田中ハイド
「おわああああああ!? ダメダメ今はダメェええええええ!」
取り乱した彼女が映像を遮断しようと慌ただしくテーブルに駆け寄ろうとする。
『あれ? リゼちゃん? パパだよー? おおーい聞こえてる?』
「一回切る! 一回切ってまた掛け直すから!」
「まぁまぁ、中々お帰りになられないお父さんのご連絡よ? 繋いであげなさい」
『ああ元気そうだねー。お客さんでも来てる? 随分賑やかだ』
ニーナに諭され、通話を切ろうとするのを彼女は渋々ながら中断した。
投影されていた人物は白衣を着た魔族の男性だった。ボサボサした髪に頬はやつれ、ロクに睡眠をとっていないのか目には隈が目立つ。
だがそんな様相とは裏腹にニコニコと屈託のない笑顔を見せているところがミスマッチしている。こちらを気遣っての作り笑いという線は薄そうだ。現に言動が軽くて能天気さがうかがえる。
この身だしなみに過敏な人からもの申されそうな中年男性は言うまでもなくリゼの父親だろう。
「パ……お父さん、一ヶ月ぶり」
『ああーリゼちゃんの顔もうそんなに見てなかったのかー。時間があっという間だー』
「田中さんご無沙汰です。少々お邪魔させて頂いておりますね」
『おや清水先生こんばんは。リゼちゃんがまたお世話になっているようで』
「いえ、そんな大したことはしていませんよ」
「あのねお父さん、人前だからリゼちゃんはやめて」
『先生といるだけなら別にいいじゃないか……と思いきや、お友達?』
ウィズウッドの存在にも気付き、男は意識を向ける。
「森野ウィドだ。お見知り置きを願う」
『森野くんだねよろしく。私は田中ハイド、ご挨拶遅れてすまない。よく遊びに来てくれた』
「否。余は居候の身として先日からこの家に世話になっている」
『居候?』
「うむ、こちらで寝食に預かっている。遅ればせながらに失礼した」
『あ、そうだったんだ。なにもない我が家でよければ自由に過ごして貰って構わないよ。娘も賑やかになって喜ぶだろう』
魔王の発言に顔をひきつらせるリゼ達をよそに、あっさりと父親は見ず知らずの彼が滞在することを許してのける。
「え、そんな簡単にいいの……? 勝手に入れちゃったけど」
『いいよいいよ。リゼちゃんが今この家を見てくれているんだ。その判断は任せるよ。それに、大方清水先生の伝手で此処にいるんだろ? だったら悪い子じゃないでしょきっと』
「感謝する。この恩は必ずお返ししよう」
「すみません、ご不在の時に押し掛ける形となってしまって」
『むしろさ、殆ど帰っていないのに大黒柱ぶるのは都合が良すぎるというものだ。二人とも、この子をよろしくね』
という田中ハイドの言葉にリゼは表情を曇らせた。
「やっぱり忙しいの?」
『実は来週にも家に戻れそうだったんだが、急な別件が舞い込んで来てね、緊急性を要するということで難しくなったんだ』
その旨を伝えるべく、今回は連絡をしたと。
ニーナから話は聞いていた。彼女の父親は魔物に関する研究機関の長で、日夜それらに関する生態や調査に動き回っているそうだ。
「そう、なんだ」
『あっでもそう長くは掛からないと思うから! 近い内に目途が立ったら報告するから! ごめんね、本当に』
父はすまなそうに弁明を捲くし立てる。
そんな彼に心配をかけまいと思ってか彼女は明るく振る舞うようにして言う。
「大丈夫。お仕事大変なんでしょ? あたしは別にいつも通りにしているから、そっちに集中して。教授のお父さんが頼りにされている証拠だよ」
『いつも苦労をかけるね』
「でも休める時は休んでね? 今日はご飯ちゃんと食べた? あまり寝てないんでしょ? 徹夜をするのは良くないから」
『うん分かった心配してくれてありがとう』
「本当に?」
『当然さ。よーしパパ張り切って仕事しちゃうぞーっ』
思わずリゼの顔が真顔になる。
「いやだから、それじゃ意味ないってば。ずっと無理したら、いつか身体を壊しちゃうよ」
『引き際くらいわきまえてるさ。ねぇ皆聞いてよ! この仕事が終わったら娘とゆっくりするんだー!』
「それだと帰らぬ人になる前振りみたいに聞こえるんだけど!?」
『──え、なに? ああもう時間? すぐ行くよ。呼び出しだ。すまん! また連絡する、おみやげ考えておくから!』
「あっちょっとパパ……!」
話の途中で彼の離席を契機に通信は途絶えた。痛い沈黙が部屋に広がった。
「あの者、能天気というか昼行灯であるな」
「いけません陛下、特に今は……!」
間を置いて「ばか」と呟いたリゼは二階の自室へと上っていく。夕飯ができるまでは降りて来ないだろう。
『先ほど入って来ましたニュースです。キャンプ場としても有名なヒンダル山の山頂で……』
空疎に流れるニュース番組をよそにニーナは小さく息をつく。
「……まぁ、このように多忙な人なので、あの子もなかなか寂しい想いをしてしまって……幼少の頃は私もできうる限りお世話にしておりましたが」
「母親にあたる者は?」
「物心付く前に、病で。以来父子家庭です」
「ふぅむ」
複雑な家庭事情にウィズウッドも眉をひそめる。以前から此処でほぼ一人暮らしをしているようなものであったと察した。
彼女は一体、どれほど孤独に耐えていたのだろうか。
「……ところで陛下、先ほどのお話、終わっていませんよ」
「ぬ!」
有耶無耶になろうしていた話題を蒸し返された魔王はまた別の意味で閉口することとなる。




