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『レーヴァ』の杖

 翌日、ウィズウッドはニーナとリゼと共に最寄りのショッピングセンターへと足を運んでいた。

 目的はウィズウッド専用の杖を購入すること。迂闊に魔術を行使できない手前、杖を介して魔法を使うようにしなくてはならないからだ。

 なにより、リゼの指導を行うに当たって必要だと判断した為でもある。

 人のごった返した店内をこれまた興味深く見渡し、天井を仰いで感嘆を漏らす。


「ふぅむ、これはまた随分とした賑わいか。市場がひとつの建物に内包されておる」

「ファッションやグルメ、スポーツ、書店に娯楽的な関連といった数々の分野が取り揃えておりますからね。こちらでご所望になられた杖も販売されている店がございますよ」

「先生、杖ってとても高いよ? あたしはお下がりだったけれど、安くても五万は……」

「大丈夫! 今後陛下が愛用なされる杖であれば十万イエルでも惜しくないから!」



 意気揚々と鼻を鳴らしたエルフの発言に、リゼは食傷気味な反応になる。一週間も彼女と彼のやり取りを見ていて理解しつつあったのだが、彼女は何処までも尽くすタイプだ。それはもう胃がもたれそうなくらい重い。

 具体的に言うとこのままでは魔王をヒモにして生涯貢いでしまうのだろう。まだ子供の身であるリゼでさえ、その末路がありありと想像できてしまう。



 そんな心配も露知らず、彼は呑気に金銭の話題に食いつく。

「それは如何ほどの価値になるのだ? 学徒が一人一人持ち合わせるほどには出回っているようだが」

「……学生にはとても高い買い物だって。ウィドに分かりやすく言うと、自販機で売っているジュースあるでしょ?」

「うむ、銀貨一枚と銅貨数枚だな」

「言い方古臭いけど、まぁそう。あれが百から百二十イエルぐらいだとして、それが千本近く買えるぐらいのお値段」

「ううむ、それは大金ではないか。何処にそれだけ枚数の入った袋がある?」

「だから言っているじゃん。普通はお札で買うからそんなジャラジャラさせないけどね」



 問題はそこではなかった。ウィズウッドは忠実な臣下のニーナの懐事情が気がかりで仕方ない。

「ニーナよ、大丈夫であるのか? タダでさえ学費も掛かっていよう。こうして容易く出費をしておれば、いずれ……」

「ご心配には及びません。伊達に長く生きてはいませんから。貴方様のものは貴方様のもの。私のものは貴方様のものですよ」

「それだとガキ大将っぽくない?」

「それにたとえ万が一今後の投資で破産を余儀なくなろうと、躊躇わずに私の財を投げ打つ所存です」

(だから重いよ……!?)

 声に出したくてもどうにか心の中でツッコミを抑えるリゼ。



「その心意気は受け取ろう。だが、くれぐれも無理をしてはならぬぞ」

「そのお気遣い、あり難き幸せ」

「なにを言う、あり難いのは余の方で……む!」



 やり取りの途中、ウィズウッドは言葉を止める。普段から険しい目つきが更に細まった。

「どうしたの?」

「……いや、それよりも」

 話を切り替えるように彼が横合いにあるガラス張りの店を指差した。

 奥には無数のゲージが設置され、多種多様の生物が中に入っていた。



 翼の生えたネコにカラフルな色彩を持つヘビとファンシーな個体が目についたのだがその正体は間違いない。



「アレは魔物ではないか。何故市場に置かれている」

「ああ……ペット化されている魔物ですね。巨大化や狂暴化したりしないように品種改良を行い、人畜無害で人慣れしやすい種類を取り扱っているんです」

 ニーナの説明に眉をひそめる。

 かつては魔族が戦時において生物兵器として産み出された生き物達は本来の役目を既に終えていた。その末路が目の前の光景。


「人が愛玩を目的に魔物を飼育する、か……世も末だ」

 殲滅されていないだけ良心的と見ていいのだろうか。彼の内心は複雑であった。

 入り口の傍には止まり木があり、赤いトサカの鳥がいる。マスコット魔物らしい。



「ラッシャイ! ラッシャイ! ミテラッシャイ!」

 頭を上下に揺すりながら甲高い鳴き声で人の言葉を真似た。


「まさかフールバードか。これまた小型化されておる」

「看板ペット魔物のピーちゃんだよ。いつも此処でお客さんに声を掛けてくるの」

「可愛いですよね」



 かつては森林地帯で生息し人を襲う魔物であった。身を隠しながら道行く人に向けて「ダレカー!」「タスケテー!」「イヤー!」などの悲鳴で唆す特性を持っていた。

 だが、小鳥サイズになったそれは狂暴さとは無縁のものになっており、人でも飼い慣らすことが可能なのだろう。


 通り過ぎようとしていたウィズウッド一行に向けてけたたましく呼び止めた。

「コレミテ! コレミテ! コレコレ!」


 ホワイトボードが立てられ、通行人向けてピーちゃんに関する注意書きがあった。言われるがままにまじまじと眺める。


『構ってもらおうとからかってきますが温かい目で見てあげてください』

「キョキョキョキョッ! バカガミルー! ブタノケツー!」

「ぬぅ! こやつ今莫迦と申したか!? 鳥の分際で余を愚弄するか!」

「アレは意味も分からず言葉を模倣しているだけですよ!」

「キコエテルー? ミミダイジョウブー? ホチョウキツケテー」

 ウィズウッドをニーナが諫める間もピーちゃんは追い打ちをかけた。


「鳥と本気で喧嘩する人初めて見た……もういいよ無視して行こう」

 リゼはぼやきながら周囲の目を気にして、彼をその場から遠ざけようと促す。



「ニゲルノー!? ヤキトリカッテカエッテネー!」

「焼き鳥にして持ち帰ってもよいぞ!?」

「鳥! 相手は鳥さんですから!」



 そんなこんなで辿り着いたのは宝飾店と似たシックな内装の施設。店前に羅列されたのれんの謳い文句には魔戦興行(ウォーゲーム)と関連する専門の商品を取り扱う旨が記されていた。

 そして宣伝通り余すことなく展示されていたのは試合で使われる装備の数々だった。

 特に目白押しなのはガラス張りのショーケースに収められた杖であり、どれも精巧な掘り込みが意匠されており、ゼロがいくつもついた値札が置かれていた。



「おう清水先生、今日は教え子を連れて買い物か?」

「お久しぶりです海老沼さん」

 カウンターの奥から顔を出したのは、寡黙そうな壮年男性だった。今しがた起きたような調子で億劫そうにゆっくりと腰を伸ばす。

 特徴的な目元が丸く窪んだ梟顔は寝不足のように不機嫌そうである。

 しかし見覚えのある顔だった。


「アレスター殿? あの学校に務めるだけでなく此処で商売をしておられるのか」

「いや違う。俺は双子の弟、トビアス」

「へぇ、ウチの校長に弟さんがいたんだ。眼鏡があれば瓜二つですね」

「アイツみたいに人のよさそうなアホ面を真似できやしねーよ」


 ぶっきらぼうな返事は対極的だ。瓜二つでまるで別人。


「で、俺のところに来たのはやっぱりこの餓鬼どもに相性のいい杖探しか。全く先生も面倒見のいい人で」

「お世話になります。海老沼さんは相性の目利きが素晴らしいことで有名でしょう……もう少々愛想が良ければお客さんの入りも良くなると思うんですけどね」

「ケッ、大きなお世話だ。おべっか使わねぇと買う気にもならん奴等なぞこっちから願い下げだっつうの」



 なんというかショッピングモールには似つかわしくない昔堅気な人物のようである。結構お洒落な店内なので余計ミスマッチだ。

「さっさとやるぞ。どっちからだ」

「あの、あたしはもう持っていますから」

 言ってリゼがおさがりの杖を見せるとトビアスは目の色を変えた。

 食い入るように眺めて口を開く。



「……そいつはアイシャの杖『スィドラ』か。随分使い込んだな、ボロボロじゃねぇか」

「おばあちゃんの名前……! 分かるんですか?」

 ジロリと現在の持ち主を一瞥する。リゼは気後れした様子で顎を引いた。

 だが、視線は持っていた杖に戻りそして手元へ移る。

「その指のタコ(・・)、大分これでならしたクチだな。アイシャも冥利に尽きただろう」

 そして杖だけでなく所有者の背景まで看破していく。



「一度見た杖ならある程度は覚えていらぁ。この世に全く同じ杖なんざねぇ。人みてぇによ……ああ、見てくれは悪いが芯はまだ問題ねぇな。そのまま大事にとっておけ」

「あ、はい」

「持ち合わせの眼力で所有者に杖を見繕っておるのか」

「そいつは違うな。いいか小僧、魔法を使いたきゃ杖に合わせるんじゃねぇ、杖に気に入って貰うんだよ」

 なにやら拘りがあるようでウィズウッドの呟きを訂正する。小僧呼ばわりが気に障ったのか顔をしかめていた。



「媚びを売れとな?」

「いいから、とりあえず、手ェ出せ。これから持つことになる方のな」

 内心憮然としながらも利き手を差し出すと皺くちゃの指で手相占いのようになぞる。

 しげしげと眺めた後、壮年の男はぼやく。


「……コイツにゃ、じゃじゃ馬(・・・・・)がいいか」

「なんだと?」

「ちと待ってろ」

 トビアスは踵を返し部屋の奥に引っ込む。

 それから待たされて数分。黒い長方形の箱を手に店主は戻ってきた。



「世界樹から落ちた小枝と同じ樹脂で加工した杖『レーヴァ』だ。杖自身の我が強くて倉庫で埃を被った年代物だな」

「なんと、ユグドラシルから」


 箱の蓋が取られ、披露された外見に魔王も感嘆の息を呑む。

 それは赤に黒の斑点が織り交ざった一振りの杖だった。あたかも活性化した溶岩を表現したような、力強さと禍々しさ、そして美麗さが同居した芸術品である。

「ざっと魔力を流してみろ」

「手応えを試せ、というわけだな。よかろう」



 赤黒い杖を手に取り、魔力を送り込む。すると、杖が呼応するように発光する。

 リゼの杖以上に強い抵抗感があった。だが、その代わりに杖先から強い風の魔力が迸る。

 それらの勢いが増して店内で嵐のように吹き荒れた。ポスターがはためき、書類が舞う。

「わっ」

「きゃっ」

「オイ! ちったぁ加減しやがれ! そんなに魔力籠めろと言ってねぇ!」

「む」



 周囲の声に魔力供給を中断。たちまち風圧は静まり返る。

「ったく、危なっかしい野郎だな。だが、こんな簡単にソイツを扱う奴は初めてだ」

「まるで常人には手に余る代物のように言うのだな」

「今まで色んな奴が魔力を送って相性を確かめたが、反応一つしやがらなかった。持ち主として認めたってことだな。ソイツにもようやく買い手がついたか」

「待て。これも中々の代物だが、余にまだ決めつもりは……」

「いえ、この人の見立ては信頼できますよ。私からもご進言致します、素直にこちらにした方がよろしいかと」

「うぅむ、そなたが言うのであれば」



 迷わずニーナが会計に入ることを促す。支払うのは彼女である以上、口出しするのを彼はやめる。そういう雰囲気だ。

 カウンターのパネルを叩いて男は言う。

「えっとぉ? ちょうど四万イエルになるな。現金の持ち合わせあるか? クレジット会計は色々面倒でよぉ」

「え? 少しお安くありませんか?」

「長らく売れずに殆ど不良在庫扱いだった杖だ。タダでやるよか良いだろ?」

「海老沼さん……ありがとうございます」


 無事清算を終えて杖を購入したところで、ウィズウッドは話を切り出した。


「ご尊老、最後に質問がある」

「なんだ? 俺ァ杖以外に興味ねぇぞ」

「だからこそだ。この杖らは魔族である我等と人間とではどうも扱いの差が如実に出ておるようだ。その理由、杖を熟知するおぬしがなんか存じておらぬか?」


 唐突な問い掛けにトビアスのフクロウ顔が豆鉄砲でもくらったように一瞬固まり、間を置いて口を開く。



「……大した話じゃねぇぜ?」

「申してみよ」

「コイツはあくまで俺の勝手な見解だが、魔力を操る感覚が違うんじゃねぇかと思ってる。で、元来この形状になった杖は人間が扱う為のもんなんだよ」


 言ってしまえば簡単な話だった。内部に組み込まれた魔法の術式も、魔力を通す回路も、全ては人間が扱うという仕組みの前提で製造されているだけの話。

 それが、魔族にも適しているとは言いがたいのだろう。つまり魔術が廃れた現在、自分達が魔法を扱うのには最初から不遇な条件下であったのだ。

 魔王自身も感じていたあの魔力を流す際に気付いた抵抗感の正体。リゼの魔法が不調をきたしていたのもこれが原因か。



「実際魔族ってのは平均的に魔力が人より高いらしいが、この界隈でアイシャみてぇに目立つ奴は少ねぇ。考えられるとしたらそういうこった」

「では適正な魔族用の杖というのは」

「生憎そんな分類すら出たことはねぇな。言っただろ? あくまで俺の見解だと。誰も声に出したこともねぇ。世間は単純に魔族が現代的な魔法に向いてねぇって結論で終わっちまっているんだろ」


 術者を見続けてきた海老沼トビアスならではの、微妙な人種による差異が原因であるとウィズウッドは知る。


「知らなかった……あたし達、そもそも現代の杖に適していないんだ」

「その程度の逆境、腕前で崩せばよかろう。これからだリゼ」

 才能を否定されたかのように落ち込む彼女をウィズウッドは鼓舞する。

 少々腑に落ちない部分もある。現代の杖が魔族との噛み合わせが悪いだけでは、リゼの魔法が上手く扱えていない点の説明が足りていない。



「けどオメェは一瞬で杖の様相を理解し、柔軟に対応してやがる。そいつらの個性に合わせつつ手綱はしっかり握っているから完全にこのじゃじゃ馬を認めさせられたんだろうな。今まで見てきた中で誰よりも杖に好かれ易い野郎だ。妬けるなァ」

「フン。どの杖であろうと困らぬがな」

「ケッ餓鬼んちょがふかしやがって。だが忘れんな。確かに魔族であっても、杖自体が気に入ってくれりゃそれなりに力になってくれる。だから俺はそうしてウマが合うのをオメェ等にも勧める。嬢ちゃんもその杖との相性自体は悪くねぇ筈だぜ、腕を磨きな」

「……善処、します」




 こうして、無事ウィズウッドは自身専用の杖を手にすることとなった。三人はトビアスの店を後にする。


「このあと少々他を回って買い物にお付き合いいただけませんか? 衣類などご自身でお選びされた方がよろしいでしょうし」

「しかし、帰路でまたあの煩わしい愚鳥と面を合わせねばならぬのか」

 げんなりとした様子の魔王がそう呟いていると、



「ニーナ!」

 強い語気の声が背後から聞こえた。


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