トール=ゴーレム
平和で閑静な筈の住宅街の一端で暴動が巻き起こる。
その正体は無機質で感情味のないマネキンを象ったゴーレム達であふれかえっていることである。人払いによって近辺に巻き込まれる人がいないことが幸いだった。
襲いくる人形群を魔王は片手間で蹴散らしながらぼやく。
「まったく次から次へと、これほど雑兵を用意するとは革命でも起こすつもりであったのか」
「だったらあたしも……【焔玉】!」
加勢したリゼが放つ炎の魔術が、数体のマネキンを浴びせる。
だが表面を炙っただけで健在。何事もなかった様子でにじり寄ってくる。
「効いてない!? ウィド、コイツらには炎が通用しないよ!」
「【焔玉】」
「話聞いてた!? だから効かないんだって!」
ウィズウッドは同じく業火をいきおいよく噴射する。
すると火だるまになった個体はその場に崩れて沈黙した。
「……アレ?」
「火力と練度が足りぬぞ未熟者。そもそも魔力の籠め方が甘いから効果がないのだ。ただ悪戯に放てばよいというものではない」
「こ、こんな時まで指導してる場合じゃないでしょぉ!? どうすんのどうすんの! このままじゃいずれやられちゃうかもしれないんだよ!?」
試合や練習ではない初めての戦闘によって身の危険を感じたのか彼女はこの余の終わりと言わんばかりに喚いていた。
現に殺到するマネキン人形型のゴーレムの包囲で埋め尽くされ、距離もすぐそこにまで肉薄していた。数の暴力で押し潰されようとしている。
「この程度でうろたえるな。その気になればすぐにでも殲滅できる」
「じゃあなんで早くやらないの!?」
「周囲に余計な被害を及ぼさぬように引きつけていたまで。これで出揃ったならばよし」
あくまで魔王は冷静に杖の『レーヴァ』を掲げて言った。無防備を晒け出す。
それを皮切りにしびれを切らしたゴーレムの群れが押し寄せる。
「そろそろ一掃する。【東の旋風】」
轟、と大気が唸った。横凪ぎに強い風圧が掛かり、砂塵を巻き上げた渦が立ち昇る。
彼を中心として大規模な竜巻が発生した。人形達がそれに引っ張られ、錐揉みしながら空へと舞い上がっていく。
竜巻がゴーレム達を一体残らずかっさらった後、彼等はそのまま遙か彼方へと飛ばされて見えなくなった。
「これで一先ず片づいたか」
「……凄い」
なびく風に顔を庇いながらリゼはぼやく。
彼女は気付いていた。広範囲に渡って発動した大規模な風の魔術で、窓ガラスを割らず看板やごみバケツ、花瓶などといった周囲の障害物すら巻き込んでいない点について。普通であれば甚大な損害は免れないほどの攻撃であるのに、文字通り敵だけを的確に殲滅したのだ。
単純な力業というだけではない。寸分狂いのない制御された腕前は人間業とは思えなかった。目の当たりにして戦慄する。
当人はそんなことを露知らず、涼しい顔で向き直る。
「怪我はないかリゼ」
「それより城山トールさんが犯人だってホント?」
「自らゴーレムを研究していると申していたであろう。その流用で先ほどのマネキンどもをけしかけたと見た」
「でも、話した時にそんなことをする人には見えなかったけれど……」
「それは当人が一番よく知り得ることであろうな。なぁ、どうなのだ?」
城山トールよ。そんなウィズウッドの呼び掛けに応えるように、路面になにかが衝撃とともに降ってくる。着地と同時に足下のアスファルトがめくれて飛び散る。
人のシルエットをしたそれがむくりと立ち上がるなり、リゼは口に手を当てて絶句し、ウィズウッドは「ほう」と感嘆を漏らした。
肌の質感、細部に渡る造形も群がっていた個体とはまるで違う。頭部に黒髪があり、平べったかった顔面には鼻や眼球、口元がきちんと作り込まれ、白い布切れを纏った全身も球体間接が見えなければ作り物に見えないほどに精巧だった。
そんなこれまで以上に人間へと近づいた状態の人形が声を発する。
「やぁおまたせレッサー諸君。まダ生きててくれてありがトう。おかげでオ披露目しそびれなくて済む」
「アレが、城山さん……?」
目の前に現れたものを信じられない様子のリゼ。しかし当人が意に介した様子はない。
「おや? 君、面白い格好をしテいるね。コスプレかな」
「見掛けに関してはその成りで言われたくない」
ウィズウッドは鼻を鳴らして一蹴。
「おぬしが本体と見てよいのだな。面識した時と魔力の波長が一致する。よもや生身を捨てようとは」
「信号が途絶えタみたいだけど、ボクの人形達は何処へヤったんだい?」
「まとめて地平線の彼方に送ってやったわ。今頃海の藻屑にでもなっていよう」
「そっかぁ、まァいいや」
必要があるのか分からないがゴーレムとなった城山トールはストレッチをして言った。
「これから君達を消スね。理由は自分で考えて?」
「まず、ニーナであろうな。それほど余とリゼが傍にいたことが癪に触ったか」
「なんだ確信犯かくそったレ」
語気が若干荒くなる。それから腰を落として臨戦態勢をとる。
「お前等と彼女ガいると汚れるんだよ、おとなしく警備にボコられてりゃいいのにさ。抵抗しやがって。お前等が悪いんだぞ。お前等の自業自得なンだよ。こんなに手を煩わせるのもお前等のせいだ。オ前等が、お前等がボクを此処までさせたんだ」
「語る割には中身もない。逆恨みも甚だしいな、くだらぬ」
そう魔王が鼻を鳴らして一蹴するなり、
「──じャあ早く死んじゃえヨ」
恐るべき瞬発力で肉薄したトールの殴打が迫る。ノーモーションで彼が張り巡らせた【魔障壁】と接触して激しく明滅を起こした。
「ウィド!」
「下がっておれリゼ」
畳みかけるように素手で目の前の防壁を壊そうとするトール=ゴーレム。その拳を強く押しつけたかと思うと、強い光が生じた。
警備ゴーレムが照射していたものと同じ【光閃】がゼロ距離から解き放たれ、防壁とせめぎ合い火花を散らす。容赦のない連射。
ガラスが割れるように【魔障壁】は盛大に破られ、トールが間合いへと入り込む。
だが、その目と鼻の先で既にウィズウッドが杖を向けていた。
「【北の暴風】」
見えざる衝撃波に叩かれ、人形は大の字に後方へと吹き飛ばされた。路面を何度も転がって遠ざかる。
だが耐久度が違ってか、五体がバラバラになることなく受け身をとって復帰。存外強く叩きつけたつもりなのだがダメージが薄い。
「装甲に希少なミスリルをふんだんに使っテいる特別製だ。こんなんじゃひっかき傷ひとツ付かないよ」
「【金剛礫】」
次いでウィズウッドが発動した魔術はきらめく白い結晶を散弾銃のように撃ち出すものだった。トール=ゴーレムめがけて一挙に浴びせられる。
すると彼は身軽に飛び跳ねてやり過ごした。ウィズウッドの頭上へ逃げる。
「逃がさぬ」
魔王は標的を追って斉射を続けた。クリスタルを跳び散らす光景が周辺を幻想的に映した。
だが、胴体を捻りアクロバティックな挙動でそれらをことごとく回避していく。その挙動はもはや人でも獣でもない。糸で吊られてかわしているようだった。
「その気になれば見なくてもこの程度避けらレる。魔力感知レベルも従来の比じゃないんだナこれが」
秘められた性能をまるでひけらかすように彼は語る。
それから壁を蹴り、周囲をめまぐるしく移動して攪乱する。ゴーレムには息切れがない。原動力が続く限り激しい挙動をいくらでもできるだろう。
「とっタ!」
そうして背後から急襲を仕掛けられたが、その行く手を阻むものがいた。
それはウィズウッドの背でなびいていた黒のマントであった。生き物のように動き出し、手刀を伸ばして貫こうとする人形の腕にからみつく。
「なッ」
彼の意志と魔力で操られたそれが完全にトールの機動を押さえ込む。
誘われた。そう彼が理解した時にはもう遅い。
弾けるように振り返ったウィズウッドが光を伴う『レーヴァ』の杖を下した。
「【煌刃】」
楽器の弦がけたたましく千切れるような反響音と共に、トール=ゴーレムの片腕が切除される。




