第76話「最低最悪のクズ人間」
みんなと相談して、借家へは明日から移住を始めることにした。今の部屋の整理もあるし、急いで移る必要はないけど一人でいるとまだ気持ちが沈んじゃうし、引っ越しとかで体を動かしてる方が気も紛れるから。
借家の状態を見るために俺とブレン、ルミルとココハの四人で下見へ向かう。マキアは神殿を出るのにいろいろと許可が必要かもしれないということで今日は先に帰っていった。ナナトさんも一人でユトの丘に行って来たからか「疲れたから休むよ」と言って宿に戻った。
間取り図に書いてあった家主の元を訪ねて事情を説明し、借家の場所を教えてもらった。それは街の東門の少し北側……ナナトさんのいる高台の宿から階段を下った所にあった。
小さめの鉄格子のような門を開き中へ入ると、そこそこ広めの庭があった。みんなで日向ぼっこをしたりもできそうだし、剣の素振りとかは余裕でできそう。花壇もあったし、女の子たちが花を植えたりするのもいいのかなって思う。
借家の外観は小さなお屋敷みたいな感じ。良く言えば古風で落ち着いた感じだ。入り口の扉は木材製の両開きになっていて、見た目以上にしっかりとしていた。
「ボロそうに見えたけど、中は綺麗じゃない?」
「そうだね、家主さんの話だと元々は王国の偉い人の別荘になる予定だったけど、一度も訪れないまま整備だけしてたみたいだしね」
「…ちょっとだけ、贅沢……だね」
「まぁ俺たちが今使ってる宿と比べるとね」
俺とココハは一晩銅貨六枚の宿を十日で五十枚という契約で借りている。そしてこの借家は月契約で銀貨十八枚。五人で三十日間だとすると、一日当たり銅貨十二枚。ほぼ二倍だもんな。
玄関は広く、続く居間もそれはそれは広かった。家具も自由に使っていいとのことだったし、思った以上に快適かもしれない。ルミルとココハが台所を見に行った。俺とブレンは風呂の方へ向かう。
「あ、ちゃんと……脱衣所はあるね。鍵もかけられるし、女の子たちは……安心して使えそうだね?」
「うん。風呂代が浮くって考えるとこっちの方がむしろ安上がりかもしれないよね」
「そ、そうだね。お湯を沸かすのに木材とかは必要だし……火の番もしないといけないけど」
「俺とブレンでやるしかないかな」
「はははは……そうだね」
「お、中は広いね。浴槽も大きいし、これならみんなで入れそう」
「え? レイトくん、それはまずいんじゃ……ないかな?」
「ん? あ、男女でってことじゃないよ? 女の子たちがってことね?」
「あ、ああ……そういうことか。びっくり……したよ」
「ごめんごめん。でもさ、五人でも入れそうな広さだよね?」
「はははは、それは……確かに」
「入らないわよ?」
突然後ろから声が聞こえてブレンと二人で飛び上がるほど驚いた。台所を見ていたはずのルミルとココハが軽蔑するような目でこっちを見ていた。
「…レイト、くん?」
「あ、違うよ? それぐらい広いなーってだけで、変な意味とかじゃないからね?」
「レイト……見損なったわ」
「いやいや、待ってよ! 誤解だから! っていうかなんで俺だけ!?」
「…ふふっ」
「え?」
「あんたって本当にからかい甲斐があるわね?」
「あー……ちょっと……やめてよ……それ」
「…ごめんなさい」
「あんたたちがいやらしい話をしてるからでしょ?」
「い、いやらしい話は……してないよ?」
「どうかしらね、男だし。警戒はしておかないとね」
ルミルは居間の方へ戻っていく。まだ下見段階なのに、女性陣の警戒レベルは引き上げられてしまった。
気を取り直して次は二階へと向かう。まずは男たちの方から。居間にある左側の階段を登り左へ曲がると廊下が奥まで続いていて、左の壁に扉が三枚均等に並んでいる。一番手前はジェニオが住む予定だった部屋。ベッドと机が置いてあるだけの部屋に小さな窓が一つ付いていた。真ん中はブレンの部屋。奥は俺の部屋。どの部屋も似たような造りだ。
階段を降りて今度は右側の階段を登る。女の子たちの部屋を確認する。まだ引っ越しもしていないのに、どこか神聖な場所のような気がして少しだけ緊張してしまう。手前からルミル、ココハ、マキアの部屋だ。男たちの部屋とやはり造りは同じみたいだ。マキアの部屋の窓からココハが外を見ていた。
「どうしたの?」
「……この部屋からだけ、ナナトさんの宿が見えるの」
「そうなの?」
確かに高台の上の宿が見えた。他の部屋にも戻って確認してみたけど、間に他の建物があったりして宿は見えなかった。
「…ジェニオくん、気づいてたのかな?」
「ナナトさんの宿が見えるから、ここはマキアの部屋にしようって?」
「ないわね」
「俺もそう思う。たまたま……本当にたまたまだと思う。ココハがそれに気づいて今みたいに言ってたら、さぞ知っていたかのようにさ……あたりめーだろ!? とかドヤ顔で言ってたと思うよ?」
「はははは、言いそう……だね」
居間に戻った俺たちは明日からのことを話し合った。家具などは新品同様で修理が必要なものはなさそうだ。だけど、長年使っていなかったからか埃などが付着していた。まずは掃除から始めないとかな。
女の子たちは埃が付いた布団は嫌だからと買い替えることになった。たぶん調理器具とかも買うことになりそうな気がする。出費が……とかはちょっと言い出せなかったけど、また頑張って貯金するしかないかな。
そろそろ新しい剣でも……と思っていたけど、また延期ということになりそうだ。ココハもルミルも楽しそうだからいいんだけどね。
――下見を一通り終えて、俺たちは風呂屋へと寄って帰ることにした。俺はブレンと男湯と書かれた表札のある、青いのれんを通って中へ入った。番台に銅貨三枚を渡し脱衣場へ行く。
そこで俺たちは、思わぬ再会をした。
「おおん? レイトじゃねーか!?」
「…………」
「おいおい、無視してんじゃねーよ!」
上半身が裸のその男は威圧的な態度で話しかけてきた。あんなことがあったのに、あんなことをしたくせに、この人は何とも思っていないのだろうか?
「どうも……」
ジェニオを囮にして逃げ出し、ゼルナさんを身代わりにして尚も逃げ出した男。
「おまえら……生きてたんだな。なかなか運が良いじゃねーか!」
「…………」
「ジェニオはどうしたよ? もしかしてアイツにも見捨てられたのか?」
「……死にましたよ」
「あ?」
「ジェニオは俺たちを助けるために、一人でワイバーンと戦ったんですよ」
「は? マジかよ? ……ははは、なんだそりゃ! アイツはそんなやつじゃねーだろ!? はははは! 傑作だな! 他人を助けて自分は死にやがったのか!? はっは! バッカじゃねーの!」
こいつ……。
「ふ、ふざけるな! ジェニオくんはあんたたちが見捨てて囮にしても文句一つ言わなかった! 兄貴分だと慕わせておいて、あんたは自分の身が大事で逃げ出した臆病者じゃないか! そんなやつにジェニオくんを笑う資格なんて……ない!!!」
驚いた。ブレンがキレたのか? いつも温かくて和やかな雰囲気を漂わせている、あのブレンが怒鳴るなんて。俺ももちろんイラッとはしたけど、なんとなくそんなことを言われるのは分かってたし、気持ちを抑えることができていた。
「ちっ……言いたい放題かよ。アイツに助けられたやつがでけえ口開くじゃねーか。おまえらだってアイツを犠牲にして生き残ったんだろうが。アイツを身代わりにして逃げて来たんじゃねーのかよ! ああ!?」
「……そうですね、ネスカさんの言う通りですよ」
「ほう? レイトは分かってんじゃねーか」
「あんたは俺たちと同じクズだってことですよね? 誰かに助けてもらわないと生き残ることもできなかった弱い人間だ。ジェニオは違う。あいつだけはあのワイバーンに立ち向かって行ったんだ。あんたよりもよっぽどかっこいいって思いますね」
「ちっ……殺すぞ?」
「いいですよ、殺したければ。でも、あんたは自分より弱い相手としか戦えないって証明するだけになりますけど」
「あ?」
ネスカさんが睨み付けてくる。今にも殴りかかって来そうな雰囲気だ。
「一つだけ……聞いてもいいですか?」
「いいぜ、殺す前に答えてやる」
「……どうして、ゼルナさんまで見捨てたんですか?」
「そんなことかよ。決まってんだろ、アイツはおれが生き残るための道具だった。ま、惜しいことしたとは思ってるけどな」
道具……か。この人はそういう風にしか俺たちのことも見てなかったんだろうな。
「アイツは一人では何にもできねえ女だった。いろんなパーティーから追い出されて路頭に迷うほどにだ。そんなアイツを同期のやつが拾って自分の女にしやがった。その手があったか! って思ったぜ。アイツ以上に都合のいい女は周りにいなかったしな。分かるだろ? 冒険者なんてやってるとな、ストレスも性欲も溜まんだろ」
この人は想像以上のクズかもしれない。これ以上聞かない方がいいと思ったけど、ネスカさんは構わずに続けた。
「そんな時だ。たまたまその同期のやつらと同じ戦場に立つことがあった。そこで思い付いちまったんだよ、アイツを手に入れる方法をな。簡単な話だ、アイツが頼りにしてる男が消えちまえばいいんだからな」
「まさか……殺したんですか?」
「そんなわけねーだろ。そう仕向けただけだ」
最低だな。この人……いや、こいつはゼルナさんを自分の道具にするために人の命を奪ったのか。間接的にとはいえ、それは許されることじゃないはずだ。
「行き場の失ったゼルナに声をかけ、甘い声で囁いてやればコロッと堕ちやがってな。あとは好き放題ヤりたい放題だぜ。抱いてやるとみんなに会えた気がする……とかワケの分かんねーこと言ってやがったな。まぁ、おかげでこっちはストレスも性欲もすっきり解消できたけどな、はははは!」
「いや、全然面白くもないですけどね。あんたのクズさ加減を笑えばいいんですか?」
「……そういえば、おまえらのパーティーの女は上玉だったよな? 次が欲しかった所だ。おれが調教してやるよ、連れてこい」
「断る。俺たちの仲間に手を出したら許さない」
「おまえの許しなんていらねーんだよ。とっとと連れてこいや! マジでぶっ殺すぞ!」
「かかってこいよ……」
「……上等だぜ!」
ネスカが殴りかかってきた。俺は全力で殺気をぶつけてから右へ移動する。どうやら影技能は人間相手でも使えるようだ。ジェニオが名付けてくれた俺の我流閃技……幻影。
ネスカは振りかぶった右手で俺の影を殴った。灰色の煙が脱衣場の中に充満する。ネスカはボーッとするようにその場で立ち尽くしていた。俺は背後に回り込んだ。
「え?」
その目に映り込んで来たのは、あの紋様だった。俺の首の後ろやジェニオの左頬にあったあの紋様。ネスカの背中にあったそれは……赤く染まっていた。
煙が消滅していくと入り口の方から、銀色の鎧に赤い十字の紋様が入ったアムリス神殿の衛兵が二人入ってきた。
「拳士のネスカだな? 貴公を資格ありと見なし、神殿預かりの身として保護する。同行を」
ネスカは返事をしない。鎧の男たちは両側から肩を担ぐようにしてネスカを連れていく。俺とブレンは何がどうなったのか理解することができなくて、ただただその状況を眺めていた。
「え、えっと……どういうこと?」
「さぁ……分からない」
「あ、赤い紋様……だったね?」
「うん」
ネスカは自分の紋様の色は知らないと言っていたし、背中にあるから自分では気づけなかったのかもしれないけど、いつから赤い紋様だったんだろう? 神殿の人間が突然現れたってことは最近のことなのかな? ワイバーンから逃れて、生きて帰ることができたから? それなら俺たちだって同じじゃないのか?
「ブレン、俺の紋様って今何色かな?」
背中を向け、後ろ髪を持ち上げてブレンに見せる。
「ま、まだ……青色だね」
「そっか……なんでだよ」
ブレンの背中にあった紋様もまだ青いままだった。こればっかりは考えても分かることじゃないし、記憶の隅にでも留めておくことにした。
気持ちはまだ落ち着かないけど、とりあえず二人で風呂に入ることにした。時間をかけるとルミルやココハが先に上がっちゃうかもしれないし。
「レ、レイトくんは……すごいね?」
「ん?」
「ネ、ネスカさん相手に、あれだけのこと……言えちゃうなんて」
「……いや、それを言うならブレンが怒鳴ったことの方が驚いたけどね?」
「ご、ごめんね。思わずカッと……なっちゃって」
「謝ることはないよ。ブレンにとってジェニオはそれだけ大事な友達だったってことだよね?」
「う、うん。ボクはこんな性格だから、たぶん一人では生きて来られなかった……だろうし。もちろん、レイトくんやルミルさん、ココハさんやマキアさん、ナナトさんだって同じなんだけど、やっぱりジェニオくんがいてくれたからだって……思ってて」
「うん。俺はさ、あいつのこと最後まで好きにはなれなかったけどさ。あいつが死んでやっぱり悲しかったし、あいつのことをもっと理解してあげたかったなって……思って」
ふと、あいつの最後の言葉が脳裏をよぎった。
「ブレンさ、あいつが最後に言ってたことの意味とか……分かる? 仲間に入れてくれてってやつ」
「……ジェ、ジェニオくんはさ、自分が空気の読めない人間だってことを……すごく気にしてたと思うんだ。最初のパーティーでもそれが原因で解雇されちゃって、みんなと再会してパーティーを組んでからも……何度も衝突したよね? ジェニオくんは自分だけ追い出される日が来るんじゃないかって……必死だったと思う。だけど、誰もそんなこと思ってもなかったと思うし……そう思いたいし……特にレイトくんの前では強がってたと思う。だから……」
だから、最後まで仲間でいさせてくれてありがとうってことか。らしくないこと言うなよ。
「そっか、ありがとうブレン。ちょっとだけあいつのことが分かった気がする」
「そ、そう。それなら……よかった」
何度もパーティーから出ていってくれないかと思ったことはある。あいつがいなかったらもっと慎重に楽しく冒険者として生きてこられたかもしれないと思ったこともある。でも、あいつがいなかったら俺たちはまだまだ新人冒険者を抜け出せてはいなかったと思う。俺たちのパーティーの起爆剤ジェニオ。
「今なら……友達になろうって言える気が……んーやっぱり無理かも?」
「はははは、いいんじゃないかな? レイトくんとジェニオくんは……そういう関係でも」
「だよね」
『たりめーだろ! なんでオレ様がおめえなんかと仲良くしないといけねーんだよ!!』
あいつの声が聞こえた。それが幻聴だってことは分かってる。でも、こう言うんだろうなって言葉と言い方と声が……俺の中にはもうしっかりと刻み込まれている。ジェニオはまだ、俺の中に生きてるんだな。




