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口封じ

 恐怖を孕んだ男の声が室内に響き渡る。先ほどまで生命活動を止めていた彼であったが、息を吹き返して体を起こすなりそんな状態に陥っていた。


「ひ、ひぐぅっぅ……!」

 

 言うまでもなくこの状態に至ったのは、一時的に己の精神をゴーレムに移してから起こった体験が原因である。

 遠のく意識の最中、自身がどのような末路を辿ったのか彼の脳裏には色濃く刻まれていた。


 突如現れた見たこともない黒い大きな樹の根に囚われ、ゆっくりとすり潰され壊された。密閉された空間で無尽蔵に圧力が掛けられ、ボディの軋む悲鳴が耳にこびりついた。いくら叫んでいくら赦しを乞いていくら助けを求めても、暗闇は機能が停止するまで変わらなかった。



 頭を抱え、かきむしり、隅にうずくまって嗚咽を漏らす城山トールは考えた。

 あの魔族の二人に素性がバレた以上、清水ニーナへの干渉は危険を伴うものとなった。自分の生存を知られたら、間違いなく奴が始末する為にやって来るだろう。

 もう二度と彼女に会えない。会ってしまえば殺される。あの恐怖が今度は苦痛を伴って繰り返される。


「ふぐ……ふぅぅう、ニーナぁ……」


 彼は絶望する。心を折られ、トラウマを植え付けられ、心なしか奥底でたぎっていた情動まで削ぎ取られた。城山トールにとってかけがえのない人生の拠り所を失くし、狂い始めている。

 常人の観点からすれば元々狂っていたのだとしても、当人はまだ正気を保っているつもりだった。



 打ちひしがれた彼に追い打ちを掛けるように、滅多に聞くことがないインターホンが鳴る。それは一軒家に来訪者が現れたことを意味する。

「ヒっ、ひぎっ……!」

 たちまち彼は身を竦ませて物陰に隠れる。応じるつもりは微塵もなく、居留守を決め込んだ。



 既に居場所まで探られてしまったのか。確実に息の根を止めに来たのか。そんな疑念が渦巻いた。

 しきりに歯を打ち鳴らす。嫌な想像が駆け巡り、ふるえが止まらない。彼は繰り返される呼び出しの音が止まるのを待った。待ち続けた。



「帰って、くれ帰ってくれ帰ってくれ帰ってくれ……!」

 うわごとを垂れ流して引きこもる男の願いが通じたのか、玄関から人の気配は消え静まり返る。


 時間をおいて浅い呼吸を繰り返しながら周囲の変化をしきりに確認する。床に落ちていた細長いドライバーを拾ってゆっくりと立ち上がった。

 忍び足で玄関に向かい、おそるおそる覗き窓から外の様子をうかがう。

 誰もいないことを確認し、徐々に息を整えていく。


 諦めて帰ったということはただのセールスや宗教勧誘の可能性もあり得る。自分の早とちりか、そう判断した矢先のことだった。



 背後から予兆もなく衝撃を受ける。強い力でがっしりと首を掴まれて抑え込まれた。

「がっ……あぐぁ!?」

「城山トール、だな。突然の訪問失礼する、いるのは分かっていながらインターフォンをいくら鳴らしても出てくれないので強硬手段に出させて貰った」

「だ、誰、だ……!?」


 誰も入れていないのに、いつの間にか室内に来訪者が現れる。

 振り返ることができないが、凛とした女性の声音を聞き、知らない人物であることを察した。


「清水ニーナの保護者にあたる御方の使い、と言えば理解してもらえるだろうか? お前には稀少人種のエルフである彼女に対するストーカー行為や諸々の犯罪行為を確認した。当人の意志とはかけ離れたこれらは重大な保護違反だ……この部屋にある写真も盗撮か」

 そんな一方的な通告を受け城山トールは悟る。

 彼女の飼い主達が遂に嗅ぎつけたのだ。先ほどとは別方面からの脅威が、組織的に潰すつもりだろう。



「こちらの指示に従え、まずはその凶器になるドライバーを捨てろ」


 今日は栄えある記念日になる筈だったのに、とんだ厄日になってしまった。

 しかし心臓を鷲掴みにされているような状況であったが、正体が分かるなり城山トールは不自然なほど落ち着きを取り戻していく。


 それ以上に恐ろしい相手と対峙した経験によるものだろうか。その温度差が、かえって冷静さを取り戻す。

 あんなことに比べたら、こんな状況屁でもない。それだけは間違いなかった。



(ニーナ……ボクに、勇気を……!)

 生唾を呑み込み、抵抗の意志を発起する。


「……分かった」

 横に落とす素振りをして、腕をそっと伸ばす。

 そのまま逆手に持ち直し、背後の相手へ突き刺す為に大きく振った。


 それが男の末路を決定した。凶器が相手に触れるよりも早く、天井に刺さる。床からそこまで三メートルは離れているにも関わらず届いていた。

 その理由は不意打ちが容易く弾かれ、一太刀が入れられた為である。

 実際黒スーツとサングラスに黒髪という長身の女性が物々しいアーミーナイフを片手に携えており、男の袖を浅く切り裂きながら刀身に返り血をつけないことが技量の高さを表していた。



「あまり暴れるな。後処理が面倒だろう」

 火を噴くような痛みに絶叫しながら悶絶する彼に対し冷淡に一蹴。


 地面に崩れ、城山トールは這う這うの体で離れようとしていた。だが、逃げられないのは火を見るよりも明らかだ。

 ダメだ。このまま捕まれば洗いざらい吐かされて、全てをニーナに知られてしまう。それだけはなによりも避けがたいことだ。


 どれだけ彼女に尽くし、どれほど彼女を助けようとしてきたのか。

 その想いを口にしたら無理解に否定され価値が下がってしまう。さっきもそうだった。 


 いくらでも体を捨てる覚悟はできている。


 男は破顔するように舌を出した。そのまま上下の顎にありったけの力を籠める。

「──ガ、ブっ」

「!? 貴様!」


 意図を知った黒スーツの女はうずくまる男を土足で蹴り、窒息を止めようと躊躇いなく口に指を突っ込んだ。既に顔は血に溢れていた。


「この野郎、舌、噛み切りやがった……!」

「ぐふ、ぐふふふふふふふ、ふふふふぇ!」


 自ら口封じをしようとする男の企ては成功する。これでなにをされても吐かされることはない。

 大の字になって天井を見上げた城山トールの不気味な笑いが、暫くそこで続いていた。



 後日、その建物がもぬけの殻となることを周辺住民が知ることはなかった。

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