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トール=ゴーレム その2


 そのまま二撃目を見舞おうとするも、トールが素早く後方へ跳躍し離脱を図ったことで空振りに終わった。

 杖に形成された光る刃を収め、マントに巻き付いて残った腕を横合いに放り捨てる。


「なるほど、自慢の耐久度とやらはこの程度か」

 たたらを踏んで欠損部位を注視するトール。

 だが、間をおいて忍び笑いを漏らした。



「なにがおかしい」

「……いや、たいしたものだよ。でも、痛くモ痒くもないからおかしくて」

「このまま四肢をもがれてゆけばゴーレムであろうとなにもできまい。余は寛大だぞ、命を狙ったこと二度までは赦そう。降伏せよ、さもなくば……」



 言葉が途切れた。亀裂の走る音を耳にする。

 視線を相手から僅かにズラすと、静かな異変がかいまみえた。


 建物の外壁が独りでに剥がれ、崩れていく。アスファルトの地面もだ。瓦礫に変わり、トール=ゴーレムのもとへとかき集められていく。


「痛覚ノ話じゃない。痛手の話さ」

 それらは失った片腕に集中し、ひと塊となって凝固した。スパイクを生やした鉄球の形状となって再生される。



(地属性の魔法で周辺のコンクリートや鉄材を引き寄せて補うか。存外器用なことをする)

「じゃ、第二ラウンドと行コうか」

「性懲りもなく続けるのか。そろそろ彼我の差も分かっていよう、おぬしは未だ余に指一本触れてもいないのだぞ」

 忠告しても彼の戦意が削がれないのが構えに入っているところから見て取れた。


「それは、どウかな」

 そしてトールがこれから仕掛ける攻撃も無策ではなかった。


 その言葉を皮切りに、自ら人形の身体に変化を起こす。

 突如として辺り一帯を埋め尽くすほどの眩いフラッシュを焚いた。その場に居合わせた者全員の視界が真っ白に包まれる。


「キャっ!?」

「──く、ぉ!」

 遠巻きで見守っていたリゼが驚きの声をあげ、さしものウィズウッドであってもたまらず顔を庇う。無防備を晒してしまった。


 直視していると失明しかねないほどの目くらまし。断続的に続けて標的の動きを止める。

 正体は【光閃(レイ)】の発動によって生じる光であった。それを単純な攻撃だけでなく視界を奪う牽制として応用した。そんな彼の試みがものの見事に功を為す。


 強いフラッシュを繰り返すトール=ゴーレムはその隙に特攻を仕掛けた。視界に頼らずとも、魔力探知で一直線の肉薄を可能とした。

 携えた鉄球の内部から不穏な光がこぼれ始めていた。【光閃】が籠められている。それでウィズウッドを殴打するのは火を見るよりも明らかだ。


 魔王もロクに視界を確保できないまま、魔術で身の回りを囲うように防壁を貼り巡らせる。

 だが迷わず接触したトールの足止めにもならず、薄氷を割るように容易く突き破る。

 そのまま痛恨の一撃が炸裂。彼の懐に目掛けてモロに打ち込まれる。

 今度は魔王が吹き飛ばされる番だった。



 壁面に穴が空くほどの勢いで叩きつけられ、そこに埋もれた彼は沈黙する。


「さナがらトール・ハンマー、といったところかナ」

 白煙をあげたその鉄球腕を見やり、人形は勝ち誇ったように呟く。それだけの手応えがあったらしい。


「嘘……」

 ようやく状況を把握したリゼは呆然と呟いた。

 現にウィズウッドは身動きひとつしない。


「原型を保ったとはイえ、壁に強く打ち付けたカエルみたいに中身は破裂しただろう。じゃあ次ハ君かな」

 首だけを百八十度回してから首から下を動かすという不気味な挙動で振り返ってトールは次なる標的を定めた。



 戦々恐々としていたリゼへとスタスタと遠慮のない足取りで侵攻を始める。

 無機質さと底知れない害意にさらされ、生唾を呑みながら彼女は勇ましく声に出した。

「こ、こんなことしてなんになるの!?」

「君は部屋に入り込んだ虫ヲ殺す相手にそう言うのかい?」

「人は虫じゃない!」

「同じさ。美しい花にまとわりツく限りボクにとってそいつらは羽虫と変わらない」

「花って、ニーナ先生のこと?」


 すると人形の顔にえくぼが浮かんだ。細かな表情まで再現される。


「その通り! これまで憂鬱でクソでクソな日々を過ごしてきた。分からず屋ばっカで! 頭の回転が鈍い連中と足並みをそろえなくちゃならなくて! でも彼女と出会ってからボクの世界は色付いた! 彼女を想ウことが生キ甲斐になったんだ!」


 リゼ達魔族とはまた別の方向で息苦しい世の中を生きていたとトールは語る。そしてニーナの存在が救いになったとも。


「花は花でも高嶺の花、けどようやく相応しい男になれたんだ。彼女と生涯を共にできるように身体を捨てて、お前等という邪魔者を排除して、ボク達は自由を掴むんだ」

「そんなことしても先生は喜ばないよ、こんなこともうやめて! でないと先生が悲しむ……!」


 良心に訴える形で説得を試みる彼女であったが、


「不幸な境遇を喜んでいることを見過ごせるかァあああ!」

「ひっ」

 かえって仇となり、地雷を踏み抜く結果になった。生身であれば唾を飛ばしかねない剣幕に、魔族の少女は喉からひきつった悲鳴をあげる。



「お前になにが分かる!? いいか! 他ならぬ彼女が言ったんだ! 生きる時間が違うって! だから一緒にいられないって! ずっとずっと孤独だったんだよ! ボクには分かル! 立場や種族は違えど似た者同士だと知ったから!」

 自分語りで凶行に至ってきたことを正当化する。


「だから、邪魔な君達を消ス。きっとニーナは悲しむだろう。そしたらボクが慰めるんだ。ボクが彼女の支えになる!」

 トール=ゴーレムは突進を始めた。リゼが慌てて火炎の魔術を放射するも、紙一重で回避されて牽制にもならない。

 そのまま光の籠められた鉄球の殴打を振り下ろす。差し迫った脅威にリゼはたまらず目をつむった。



 だが、彼女に届く直前に魔術の障壁が出現。しかも今回はこれまでと異なり厚みが違う。

 幾層にも張り巡らされたそれが防弾ガラスの構造のように重ねられたことで、耐久度を遙かに底上げされていた。表面に亀裂が入るだけで、受け止められる。


 当然、術者は田中リゼ本人ではない。


「【多重(プル)魔障壁(アスピス)】。先ほどと違って破れまい」

「……ウィド!」


 壁面から身体を起こしたウィズウッドが杖を前に出していた。おもむろに地面に降りて歩くことで健在さを見せる。

「まだ余は倒れておらぬ、相手を変えるのはまだ早計であろう」

「無事ならそう言ってよぉ」

「様子を見ようと思ってな。おだててやれば口も軽くなろう。それよりも今のはなんだ、攻め込まれていながら防御を怠るとは言語道断。悪手にも程があるぞ」

「こんな時まで呑気にお説教してどうすんの!? もぉ~」

 彼女はへなへなとその場で座り込む。ぶ厚い【魔障壁】を破るのを諦め、トールも向き直った。


「アレをくらって生きているとはね」

「あれしきの攻撃では痛手の内にも入らぬ」

 意趣返しを受けて彼は顔をひきつらせる。だが、それにも構わずウィズウッドは言葉を続けた。



「おぬしを図ろうと一芝居打ったが、不要であったな。底が知れたわ」

「底だって?」

 魔王は挑発を投げ掛ける。



「では証明しよう。城山トール、おぬしはニーナを高嶺の花と評したようだが故に()が知れたのだ。見降ろす他にない」

「……どういう意味だ、はっキり言ってみロよ」

「あの者が一輪の花であるのなら、何処で咲き誇っておるか存じているか?」

「さっきかラなにが言いたいんだ、お前は……!」

「知った気でいるのはどちらかという話だ。あやつの(まこと)の名がニルヴァーナであること、如何ようにして現在に至るのか、聞いてはおらぬであろう?」

「黙れよ、黙れよ、黙れよソれ以上彼女のことを語るな!」



 まるでその話題に触れられることすら嫌悪するようにトールは苛立っていた。

 そこにウィズウッドはトドメを刺す。


「さながらそこは余の庭園と言ってよいだろうか。彼女は全幅の信頼に置ける側近であるからな。そこを見上げているというのなら、滑稽と言わざるを得ぬよ」

「ハ……?」

「理解が追いつかぬか? ニルヴァーナが申していたであろう、使命があると。それは、揺るがぬ余への忠誠。それだけの話。唯一の不幸はおぬしなど眼中にないということだ」

「じ、ジゃあ、ボクのニーナは……ずっとお前に……?」

「余のニルヴァーナだ」


 説明を何処まで把握したのかは定かでないが、トールは唯一の確信を得たものがあったのか激情を露わにする。


「お前に縛られていたのかァあああああああああ!?」


 怒号が広がり、呼応するように大地が唸る。そして、建物の崩落が始まった。規模が広がる。

 バラバラにされたあらゆる建材が、磁石のようにマネキン人形のもとへかき集められていく。


 トール=ゴーレムの全身が埋め尽くされ、瞬く間に巨大な像を組み上げて行く。

 摩天楼を闊歩できるほどのゴツゴツした巨人が生み出された。矮小なウィズウッドを見降ろす。

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