城山トール
ニーナを呼び止めたのは、大人しそうな冴えない青年だった。
酷く焦った様子でこちらに駆け寄ってくる。背広を羽織り、中に着たシャツのネクタイはヨレヨレで緩んでいた。
「城山先生? こんにちは、そんなに大声出してどうしたの?」
「や、やぁニーナ。いきなりごめんよ。ほら、この前も学会で飛び出して行ったし、最近どうしたんだい?」
「心配してくれてありがとう、ちょっと教え子のことで忙しかっただけよ」
知人であるようで彼女はにこやかに応じる。ウィズウッド達と一緒にいるところを見られても動じないように努めていた。
「リゼちゃん、ウィドくん、ご紹介するね。彼は城山トールさん。別の工業高校で教師をなさっているの」
「そ、そっか。やっぱりニーナの教え子だよね。よろしく」
なにかに安堵したのかホッと胸を撫で下ろしながら挨拶をした。
「ふむ、工業とな」
「大したことはしていないさ。主にゴーレム工学を専門に携わっていてね。生徒達に教えながら、今は研究発表会や学会で人型にして土木建築や工場といった人材の代替案を目指しているところ。将来的には色んなサービスや現場作業にもとって代われるようになるといいと思っている」
「え、それって普通に凄いことじゃないですか? 人々が肉体労働をしなくて済むってことですよね?」
「着眼点を変えただけだよ。人形をベースにしたのはいいけれど、制御技術が今後の課題かな」
温厚そうな顔立ちに人のよさそうな微苦笑を浮かべながらトールは謙遜を示す。
だが、間を置いて繕っていた焦りを表に出し始める。
「……それで、此処にはもしかしてプライベートでこの子達と遊びに来ているとか? 生徒と教師という関係にしては行き過ぎていないかい?」
「ウィドくんは両親がいないから都会の生活に慣れるまで面倒を看ているの。そしてリゼちゃんは昔からの馴染みで彼の住み込み先の子、親戚みたいなものよ。個人的に一緒にお買い物するくらいね。やましいことなんてないから。大丈夫」
「なにも!?」
「そう、なんにも」
終始穏やかに答えたニーナに、彼はホッと胸を撫で下ろす。
「よかったぁ……そうだ、ニーナ。この前話していた件はお開きになってしまったけど、日をあらためてやらないかい? 予定、合わせるからさ」
「あ、あー……その話ね……今じゃないとダメ? また今度にしましょう」
言ってチラチラとウィズウッド達を見る。どうやら二人の前では触れられたくない話題のようだ。
「今度じゃダメなんだ。ズルズル引っ張っていたらきっと有耶無耶になるから」
しかし、城山トールと呼ばれた男性は詰め寄るようにして言った。まるでそれが分かった上での追求である。
一体何事かと思いきや、なにやら強い決意を籠めて彼は本題を切り出す。
「実はこの前、とても素敵なお店を見つけたんだよ。だから今度の週末、フレンチに行きませんか」
ショッピングモールのど真ん中でまさかのお誘いが掛かる。その意図は言わずもがなであった。
リゼは驚いて口を開け、白昼堂々と部下を勧誘する男にウィズウッドは眉をひそめた。
少し困ったような顔でエルフの美女は青い髪を垂らして頭を下げる。
「ごめんなさい城山先生。気持ちは嬉しいけど……今は生徒の面倒を看ないといけないから」
「え……そ、そっか……ごめん。忙しい時に」
やんわりと申し出を断られて項垂れた彼はぽつりと漏らす。
「ボクじゃやっぱり釣り合わないか。そうだよね、君とボクとじゃ住む世界が違う。高望みし過ぎていたんだ」
「そうじゃないわ。城山先生は素敵な男性だと思う。仕事熱心で人当たりも良いし、一緒に話をしていてとても楽しいと思う」
「ホント?」
脈がないわけではないと受け取った彼が一瞬明るさを取り戻す。
しかし、とニーナは続ける。
「でもダメ。別に誰とだったら付き合える、という話じゃないの。私には使命があるから」
「使命、だって?」
「そう。詳しくは話せないけれど、貴方が産まれるずっと前から私が生き続けていた理由でもある。そんなしがらみに巻き込めないよ」
それが魔王であるウィズウッドへの忠誠であることを彼は知る由もない。
だが、ウィズウッドは黙しながら彼の様子を見ていた。
「それに貴方とは生きる時間が違う。これ以上他の誰かと寄り添ってその生涯を看取るのは、辛いから」
「ニーナ……」
「虫のいい話かもしれないけれど、これまで通り親しい知人でいられませんか?」
沈黙が流れ、かすれた声で呟く。
「優しいね、君は。だから……平気なのかな」
「え?」
「とにかく何事もなかったのならいいんだ。買い物中にごめんね。じゃ、また」
「あ……」
踵を返し、その場を後にする城山。哀愁漂う背中に声を掛けることができず、ニーナは伸ばし掛けた手を降ろす。
振り返り、魔王へ恭しく謝罪する。
「……お騒がせして申し訳ございません」
「構わぬ。だが、あやつ……」
「はい。職業柄、面識を重ねて自然と顔見知りになった男性です。時折お会いして交流があったのですが、度々お誘いを掛けてくださるのです。彼には悪いことを……」
「先生、こういうことは仕方ないよ。先生エルフで美人だから色んな人にアプローチされて大変だろうし」
「そうではない」
え? と声が重なる。ウィズウットはそのままいなくなった方向を注視していた。
「……いけすかぬ。ニーナ、くれぐれもあの者に気を付けよ」
「それは、一体どのような意味で? 彼は我々を害するような方では」
「なにー? ウィド、まさか妬いているの?」
「少なくともそれは余のことではない。関わるなとは言わぬ、だがあの男は……」
忠告を呟く。その結論に至ったのは別段初対面の印象だけではなかった。
「……はい。以後、気をつけます」
「先生気にしなくていいよ。一瞬でも大事な部下を奪われそうになって不機嫌になっているんでしょう」
「違うと言っているであろう」
「ほらこの話は終わり、もう行こう。午後は早速魔法の練習、付き合ってくれるんでしょ?」
そんな胸中を露知らず、リゼの一蹴によってこのやり取りは収束した。




