鈴木ボルタ その2
登校時間にしては少々早い朝方。外に出る人の姿はほとんどいない。
「すたたたたたたたたー!」
そんな通学路を慌ただしく駆け抜けるコボルト種の獣人は、ショルダーバッグを提げてアルバイトの新聞配達に勤しんでいた。目にも止まらぬすばしっこさでポストに投函していく。
だがその道中で急制動した。配達を中断した彼は、立ちはだかる人物と向かい合う。
「アンタは昨日の……」
「待っていたぞ、鈴木ヴォルタよ」
「いやボルタっス。おはようっス」
「うむ、おはよう」
微妙なイントネーションを訂正しながらボルタは切り出す。
「それでどうしたんスかこんな朝っぱらから」
「なに、他ならぬおぬしに用件があったのだ」
「オイラに用件?」
「単刀直入に言おう、余の傘下に加われ」
「は?」
突然の申し出に首を捻る。
「意図が伝わっておらぬようだな。よいか? おぬしと余の巡り合わせは単なる偶然ではない。その腕を見込んで魔戦興行にて存分に猛威を奮うのだ」
「つまり、勧誘ってことで?」
「そうだ」
腕を組んでおもむろに頷く魔王に対しボルタはすぐさま返答を出した。
「いや普通に無理っスけど」
†
「で、フられたってわけね」
「誤解を招く言い方はよせ。まだ一度断られただけだ」
体育の授業でリゼは結果報告を聞いてやっぱりと息をつく。
「鈴木くんはバイトやってるみたいだし、部の活動やサークルに参加する意志はなさそうだよ? ダメ元だとは分かっていたんだけどね」
「まさか承知の上で離脱したというのか」
「あ、分かっちゃった?」
「こやつめぬけぬけと……大方昨日のアレに触発され、書店にて同じ類の書物でも漁っておったのだろうな」
「は、ハァ!? ちちち違うし! そんなじゃなくて普通のファッション誌を……!」
クラス合同で行われるバスケットボールの試合をぼんやりと壁際で観戦しながら魔族はやりとりをしていた。
互いの陣営がめまぐるしくボールを奪い合う最中で、とりわけ小柄な彼が目覚ましい活躍を見せる。
「ボルター行ったぞー!」
「おーっス!」
仲間からのパスを受け取るなり、機敏に相手の妨害をくぐり抜けボルタが先行した。彼の独壇場だ。
「とぅっ!」
それから身軽に飛び上がってゴールポストに見事なダンクシュートを決めた。
歓声と拍手が沸き起こり、チームメンバーからの賛辞を受けて「まぐれっスよまぐれ」と頭の後ろに手をやった。
「うむ、瞬発力も申し分ない。見かけにそぐわぬ強靱な筋力を保有しておるようだ。集団戦となればあやつが先陣を切ることが大きな要となろう」
「話聞いてた? 諦めた方がいいって」
「まだ交渉は始まったばかりであろう。かのヴォルフデッドの血を引く者だぞ。見切りをつけるにはまだ早い」
「……なんでもいいけど、迷惑かけたりしちゃダメだ──よっと」
言いながら転がっていたボールをとって空きゴールポストに向けて距離の離れたシュートを放つ。
一発目で綺麗にゴールを決めた彼女はよしっとガッツポーズを決めた。
「はい、次ウィドの番」言ってリゼはウィズウッドに投げ渡す。
「何故余も玉遊びを興じねばならぬ」キャッチしながら彼は不可解そうに訊ねた。
「少しは授業として練習しないと。今やったみたいに入れてごらん」
渋々見様見真似で上にそびえ立つゴールポストへ投げ入れる。
しかし手前で弾かれて無惨に墜落した。
「ぬぅ」
密かに鼻息の抜ける音を聞こえる。背後でリゼがしたり顔で笑いをこらえていた。へたくそ、その四文字が垣間見えた。
代わってもう一度投げ入れ連続でゴールを決めたリゼ。
「こっちの方面は一日の長があるみたいだね」
思ったより悔しかったのか、ウィズウッドは物言わずに自らボールを取りに行く。
「はっ!」
今度は本気でゴールを狙う。しかし、力んだせいか飛び越えて空振りに終わった。
「ぷくく……」
「……ふん! ふん! ふぬっ!」
「残念。おしい。またハズレ」
意地になった彼がシュートを繰り返す。
しかし高さが届かなかったりコントロールが悪く横に逸れたりと全く入る気配がない。そして外す度にリゼがからかう。ヒートアップしていくそんな状況に、
「なにやってんだあいつ等」
「さぁ、どうでもいい」
「そんなことよりもう一試合やろうぜ」
他の生徒の冷たい反応の中、ボルタはほんの少し注意を傾ける。
†
「おいヴォルタよ」
「ボルタっス。んもー今日はしつこいっスねー」
お昼になったところでウィズウッドの勧誘行為が再開された。廊下に呼び止められた彼は面倒くさそうに振り返る。
「今朝方話したことであるが考え直してはもらえぬか」
「だから無理って言っておいたはずっスよ。オイラはアンタ達の仲間に入れない。そういう活動する気ないんで」
「しかし理由をまだ聞いていなかったのでな」
「理由? バイトがあるからっス」
「空き時間があるであろう。その程度の障害どうとでもなることは存じておるぞ」
「でもっスねー……オイラは他の人達とつるめないしー」
「すなわち他につるむ陣営がおると」
「まぁ、そんなところ、っス……」
眉をへの字にして言葉を濁すボルタ。つきまとわれることに困り果てた様子でスタスタ前を歩く。
「そもそもなんでオイラなんスか? 魔戦興行なんて本格的にやったことないし、もっとできる人探せばいいんじゃあ」
「至極単純な話よ、まだ他にあてがないのだ」
「誇らしげに言うことじゃないっスよねそれ。尚更やだっスよーそんなまともに集まっていないのに」
「なにを言う、おぬしがいれば三人。あと一人揃えばなんとでもなるわ」
「うへー勝手に頭数になってるー」
問答の内にたどり着いたのは購買所。人だかりができており繁盛しているようだった。
「ああ、ほらー、もたもたしていたから目当てのカレーパンが売り切れちゃったじゃないっスかー」
「他にめぼしいものは残っておらぬのか」
「あとはチキンカツサンドと美味いのか知らない新発売のフィッシュフライポテトパン……っていつまで付き添うんスかい?」
徐々にウィズウッドへの態度が邪険になりつつあるも当人は意に介した気配もなく、彼を案内役に遣わせる。
「いい加減にしてほしいっスねぇ、いくらついて来たって折れる気はないのに」
「そうもいかぬぞ。みすみすおぬしを放っておくまい」
「はぁ、そこまでして引き込みたいなんて頑固というか往生際が悪いというか……」
「もっとも、それだけではないがな」
「どういう意味っスか?」
「その抱え込むほど多く買い付けたパン、まさか自ら食す為のものではあるまいな?」
零れんばかりに購入していく様を見ていたウィズウッドが指摘する。
「これっスか? 友人達の分っス」
「何故一人で買い出しをする」
「そんなのアンタに関係ないっしょ?」
「知ろうとする者への答えになっておらぬな。おおよそ推察はできておるが」
獣人は答えながらも視線をチラチラと周囲に移す。
意図を察したウィズウッドは躊躇いなく踏み込む。
「おぬし、よもや使い走りにされておるのではあるまいな」
「違うっス。オイラが好きでやっているんス。アンタにあーだこーだ言われたくない──っスね!」
弾けるように飛び出したボルタは、開放されていた窓を通り抜けて逃走する。ウィズウッドから素早く身をくらました。
彼はすぐには追わない。撒こうとしていたのをあえて見逃した。
「……そうか、そこまで拒むというのなら仕方ない」
言って魔王はその場に立ちすくむ。
目を閉ざし、独り言葉を紡ぐ。
「ならば嫌が応でも引き出してやろうではないか──【東の旋風】」
次いで、室内に唸りをあげて空気が流れ始める。ノーモーションで魔術が繰り出された。
そうして彼の耳元に集まった風が渦を巻く。
音とはすなわち空気の振動。それを風の魔術で手繰り寄せて近辺の物音を取得するという高等にして繊細な応用技術だ。
昨日のように街中の人や車がごった返すようなレベルでは探し出すのは至難の業であるが今は校内で昼休み。近辺で外に出歩く者は少ない。
誰かの談笑、何らかの動く物音、歩幅の連鎖、それら全てをウィズウッドは耳元に集めて探査を行う。
「……ふむ、そちらか」
一際激しい運動を行っていると思わしき呼気と細かな歩幅が移動しているのを把握し、彼はゆっくりとそちらを目指し始めた。




