鈴木ボルタ
「同胞達の発起が期待できぬとは。容易く人数が集まるとは考えてはおらぬが、こうまで難色を示されようとは思いもよらなんだ」
「分かっていたけれど、そう簡単に集まらないもんだよ。見ず知らずの相手に仲間に加われなんて言われても普通は頷かないよねぇ」
「いや、かつて余の配下となった者どもは互いをよく知らずとも一様に頭を垂れて志願しておったぞ」
「魔王として健在だった時の基準でしょそれ」
チームメンバー集めは早々に難航を極めた。
校内でもめぼしい魔族の生徒に勧誘をしても声を揃えてお断りをいただき頓挫している。
出鼻を挫かれた、といったところだろう。
「だがこれしきの障害些末なものよ。放課後も次なる場所で呼び掛けるぞ」
「言うと思った。じゃあ今度は後輩の一年生のところに行ってみる?」
「魔族の味方になる者であれば、背に腹は代えられぬ」
そんなやりとりをしていると、廊下に硬質ななにかが散乱する音が響き渡った。その正体は無数の缶類が床に零れ落ちた時のものである。
「あわわわわわやっちまったーしくったっス!」
自販機で購入したジュースを抱えて運んでいたと思わしき小柄な人物の情けない呻きが聞こえてくる。
屈んで拾い集めている彼の身体的特徴は魔族や人間以上に異彩を放つ。
全身は白と黒が入り混じった体毛に覆われ、ずんぐりとした体格と短い手足。一見すると獣が制服を着て歩いているようにも見える。
しかし正体は犬型の獣人である。彼らも普通に学園に通い、むしろ魔族よりも人間達に受け入れられている。
「あ、危なかったー、注文の中に炭酸がなかったからセーフ、セーフっスね」
マズルの短い丸顔で安堵して息をついている様子にウィズウッドは、
「……あやつは、もしや」
「確か隣のクラスにいるコボルト種の鈴木ボルタくん。あの子がどうしたの?」
「似ておる、あの額模様……」
愕然と、彼のおでこに走る無数の黒線パターンに注目した。
「まさしく余の片腕にして盟友のヴォルフデッド……ハッハッハッハッ! ヴォルフデッドよ! おい、息災であったか!」
「ん、なんスか?」
「どうしたのだそのなりは、世間から陰徳する為とはいえ随分縮こまって。窮屈ではないか? 初めて見る形態変化であるな」
目を瞬かせる獣人にすこぶる親しげにウィズウッドは近寄る。
さながらかつての旧友と再会に懐かしむようにいつになく上機嫌だ。
「えっと、この前学校に来た魔族の人っスよね」
「余を覚えておらぬか? ウィズウッドだ。よもやニルヴァーナと同じくしてこれほどの年月を生き永らえていようとは」
「い、いや、なんのことだか……」
「積もる話もさておき、今一度おぬしが加われば百人力だ。かつてのようにまた暴れてやろうではないか」
「あのーさっきからオイラを誰と間違えているんスか?」
「ヴォルフデッドであろう?」
「いやボルタっス。鈴木ボルタ」
噛み合わないやりとりが繰り返され「やれやれ」と見かねたリゼが両者の間に入る。
「鈴木くん、別にまともに取り合わなくていいから」
「あ、田中さん。噂で聞いたけど二人は親戚かなんかで?」
「そんなところ。ウィド、完全に人違いだよ」
「人違い、だと」
「獣人はエルフみたいに長生きしません。そのヴォルフデッド? という方もいるわけないでしょ。どれくらい昔の話?」
「いや、しかし、こやつは紛れもなく……」
旧知の友人であるという勘違いを悟り始めてか、尻すぼみに魔王の言葉が途切れる。疑心暗鬼になって混乱しているようだった。
「話が読めないけれど、昼休みが終わる前に戻らないといけないんで」
拾い集めた缶を抱えてボルタはその場を切り上げようとする様子を見せる。
「鈴木くんそれ、自分一人で飲むわけじゃないよね?」
「そんなわけないじゃないっスかー。友人の分も頼まれているんスよ」
朗らかに彼は言って背を向ける。
「じゃあオイラはこれで」
「うん。呼び止めちゃってごめんね」
「それじゃ失礼。急ぐっスぅううううう!」
「廊下は走らない方がいいよー」
そんな調子で立ち去る犬の獣人に、ウィズウッドはその背中を眺めていた。
†
「鈴木ボルタくん、ですね。はい存じております陛下。彼にヴォルフデッド様の面影を感じられるのも無理はありません」
進路相談室を借りてエルフのニーナ先生とウィズウッド達が密会をしていた。
人目につかない場所であるので、教師と生徒の関係から主従のそれに戻っている。
「そうか……ということは、やはりあやつはその血に連なる者であると」
「ご明察です。現在はごく一般家庭として普通の生活をなされていますよ。部活には入らず新聞のアルバイトをしているようですね。成績は平均、身体測定の記録を見る限り獣人ですからやはり身体能力は悪くないです。たしかお住まいは……」
「先生それはさすがにペラペラ喋っちゃダメだと思うよ」
生徒の個人情報をあますことなく伝えようとするニーナをリゼが制止する。
とはいえ、ウィズウッドにとって必要な情報は十分仕入れた。
「ところで、そのヴォルフデッドっていうのはどんな獣人だったの?」
「あやつは唯一魔族に与した獣人で余の右腕として仕えていた男よ。剛胆にして勇猛、かけがえのない余の懐刀であった。その四肢が一度地を蹴れば千里の距離を瞬く間に駆け抜け、百を優に越えた兵達を薙ぎ払った様から迅狼ヴォルフデッドと人間どもに畏れられておったわ」
「そのキャラ全然鈴木くんと似てないと思う」
「面影を重ねていたのだが、よもや別人とは……はぁ」
(魔王が溜め息をついた!?)
(陛下が落胆なされている!?)
ことごとく魔族の勧誘に玉砕し、ぬか喜びしたせいだろうか。ウィズウッドは心底ガッカリした様子を見せる。
「で、でもよかったですね! ヴォルフデッド様のご子孫と出会えた。それだけでも喜ばしいことではありませんか」
「そうで、あろうか?」
「そうです! これはまさしく天からの思し召しに違いないかと」
慌ててニーナが身振り手振りでフォローに回った。
「……確かに。またとない奇縁を感じるものだ。すなわち、そういうことであろうな」
「どういうこと?」
椅子から立ち上がり「決まっておる」と魔王は宣言する。
「是非にあの者を余の仲間へ率いれる。それが余が始める新たな第一歩となろう」
「わーパチパチー」
ニーナの拍手を背景にウィズウッドは鈴木ボルタの勧誘作戦を宣言した。
放課後。校門でウィズウッドが張り込みをしていた。リゼは乗り気にならなかったようで「今回は任せたよ、あたし用事思い出したから」と言って一人彼を学校に残している。そろそろ一人にしても問題ないと判断していた。
ちなみに「なんの用事だ」と訊ねると「んー雑誌の新刊発売日」と言ってのけた。
「あやつも薄情なことだ、この重要な時期にうつつを抜かすなど……む、出てきたな。おい──」
「うおおおおお! 特売セールまであと二十分んんッ!」
昇降口から飛び出した獣人は砂煙を巻き上げながら駆け抜ける。こちらが呼び止める間もなく通過した。
「待て! おい! 待たぬか!」
「すたたたたたたたぁ!」
一歩遅れてウィズウッドが街中に出た彼を追う。しかし呼び掛けも届かかず、どんどん距離を引き離される。
「ぬ……あやつ、想像以上に……!」
単純な運動能力においてきわめて平凡な彼にとって、ボルタの足には到底及ばない。
ついには見失い街中で彼の姿を見失った。やむなく追跡を断念する。
全力疾走を続けて数分。膝に両手を預けて息切れするウィズウッドであったが、
「ク……クックックッ……あの俊敏な健脚、まさに戦場を攪乱するに相応しい逸材よ」
手応えを掴んだように魔王はあの獣人への関心を募らせた。




