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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第4章<ユトの丘編>

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第68話「ネスカ組」

 魔獣マンティコアを討伐した祝勝会の翌日、ランデーグさんたちが王都へと向かうのをココハと一緒に東門まで見送りに行った。


「また、会えますよね?」

「そうだな、お前らが元気でやってれば会えることもあるだろうよ」

「王都へ来ることがあれば、是非寄って行ってねえ?」

「…はい!」

「クテルさんとイングラさんはまた戻ってくるんですか?」

「さぁな。向こうでパーティーを組んで、向こうで仕事を始めるかもしれねぇからな」

「そうですか……」


 王国のギルドは規模が大きいから人は集まりやすい。でも、その分だけ仕事は取り合いになってしまう。それを避けるためにルトナの街へ出稼ぎに来るパーティーがいたり、道を踏み外して山賊になってしまう人たちもいるらしいことは知ってる。


 クテルさんは裏家業が似合いそうだけど、真っ当に生きていくんだろうな。悪態ばっかりなのに根は良い人だから。イングラさんは無口だけど、ディフェンダーとしては一流だからきっと重宝されそうだ。


「ココハちゃあん、元気でねえ?」

「…はい、ドリンさんも」

「坊主!」

「は、はい!」

「嬢ちゃんと仲良くな!」

「……はい!」

「ガハハ! よっしゃ! お前ら行くぞ!」


 ランデーグさんたちが門を潜って街道を歩いて行ってしまう。


「みなさん! お元気で! またいつか、必ず!」


 俺たちはその姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。ココハの横顔を見ると、どこか寂しそうで……だけど、笑顔だった。



 ――帰り道、俺たちは北東の高台にある宿、ナナトさんの部屋へ寄って行くことにした。扉をノックして待つと、ゆっくりと開いてくれた。


「レイト? それに……ココハも?」

「おはよう、マキア」

「…おはようございます」

「ええ、おはよう」


 マキアは今日も看病をしに来ていたみたいだ。それとも、泊まり込んでるのかな? 俺たちは部屋の中へと通された。


「どう? ナナトさんの様子は」

「まだ……目を覚ましてくれなくて」

「そっか、解毒薬は効いたんだよね?」

「ええ、毒はもう大丈夫みたい」

「…よかった」


 ナナトさんはベッドの上で眠っていた。布団は捲られていて、上半身の服は脱がされていた。体の横には清潔な白いタオルが置かれていた。


「あ、ごめんなさい。体を拭こうと思って……」

「そうなんだ。そうだよね」

「すぐに終わるから、座ってて?」

「あ、うん」

「…何か、手伝えることはある?」

「ありがとう、ココハ。んー……あ、換気しないと。窓を開けてくれる?」

「…うん!」

 ココハが窓を開きに行く。


「マキアはずっとここに?」

「え? ううん、夜になったら神殿へ戻ってる。泊まるわけには……いかないし。ルミルにも、ちゃんと帰るように言われてるから」

「そっか……うん、そっか……」


 マキアはナナトさんの体を丁寧に拭いていく。本当はずっと付き添っていたいんだろうけど、まだ……嫁入り前だもんな、うん。


 キキィ……と後ろから窓の木枠が軋む音がした。


「…わぁ、すごい」

「ん? どうしたの?」

「…景色が、キレイで」


 俺も窓の方へと向かい、そこから外を眺める。ここは高台だから街の中を見渡せるようだ。中央の時計塔や噴水広場、大通りの市場や荷車を引いている商人たち、北門の前で集まっている冒険者たちもいる。ここからは日常がよく見える。


「ルトナって……こんな街だったんだな。もうどれくらい暮らしてたっけ? 俺は……足元ばっかり見てた気がするよ」

「…私は、レイトくんのおかげで……顔を上げることが、できるようになったよ?」

 そう言ったココハはこちらを見て微笑んでいた。


 ゴーン……ゴーン……と時計塔の鐘が鳴った。俺は視線をそちらに向けて思い出す。あの場所でココハを励ましたこともあったっけ。


「ココハは……あれからたくさん一歩を踏み出せてるよね。もう、俺なんて追い越してるんじゃない?」

「…そんなこと、ない。私は……レイトくんがいないと、何にもできないし」

「そんなことないって」

「レイト、ココハ」

 話の途中だったけどマキアに呼ばれてしまった。


 ナナトさんの体を拭き終わったのか、布団が掛けられていた。俺たちはテーブルを囲むように座った。


「これからどうするのかはもう決めた?」

「あー、それはまだこれから。昼に料理屋へ集まることになってる」

「そう」

「マキアも来られそう?」

「……ごめんなさい、わたしは」

「いや、謝ることじゃないよ。ナナトさん……心配だしね」

「それもある……けど」

「ん? どうかした?」

「レイト……ココハも。勝手なんだけど、ナナトさんが目を覚ますまでは……パーティーから離脱させてほしい」

「え?」


 マキアはきっと、今は狩りとかをする気持ちにはなれないんだろうな。少しでもナナトさんのそばにいたいんだと思う。それを俺には反対なんてできない。


「ごめんなさい。ヒーラーのわたしがこんなわがままを言ってしまって」

「……いいよ。ナナトさんに付いててあげて? 俺たちは大丈夫だからさ。しばらくはみんなで(ボアー)狩りでもして過ごすよ。貯金もあるから無茶もしないし」

「ありがとう」

「…マキアさんも、ちゃんと休んでね?」

「うん、ありがとうココハ」

「ナナトさん、早く起きてくださいよ。マキアが寂しがってますよ?」

「ちょ、ちょっと……レイト!?」

「ははは」

「…ふふっ」


 あんまり長居するのも悪いし、俺たちはマキアにナナトさんのことを任せて部屋を出た。三日後に一度顔を出すからと、朝八時に南門で待ち合わせをすることにした。できることなら、その時にナナトさんも一緒に来てくれればいいなって思う。



 ――昼になり、俺とココハは料理屋へと向かった。ブレンとジェニオ、そしてルミルは先に着いて待っていた。


「お待たせ」

「おっせーぞレイト!!」

「待ち合わせ時間には間に合ってるだろ?」

「…ナナトさんの所へ、寄って来たの」

「どうだった?」

「…まだ、目は覚ましてないって」

「も、もう……二日だよね?」

「うん。でも、毒はもう完全に抜けてるみたいだよ」

「ほーん、それじゃあ合流も時間の問題か?」

「そうだといいな」

「マ、マキアさんは……どうしたの?」

「あーうん、マキアは……しばらくナナトさんに付いててあげたいって」

「でしょうね、分かってたわ」

「じゃあどうすんだよ、狩りはよ?」

「しばらくは五人で何とかするしかないかな……」


 みんなが口を閉ざす。俺たちはここまでいろんな経験をして、すごく成長もしてると思う。でも、過去の失敗を忘れることはない。パーティーを組んで初めての(ボアー)狩り。未熟だった俺たちは危うくココハを失うところだった。


 もうあんなミスはしないって全員が思ってるし、そう信じてると思う。でも、ヒーラーのマキアがいないのは、もしもの時に治療できないってことだから……すごく怖い。どのパーティーにも言えることだと思うけど、やっぱりヒーラーって大事なんだよな。


「しばらくは(ボアー)狩りとかでいいかな? あんまり無理はしたくないし」

「そ、そうだね。ボクもそろそろ攻撃に参加する練習とかも……したいし」

「いいんじゃない? それで」

「んー……なんかイマイチ気が乗らねえな」

「なんだよ?」

「一度終わった戦場に戻るってのがな、なんかちげーんだよな」

「仕方ないだろ? マキアもナナトさんもいないんだからさ」

「だよなー」

 ジェニオは何だか不満そうだけど、他にできることも思いつかない。


「おおん? なんだ、ジェニオじゃねーか」

 聞き覚えのある声がした。


「ネスカの兄貴!?」


 逆毛の赤髪でランデーグさんたちのパーティーにいた人だ。ジェニオが兄貴と慕っていて、ナナトさんには否定されていた人。


「ネスカ、ゼルナ早く座りたい」

「うっせーな、じゃあここに座ってろよ」

「うん」


 桃色で短髪の女性、ゼルナさんがココハの隣に座った。勝手になんだよ、俺たちは会議中なんだけど?


「おまえら、あのおっさんはどうしたんだよ?」

「おっさん?」

「いただろ、刀を持ってて……おれに絡んできたやつが」


 もしかして、ナナトさんのことを言ってるのか?


「ナ、ナナトさんは……休養中です」

「ほーん、神官の女もいねーな?」

「マキアも今はパーティーを離れてます」

「あの神官、マキアっていうのか……いい女だったよな?」


 ちょっとこの人と話をしてるのが苦痛になってきた。そう思っていると仲間の一人が動いた。


「作戦会議中なんだけど? 用事がないなら向こうへ行ってくれない?」

 ルミルが冷たい声で言った。


「あ!? なんだよ、ここにもいい女がいるじゃねーか!」

「ちょ、ネスカの兄貴……コイツは!!」

「なんだよ? おまえの女か?」

「は?」

 ルミルが明らかに嫌そうな顔をして睨んだ。


「そんなんじゃないすって!!」

「はっは! おまえにそんな度胸はねーか!」

「ネスカさん、その……」


 どう言って去ってもらおうかと考えていると、ネスカさんは俺の顔を見てから無理やり隣に腰掛けてきた。六人用のテーブルに三人掛けの椅子、ジェニオとブレンと俺でもういっぱいいっぱいなのに。


「レイト、おまえらこれからどうすんだよ?」

「それを……今話してたんですけど」

「そうか、ヒーラーはいねーんだろ?」

「はい……」

「だったら、おれと組まねーか?」

「え?」


 ネスカさんも、ランデーグさんたちが王都へと帰ってしまったことでパーティーは解散、新しい仲間を探してるのかな?


「いや、でも……マキアもナナトさんも、すぐに戻ってきますよ?」

「じゃあその間だけでもいいぞ、いつだよ?」

「……三日後です」


 実際に戻ってくるのかはまだ分からない。でも、別に嘘ってことでもないよな?


「じゃあ……明日から二日間は空いてんだな?」

「はい……え? 本気ですか?」

「あたりめーだろ」

「ヒーラーとかはいないですけど?」

「問題ねーよ、ゼルナがいるしな」


 ゼルナさんはコイマの森で見かけた時は確か長杖を持っていた。魔法を使うところは見てないけど、ヒーラーだったのかな?


「ゼルナさんは僧侶(ビショップ)なんですか? あ、神殿所属なら神官(プリーステス)?」


 おそらく神官(プリーステス)ってことはないんじゃないかと思う。マキアとは違って神官服を着てはいなかったからだ。


「こいつは活水術士(アクアメイジ)だ」

「…活水(アクア)術士(メイジ)?」

「純粋なヒーラーとは違うけどな、治癒魔法も使えるぞ?」

「そう……なんですね」

「どうよ?」


 確かに治癒魔法を使える人がいるのは心強いよな。でも、ネスカさんは……ちょっと苦手かもしれない。ジェニオは「ネスカの兄貴と組めるんすか! 楽しみす!!」とか言ってるから賛成なんだろうな。


 ココハは下を向いてはいないみたいだけど、不安そうに目の前のグラスを見つめている。ルミルは……まぁ反対だろうな。ブレンはどうだろう? 攻撃参加する練習をしたいって言ってたし、治癒魔法があるのはやっぱりありがたいか。


「うーん……」

「なんだよ? 何が不満だ?」

「いえ、不満とかは……別に」

「じゃあなんだよ?」

「なんて言えばいいのか、少し胸に引っ掛かりがあるっていう感じで」

「はぁー、レイトおまえよ? 仮にもリーダーだったんだろ?」

「え? あ、はい」

「だったらはっきりしろよ。あのおっさんがいねーと決断もできねーのか?」


 デメリット……その言葉が俺の脳裏をよぎった。俺は今までどうしてきたっけ? ナナトさんに頼ってた? もちろん頼ってはいたけど、自分たちで相談してやってきたはずだ。


 それでも、ナナトさんとマキアがいない状態だと、みんなもさっきみたいに口を閉じてしまう。結局は二人がいないと俺たちは何もできないんじゃないか?


「みんなに相談なんだけどさ?」

「なに?」

「ネスカさんと一緒にやってみない?」

「…え?」

「お? 話が分かってんなレイト!」

 ネスカさんが俺と肩を組んでくる。


「俺たちさ、ナナトさんとマキアがいないと何もできないだろ? これって良い機会なんじゃないかな? 俺たちの力だけでどこまでできるのか、試してみない?」

「レイトにしちゃーまともな意見じゃねーか。オレはもちろん賛成だぜ!!」

「ボ、ボクは……レイトくんがそれでいいなら」

「…私、も」

「ルミルは? ……不安なのは分かるけどさ、ゼルナさんもいるしみんなで助け合えばさ?」

「おいおい、おれのことを忘れてんじゃねーよ!」

「あ、ネスカさんも……はい」


 ルミルは険しい表情を崩さない。即答しないっていうことは迷ってるんだと思う。


「もういいだろ? 決定な?」

「ちょっと、そんな勝手に」

「おまえがリーダーだったんだろ? 他のやつはそれに従ってればいい」

「そういうわけには……」

「明日の朝八時、北門の前に集合な? 言っとくけど、この〝ネスカ組〟のリーダーはおれだからな?」


 なんだよ、ネスカ組って。


「ゼルナ行くぞ!」

「うん」


 二人は挨拶もなしに足早に去って行った。残された俺たちの空気は重い。


「なにしんみりしてんだよ! ネスカの兄貴に不満でもあんのかよ?」

「あるに決まってるでしょ?」

「あ!?」

「ごめんルミル……俺……」

「別に。レイトの言ってたことも一理あるって思ったし、二日間だけでしょ? 我慢するわ」

「うん、ありがとう。ココハとブレンもいいかな?」

「う、うん。ボクは……大丈夫だよ」

「…私も、大丈夫」

「よっしゃ! くぅー! 楽しみだぜ、ネスカ組!」


 今日はこれで解散にした。ルミルとココハは気晴らしに買い物へ行くって言ってた。ブレンはジェニオが酒場へ行くと言い出して付いて行った。俺は一人、先に宿へ戻って休むことにした。


 そういえば……北門って言ってたな。コイマの森へ行くんだろうか?

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