第84話「あたしの可愛い妹たち」
遠征六日目。魔界蟻の巣穴前。あたしたちは複数匹の兵隊蟻に囲まれている。
「マキアを中央に、ナナトさんは正面、ブレンと俺で右と後方、ココハは左側を! ルミルはココハを護衛して!」
「任せて!」
巣穴の近くで戦闘行為をするとすぐに他の兵隊蟻も集まってきた。こいつらの甲殻に矢を刺すのは不可能だから、あたしの役割は小剣でココハを守ること。転倒させてひっくり返すことができれば、レイトみたいに腹を攻撃することはあたしにもできそうだけど。
「…空気弾!」
ココハの魔法を兵隊蟻は避けようとはしない。簡単に潰されてくれる。おそらく、そういう知能は持っていないんだと思うわ。敵対者を排除するために真っ直ぐに向かってくる。攻撃手段も噛み付いてくるだけ。硬い割に体重は軽いのか、あたしの小剣でも払い除けるのは容易い。
「…空気弾!」
ココハは魔獣マンティコアとの戦闘でやってみせた、魔法を二つ同時に撃つこともできるようになって処理できる相手が増えた。動作の工程を片方ずつイメージするのは大変みたいで連続撃ちはまだできないけどね。
「巣穴から増援!」
マキアの声が聞こえた。
正面にはナナトがいるし問題はないでしょうね。急所を的確に狙えて動きに無駄もない。レイトとブレンの方も二人だし何とかなってるとは思う。問題があるとしたらあたしたちかな。ココハは魔法量の残りが正確に測れないからいつ撃てなくなるかが分からない。何か……もう一つくらい手があれば。
「ルミル! 疲れたならスイッチする!」
「……大丈夫よ!」
マキアには自衛力がある。一時期は契約のこともあって前に出すのは不安だったけど、今はあたしも彼女の力を信じてる。ここでスイッチしなかったのはちょっと考えがあったから。
「マキア、眩耀は使える?」
「え? ええ!」
「あいつらに向かって撃って!」
「眩耀には攻撃力はない!」
「分かってるわ! 考えがあるのよ!」
「……我は唄う、光よ、かの者に輝きを……眩耀」
「ココハ、目を伏せて!」
光の玉が兵隊蟻の群れの中で強い光を放った。思った通り、あたしたちの前にいたやつらはみんなその光を直視して完全に動きを止めた。意思のない兵隊蟻は思考をしないから目に映った相手にしか攻撃することができない。だったら目を潰してやればいいのよ。
「チャンスよ!」
あたしは思いきって前に出て動かない兵隊蟻を横から足で蹴り上げる。転倒してひっくり返った所を腹に目掛けて小剣を突き刺す。それを光が弱まるまで続けて一気に数を減らす。
「…空気弾!」
ココハもここぞとばかりに魔法を使う。その甲斐もあってこちら側の兵隊蟻はほとんど片付いた。相手を知り、己を知ること。あたしたちがナナトから最初に教わったこと。己とは自分だけのことじゃない。仲間のこともちゃんと知っておかないといけない。
ココハの魔法のこともそう。精霊魔法は普通の魔法とは違うってことくらいしか認識してなくて、魔法をイメージするのにココハが自分の腕を切った時はナナトに対して怒り狂いそうなほど驚いた。でも、あれがあったから魔法が使えないあたしも知識だけは持っていた方がいいってことに気づけた。
「片付いたかな?」
増援があったはずのナナトが真っ先に戦闘を終えた。あたしたちとレイトたちはほとんど同時だった。手早く回収できる素材だけを拾ってあたしたちは左側の木々の方へと身を隠した。巣穴の方から更に増援がやってくる。辺りにいる兵隊蟻が全滅していることに驚いた様子はなく、敵対者の姿が見えないことを確認すると何事もなかったかのように仕事を始めていた。
状況の確認を済ませると、ココハを休ませてからまた戦闘を開始した。これを何度か続けて今日の日程は終わった。
――拠点に戻った後、あたしたちは水浴びをするために川の方へと向かった。男たちはもしもの為にと護衛として連れては来てるけど、離れた岩場の裏側で待機させてる。あのメンバーなら覗いたりするバカはいないでしょうけど、一応警戒はしてるわ。
「ココハ、髪を洗ってあげる」
「…うん、ありがとう」
石鹸は風呂屋で使ってたものを持って来ていた。それを手の中で泡立ててからココハの髪に付けていく。目を瞑って大人しくしているココハはとても気持ち良さそう。
川の上にある岩場ではマキアが下着を洗っている。戦闘着は街に帰るまで洗えそうにない。今後また遠征があった時の為にも、帰ったら何着か買っておいた方がいいのかもしれないわね。
「はい。いいわよ、流しても」
「…うん!」
ここの川の流れはとても緩やかだから、少し段になってる所の小さな滝をシャワー代わりにして洗い流す。もちろん温かくなんてないし、むしろ冷たくて寒くて我慢しながらなんだけどね。
「…それじゃあ、私も下着を洗ってくるね?」
「いってらっしゃい。マキア! あなたも洗ってあげるからそろそろ入りなさいよ」
「え? わたしはいいから」
「遠慮しないの!」
「もう……ルミルは強引」
マキアはあたしたちよりも年上でココハみたいに妹的な感じはしないんだけど、どうしてかしらね? あたしがお姉ちゃんでいたいのかもしれない。マキアが服を脱いで川にゆっくりと入ってくる。
「マキアって本当に色っぽいわね? っていうかエロい」
「……え? やだ、どこが?」
「仕草かな? やけに落ち着いてる所とか……やだやだ、男ができるとこうなっちゃうのかしら?」
「……もう、知らない」
照れてるマキアは女の子らしくて可愛い。あたしはこんな性格でこんな態度だからあんまり女の子らしくないし、憧れたりはしないけど……応援はしたくなっちゃうのよね。
「マキアの髪は同じ石鹸を使ってるとは思えないほどサラサラね?」
「そう?」
「手触りもいいし、羨ましいわ」
「ふふっ、ありがとう」
マキアの髪を洗い終えるとあたしも自分の髪を洗う。川から上がってタオルで体を拭いて髪を乾かす。その間に下着もササッと洗っておいた。
「…ルミル、これ」
「ん? あ、ありがと」
「…このリボン、可愛いね?」
「そう? リボンは飾りでただの髪留めだけどね。欲しいならあげるわよ?」
「…ううん。ルミル似合ってるし、私はそんなに髪も……長くないから」
「伸ばしてみたらいいじゃない」
「…似合う、かな?」
「似合うわよ。ココハ可愛いから」
「…そんなこと」
「わたしもココハは可愛いって思う」
「…私はルミルやマキアさんみたいに、大人っぽくなりたいの」
「あたしは別に大人っぽくはないと思うけど? まぁ、試しに伸ばしてみたらいいじゃない。気に入らなかったらまた切っちゃえばいいし、もし似合ってたらこの髪留めをあげるわ」
「…うん、それじゃあ伸ばしてみる」
「楽しみ」
あたしも楽しみ。今からココハの髪でどんな風に遊ぼうかなっていう楽しみが溢れてくる。あたしには弟がいたけど妹はいなかったから、ちょっと嬉しいって思っちゃう。
服を着て、半乾きの髪にタオルを乗せながら男たちが待つ岩場の方へと向かった。心配して警戒なんてしなくても全然問題なんてなかった。だってこの男たちときたら女子が水浴びをしてるっていうのに、戦術がどうとか……剣の振り方がどうとか……全くね。
覗かれたいわけじゃないけど、うちの男たちは女に興味がないのかしら?




