第74話「思い出となる君へ」
ベッドの上。もう朝日が登っているのに、壁に据え付けられている蝋燭には火が付いたまま。昨晩は一睡もできなかったわ。あたしは……あいつのことが頭から離れなかった。
――あの時、あたしはワイバーンの起こした風を受けて地面に押し倒された。やつは脚に生えた鋭い爪で狙いを定め、あたしに向かって急降下してきた。
ああ、ここまでだって思ったわ。守りたかった弟がいて、でも助けられなくて。だから、今度こそはって行動した結果がこれ。あたしには……誰かを助けることはできないのかもしれない。それでも、こいつにしがみついてでもココハを……仲間たちを生きて街まで帰してあげたいと思った。
……それなのに……どうしてあんたは。
『急速前進!!』
急降下してくるワイバーンに向かって体当たりをしてくるなんて。既に体はボロボロで、ろくに動くこともできないくせに。でも、脚の爪が逸れてあたしは無傷だった。着地したワイバーンはよろめいて後方へと下がっていった。
『あんた、なにしてんのよ!』
『……うるせえ!!』
あたしの前に背中を向けて立ち、両手を広げている。その手には長槍を持ってはいなかった。
『あんた!』
『ったろーが……』
『え?』
『……オレが助けてやるっつっただろーが!!』
なによ、それ。あんたは自分のことが一番大事で、他はオマケ程度のことだったんじゃないの? 武器も持たずにそんな無防備でどうしようって言うのよ。
『ギョァァァァアアアアアアアア!!!』
ワイバーンが咆哮して動き出す。
『いけ!!』
『…………』
『行ってくれ! ルミル! おめえを死なせたくねえんだよぉぉおおお!!』
ジェニオはワイバーンに向かって駆け出した。あたしはそれを追おうとした。でも、後ろから腕を掴まれた。
『レイト、離しなさい!』
『ダメだルミル! 逃げないと!』
『あんた! ジェニオを見殺しにするつもりなの!?』
『……そうだ、ジェニオを見殺しにしてルミルを連れて帰る……俺が決めた、リーダーの俺が独断で決めたんだ! 異論は認めない! ブレン、ルミルを連れて行け!』
『……う、うん。分かった……よ』
『ココハ行くよ』
『…ぐす……ぐす……』
『ココハ!』
レイトは泣きじゃくるココハを無理やりにでも引っ張っていく。ブレンもあたしの腕を掴んで走る。……あの時握られていたブレンの手は震えていて、ものすごい握力で腕が千切れるかと思ったわ。今もその時の痕があたしの腕には残ったまま。
あの時のレイトの言い方も……らしくなかったな……。
あたしはジェニオの姿を最後に一目だけ見たいと思った。本当はあたしが残ってその役目を果たすはずだったのに。カッコなんてつけて……バカみたい。
ワイバーンに向かって行ったジェニオは必死に攻撃を避けようとしていた。でも、すぐにその時はきた。ワイバーンが翼を羽ばたかせて風を起こすと、ジェニオはその場に尻餅を着かされた。まだ抵抗すれば何とかなったのかもしれない。でも、諦めたように肩を落としてワイバーンを見つめているジェニオの背中が見えた。その背中はとても大きくてたくましかった。けして怯えてなんていなかったと思うわ。あいつはたぶん……笑ってた。そんな気がする。
ワイバーンがジェニオの顔に食らいついた瞬間……あたしはもう見るのを止めた。
走って走って……あたしたち四人はルトナの街へと帰って来た。もう何も考えることができなくなっていた。この北門を出発した時は七人だったのに、今はもう四人しかいない。
――あたしはこれと似たようなことを一度経験してる。まだこのパーティーを組む前のこと。あたしは怪鳥狩りをしているパーティーに参加していた。そこへは神殿からの指令で強制参加という形で加入した。
リーダーの男はよく喋るやつだったわ。他にも男が二人いたけど、どんなやつだったのかも覚えていない。女の人も二人いたわ。でも、あたしのことをよく思ってないみたいだったし、ろくに話もしなかった。近接型のクラスが多いパーティーで、今思えば成鳥と戦うなんてはじめから無理だったと思う。それでもリーダーの指示で……いや、もしかしたらそれも、神殿からの指令だったのかもしれないわね。
ヒーラーが殺られて、遠距離のできる術士が殺られて、ディフェンダーまで失うと壊滅するのはすぐだった。あたしは……射てる矢が無くなって少し離れた位置まで拾いに行っていた。だから助かった。成鳥は執拗に追いかけては来なかったし、木々に隠れてしまえば探そうともしない。それを知った時にはもう遅かったんだけどね。幼鳥まで集まって来て、あたしは逃げるしかなくなった。
街に戻って報告すると、あたしたちのパーティーは全滅ということで処理された。あとで知った情報では、死んでしまった仲間の財産などは、生き残った人が受け取れるというルールがあったらしいけど。あたしたちのパーティーは全滅。つまり、あたしは生きてるけど生存者はなしって扱いだから、仲間たちの財産は神殿所属なら神殿に、王国ギルド所属ならと王国軍にそれぞれ寄付するという形になった。
あの時にあたしは仲間を失うという経験は既にしていたし、落ち込むなんてことは全くなかった。あたしはそういう人間だと自分でも理解していたし、そういう世界だからと納得もしていたわ。
それなのに……どうして今日はこんなにも涙が止まらないの?
『似合わねーんだよ!!』
分かってるわよ。あたしが涙を流すなんて、あたしだって思ってもみなかったことなんだから。しかも、その相手があんたなんてさ。信じられないわよ。
『惚れんじゃねーぞ』
……誰が。ありえないわよ、そんなこと。絶対にありえないから。でも、そうね。あんたは約束を守ってくれた。あの場面でそれができるっていうのは……うん、カッコよかったと思うわよ。
「死なせたくない……か」
あたしたちはあんたの分まで生きていくわ。ありがとね……助けてくれて、嬉しかったわ。
「……ったく、あたしなんかに惚れんじゃないわよ。バカね」




