第69話「オレの奇妙な感情」
うぅぅ……。ちょっと飲み過ぎちまったか? 気持ち悪りい……。
夜だ。月明かりが照らす街の北西の宿屋街。オレは一人、宿に向かって歩いている。真っ直ぐには歩けねえ。
「ったく、ブレンのやつ! オレを放って先に帰っちまうなんてな、バカヤロウ!!」
愚痴をこぼしながらも何とか前進する。通りに面した脇に空き地があった。ヒュンッ……と風を切る音がした。こんな夜に修練でもしてんのか? 熱心なヤツもいるもんだなと思った。
その女は一メートルほどの弓を抱えていた。でけえ胸を邪魔そうにしながら弦を引いている。アイツは……。
「ルミルか?」
ヒュンッ……とまた音がした。オレの声に構わず矢を射ったようだ。その矢は空き地の外壁に立て掛けられている板に突き刺さった。けっ、無視してんじゃねーよ。
「なにあんた? こんな時間まで飲んでたの?」
視線を戻すとルミルはこっちを向いていやがった。
「おめえこそなんだよ、こんな時間に修練かよ、似合わねーな?」
「はいはい」
「流してんじゃねーよ!!」
立ってるのがしんどくなってきたし、空き地に設置されてる長椅子に座ることにした。
「よいっしょー」
「あはは、あんた……年寄り臭いわよ?」
「うるせー」
そこでしばらく、ルミルが矢を射つのをボーッと眺めていた。時折吹く風が心地よく、意識が遠退いていく気がした。
「……オ、……ニオ、起き……い! 風邪……わよ?」
誰かの声がした。ゆっくりと目を開けるとそこには胸のでけえ女……リボンみたいなもんを飾ってる長い髪の女がいた。
「ルミルゥ……おめえ、抱かせろよ」
「……あんた、完全に酔ってるわね。このまま放置して帰ってもいい?」
「ふざけんなよ……介抱しろよ……」
「なんであたしが。はぁ……。あんた、そんなんだったら一緒に暮らすって話……なかったことにするわよ?」
「あ」
「なによ?」
「六人用の貸家な、見つけたぞ」
「あったの?」
「ああ。おめえの要望通り、三部屋ずつ分かれてるやつな。ったく、なんだよその警戒心」
「あたりまえでしょ? 本当は同じ屋根の下で住むっていうのも嫌なのに。感謝しなさいよ」
なんでそんなに上から目線なんだよコイツは。黙っていると、ルミルはオレの隣に腰掛けながら警告してくる。
「ココハやマキアに手を出そうとしたら本気で殺すからね?」
「しねーよ、オレはなあ……!!」
「なによ?」
「……別に」
「気になるじゃない」
「うるせーよ。おめえあれだからな? 毎朝、オレに朝食とか作れよな?」
「嫌よ」
「なんでだよ!?」
「なんであたしがあんたの為にそんなことしないといけないわけ?」
「料理は得意なんだろ? 手料理が食いてーんだよ」
「……まぁ別に、ココハとマキアとあたしと……あと三人分くらいは別に作れなくはないけど」
「ホントかっ!!??」
「う・る・さ・い!」
「わ、悪りぃ……」
思わずでけえ声が出ちまったみてえだ。
「あんたが素直に謝るなんてね」
そう言って少し笑ってるルミルの横顔はなんだか……なんだろうな?
「オレは……空気を読むとか、そういうのが苦手なんだよ。自分でも分かってんだよ。場の空気を悪くすんのはいつもオレだし、おめえらがそれに腹を立ててんのもな。でも、しょうがねーだろ。これがオレなんだよ。言いたいことは遠慮せずに言いてーし、かといって、他人と仲良くする方法なんて知らねーし。嫌いなら嫌いでも別に構わねーよ」
「……別に、いいんじゃない?」
「あ?」
「あんたはあんたのままでも。確かにあたしはあんたのこと……嫌いだけどね」
「なんだよ……」
「でも、仲間として……ううん、家族としては別に嫌ってないわよ」
「は?」
「あんたの言い方とかは何とかしてほしいけど、言いたいことをはっきり言ってくれる相手なんて……家族以外にはいないでしょ? あたしたちには記憶もないし、断片的に思い出したこともあるけど、今のパーティーを気に入ってるのよ……あたしは」
よく分からねえ。酒が残ってるのか? ルミルの言っている意味が理解できねえよ……。
「おめえ……あれか? ナナトに惚れてんのか?」
「……は?」
「あんなにツンツンしてたおめえがよ、こんなにも丸くなったのはアイツがパーティーに入ってからだろ?」
「……はぁ。なんでそうなるのよ。確かにナナトの存在はあたしたちにとっては大きすぎるくらいだし、あいつがいなかったらって考えるとホントは頭を上げられないんだけどね。指示も的確で早いし、比べる相手がレイトっていうのもあるけど」
「レイトはな、レイトだからな」
「なによそれ。……でも、あたしが変わったんだとしたら、ココハとマキア……それにあんたたちがいたからじゃない?」
「オレも含まれてんのかよ?」
何でそんなことを聞いたのかは分からねえ……けど、聞いておきたいって思っちまったんだよな。
「そうね」
「ほーん……」
「反面教師ってやつかもね?」
「教師? オレに教わったってか?」
「…………」
「無視してんじゃねーよ!」
「ふふ、あはは」
「なに笑ってんだよ……」
くっそ、コイツもこんな風に笑うんだな。なんだか笑われてるって気もしないでもないが。
「……明日からはちょっと大変そうね?」
「ネスカ組か?」
「そう、なによネスカ組って?」
「ネスカの兄貴の組だろ?」
「……なんであいつのこと、そう呼んでるの?」
「あ? そんなの兄貴がオレらの先輩でカッケーからだろ」
「普通の答えね」
「なんなんだよ?」
「あんたには悪いけど、あたしはあの男のことは信用してないから。ナナトも言ってたけど、仲間として信じられる相手ではないと思う」
「……そうかよ」
「あら、怒鳴らないのね?」
「なんでだよ?」
「あんたの兄貴分でしょ?」
そうだよな。ネスカの兄貴はありのままのオレを受け入れてくれてる。話も合うしノリもいい。オレにとっては全く不満なんてないんだけど。オレと合うってことは……コイツらには合わねーってことなんだと分かってもいる。
「ネスカの兄貴はオレにとっては大事な人だ。でもな、だからっておめえらも大事しろよ……とかは別に言わねえよ」
「そう。でもいいの?」
「何がだよ?」
「あたしたちはナナトを見てるのよ? あの男の戦いぶりを見てがっかりしないといいわね」
「けっ! するかよ。兄貴のカッコよさはナナトとは違うんだよ!!」
「あっそ」
空き地にまた風が吹いた。今度は寒いなと思った。そろそろ帰るか? 立ち上がるとルミルの弓が視界に入ってきた。
「そういえばおめえよ?」
「なに?」
「なんで弓にしたんだよ?」
「……さぁね、なんとなく……かしら」
「ほーん」
「修練室では剣にも少し触ったわ。でも、弓の方が手に馴染んだっていうの? そんな感じね」
「ほーん」
「なによ、あんたが聞いてきたんでしょ?」
「……いやな、おめえは近接でも十分やれてただろーなってな」
「…………」
「弓だと寄られた時の自衛は難しいだろ。それを選んでたのを不思議に思っただけだ」
「そこまで考えてなかったわ。正直ね……不安だったのよ。記憶を消去されて、自分の身に何が起きたのかも分からなくて、早く逃げ出したかったの」
「おめえが?」
「悪い?」
「いいんじゃねーの、女らしくってな」
「それ褒めてんの? 貶してんの?」
「さてな!」
ルミルは呆れたようにため息を吐きやがった。
「そろそろ……帰っかな」
「そうね、あたしも帰るわ」
ルミルは外壁に立て掛けられている板の方へと歩いて行くと、矢を外し矢筒に戻していく。こっちへ戻ってくると地面に置いてある弓に手を伸ばす。
「もしおめえが危なくなったら、オレが助けてやるよ」
ルミルは弓を背負うとこちらを振り返った。
「……何か言った?」
「別になんも言ってねーよ」
「そう。それじゃあ帰りましょ?」
「おう」
ルミルがどこの宿に泊まってるのかは知らねえ。だけど、向かう方向は同じみてえだ。ゆったりとした登り坂、もうオレの足は真っ直ぐに進む。酔いは覚めちまったようだな。
坂道の途中にある交差点でルミルは足を止めた。
「あたしはこっちだから」
「……送っていくか?」
「必要ないわ。送り狼になられても困るし」
「しねーよ」
「あはは……それじゃあ、また明日」
「おう、またな」
ルミルが背を向けて歩いて行った。オレは……別に寂しいとかは思わねえ。あれがルミルだからな。登り坂に足をかける。
「ジェニオ!」
そう呼ばれてオレは振り返った。
「ちゃんと、助けてよね!」
オレの心臓は止まってしまった。……いやいや、止まったりはしねーよ!? でも……なんだこれ。この感情はなんだ?
もうルミルの姿は見えない。オレはどのくらいこうしている? 早く帰って寝てーのによ。オレは……。
恥ずかしかった。




