新たな目覚め
昼食を済ました二人は校内の廊下を渡り歩く。
「同族の魔族から当たるぞ。校内でおぬしのように燻っておる輩は必ずいよう」
「それで、他に要望とかあったりするわけ?」
「希望としてはもっぱら近接役を行うウォーリアーを集めておきたいところだ。余やリゼがウォーロックを担う以上、そちら側の役割も確保せねば」
「実際ウォーロック一色のチームとかもいるみたいだよ」
「定石から外れるのはその分野において卓越しておることが前提だ。生半可な連携では失敗になろう」
魔戦興行の役割は大別して二種類。杖を用いて魔法を主体とした攻撃を行う魔導士──ウォーロック。武具を駆使して物理的に強大な戦闘力を発揮する戦士──ウォーリアー。
ウィズウッドとリゼが前者のポジションにいるので肉弾戦が可能な仲間が欲しいところである。
かくして昼休みの自由時間を使ってチームの勧誘は始まった。
一人目の魔族は隣のクラスにいた。まだ授業には早すぎるのに、机の上で教材を開いている。
眼鏡を掛け線は細く、勤勉な印象を持たせる男子生徒である。
見るからに第一希望の肉体派とは離縁そうな彼であったが、早速声を掛けてみた。
「無理だね。そういう経験ないし」
返事はにべもなく断られた。
「見ての通り僕は忙しいんだ。次の模試でA判定をとらないと」
「大変、なんだね」リゼが相槌を打つと、じろりと何故か責めるような視線を向けていた。
それを知ってか知らずかウィズウッドもおもむろに頷く。
「別なる目的があるのならば仕方ない。邪魔したな」
「本当だよ。正直言ってさ、迷惑なんだよね。これ以上波風立てられると校内で集中できなくなるのはもとい、僕らの立場が危うくなる」
「迷惑だと?」
「そうだよ。推薦も視野に入れておとなしくしているのに、せっかくの内申点も台無しにされるじゃないか。僕まで睨まれるんだ、レッサーが反抗を企てているんだろう、って。こっちまで巻き込まないでくれるかな」
しかもただ拒否するだけでなく糾弾にまで進展していた。
「大体なんなんだあの宣言。世直しでもするつもりかよ」
だが恨み言とも呼べる言葉の数々に魔王は鼻白む。
「フン、その程度の認識とは片腹痛い。知恵をつけた姿勢を見せる割には随分視野が狭いのだな」
「なんだって?」
「種族としての意識を変えようとしているのだ。魔族でありながら人間に媚びへつらうおぬしには到底理解できまい」
「同じレッサーの癖になんでそんなに偉そうなんだ。人を馬鹿にするのも大概にしろよ」
「なんだ。牙をもがれた負け犬の矜持が傷ついたのか」
「ハイ此処まで! ごめんね、あたし達もう行くから!」
レフェリーに入ったリゼが待ったをかけた。
やむなくウィズウッド達は退散を余儀なくされる。
「度し難い。現代の魔族がこうも腑抜けておるとは」
「残念だけどあれが普通。でもテストでいい点とっていい大学に出てなに一つ問題を起こさないようにするのが、世間で肩身の狭い魔族の立派な自衛の一つだよ」
「随分いびつな道理だ」
「それを問い正そうとして喧嘩してたら元も子もないでしょ。もっとお願いする姿勢じゃないと」
「下手、にか……仕方あるまい。善処する」
次に目を付けた魔族は屋上を縄張りにしていた。先ほどの生徒とは対照的で授業をサボっている問題児である。
リゼは気がすすまなそうではあったがウィズウッドは迷わず声を掛けた。
「おい、そこの同胞」
「あ? なんだァテメェ? 一年か?」
ビニール袋と缶コーヒーを置き、階段上から睨みつける。恐らく始業式にも顔を出していなかったのか、騒ぎを起こして日も浅いというのにウィズウッドに心当たりがないらしい。
「ふぅむ、気概はまずまずか。おい、おぬしは魔戦興行に興味が──」
「あぁっ? しらねーよ、とっとと失せろ」
粗暴な一蹴だった。すこぶる苛立っている様子が見て取れた。
「待て、余はただ話を──」
「うっぜぇ」」
「聞けと申しておろうに」
「しつけーなァ! ぶっ殺すぞ!」
脅迫を交えたがなり声が響く。リゼは身を竦ませ、たちまちウィズウッドの眉間に皺がよる。
しかし「もうやめよう! ね? 聞いてもらえそうにないから、ね!?」と小声で退散を促すリゼに背中を押され、その場を後にする。
「息を潜める模範者と社会に炙れて荒む落語者、これが未来に生きる魔族とは情けない……」
「あたしもそこに含まれているんですけど。本人の前でそう言われるとなんか気分よくないんですけど」
身も世もなく嘆くウィズウッドにリゼは抗議する。
彼女の処世術がそうであったように、皆それぞれが嘲笑や侮蔑を無言で堪え、あるいは点数を稼いで機嫌を窺い、あるいは周囲を突っぱねて社会の悪意と付き合っている。
遙か昔の人間であるウィズウッドにとって、自由や権利がある上で縛られる暗黙の圧力とは相容れないものだ。
そんな彼と世間のズレに関して割り切るようになったリゼは、気持ちを切り替えるように訊ねた。
「で、次は何処に当たっていく?」
「実は噂によればこの学園で『まけんぶ』なる集まりがあると聞く、そこを執り仕切っているのが魔族の生徒であるそうだ」
「え? まけんぶってなにそれ? 魔剣の部? それとも魔の剣舞?」
「どちらにせよ、魔戦興行の領分であろうな。ウォーリアーの逸材を期待できるな……クックックッ」
「そ、そんな物騒な集まりあったかなぁ」
授業でも使われていない空き教室。そこで『まけんぶ』は昼休みと放課後に行われているらしい。
しかし戸の前に立ったウィズウッドは違和感を覚えた。
人の気配はするのだが、妙に静か過ぎる。室内で剣戟を繰り広げるのが御法度だとしても、雑談や動く物音がない。
もしや精神統一の最中では? と好意的な解釈をして引き戸を開けた。
「たのもう。『まけんぶ』とやらの集いはこちらで相違な……い?」
そこに広がる光景はさながら戦場であった。
くっつけられた机の上で複数の生徒達が中にいる。ペンを手に紙と向き合い、没頭していた。
勉学と呼ぶには雰囲気が違う。熱量があり、どことなく鬼気迫っている勢いだ。
これは一体なにをしている? ウィズウッドは目の前の光景に棒立ちとなった。
すると手前にいた瓶底眼鏡の魔族女子が顔を上げる。
「……急にどうしたー? ん? まさか……入部希望? う、うおおおお! しかも一気に二人も加入!? っしゃぁおらァああああ!」
椅子から勢いよく立ち上がる。大声を張り上げ顔を輝かせてこちらに飛び出した。
「お、おい……」
「ようこそぉいらっしゃーい! よく来てくれた! 素人でもだーい歓迎だぜぇうへへへ! 私がここの部長やってるんだぜ、よろしく!」
「此処が、まぎれもなくまけんぶなのか……」
「ああーよく見たらおたく例の転校生か! なんか校内を騒がせてるみたいだね、あーでもいいよいいよー。猫の手も借りたいくらいだから全然オールオッケー! 昼休みだからそんなに長々とは話せないけど、放課後もゆっくり来ればいいからさーワハハハハ!」
想像としていたものとあまりに違う光景によって呆然とするウィズウッドをよそに、ほぼ強引に両手を握り上下に振り回す。
「あーウィド、あのね……此処どこか分かった」
思わず目頭を抑えたリゼが戸惑う彼に答えを出した。
「此処、漫画研究部──略して漫研部だった」
まけんぶではなく、まんけんぶであると。
それでも理解が及ばない彼は首を傾いだ。
「結局、なんなのだそれは。剣より強きものか?」
「いいボケかますねぇ! でもペンは剣よりも強しって言うじゃん?」
「ペン? おぬしたちはペンで闘うのか?」
「あはははは! おたくホントに面白いわ!」
純粋な困惑に気付いていない魔族の眼鏡女子とのコントを繰り広げているのを見て、リゼは呆れて首を振った。昼休みどころか日が暮れる。
「こりゃダメだ……すいません、あたし達入部希望じゃなくて……」
「え……なーんだ、残念」
たちまち部長の熱はなりを潜め口をとがらせる。
「部長ー、お仲間と話せて嬉しいのは分かりましたからそろそろ持ち場に戻ってくださいよー」
「こっちヘルプー」
「締め切り迫ってるんでしょ?」
部員と思わしき生徒の声に振り返り「あーはいはい、すぐ戻りますよっと」と億劫そうに彼女は踵を返した。
「まぁ見学でもしてってー。そこに、いろいろ描いたやつがあるし読んでもいいよ。感想はいくらでも言ってちょうだいね」
言って席につき、ペン入れを再開しながらウィズウッド達を迎え入れる。
そうして作業している様子を魔王は興味深そうに眺めた。その集団の様相にも大いに関心を示す。
魔族と人が何の隔たりもなく結託して自発的になにかをしていることが物珍しいらしい。
「此処では魔族のおぬしがとりまとめておるのか」
「なにか問題でも? レッサーなんかより描ける! って人間様がいるなら是非名乗りあげてきてほしいもんだね。作業はかどるから」
「……なるほど、それがおぬしの誇りと果たすべきことか」
「そういえばなにしに此処へ来たの?」
そこでようやくの本題だった。結果は日を見るよりも明らかであったが。
「いや無理だねー。ウチら見ての通りインドア集団の集まりなもんで望み薄よー?」
「分かっておる。同じ志を持つ者に呼びかけているに過ぎぬよ」
「しかし、おたくの芝居かかった態度とスポーツの勧誘でこんな場所に来ちゃう天然キャラっぷりは参考になるけど。どう、モデルになってくんない?」
「ごめん被るわ。そのようなことにかまけておる暇はない。戻るぞリゼ、他も当たらねば……リゼ」
立ち止まっていた彼女に返事はない。両手には生原稿の束を持っている。
どうやら没頭してそれを読んでいるようだった。
タイトルは『ネクタイと王子様』で、男性が別の男性の手首をネクタイで縛り半裸でくんずぼくれつとした表紙が写っていた。
「あ、部長の悪趣味原稿じゃないですか」
「なんだとぅー? もっぺん言ってみろコラー。イケメン×イケメンはテライケメンなんだよ」
「意味不明ですって!」
「おいリゼよ、おぬしもなにをそのようなものを読んで……」
周囲の雑音や彼の声が聞こえないのか、彼女に返事がない。異変が起こっていた。
トマトが見事に熟したように赤面し、目をこれでもかと見開いてページを舐めるように熟読している。
「……ほぁぁ~……!」
たった今、リゼの頭の中で小惑星が爆誕していた。無我夢中である。
「おいリゼ……おい戻れ、戻るのだ」
「腐ってやがる、早過ぎたんだ……」
そんな光景にウィズウッドや男性部員が戦慄しているのにも構わず、目を光らせた著者本人が背後から忍び寄る。
「……ようこそ、こちら側の世界へ」
肩を回し、耳元で漫研部部長がそっと囁いた。あっちの住人が同じ魔族の少女を誘い込もうとしている。
ようやくそこで我に返ったのか、リゼは「──あ!? いいいや、あのっそのこれは別に……!」と必死な弁解をまくし立てた。
「もう結構です! お返ししますハイ!」
「よかったらコピー本持ってく? 暫く貸すよ、布教布教」
「ええっと、こういうのはちょっと早いかなぁって!」
「大丈夫大丈夫私がヤオイの世界に私が入ったのは十四の時だから」
「やめぬか! もうよいであろう! 帰るぞ!」
しどろもどろな彼女が言葉巧みに口説かれそうになったところでウィズウッドが遮り、今度は彼の主導で逃げるように教室を後にした。




