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反撃の狼煙


 夕刻、田中リゼが試合を放課後に行うことは学校中で広まっていた。

 誰の吹聴か、他に耳にした者がいたのかは定かではないが、春休みで急遽繰り広げたウィズウッドの試合以上に衆目が集まることとなる。



 校舎の渡り廊下に立った少年、堀門ギルバートは携帯魔鏡(ミラーズホン)を持った。

 その鏡面から連絡相手が映し出され、立体的に投影される。


 ソファの上で不服そうに足を組み、通話に望んだのは金髪の令嬢その人。星村レティシアである。


 しかし先日よりも髪が短くなっており毛先のクルクルも控えめだ。


「やぁレティ、髪切った?」

『いいえ全刈り(・・・)ですわ。それからポーション入りのトリートメントに何度も浸して髪を伸ばし直している途中で、一日足りなかったのでお休みいたしましたの』

「それはまた豪勢な使い方だね」

『開発中の自社製品をいくら使おうと口を挟む筋合いはありまして?』

「別にないけどさぁ」

『後は目に入っても染みない・食べられるシャンプーなどもございますの』

「前者はいいけど後者は謳い文句としてどうなんだろ。だって元々頭の汚れを洗い落とすものだし、それついた泡を口にしたい人いるかな」

『……あ』

「ごめん忘れて、ボクの軽はずみな発言で経営方針を揺るがしそうな責任取りたくない」


 唖然とする彼女を見てギルバートは慌ててぶっちゃけた指摘を撤回する。


「まぁ元気そうでよかった。てっきりプライドがズタズタにされて登校できないのか心配で慰めようと思ったくらいさ」

『嫌みが言えるようになられていただなんて、豚野郎の癖に』

「……過去の話は言いっこなしだ」

『で、なにか御用かしら』

「おもしろいことになっているから教えてあげようと思って」


 言って彼は校庭の光景を見るように促す。


 金網のフェンスを埋め尽くす人数の生徒に囲まれ、試合が始まろうとしていた。

 経緯を説明することなく、レティシアは事情を悟った。つまらなそうに鼻を鳴らす。


『あの娘達、勝手なことをして……で、お相手は? あの魔族の男でしたら結果は目に見えておりますが』

「いや、田中くんだそうだよ」


 不貞腐れていた表情がほんのわずかに真顔になった。


『あれほど意気地がなかったのに大きく出ましたわね』

「友人だったんだろ? 彼女」

『それはとっくに昔のお話。今やわたくしがもっとも忌避すべき人種となり果ててしまいましたもの』

 レティシアが口にした人種というのは産まれ持った種族的なものを指しているのではない。



「目先の障害に諦観する人、だね」

『そんな方と懇意にされていると認知されていては星村の名が泣きますわ。故にどうなろうとわたくしの与り知るところではありませんわ』

「手厳しいな相変わらず。しかも自分にさえ制約を課している。ジレンマだ」



 幼なじみであるギルバートは知っている。彼女が田中リゼを派閥に率いれようとしていたこと。プライドの高さが先行して相手が折れるまで実行しようがなかったことも。

 だから派閥の取り巻き達と彼女が対立してしまっても静観を通している。



「でもさ、それって……」

『なにか?』

「いや、なんでもないよ。しかし三対一か、ボクも本気でやってどうにかというところだが、どこまでいけるかな……田中くん」



 ロッカールームの入り口で運動着になったリゼが止まらない心臓の鼓動を抑えて立ち尽くしていた。

 流れでこんなことになってしまったが、心の準備ができていない。

 そもそも自分が試合をする状況にも納得が行っていなかった。


「オイ、まだ支度ができておらぬのか」

「キャー!? 入るなバカァ! 他に女子いたらどうすんの!?」

 既に着替えていながら思わず腕で身体を隠して抗議するも、ぬっと顔を出したウィズウッドは意に介さない。



「あちらはもう準備を終えている。こちらも行くぞ」

「ね、ねぇ本当にあたし一人で闘うの? やっぱり無茶なんじゃ……」


 事実、リゼにはまともな対人戦闘の経験がない。魔法を放ち、マトにぶつけてしかこなかった素人だ。

 しかも同時に三人を相手にしなくてはならない。彼女としても無茶難題

もいいところである。


「この期に及んでなにを躊躇う。これはおぬしの問題だ、自力で解決しなくては。生憎手は貸さぬぞ」

「勝手に煽っておいてその言いぐさ!? 無責任過ぎない!?」

「聞け、リゼ。先日からおぬしの置かれた身の上を鑑みて察するに、ずっとああいった不条理に耐えてきたのであろう。黙してきたのであろう。余には到底許容できぬことだが、敬意を評する」


 彼は演説するように語り始めた。当然リゼは戸惑いを見せる。


「急に、どうしたの?」

「あらためて問おう。戦わずして負け犬と揶揄され、劣等の種族の産まれと後ろ指をさされ、人目にはばかることを強要され、それらがなんらおかしいことではないと口を揃える狂気に同意を示しておるのか?」

「そんなわけ……」

「だが、さきほどもそうであったが態度で認めてしまっておる。故に人間どもは助長するのだ。反抗せぬ子羊を屠るように」


 魔王にとって今認識している見えざる敵は、古来からありながらも遙かに異質で狡猾なものだ。しかも徒党を組んで大元がいないという厄介な存在。自分やリゼを含め、種族が現在もそれらに攻撃されている。

 それには色んな呼び方があるだろう。集団心理、社会の空気、人種格差……何処に行ってもつきまとうものだ。


 リゼはまだ子供の内からその矛先に幾度となく傷つけられていた。当たり前であるかのように。

 異を唱えなくては、何処までもこの静かで冷ややかな悪意は続く。


 だが彼女は既にその見下される空気に屈している。立ち上がろうとは思っていない。


「だが、もはやおぬしも羊ではない。抗う術は身につけた」

「気が早いよ。それに反抗してなんになるの? 別にあたしはただ優秀なウォーロックになりたいだけで……負けたら余計バカにされるだけだよ」

「まだ尻込みするか。よいか? 勝ち負けが重要なのではない。なにもせぬからつけあがると言った筈であろう。少しでも手傷を与えれば、その事実が己を未来の攻撃から守ることに繋がるのだ」


 件の脅威は悪質な反面、酷く脆い側面があった。返り討ちや危害が及ぶことが知るなり、呆気ないほど口を閉ざし手を引いていく。シンプルな話である。


 見えないマントを翻すように芝居がかった身振りで語気を強める。

「証明すればよい。己が見下げられる存在でないことを。身を以て知らしめてやればよい。奢っているのがどちらであったのかを。これは他ならぬおぬしが変わる第一歩である」

「あたしが、変わる……」

「事実、この数日の鍛錬で既にいくつかの魔術を会得していよう。それを存分に奮うまたとない機会だ。怒りを声に出せ、ふぬけた人間どもに目にものを見せてやれ」



 自信のないリゼを鼓舞する為に、こう言い加えた。

「この魔王の弟子となったおぬしならば、このくらい容易い」

「本当に?」

「保証しよう」


 やや沈黙があった後、クスリと失笑の吐息が聞こえた。


「……此処じゃ魔王は禁止と言ったでしょ。それに、いつからあたしはアンタの弟子にさせられたの?」

「教鞭を受けた以上おかしな話ではあるまい」

「まぁ、そこはどっちでもいいけどさ」



 魔族の少女は歩み出した。舞台を目指して。

 すれ違いざまに言い残す。

「今回は騙されてあげる。じゃ、負けたら責任とってよね」

「フン、二言はない」


 心なしか肩の荷が降りたように彼女の足取りは軽くなり、グラウンドの片隅に用意されたフィールドに入って衆目に晒された。

 だが、かつてのようにおどおどした様子も怯んだ気配も見せない。

 内心は緊張でガチガチになって顔はこわばっているが、それでも勇ましい方だ。


 三人は既に舞台の上で並んでいる。斧と槍のウォーリアー役が二人に、杖を持ったウォーロックが一人の編成。

 斧持ちで黒いツインテールの女子生徒が前に出て口火を切った。



「てっきり逃げるのかと思った。その悪魔みたいな尻尾を巻いて」

「……」

「さっき話し合って、流石に一斉に襲いかかるのかわいそうだから順番に戦わせてあげることに決まったわ。一番手の私で終わるでしょうけれど」



 クスクスと笑いながら、身の丈に迫る大きな斧を軽々と肩に担ぎ塩を送る意志を伝えた。後続の二人も冷笑を縁取っている。

 比較的に彼女が力持ちであるという訳ではなく、持ち手にかかる重さが魔法で軽減されているのだ。



「ちょっと味方が増えて調子に乗っているんじゃないの? 貴女自身にまで力をつけたと勘違いしたのなら、思い上がりもいいところね」

「……」

 言われるがままでいるのをいいことに、好き放題にこき下ろす。



「みんな、知っているものねぇ。田中さん、貴女がウォーロックとして出来損ないだってこと」

「だから喜んで試合に応じたんでしょ?」

「……なんですって」

 しかし今回は違う。


「あたしなら勝てると踏んで余裕ぶっているけど、これがウィドだったらオドオドしてすぐに降参しているの、目に浮かぶもん」

「ッ、本当に調子に乗らないでほしいわレッサーの癖に! こそこそ訓練していたみたいだけれど、たった数日で上達したら苦労しないの。少し痛い目に──」

「訓練……? ちょっと待って」

 聞き捨てならない言葉である。


「どうして知っているの? あたしが学校以外でも訓練してたこと。……まさか」

 脳裏に浮かんだのは運動場で突然駆けつけた警備ゴーレムの騒動。暴走はさておき、誰かの通報がきっかけであったことを思い出す。

 結びついた。追求に向こうの顔がしまったと言わんばかりに一瞬動揺をしたのを見て、確信する。



「アンタ達が、あの場に通報したの?」

 すると開き直ったのか「なにか問題でもおあり?」と認めた。

「怪しい人物を見掛けたらすみやかに通報。普通のことでしょう? 警察にはお世話になられたのかしら? 補導されていながら登校していたとしたらよほど肝が据わってらっしゃるのねぇ」

 ありったけの悪意を塗り込めて、リゼに投げかけた。


「いや、そうでもないと魔族なんて学校に居続けられるもんじゃないわねアハハハ! 机とお友達のままでいればこんな場所で公開処刑になんてならなかったでしょうに! 恨むならあの男を恨みなさいね!」

 試合前に痛い沈黙が流れ、周辺からまだ始まらないのかと疑問の声が囁かれた。


 葛藤が一巡し、息遣いが途切れる。そして抑圧から解放されたように長い深呼吸の後、ポツリと魔族の少女は漏らす。

「……あったまきた」


 言葉通り肩を怒らせてリゼも進み出た。

「言わせておけば、大人しくしていれば、言いたい放題好き放題してあたしがどんな想いで我慢していたかなんて知る由もない。いい加減にしてよ、あたしが誰になにをしたって言うの……?」


 此処で魔族の一人が反撃の狼煙(のろし)をあげた。これは攻撃だ。ウィズウッドが言うとおり、ただ無抵抗でいても蹂躙される。生殺しを続けて音をあげていなくなってもなんとも思わないに違いない。

 それどころか消えてくれて清々すると悪びれもなく口にするだろう。


 そんなの本意なわけがない。当然だと思い込まされていたけど、おかしいのだ。

 何故謂われもなく否定する者の言い分を鵜呑みにしなければならないのか。どうして、こちらだけ辛い想いをしなくてはならないのか。


 だったら、一矢報いなくては。ただ無害無抵抗な相手だと思い込んでいるから嘲るのだから。

 そんな風にリゼは熱に浮かされながら思った。あの魔王の演説のせいだ。


 でも、怒っていいと教えてくれた。声に出していいと教えてくれた。

 だからこそ、彼女も啖呵を切る。


「アンタ達の思い通りになるのはもうこりごり! そんなに争うのが好きならやってやろうじゃない! 覚悟しなさい!」

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