬしらに問おう。『友』とはなんだ」

「は?」

「苦楽を共にする者か? 心を許し通わせる相手か? それとも孤独を埋め合わせる存在であろうか? どの定義にせよ現代の世に生きる学徒の身ではさぞや得難きものであろう」


 演説するように彼は語り出す。


「だが今そこのおぬしが口にした『友』とは随分乖離しているようではないか」

「なにが言いてぇんだよ、あぁ?」

「知れたことよ。部下として酷使するのなら余が引き受けよう。おぬしらに仕えさせるのは真珠を豚に投げ与えるようなものだ。ましてや、無償の奉仕とはなんと浅ましいことか。上に立つ者としての振る舞いがまるでなっておらぬ」



 彼らの関係は友情というものより主従でしかないと。都合のいいように使っているに過ぎないと。



 そんな言い分に当然反発が起こった。

「突然しゃしゃり出てきてごちゃごちゃとよォ!」

「俺達の仲に口出すんじゃねーよ」

「とっとと失せろやレッサーが!」


 ありったけの敵意にさらされて尚、ウィズウッドの意志と面持ちは不動。淡々と話を切り出す。


「立ち去っても構わぬが、よいのか? このまま追い返して」

 手にした馬券を目の前に掲げる。足下にあったそれを風を操ることで密かに一枚手に入れていた。

 パチンコや競人馬などの遊技場へ立ち入ることは言うまでもなく校則で禁じられており、ましてや馬券を購入することなど論外だ。


「なっ、いつのまに!?」

「教員どもにこれが見つかれば、立場が悪くなるのではないか?」

「チクる気かてめぇ……!」

「……俺らが犯人だと根拠にならねぇだろ? 魔族のおめぇの言葉を信用すんのかよ」

「リスクは承知の上。たとえ騒ぎがひとたび起これば今後やりにくくなるであろう? 前例を作るというのはそういうことだ。まぁ、事と次第によっては黙秘するのもやぶさかではないがな」

 粛々とした脅迫に動揺を見せる男子生徒達と、事態を呑み込めずに呆然とするボルタ。

 そして交換条件をほのめかせることで否応でも彼らは耳を傾けざるを得なかった。


 力づくで奪おうという意志も見えたがすかさずウィズウッドはもう片方の手で杖『レーヴァ』を揺らして牽制。噂が出回っているのか、彼らは近づけずにいた。



「……なにをしろってんだよ」

「暫しの間こやつを借りる。余のチームにて練習に加わらせる許諾をせよ。相性を確かめたい。それまで使い走りといったこちらの活動に差し障る真似もさせるな。さすればこやつを介してこれは返却させよう」

 顔を向き合わせひそひそとやりとりをした。

 やがて彼らの中の一人が獣人に向き直り、



「ボルタ、少しだけ奴の望み通りに付き合ってやってくれないか」

「っス!?」

「すまん。少しの間だけあの野郎の言うとおりにしてくれ。一、二週間くらい我慢していればいいからよ……おい! 文句はねぇだろ」


 両腕を組んだ魔王はおもむろに頷いて了承。それだけの猶予があれば彼にとっては十分だと判断した。



「で、でもオイラは……」

「頼む、ボルタ」

「……分かったっス」

「交渉成立だな。ではヴォ(・・)ルタよ、場所を変えるぞ。あらためて話がある」


 渋々とコボルト種の生徒は背を翻したウィズウッドに付き従い、その場を後にした。




「いったいなんなんスかアンタは。いい迷惑っスよ!」

 屋上に移動したところでボルタは開口一番に糾弾する。


「あのような連中とつるむことを邪魔立てされるのがそれほどに口惜しいか。おぬしはおのれが体よく遣われておる自覚はないのか」

「オイラが誰といてどうしていようと勝手じゃないっスか。あれこれ言われる筋合いあるんスか? もうチームに加入する意志はゼロなんスからとっとと馬券返してくださいっスよ!」


 やはりご立腹の様子でウィズウッドに言った。


「それに知ってるっスか? 一匹狼って言葉。孤高でかっこよく聞こえるっスけど、本来群れで生きる狼としては致命的なんス。オイラ達も同じで関係がないとやっていけない性を持っているんスよ」

 たとえそれが多少不条理なことであっても、強引に納得させてコミュニティーに属する。

 その結果使い走りをまんまと引き受け、こうしてウィズウッドの取引に応じざるを得なくなった。



「だから納得しているのに、掘り返さないで欲しいっス」

「だが、あやつらは平然とおぬしを切り捨てるぞ? 先ほど保身を優先したように。それでも付き従うのか」

「そうさせたのはアンタじゃないっスか」

「如何にも。だが、今後は似た事態が起きぬとは保証できまい。より酷な局面で置き去りにされた時、おぬしは恨まずに受け入れるのか?」



 指摘に息を詰まらせる。ボルタ自身にも思うところはあったらしい。

「この学び舎にて数年あやつらと過ごした後、卒業して疎遠になってこき使われた挙げ句時間を無為に過ごしたと決して後悔せぬとおぬしは言い切れるのだな? なにかしらの問題に直面した際に力になってくれるのか?」

「それ、は……」

「余は部下であれ軽んじはしない。かつての迅狼ヴォルフデッドとともそうであった。当初は対立し、やがて配下に加えてからは栄誉と誇りと褒美をもたらしてきた。それが上に立つ者としての責務なのだ」



 次はその末裔である鈴木ボルタの番である。ウィズウッドは今一度、彼を勧誘した。

「余の軍門に降れ、さすればおぬしの力を遺憾なく発揮させよう」

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