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昔話をしよう


 帰宅したリゼはシャワーの後、部屋着になってリビングのソファに腰を下ろした。横合いのクッションを抱いて顔を埋める。

「馬鹿じゃないの……この後また顔合わせなきゃならないのにあんなこと言って」


 自分で自分を責める。打算的にも感情的にも後悔が募った。

 言い分自体は間違っていないと思うが、言っていいことと悪いことでいえば間違いなく後者だと実感していた。


 彼は遥か大昔に生きていた魔族だ。そこまで責任を取るべきだなんてリゼ自身も思っていない。

 そう、さっきのは八つ当たり。もっともらしいことをぶつける為に丁度いい口実だっただけだ。


(謝らないとなぁ……)

 なにもなかったことにするにはもう遅い。あの状況で逃げてしまえば、それはもう対話の決裂だ。

 魔王が逆上して我が家ごと吹き飛ばすことはないとは思うが、気まずいことには変わりない。


 それが嫌なのに何故逃げたのかと言ったら、それはやはり図星だったからなのだ。あちらもまた正しかった。



 やがて悶々と座り込んだままそれなりの時間が経とうとした頃。

「リゼちゃーん、ただいま帰りましたー」

 玄関から聞こえるニーナの声に彼女は身を竦ませた。



「お、おかえり……アイツは?」

「陛下はまた図書館にてご学習に。編入にあたって最低限の勉学に早速励みたいとおっしゃられていたので」

 そう、とリゼは安堵する。もうしばらくほとぼりを覚ますことができそうだ。



「ごめんなさい、助けてあげられなくて」

「いつものことだから平気だよ。あんまり生徒同士の問題に首を突っ込んだら依怙贔屓(えこひいき)に映っちゃうもん。魔族を庇ってばかりだと尚更ね」

「そんなこと貴女が気にしなくてもいいのに」

「それに、この歳にもなって今更みんなでニコニコ仲良く手を繋いで学校生活を送りましょう、なんて土台無理な話でしょ?」

「リゼちゃん……」



 ニーナにもウィズウッドとの口喧嘩があったことは既に知られてしまっただろう。星村レティシアとのトラブルだけでなくその件があったせいか、腫れ物を触るように気遣われている感じがした。

 それはそれで嫌だ。彼女はそう思い、自分から話を切り出す。


「先生は咎めないの? てっきり、あっちの味方をするのかと思っていたのに」

「星村さんの?」

「違う、ウィズウッドの方。そっちのことも聞いているんでしょ?」

「……あ、あー。そうね。口喧嘩したという話も陛下から窺っているわ。あまり目立つ行為は控えるように諫言しておいたから」

 苦笑いをするエルフの美女にそういうことじゃないよと、リゼは息をつく。



「アイツ、星村から庇ってくれて決闘を受けたんだ。でもお礼どころか文句ばかり出ちゃった。こうして魔族が冷遇される世の中になっているのも、魔王のアンタが戦争で負けたからだって。当時だったらやっぱり不敬かなにかで厳罰ものよね」

「気にしないで。陛下は懐の大きい御方だから」

「ううん、気にするよ。こんなぬくぬくした世の中で生きた小娘から責められていい気分にはならないのはアタシだって分かる。むしろ逆の立場だったらきっとそう思う」


 自己嫌悪しながら膝にうずくまるリゼ。

 ニーナはソファの傍らに座った。



「現代の空気を読む風潮も知らないのは仕方ないのに八つ当たりなんて、自分がみっともない」

「……そうね。なら貴女にも知って貰いたい。ちょっと昔のお話になるけれど、いいかしら」


 諭すような様子で、彼女が語り出す。リゼは大人しく耳を傾けた。


「人間と魔族の争いの最中で陛下が勇者に敗れたことを境に、世の中は平和になったわ。世間で魔王ウィズウッド様が侵略を企てた悪役と見なされ、辛いことに同じ種族であるリゼちゃん達はそこから遠い未来でも冷ややかな目で見られているのも事実」

 勝てば官軍負ければ賊軍という言葉があるように、敗残した魔族はそれを契機に人種のカーストは低く見られ、最低限の人権は保証されど冷遇は免れなかった。



「勇者の恩情ありきとはいえ戦争責任で色んな人が裁かれたし、魔族は実際闘っていない者を含めても迷惑ばかりを掛けたと後世に教え込まれてきた。長年生き続けてもその思想を改善し足りなかった先生の努力不足だわ」

「せ、先生が責任を感じることないよ! ずっと頑張ってきたことも知っている! これまでずっとよくしてくれたんだから!」

「ありがとう。でももしそう思ってくれたなら、その考えを陛下にも傾けて欲しいの」

「ウィズウッドにも?」

「ええ。貴女とあの御方が私の家に上がった時にした話は覚えている?」



 言われて彼女はまだ古くはない記憶を探り出す。

 自分が世界征服を再開するのか? と尋ねると心外そうに彼は否定した。

「魔族を守るために戦争を起こした、だよね?」

「そう。別にあの御方は支配を求めていた訳じゃない。むしろ逆よ、抗おうとしていた。厳しい闘いだって分かっていても戦場に身を投じたの」

「それってどうして? 話し合いで解決しなかったの? 勝てる見込みが薄いと分かっていたなら抵抗しても余計な犠牲者が出るだけじゃない」



 するとニーナは首を振った。

「リゼちゃん、話し合いというのは互いの立場が対等に近くないと成り立たないの」

「対等……?」

「たとえば魔族が交渉するに値しない種族だと見なされ、一方的な服従や放逐を望んでいたのだとしたら、どれほど平和主義な国であっても闘うしか生き残る手段はないと思うわ」

「先生、それってたとえばの話、だよね?」

「残念だけど一部は現実の話。実際悪魔祓いと称して無抵抗だった魔族の村はそうしていくつも焼かれていった。学校の授業なんかじゃ語られないけれど、とても悲惨な出来事は沢山あったわ」



 それはリゼにとって想像の外にある発想であった。会話ができても対話のできないような世界を知らなかったからだ。

 戦争ばかりで殺伐としていた時代、と簡単に言ってはみたがそれは上辺でしか理解していなかったことを彼女は恥じる。



「実情を知るから言えることだけれど、もしあのまま人間の侵略に為されるがままでいたら、きっと迫害や弾圧が横行してより多くの魔族が犠牲になっていたと思うわ。当時の陛下もそれに心を痛めていらしたもの」



 悲哀が含蓄する語り口に彼女は言葉を失う。

 侵害されたまま黙っていても、決して好転しないこともあるのだと気付いたからだ。

 それも、現状のリゼにも考えるべき教訓であると。

 魔族というだけで冷たい視線を向けられながら、それを甘んじて受け入れている現状はそういったウィズウッドからしても到底看過できなかったのだろう。



「侵略のリスクを相手に知らしめるということは、身を守る為にも必要なことだったの。だから陛下は、魔王という人類の敵として矢面に立たれたのよ」

「……ウィズウッド」

「こんな風に言うと卑怯だけれど、もしかすると陛下が闘うことを選ばなければ、魔族は滅ぼされて貴女もこの世に生を受けていなかったかもしれない」

「……」

「感情では納得がいかないのも分かるし、あの御方のご尽力を認めてあげてとは言わないわ。でもリゼちゃんには誤解されたままでいて欲しくないの。魔王が人類の悪であってもそれはある意味両者を守る為であったことは違いないと」



 思うところがあったのか、リゼは立ち上がる。迷いなく玄関へと赴き始めた。

「図書館に行ってくる」

「晩御飯、準備しておきますからね」



 ニーナはそう穏やかになにかを発起した彼女を後押しした。



「ふむ、此処の方程式はこのように解くのだな」

 図書館で開いた教材に目を落として魔王はボヤいていた。学生になるべくして勉強の真っ最中だった。

 数学も魔術と同じく、基本の公式を抑えておくことで応用により全てが紐解かれる。彼からすれば結果が現象として生ずるか数式が作り上げられるかの違いだ。


 筆を動かしていた手が止まる。余計な考えが計算を阻害した。胸のつかえが取れずに仕方ない。

 原因は深く探求しなくても分かりきっている。先程の口論によるものだ。

「すべては余が元凶、か」



 田中リゼが放った糾弾を真摯に受け止めている。戦争を始めて敗残したことで後世の自分たちが割を食っている、と。

 たかが小娘の言葉と切って捨てるのはウィズウッドにとっては容易い。血を知らない、種族間での交渉がなんたるかを知らない物言いだ。

 しかしそれでいて穢れのない核心を突いた指摘でもあると彼は認めている。

 なんせこの時代で生きる当事者達の忌憚のない言葉なのだ。すなわち代表の一人だ。これ以上の説得力はない。

 もしも自分が人間側の用意した勇者を打倒し、魔族を勝利へ導けたのなら世の中もまた違っていたのだろうか。そんな考えがよぎってやまない。



「余があやつにできうることは……」

「それは誰の話だい?」

「……む。失礼した。思考を張り巡らせる内に独り言が出てしまった」

 反応する者がいるとは思いもよらず、顔をあげると相席者が目の前にいた。書物に没頭すると周りが見えなくなる悪い癖が出たようだ。



 薄い金髪と碧眼を持つ美少年。頬杖を突き、不敵な微笑を零して話を続ける。

「初めまして、森野ウィドくん」


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