火花を散らして
火蓋は切って落とされ、ツインテールの女子生徒が斧を携えて飛び込んだ。
単身で肉薄する相手に杖を構える。理由はもちろん迎撃の為。
「落ちこぼれが吠えたものね! 無様に転がして現実を教えてあげる!」
「【焔玉】……【ファイア・ボール】」
渦巻く火炎を繰り出し、目前で球体状に形作る。
リゼがこれほどに素早く正確な攻撃を産み出すとは予想していなかったのか、突進する彼女は驚愕に目を見開く。
しかし相手も勢いのまま火炎弾に斧を叩き込んだ。一撃で両断する。
「この程度、舐めないでちょうだい!」
その足は止まることなく、無言で後退するリゼを追いつめる。
間もなく両者の距離は目前まで詰められた。言うまでもなくウォーロックは接近されることに弱い。そしてウォーリアーの独壇場だ。
しかも舞台の端にまで立たされて逃げ場がない。
再度枝のように得物を振り上げられ、凶刃がリゼを狙う。
その数秒後、早々に決着がつくこととなる。
「罠よ後ろ!」
「え……がはっ」
背後から飛んだ仲間の警告に斧使いが戸惑いを示して間もなく、熱を伴った衝撃が襲う。
その正体は今しがた真っ二つにした火炎。左右に分かれてからもリゼは操作していた。
着弾した二発の火炎に吹き飛ばされ、すれ違う形でフィールドから放り出された。攻め入る相手を場外させようと、退くように見せかけて誘っていたのだ。
一人目が開始して十秒も経たずして脱落。その事実に、ギャラリーがどよめいた。
「そっちが無様に転がったね」
一メートルほど下に落ちた斧使いに言い捨てる。痛みと悔しさに顔をしかめた彼女を一瞥し、残りの二人へ目を向けた。
「なによアイツ、魔法もロクに使えないんじゃなかったの!?」
「油断しないで。この前とはまるで別人よ。あそこまで詠唱を省いた【ファイア・ボール】を操るなんて……!」
藍色なボブ髪の槍のウォーリアーが冷静さを呼びかけて構えに入り、サイドアップした橙髪のウォーロックも「ほんとに生意気……!」と毒づいて杖を突きつける。
「卑怯とは言わないでくださいね。もともとお情けのつもりだったんだから」
認識をあらためたのか宣言していた形式とは異なり、二人がかりで仕掛けてくるようだ。
リゼにとってはどっちでもよく思っていた。元から、そうするつもりで試合に出たのだから。
今度はリゼの方から先手を打つ。魔力を練り上げ、渾身の炎魔術を顕現。
多数の火球を上空に浮かべた。
「あれは!」
「まさか……!」
星村レティシアが、あるいは森野ウィドが披露した【ファイア・ボール】の派生。
「【ファイア・ボール・スウォーム】……!」
一斉に降り注ぐ流星の如き彼女の攻撃で舞台が荒れる。
※
赤き閃光と爆音が広がる戦闘フィールドの外で、ウィズウッドが腕を組んで静観する。
「あれが本当にリゼちゃん……?」
熱を伴った眩しさに目を庇いながら信じられない様子でニーナが彼に尋ねる。
魔王自らが指導をしていたとはいえ以前の彼女とは天と地ほどに開きがある。
「流石陛下でございます。たった数日で此処までのウォーロックに育て上げるだなんて」
「否、余はただきっかけを作っただけに過ぎぬ。元よりあやつにそれだけの伸びしろがあったまでのこと」
魔力の内包量を鑑みれば、それをきちんと制御するだけで強力無比になるのは自明の理。
とはいえ、まだまだ魔導師の門戸を開いた域を出ない。あれくらいはできて当然と言ってもいい。
現にその証拠として試合はまだ終わりを迎えてはいない。やたらめったらに攻撃したせいで仕留め損なっている。広がった煙の暗幕の中で、動く者達の気配をウィズウッドは察知していた。
魔法ならぬ魔術を修得し、得意げになって曲芸を披露したかったのかもしれないが、追いつめられていたのなら世話がない。
「未熟者め、精々不覚を取るなよ」
※
一方で、会心の絨毯爆撃を見舞った当人であるリゼは地味にテンパっていた。別の意味で。
今までこれほど周囲をめちゃくちゃにしたことはなかったし、加減もよく分からないまま怒りに身を任せた結果想像以上に周辺の被害を大きくしたことにショックを受けている。
立ちこめる煙の周辺では地面が焼け焦げ、砕け散るという惨々たる有様である。
(ヤバイ調子に乗り過ぎたやり過ぎた魔法もとい魔術が使えるようになったからってつい真似してみたけどこんなに大惨事になるなんて思いもよらなかったんですああホントごめんなさいあたしはやっぱり小心者ですごめんなさい心臓に毛が生えたあんな朴念仁の魔王みたいに平然とはいられませんごめんなさいていうか二人とも大丈夫かなぁ此処は加護の魔法が掛けられているから大怪我はしていないと思うけど全然見当たらないし静まりかえってるしこれ試合どうなったの……!?)
そんな彼女の心配は杞憂となる。
横合いから影の急襲。飛びかかった一閃がリゼを狙う。
「うわっ!? よかった無事だった!」
「いつまで余裕ぶっていられるかしら!」
咄嗟に身をそらしてやりすごされた上に身を案じた言葉をかけるリゼに。
「随分やってくれるじゃない……!」
徐々に煙が晴れると奥では【シールド】で護っていたウォーロック役の方も健在が確認できた。
既に間合いに入った槍の接戦と魔法で援護されるこの攻勢は圧倒的に不利と言っても過言ではない。
だが、リゼはウィズウッドによって対策を講じられていた。
「【ソーディア】!」
詠唱と同時に杖そのものに金色の光刃が宿った。剣の役割を担っている。
正式には【煌刃】という魔術師の近距離護身用の魔術である。それで、槍と競り合った。
無数の突きによる猛攻を逸らし、あるいはいなしてリゼは紙一重でかいくぐる。
「ウォーロックがウォーリアーと接戦で渡り合うなんて邪道な!」
「緑の二階──そっちに放つわ離れて!」
埒が空かないと判断してかサイドテールのウォーロックが強行に出た。
槍使いの一時離脱と同時にその魔法は放たれる。
「【ゲイル・フリッカー】ッ!」
鎌首をもたげるような鋭い烈風が伸び、リゼを襲う。
彼女はすかさず杖に纏った【煌刃】を解き、防御の魔術へと移行した。
「【魔障壁】……【シールド】!」
青白い円陣が張り巡らされ、攻撃を阻んだ。
相殺。風の双刃が霧散し、発光する防御壁も砕けた。
消しきれなかった衝撃で顔を覆っているリゼの隙を狙って槍使いが今一度迫り来る。
直線的な突きと見せかけて横凪ぎの攻撃が放たれた。
「うぁっ」
脇腹に決定打が入る。はじかれたように転がり、彼女の一瞬呼気が詰まった。
息を呑んで観戦していた生徒の喝采が湧き上がった。決着を期待しての声だったのだろう。
誰もがリゼの敗北を望み、それが当たり前だとばかりにほくそ笑んでいる。その事実が今一度リゼの気持ちを奮い立たせた。
負けたくない、奴等の思い通りにされてたまるかと。
ダメージですぐには起きあがれずにいる内にトドメの一閃を見舞おうと飛びかかった。
「これで終わりよ!」
「ご、冗談……!」
尻餅をついたような姿勢でいた魔族の少女は杖を遮二無二に振り上げた。
目と鼻の先まで届かんとするや否やのところで唱えられたものは、
「【アクア・ウィップ】!」
水を生じて束ねられた鞭が杖先から伸びた。
素早く矛に絡みつき、突きの勢いを利用して引っぱり出す。
「あっ」と驚く内にすかさず持ち手から奪い取り、場外へと槍を投げ捨てた。
立ち上がりながら、武器を失い無力化した相手にリゼは言い降す。
「まだやる?」
「……くっ、田中のくせに」
捨て台詞の後、うなだれたことで二人目の脱落が決定する。ほんのわずかな間に起きた逆転劇にどよめきが広がった。
偶然、まぐれ、そんな言葉では一蹴するのは難しい。
あれがつい先日まで落ちこぼれと指をさされていた魔族の女子生徒であったのか。
「これで一対一……!」
「調子に乗るなって言ってんでしょうが!」
レディとは思えない悪態を皮切りに、ウォーロック同士による魔法攻撃の応酬が始まった。
「【ウィンド・カッター】! 【アクア・バレット】! 【スパーク・ダガー】!」
「【ストーン・ブラスト】! 【ファイア・ボール】! 【アイシクル・アロー】!」
色とりどりの属性が交わり、衝突して相殺を繰り返した。どちらも譲らない。一瞬たりとも気を抜けない緊張した状況が続く。
「ええいしつこい! 早くやられなさいよ!」
「我慢比べをしようよ。知ってるよね? あたし、魔力量には自信があるって」
相手はハッとなる。このまま悪戯に交戦を続けていても不利になっていくことに気付いたのだ。
「だったら金の二階──!」
威力を高めた魔法の発動に差し掛かった瞬間。ここだ、とリゼは新たな動きに出た。挑発だった。
「【アクア・バレット】……!」
溜めずに放ったことで従来の青の一階級としてはけして大きくはない水弾が飛んでいく。
だが大技を決めようとしていたところに最速の攻撃はしのぐこともできず、直撃した。
「ごぼっ!?」
ちょうど彼女の頭がすっぽりと水に包まれたことに驚いた様子で泡を吐き出していた。そして、そのまま重力に従わずにまとわりついている。
水の魔術【湖の欠片】が従来の魔法より自由度があるおかげで、こうして相手の顔を包み込んだまま維持させることに成功した。
威力は期待できなくても、弱点を付け入るには十分。
「がぼぼ! あぶぶがばば!?」
顔を振るい、杖を振り乱し、頭部の水を剥がそうとかきむしるも効果がない。
そしてなにより魔法を上手く使えずにいた。なぜなら、水のせいで詠唱が封じられているからだ。それだけで並のウォーロックは魔力の制御が乱れ、機能不全に陥る。
杖の機能に頼りすぎた現代のウォーロックの欠陥。ウィズウッドに教えてもらった知識が活きた。
事態を悟ったのか、息を激しく吐き出しその場でうずくまってもがいている。
そんな彼女の前にリゼは詰め寄って、杖を突きつける。
「選んで。そのまま溺れるか、負けを認めるか」
「ぶぐ!」
溺死という恐怖の中で見下ろした紅い眼に射抜かれ、リゼのことが本物の悪魔のように映ったのか、女子生徒の肩が震え出す。
やがて杖を手放し、両手をあげた。
降参の意図と受け取り、リゼは水の球体を解除。音を立てて地面に落ちた矢先に、サイドテールを見る影もなく濡らした女子生徒がその場に崩れる。
そうして嗚咽するところに脱落していた二人が介抱に来たところで、リゼは言い放つ。
「魔族なんかに負けて悔しいって思うなら、いくらでもまた相手してあげる」
そう捨て台詞を突きつけて背を向けると、いきり立った声が返ってきた。
「ふざけんじゃないわっ」
「レッサーが!」
飛び出した二人目掛け、振り返るなり素早く杖を振り抜いた。
業火を呼び起こして凪払われ、彼女等の頭部を襲う。お洒落に気をつけていた髪型がアフロになった。
「ギャー!」「イヤァァ!」という阿鼻叫喚を尻目にリゼは周囲にも聞かせるように声高に張り上げた。
「そう! あたしは皆が笑った落ちこぼれのレッサーデビル! でも! 正々堂々と勝ったよ! 不利だったのに! なのに納得がいかないとこうやって卑怯な真似をするのが人間なの!? なんとも思わないの!? だったらあたしは絶対に負けない! 三対一でも! 不意打ちでも!」
溜まり溜まっていた葛藤が校舎に響き渡った。
しん、と完全にギャラリーは声を失っている。もうこの場に拘泥する意味がないことを理解し、彼女はステージから降りて行く。




