第79話「見張り番」
俺たちはシシノ平原を時々遭遇する猪と戦闘しながら南東へと進んでいく。今回の仕事場はもっとずっと先だから避けられる相手は極力避けて通ってはいる。シシノ平原は広大だって話の通り、歩いても歩いても景色が変わらなくて本当に進んでいるのかも分からなくなりそうだ。でも、後ろを振り返ってももうルトナの街は見えなかった。
「疲れたか?」
「いえ、まだ大丈夫です」
「無理はしないこと。荷物もあるわけだから休み休み行こう」
「はい」
「それにしても、これ方角はあってんの?」
「それは大丈夫だよ。太陽の位置と向こうに見える山で把握はできるからね」
「…ロニ鉱山?」
「そんな名前なんだ? おれはあんまり地名とかは分からないんだよね」
ナナトさんは一人で旅をしていたからこういうことには慣れているみたいだけど、記憶がなく、俺たちみたいに誰かに教わったりとかもしていないから意外と知らないこともあったりする。
まぁ俺たちもルトナの街とその周辺地域くらいしか教わってないんだけどね。もうすぐ冒険者になって半年になるけど、街だってルトナしか知らないし、王都にだって行ったことはない。
「ナ、ナナトさんは、これまでどんな旅を……していたんですか?」
ブレンがナナトさんの冒険譚を聞きたがった。
「そうだな……西の大陸に渡ってその国の兵隊にオークの砦を攻める手伝いをさせられたりとか、かな」
「オークってあの下位五種族のですか?」
「そうだね。向こうの大陸では人間とオークが常に争ってるって感じだったよ」
「危険だったんですね」
「オークは……うん。わりと人間族にとっては脅威かもね」
「そうなの?」
「体格はみんなブレンくらいに大きいし、戦うことが好きみたいだった。それになにより……人間族の女性を奴隷にしていたからね」
「…………」
女性陣が息を飲んでいる。オーク族の奴隷になるということがどういうことなのか、それを想像なんてしたくないけど理解はしてしまう。家畜のように扱われたり、肉体的な奉仕を強要されたり……とか?
「下位五種族は元々は人間族から派生して変貌したものっていうのは知ってる?」
「はい。それは神殿で聞きましたね」
「そっか……うん。元が同じ種族だからなのかな、そういうこともできてしまうわけで」
「やばいですね……」
「まぁ、そういうことに最も熱心なのはゴブリン族だけどね」
「……魚人族や亜人族はどうなのですか?」
マキアが恐る恐る聞いていた。
「魚人族にはそういうのは全くないね。完全に人間を敵として見てるっていう意味では怖いけどね。亜人族は……おれもまだ出会ったことはないかな」
「西の大陸にはいなかったんですか?」
「隅々まで歩き回ったわけじゃないからね。奇妙な森があったり、すごく高い山なんかもあったね」
「…知らない、世界です」
「君たちはこの大陸から出られないんだっけ?」
「そうですね。今回みたいな指令があれば船にも乗れるのかもしれないですけど」
「ホント、神殿の考えてることは分からないわよね」
「ええ」
世界は広いし、俺たちはまだまだ知らないことが多いんだろうな。もしかしたら、何も知らないまま歳を取って生涯を終えることもありえるのかもしれない。俺たちは言われるがまま冒険者をしているけど、これって終わりはあるのかな?
「ナナトは上位五種族と戦ったことはあるの?」
「いや、おれの記憶には無いかな。でも、広い目線で見ると悪魔族とはあるかな……君たちもね?」
「え?」
「ま、魔獣……ですか?」
「そうだね、魔獣マンティコア。あれは悪魔族が放ったものだと思うよ」
「…そんなこと、知りませんでした」
「魔界蟻も悪魔族の尖兵とかって言ってましたよね?」
「言ってたわね」
「悪魔族はわりと身近な存在かもね。君たちも魂を食われないように気をつけろよ?」
「…うぅ」
「ちょっと! ココハを怖がらさないで!」
「ごめんごめん」
誰も口には出さなかったけど、上位五種族で言えば竜人族とも戦闘経験はあるんだ。ジェニオを殺したあのワイバーンと。はっきり言って上位五種族とは関わり合いにはなりたくない。あんなのに簡単には勝てるはずなんてないんだから。
――しばらく歩き続けていると、少しずつ地面から緑が減ってきていることに気がついた。平原の終わりが近いのかもしれない。夕陽になりそうな時間帯になるとナナトさんから「今日はこの辺りでテントを張ろう」と言われた。暗くなる前に準備をしないといけないからだ。
周囲には木も岩もない。見晴らしのいい場所だけど、テントを隠せるわけでもない。二つのテントを隣り合わせに並べて張り、その周囲には円形になるように何本かの棒を地面に突き立て、鈴の付いた縄で囲った。仮に猪などの獣族が寄って来ても音で分かるし、相手も驚いて逃げてくれるだろう。
食料は数日分は何とかなる。寝床もあるし見張りは必要かもしれないけどそういうのも慣れていかないといけない。問題なのは……風呂やシャワーが無いってことかな。男の俺たちは我慢できるけど、女の子はやっぱり気にするんじゃないかなって思った。
「カンムリ塚の周囲には川とか池とかがあったりしますかね?」
「どうだろう。おれも行ったことはないから断言はできないけど、鉱山とはいえ山があるのなら川があっても不思議ではないと思うよ?」
「せめて水浴びだけでもさせてあげたいなって……」
「あ、そうだね、ボクは全然……気がつかなかったよ」
「レイトは優しいんだな。遠征だとなかなか難しいことだとは思うけど……でも、まぁおれも同じ気持ちかな」
「ですよね、やっぱり」
「何の話?」
ルミルが鍋を持って、焚き火をしている俺たちの所へとやって来た。
「いや、えっと……」
「レイトが女の子たちとお風呂に入りたいって」
「は?」
「え!? いやいや、言ってないから! ナナトさん!?」
「…レイト、くん?」
ルミルの後ろにいたココハとマキアの冷たい視線が突き刺さる。
「なんでみんな、俺に対してのこういう冗談の時は本気にするんだよ!」
「はははは、レイトくんは……反応が面白いから」
「ブレン……ジェニオみたいなこと言うなよ」
「あはは。でも、レイトはむっつりなんでしょ?」
「いや……俺は……うーん」
「考え込むのは認めてるようなものだから」
マキアに冷たい視線で見られるのはすごく悲しくなる。
「ちょっと! ナナトさん!?」
「ははっ、悪い悪い。言い間違えたな。レイトは女の子たちに水浴びをさせてあげたいんだって」
「あぁ、そういうことね?」
「…水浴び、したいです」
「わたしも」
「……ナナトさんの言葉はみんな信じるんだよな」
「信頼できるかどうかね。それよりも、早く食べましょ?」
「納得できないんだけど……」
俺の愚痴は誰にも聞いてはもらえなかった。それでもみんなが笑って話してくれるから嫌な感じはしない。……でもやっぱり、むっつり担当みたいに扱われるのはちょっと悲しいな。
食事を済ませた後は明日に備えて眠るだけなんだけど、見張りを立てないといけないからその順番を決めた。男性陣だけでもいいと思ったんだけど、女性陣から反対されたから男女一人ずつの二人ですることになった。
とはいえ、時計もないから正確に分担はできないんだけど。全員がきちんと睡眠時間を確保するために、眠くなったら遠慮なく交代すること、相手が眠そうにしていたら交代させてあげることを約束事として決めた。
初日の今日はリーダーの俺と、女子からはルミルが立候補した。まだ病み上がりのナナトさんは無理をさせられないからブレンと一緒に休んでもらった。ココハとマキアももう一方のテントに入り就寝した。
「レイトと二人きりっていうのは初めてね?」
「そうだね。ルミルは……うん」
「なによ?」
「いや、なんていうかほら……男がさ……」
「あーそれね。もう気にしなくていいわよ? あたしも気にしないようにしてるから」
「……そうなんだ?」
「不本意だけど、あたしも変わったってことなのかしらね」
「俺は……嬉しいけどね。ルミルとちゃんと話せるっていうのは」
「あはは、あんたってば本当に……」
「ん?」
「なんでもないわ」
二人で焚き火の前に座り、暖を取りながら静かに夜を過ごしている。焚き火は、着火石という魔法力を込めると燃える魔法道具を使って付けた。そこそこ高価なものだったけど、一つあれば便利だしみんなと相談して買ってきた。
ただ、俺たちのパーティーだと魔法力を込められるのはマキアだけなんだよな。ココハは魔法力を体外に放出できなくて、精霊に魔法力を分け与えるのは精霊側から勝手に吸い上げられていく感覚らしい。一応……俺にも魔法力はあるんだけど、そういう修練は受けていないしよく分からない。
「そういえば、猪相手には小剣を使ってなかったね?」
「そうね。さすがにあの突進力を前にして剣一本で自衛できるとは思えないわよ」
「やっぱり守る為に使うんだ?」
「基本的にはそうね。もちろん反撃はするし、必要があれば前にも出るわよ?」
「……すごいよな、ルミルって」
「なによ、突然」
「いや、全然突然ではないんだけどね? 最初から俺たちより頭一つ抜けてたっていうか……ナナトさんにも認められてるし、尊敬するよ」
「やめてよ、そういうのはいいわ。あたしに才能なんていうものがあったとしても……仲間一人助けられないのなら意味なんてないのよ」
「…………」
ルミルはジェニオのことをどう思ってたのかな? いつも喧嘩しているようでいて、姉弟のようでもあった。仲間として、家族として、大切に思っていたのだとしたら……いや、それでもやっぱり変わったとは思わないかな。
初めて神殿で会った時から強い女の子で、怖いなって思うこともあったけど、ルミルは仲間想いで料理が上手で、ジェニオが死んだ時には泣いてもくれた。俺が知らなかっただけで、ルミルは最初からこういう女の子だったんだよな。
「……全然関係ない話をしてもいい?」
「うん、いいよ」
「神殿であたしたちに名前を与えた男が最初に言った言葉を覚えてる?」
「……ようこそってやつ?」
「そう。ようこそ、ミルグラムへ……あいつはそう言ってたわ。その後、司祭ヤルミはそれをこの世界の名称だとも言ってたわよね?」
「うん」
「あたしはあれがずっと気になってて……考えてもどうせ分からないことだって思ってたから考えないようにはしてたんだけどね」
「……俺も同じだよ。あの黒いローブのやつは何か嘘っぽいっていうか、確実に俺たちに隠し事をしてるんだろうなって」
ルミルが深く息を吐いて、ゆっくりと息を吸った。
「あたしたちは……元々この世界にいた人間だと思う?」
「え?」
「以前にココハが推測してたように、あたしの記憶は微かにだけど残ってることがあった。その記憶にある風景と今、目の前にある風景が違いすぎるっていうか……」
「異世界……みたい?」
「そうね」
「考えなかったわけじゃない。記憶がないから当然なのかもって思ってたけど、それにしても俺たちは何も知らなさすぎるっていうか……食べ物の名前や道具の使い方とか、そういうのは感覚で分かるっていうか意識しなくても覚えてるっていうか。それに比べて地名とか種族の名前とか……神様の名前だって知らなかったんだよな」
「あたしたちの記憶が消されたっていうのは本当だと思う。でも、初めから知らなかったことも忘れてるっていう風に思い込まされてる気がするのよね」
「確かに……この大陸から出られないのは、神殿の人間には他の大陸を監視する手段がないとか……手を出せない場所があるとかそういうことなのかな?」
「……もしくは、仮に異世界から来たんだとすると……他の大陸にはそこへ帰る手段があったり……とか?」
「…………」
全て俺とルミルの想像の話でしかないけど、そういう風に考えるとわりと現実味があるっていうか……納得ができてしまう。
「神殿所属の冒険者がどれだけいるんだよって話にもなっちゃうよね」
「そうね。この紋様の意味もそのうち分かったりするのかしらね?」
ルミルが左胸の下辺りを手で押さえていた。
俺は特に意識したわけじゃないけど、それを目で追ってしまっていた。
「……むっつりレイト」
「え!?」
「凝視しすぎよ、スケベ」
「いやいやいやいや、違うって……今のは違うだろ?」
「あはは!」
「本当にさ、こういう扱いには慣れてないんだって……」
「それじゃあ頑張って慣れないとね?」
「勘弁してよ」
「……じゃあ、正直に答えたらもう止めてあげる」
「何を?」
「あたしたちをそういう目で見たことはないのね?」
「そういう目って……ないよ」
「本当に?」
「……んー」
「むっつりレイト」
正直に答えなかった俺が悪い。でも、最近は本当になかったんだよ。一緒に暮らし始めてからの方が気にならなくなってたんだよな。それをそのまま言えば良かったのかもしれないけど、それはそれで失礼なんじゃないかと思ったら何も言えなかった。
――その後のことはうっすらとしか記憶にない。いつの間にか眠くなってたみたいで、ルミルに言われてテントに向かったのは覚えてる。ブレンを起こして交代の返事を聞く前にはもう眠りについていた。




