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魔王城、観光地になる


「……そうして我々は種族の垣根を越えて手と手を取り合い、平和を築き上げて千年が経ちました。このユグガルドの大地も諸国の文化を持ち寄り、世界樹の下で今も目覚ましく発展を続けています」

 会場内でマイクを通した演説が響き渡っていた。

 壇上に上がった女性職員の穏やかに語る声に、衆目は耳を傾けている。



「当然それは魔族の方々も例外ではありません。御存知の通り誠実に矛を収めた彼等には降伏と引き換えに人権が保障され、魔物にも色々な役割を与えられるなど、慈悲深き勇者の尽力によって私達との関係は変わりました。今となって考えてみれば、一騎打ちを行った魔王もまたこの為に敗北を認めて戦争の幕を引いたのではないかと私は考えています」

 まるでその歴史を実際に見て来たかのように彼女は語った。

 そこはかとなく魔王の立場に沿って擁護する意思を交えて。



「私事の語りになってしまいましたが、これからもこの世界の成長を、人々の営みを見守っていきたい。どうか、皆さんに輝かしい未来を」

 言葉を締めくくり一礼。鳴りやまぬ拍手に送られて、その女性は会場を出た。

 続いて男性職員が後に続き、揉み手で話し掛ける。



「いやぁ清水先生、今日の演説は本当にありがとうございました。やはり貴女のお言葉は学会でも『生きた古文書』と評されるほどに重みがありますからねぇ。とてもよい刺激になったかと」

「いえいえ、私は大したことをお伝えできておりません。史実をそのままお話しただけですから」

「そんな謙遜なさらず。我々一同、首を長くしてお待ちしていますから。今後とも是非よろしくお願いしますよ」

「はい。機会があればまたお邪魔させていただきます。それでは」


 にこやかに社交辞令を交わした女性は、タイトスカートにまで届きそうなほどの長い青髪を揺らしてその場を後にした。

 吸い込まれそうな青い瞳と、ふちなしの伊達眼鏡が掛けられた耳は人のそれよりも尖っている。

 そんな彼女は解放された余韻でふぅと息をつき、書類を抱えて廊下を歩く。

 その中には印刷されたスピーチ用の文章がぎっしりと綴られていた。



「『生きた古文書』って、なんだかシーラカンスみたいな響きだなぁ。大袈裟だよね。あ、今日は白身魚フライが食べたいかも……フンフフーン」

 鼻歌が混じり、スキップでもしそうな軽い足取りで玄関先に向かう。



「ニーナ!」

 慌ただしい靴音といっしょにまた呼び止める声が掛かった。会場から出て来た別の男性教職員が彼女のもとへ。



「城山先生、いらしたのね」

「凄かったよニーナ。さっきの演説、会場の人みんな釘付けだった」

「ありがとう。私は持ち前の歴史の実体験を題材にしたけれど、城山先生は確か次回の講義ではゴーレムについてのレポートを出されるとか?」

「うん、そう。最近力を入れている分野なんだ。今は警備の巡回みたいに単純な役目しか与えられていないけれど、もっと繊細な判断ができるようになれば活躍の幅が広がるんじゃないかと」

「夢のある話ね」

「僕のことよりとにかく今回の成功を祝おうよ。よかったら今夜の打ち上げに行かない? 職員達で集まる予定を立てている所なんだ。君が来れば喜ぶよ」

「とても嬉しいわ。ただ、これから……」



 話し合っている途中、女性教員は動きを鈍くする。

 先程までにこやかな表情だったのに、どんどん顔を曇らせていく。

「この、魔力、まさか」

「どうしたんだい……ニーナ!?」

「ごめんなさい! 用事を思い出したの!」


 なにかを感じ取ったのか、酷く焦りを見せた彼女は会場を足早に出た。

 そしてすぐに人気のない場所へと赴き、物陰に隠れ懐から棒場の杖を取り出す。

 桜の花柄が意匠されたそれを素早く振るう。



「【魔空穴(ジョウント)】ッ」

 なにもないところで歪みを作り出した。その棒は杖であり、行ったのは魔術であった。

 黒い穴へと迷わず飛び入りながら彼女は言葉を漏らす。



「……陛下!」



『次は、アルゴン通り。アルゴン通り』


 響き渡る車内アナウンスに彼は反応した。


「むっ、またや天の声が」

「……あのねぇウィズウッド。この中では静かにしてと言った筈だよね?」

「ならば静かに問おう。それではリゼよ」

「今度はなに?」

「これは馬を引かずして一体どのように動いている? それに他の馬車とは大きさも異なるようだが?」

「だからこれは馬車じゃなくてバス。ガソリンと魔力のハイブリッドが主流」

「そうか……む? あの鏡に映っているのはまさかケンタウロス達か? なにやら走りを競っているようだが」

「競人馬の中継でしょ。そろそろ知らないフリするのやめて欲しいんだけど」



 切符を取って座席に大人しく座ることなどを手取り足取り教え、二人は左右反対の席に座る。他に乗客が殆どいないことは幸いだった。悪目立ちしなくて済む。

 しかし移動中の車内で質問責めに遭っていたリゼは、げんなりと窓際に頬杖をつく。

 ちょっぴり付き添いを請け負ったことを後悔しつつあった。


 ウィズウッドは彼女の気苦労を露知らずに流れる風景に目を奪われている。

 次々と飛び込んでくる未知の情報を真綿で水を吸うように、どんどん見て学ぼうとしている真っ最中だ。


「やはり異常だな」

「アンタのなりきり具合が異常ってこと?」

「違う」



 気になったのか、ひそひそ声でリゼは尋ねた。


「じゃあなにが異常なの?」

「言うなれば今見える景色の全てが、だ。これらの建築具合からして、この街が作り上げられたのは遥か以前のこと。数日や数か月程度では説明がつかぬ」

「当たり前じゃない。長い歴史がなかったら、こんなに発展できないでしょ」

 互いの指摘が噛み合っていない。

 しかしウィズウッドにとってはそれどころではなかった。



「余は如何ほどの眠りについていたというのだ……。城に配下の者が残っていれば、分かる筈」

「それ守衛さんのことじゃないよね?」



 現状を目の当たりにして、彼は徐々に理解し始めていた。

 この文化は自分がいたものとは遥かにかけ離れたレベルであることを。

 さながら、時代が己を置いてきぼりにしたかのように。


 神妙な様子を見せ始めた彼に、彼女はそこはかとなく訊ねた。


「ねぇ」

「なんだ」

「その様子だと公共機関もまともに利用したことないくらいの田舎に住んでいたんでしょ? こっちへ来るのに連れの人とかいなかったの?」

「連れか……ああいたとも」

「その人と連絡はとれ……ああそっか、ミラホも持ってないんだっけ。いいの? その人置いてお城に行っちゃって」

「その者は余のことを忘れて生きることとなった。今更相まみえても仕方あるまい」

「そう、なんだ」

 喧嘩しちゃったのかな? と思いつつリゼは言葉を呑み込み席に行儀よく座った。

 今度はウィズウッドが問う。


「何故余に声を掛けた」

「え?」

「おぬしの目線ではこの姿が浮いているのであろう? 関わる義理もなかった筈だ。城への同行も本意ではないと見える」

「あー、うん。そりゃあね」

「理由があるなら申せ。特別に赦してやろう」

「なんなのそれ。今更ねぇ」

 ひそひそと、やり取りは続く。城へ行くまでに募り出した不安も、幾分か気が紛れた。



「大したことじゃないけど、家の家訓みたいなものかな。困っている人がいたら率先して助けなさい、って。そうしていれば必ずいいことが返ってくるからと。眉唾だけどね」

「ふむ」

「まぁせめて自分が後ろめたい気持ちにならないように、できる限りのことはやるつもり。そのせいで頼まれると断りきれないのがたまに傷だけど」

 苦笑しながら彼女は言う。俗に言うお人好しだと自虐した。



「見上げた心掛けだ。敬意を評する」

「それと、同じレッサーだから、俄然放っておけなかったのかも」

「レッサー?」


 尋ね返そうとして丁度女性のアナウンスが鳴った。


『次は、グリーンウッド城。グリーンウッド城』

「あ、此処で降りないと」


 咄嗟に反応して降車ボタンを押してから数分、停留所にバスは止まる。

 二人分の運賃をリゼは払い「すみませんでした」と頭を下げて先に降りた。珍妙な恰好の彼を乗車させたのもさることながら、なんだかんだでお喋りに華が咲いてしまった。

 ウィズウッドも続いて降りた矢先、



「……レッサーどもが」

 という呟きがドアの閉まると同時に運転手から漏れたような気がして、彼は後ろ髪をひかれながら走り去っていくバスを見送った。



 鬱蒼とした森林の入り口。看板には案内が記され、それに従って歩いて行く。

 道中で人の往来とすれ違い、ご丁寧に矢印や案内までついている状態にウィズウッドは顔をしかめる。


「森が大分減っているな。此処にまで道ができておる。これでは不可侵領域であった余の城が丸裸も当然ではないか」

「観光地なのに通り難くてどうするの」

 どうも考えがすれ違っている。リゼはそう思いながらもとにかく目的地に辿り着かせることにした。

 そうして、大きな城が姿を現した。



「はいご到着。此処に来たかったんでしょ?」

「おお、これはまさしく余のグリーンウッド……城……」


 感嘆を漏らすウィズウッドの声が外観をまじまじと見ながら尻すぼみに消える。

 念願の城に辿りついた彼は、その様相の違いをすぐに察した。



 老朽化が目立ち、幾度も補修された形跡もある。

 数日前までは小綺麗だった魔王城が、見る影もなく全体的に苔むしていた。

 入り口に飾られた彫像も風雨にさらされてボロボロだ。

 考えてみれば付近で人のうろつく姿があったということも、考えてみればおかしかった。

 それは、既にこの場所が人類にとって脅威を感じるところではなくなっていることを意味した。



「此処も観光名所のひとつ。記念撮影したいなら中に入る?」

「……しかし、これではもぬけの殻ではないか」

「うーん、当時の物は博物館の方に寄付されていると思うけど。グリーンウッド城とはよく言ったものだよねぇ。城壁に苔を生やして緑にするなんて」

「違う……この城の由来は鬱蒼とした森の奥から突如として白亜の全貌を現し、人間が迷い込んだのならその居城の主の名を冠した城に畏怖することから名付けられたのだ」

「へぇ、詳しい。さては下調べしたでしょ? やっぱり観光客なんだ」

「出迎えは、配下の者は」

「いるわけないでしょ。アンタが名乗るその魔王がいたという時代なんて相当大昔の話。話を聞くにしても生き残っている人なんて……ウィズウッド?」


 呆然と立ち尽くす彼をリゼは訝しく見る。

不安が現実になった。城に戻ろうと今や魔王と面識のあった者は存在しない。

 それを悟り、途方に暮れるだけだった。


「余はこれからどうすれば……」

「そんなに残念だった? あ、じゃあお土産に目を通して行かない?」

「……土産」

「マスコットのさーたんは此処が発祥だからグッズも豊富に取り揃えてる筈だよ。さーたん人形にさーたんキーホルダー、さーたんビスケットも……さーたん知らない? 頭に木を生やしたヘンテコ可愛いクマのヤツ。他にも中学の時男子が魔王剣シリーズのキーホルダーを漁ってたっけ」

「……」

「ねぇ大丈夫? 顔色悪いよ?」


 リゼは呆然と立ち尽くすウィズウッドを気遣う。彼の心中を察することはできずとも、なにか思い詰めていることに気付いたようだ。

 そして、どん詰まりかと思われた状況で契機が訪れる。




「──此処におわしましたか! 陛下!」

 きっかけは背後から飛んだ畏まった呼び名。

 振り返ると、教員然としたタイトスカートのスーツ姿の女性が肩を上下させて立っていた。



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