第78話「初めての遠征へ」
「剣士レイトとそのパーティーで間違いないか?」
開口一番はそんな問いだった。
「……はい、そうですけど」
黒いローブの男はゆっくりと頷く。
「アムリス神殿より諸君らに指令が出ている。準備を整えた後、シシノ平原の東にあるカンムリ塚へと赴き、魔界蟻の駆除および、女王蟻の捜索と、発見した場合はその討伐を命ずる」
カンムリ塚……魔界蟻……女王蟻?
「えっと、指令ってことは断れないんですよね?」
「指令を放棄した場合、騎士団による処断が行われる場合がある」
「……そんな指令を出すほどに魔界蟻っていうのは危険なのか?」
ナナトさんが問いかける。
「その通りだ。その名の通り魔界で生まれたとされる生物であり、悪魔族の尖兵とも言われている。放置しておくと各地に巣を作り人間族を襲う。そうなれば人間族の心は恐怖と絶望に染まり、悪魔族にその魂を蝕まれることになる」
「なるほどね、それは放っておけないか。でも、巣を潰すだけではダメなのか?」
「魔界蟻を産み出すのは女王蟻のみだ。よって、女王蟻さえ討伐すれば残りは巣を潰すだけでもよい。しかし、女王蟻はしぶとい。確実に討伐しなくてはならない」
「だから巣に入ってくまなく捜索しろってことか。女王蟻がいれば討伐し、いなければ巣を潰して来いと」
「そういうことだ」
ナナトさんはすぐに指令の内容に踏み込んでいった。俺にはまだそこまで深く考えることはできない。
「……それは俺たちだけなんですか? 他に協力してくれる人とかは?」
「こちらからは特別手配するようなことはない。自身で協力を求めることは禁じていない。但し、他の冒険者にも同様の指令が出ていることは伝えておく。諸君らの担当地区は最も規模の小さいものだ。女王蟻の存在する可能性も低いだろう」
「そう……ですか。えっと、すぐに行動しないといけませんか?」
「準備期間は各々に任せることになっている。但し、あまりにも時間を引き延ばすようであれば放棄したものと判断する」
「分かりました。準備ができたら出発します」
「よし。では以上だ。諸君らに女神アムリスのご加護があらんことを」
黒いローブの男は額の前で右手を十字に切ると、玄関を出て去っていった。
「し、指令なんて……初めてだね」
「…緊張した」
「あたしは二回目だったけど、以前はローブの男ではなかったわね。鎧を着た衛兵っぽいやつだったわ」
「レイト、とりあえず話し合い……かな?」
「そうですね……みんな、座って話そう」
「ええ」
みんながそれぞれの椅子に座る。指令なんて初めてだし、どういう風に何をすればいいのかが分からない。
「えっと、とりあえず指令ということだし拒否はできない。魔界蟻と戦うことになるわけだけど……ナナトさんは戦闘経験ってありますか?」
「いや、覚えている範囲ではないかな。戦ってみたら体が覚えてるってことはあるかもしれないけど、当てにはできないと思う」
「マキアは?」
「わたしは聞いたこともない」
「完全に未知の相手ってことね?」
「そうなるね……うーん」
「とりあえず、遠征するつもりで準備しようか。期限は言われなかったわけだし、じっくりと観察してから挑むようにしよう」
「そう……ですね。ナナトさんに頼ることになるかもしれません」
「ああ、頼りにしてくれていいよ」
「ありがとうございます」
不安なのはやっぱりパーティーとしての攻撃力だから、ナナトさんに頼らざるをえない。
「準備期間をもらえるなら、わたしは一度神殿へ行きたい。魔法力の再測定と、可能なら唱術も習っておきたいから」
「うん、分かった。遠征になるから必要な道具とかは俺たちが準備しておくよ」
「ごめんなさい。こんなことならもっと早く行っておくべきだった」
「仕方ないわよ。あいつらがこっちの都合なんて考えてくれるはずないもの」
「うん。マキアが帰って来たら出発する。みんな、そのつもりで準備しよう!」
「…うん!」
次の日から俺たちはそれぞれに準備を始め、合間に自主修練などをしながら戦いの感覚を思い出していった。ジェニオがいなくなってから狩りを休んでいたせいか、こういう緊張感は久しぶりだ。
――四日後の夜、マキアが戻ってきた。ナナトさんには帰りに伝えてきたらしい。休暇が終わり、明日からは冒険者としての仕事を再開する。
食料と水は数日分は用意できたけど、それ以降は現地で確保するしかない。三人用のテントも二つ準備した。夜の暗さも知っているから松明も買ったし、着替えも持っていきたいけど荷物が多くなるのも考えものだから、とりあえず替えの下着だけにしておいた。
朝起きて、顔を洗い、ルミルの作った朝食を食べて、食器を洗い、荷物を持ち、みんなで借家を出た。南門の前でナナトさんが待っていた。
「おはよう」
「おはようございます!」
「みんな……すごい荷物だな。大丈夫か?」
「遠征ってしたことなくて、これでも抑えた方なんですけどね」
「ははっ。まぁ急ぎでもないし、ゆっくり行こうか。戦闘だって久しぶりだろ?」
「はい。そうですね」
ナナトさんはいつもの普段着のような格好だったが、今回からは長いコートのようなものを着ている。やっぱり野宿とかになるし、今までの格好だと夜は寒いってことなんだろうな。
「ルミル、これ」
「……まさか、もう実戦で使うことになるなんてね」
「まだ練習する時間はあるさ。それに、君なら問題ないと思うよ?」
「そう、ありがと」
ルミルがナナトさんから受け取ったものは……剣? 片手剣よりは短く、短剣よりは長い。おそらく小剣だろう。
「え、ルミル……剣を持つの?」
「びっくりした?」
「そりゃあびっくりするよ。でも……どうして?」
「あたしもいろいろ考えてて、ジェニオが抜けた穴は大きいし、近接の人数は減らせないじゃない? 弓だと近づかれた場合は何もさせてもらえないし、もっとできることを増やしたいなって思ったのよ」
「それで小剣を?」
「これは自衛と護衛用に優れたものだっていうし、ココハやマキアをあたしが守れるようになれば、ナナトは安心して前に出れるし、あんたたちの負担も減るでしょ?」
「それは……うん、そうだけど」
「使いこなせるのかっていうのが心配?」
「そう……だね。あ、でも……いきなりではないって感じ?」
「そうね。ナナトに指導してもらったから」
「あー」
ナナトさんが言ってた『そのうち分かるよ』っていうのはこのことだったのか。ルミルがどこかに出かけていた理由も分かった。そうか……休暇中にもちゃんとパーティーのことを考えていてくれたんだな。
「ルミルは冒険者としての才能があると思うよ。武器の扱い方を覚えるのがすごく早いし、頼りにしていいと思う」
ナナトさんがそう言うからには本当なんだろうな。
「…ルミル、かっこいい」
「そう? ありがと」
「あ、クラスは……どうするの?」
「確かに。これまで通り弓使いって名乗る?」
「剣弓士でいいんじゃないか?」
ナナトさんがそう名付けた。
「そのまんまね。でも、それでいいわ」
「陣形とか作戦とかも改めて考えたいね」
「話は移動しながらできるし、シシノ平原を抜けないといけないから猪で少し試してみてもいいかもしれないな」
「そうですね、そうしましょうか」
ゴーン……ゴーン……と時計塔の鐘が鳴った。俺たちはルトナの街を眺める。この街を離れるのは初めてだ。この遠征が終わったら、またみんなでこの街に戻って来たい。
「よし、みんな……出発しよう!」
俺たちは南門を潜る。冒険者らしく冒険に出掛ける。今回の敵は魔界蟻。目指す場所はカンムリ塚だ。
「マキア、魔法力の方はどうだった?」
後方からナナトさんの声が聞こえた。
俺とブレンが先頭を歩き、真ん中にルミルとココハ、後ろにナナトさんとマキアだ。
「はい。魔法力と魔力量が共に増幅されていました。治癒は六回まで、護盾は二枚まで同時に発動できるように」
「そうか、頼りにしてるよ」
「はい」
治癒の回数が増えたのはすごくありがたい。護盾だって張り直しをせずに済むから助かる。今後は治癒魔法の使い時なんかも決めていった方がいいのかもしれないな。いざって時に使えなくなるのは恐ろしく怖いから。
「ココハは何か新しい魔法を考えたの?」
「…うん。でも、まだイメージの途中だから……もう少しかな」
「楽しみにしてるわ」
「…うん!」
ココハも自分で想像できるようになってきている。相手を傷つけるような魔法を想像するのは難しいってことだったけど、ココハもこれまでの経験とこれから経験することで、もっといろんなことができるようになるんだろうな。
「ブレンの反攻も実戦で試せるね?」
「う、うん。レイトくんにたくさん手伝ってもらったから……自信は結構あるんだよね」
「ははは、散々吹っ飛ばされたからね」
「ご、こめん……ね?」
「いいよいいよ。みんながどんどん成長していくのは嬉しいし、作戦の幅が広がるとさ、リーダーとしてはいろんな手を試せるから助かるんだよね」
俺自身も何か俺にしかできないことってないのかな? 今まで散々言われてきたことだけど、リーダーの俺には何もない。ブレンのように誰かを守れる体格もないし、ルミルのような才能もない。マキアのように治療はできないし、ナナトさんのようにずば抜けた戦闘技術もない。ましてやココハの精霊魔法のような特別な何かを持ってもいない。
影技能の……幻影と闇隠、これしかない。それでも悲観はしていない。以前にマキアが言ってくれたように、俺は頼りにされるリーダーじゃないけど、みんなが戦いやすいように指示を出して、できることをできる範囲でやっていこう。俺ができないことはみんなが助けて支えてくれる。
俺は仲間を信じてる。これからはもっと前向きなリーダーになっていきたいと思う。




