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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第3章<コイマの森編>

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第67話「祝勝会にて」

 魔獣マンティコアを討伐して帰った翌日。昼になってから俺はリーシェの酒場へと向かった。約束があるからだ。重たい体を引きずるようにして街の中を歩いていく。ルトナの街はいつもと変わらず賑わっていた。大通りから裏通りへと進む。


「よぉ、幻影剣士(シャドウフェンサー)!」

「やりやがったな!」

「くっそー! 俺が倒すはずだったのになー!」

「お前には無理だろ……」

「おめでとう、幻影剣士(シャドウフェンサー)!」


 いろんな人から声をかけられる。みんな名前も知らない冒険者たちだ。俺たちが魔獣を討伐したことはもう多くの人に知れ渡っているみたいだ。俺は手を少しだけ上げて挨拶をすると、足を止めずにそのまま酒場へと入る。そして店内を見渡す。


「おーい! 坊主! こっちだ!」

 ランデーグさんの声がした。


 俺はみんなの待っている席へと向かう。ランデーグさん、ドリンさん、イングラさん、クテルさん、そしてココハがいた。


「おはようございます」

「おう! よく眠れたか?」

「はい、おかげさまで」

「あれからずっと寝てたのか? まるまる一日潰してんじゃねーか」

「一度起きたんですけどね、二度寝しちゃって……」

「ふん、子供かよ」

 クテルさんは呆れたように笑った。


「いいのよお、レイトくんはわたしたちの子供なんだからあ」

「そうだな、ガハハ!」

「…レイトくん、おはよう」

「おはよう、ココハ。ごめんね? 一人で行かせちゃって」

「…ううん」


 朝、ココハが呼びに来てくれたのは覚えている。でも、どうしてもまだ疲れが取れなくて起きることができなかった。


「みんなは?」

「…ジェニオくんは、昨日からずっと飲んでたみたいで……ブレンくんが、宿に連れて帰ったよ?」

「そうなんだ。あいつ、本当に迷惑なやつだな」

「ガハハ! 坊主もすっかりリーダーだな!」

 ランデーグさんが笑い飛ばす。


「…ルミルは、マキアさんの様子を見に行くって……さっき」

「そっか……」

「……坊主、とりあえず乾杯でもどうだ?」

「あ、はい! ありがとうございます!」

「坊主たちの魔獣討伐に、乾杯だ!」

「「乾杯!」」


 俺たちは今日、ランデーグさんたちにご馳走してもらえることになっていた。でも、今いるのは俺とココハだけなんだけど。向こうもネスカさんと桃色髪の……名前は何て言ったかな? まぁいいか、その二人の姿は見えなかった。


「みなさんもあれから無事に脱出できてたみたいで良かったです」

「お前らがきっちり囮をやってくれたからな」

「うむ……」

「ランデーグさんは……その……どうするんですか? これから……」

「ん? ああ、引退だな」


 やっぱり……そうなるよな。


「坊主が気にすることじゃねぇよ」

「そうかもしれないですけど、やっぱり……悔しくて」

「…ごめん、なさい」

「あらあら、ココハちゃんまでえ?」

「どうせオレはもうすぐ戦えなくなってたしな、ちょっと時期が早まっただけだ」

「……はい」

「旦那は王都に戻るんですかい?」

「そうだな、ガキも預けっぱなしだからな」

「え? 子供が……いるんですか?」

「おうよ! いい女だぜ?」

「まだまだ小さな子よお」

「…会って、みたいです」

「あらあ、嬉しいわあ」


 そっか、子供の為にも狩りをして稼がないといけなかったんだな……。


「クテルとイングラはどうすんだ?」

「そうっすね、一度ギルドに戻りますよ」

「うむ……」

「旦那には悪いけど、アイツの面倒を見るのはごめんなんで」

「そうか、まぁ仕方ねぇな。どうせ冒険者は自分の力で生きていく術を見つけるしかねぇからな」


 みんな王都に帰るんだな。ここから東にある山間を抜けた先……だったかな。いつか、俺たちも行ってみる?


「あら、レイト。来てたのね?」

 ルミルが戻ってきたみたいだ。


「あ、うん。さっきね」

「そう」


 ルミルは、ココハがドリンさんの隣に座っているのを見ると、迷いなく俺の隣に座った。まぁ他の席は顔見知りでしかない男の人たちだもんね。まだ俺の方がマシってことなんだろうな。


「……マキア、どうだった?」

「あんまり寝てなかったみたい。ずっと神官服のままだったし、とりあえず寝かせようと思って着替えてきなさいって帰らせたんだけど……すぐに戻って来ちゃって」

「じっとしていられないんだろうね」

「そうね。でも、あたしと話してたら安心できたのかうとうとしてたから……そのまま寝かせてきたわ」

「え、大丈夫なの? というかルミルはそういうの絶対にさせないと思ってたけど」

「別に問題ないでしょ? あの二人なら。それに、ナナトはどうせ動けないんだし」

「そう……だよね」



 ――昨日、ルトナの街に戻ってきた後、ナナトさんが倒れてしまった。マンティコアの毒がまだ残っていたみたいだ。ナナトさんはマキアに『ただいま』を言うために、街に戻るまでずっと我慢して耐えていたということだ。


 俺たちはすぐにナナトさんを北東にある高台の宿に運び、解毒薬を探して街中を走り回った。市場や武具屋を回ったけど置いてなくて、旅の商人たちにも声をかけてみたけど、解毒薬はとても貴重で高価なものらしく……手に入れるのは難しいと言われた。


 思い返してみれば、マキアの治癒魔法で傷は癒したのに毒を消すことはできなかった。解毒魔法みたいなものはないのかと聞いてみたけど、そういう唱術(スペル)は聞いたことがないと言われてしまった。


『おや? 冒険者さんたち、お久しぶりでございますね?』


 途方に暮れていた俺たちの前に現れたのは、商人のニョスニさんだった。


 俺たちの様子を見て『何かお困りですかな? 可能な限りお力になりますよ?』と言ってくれた。事情を話すと『解毒薬ですか……用意できないことはないですが……』と言われ喜んだが『相当な額になってしまいますよ?』とも言われてしまった。


『お金ならいくらでも払います! だから……どうか、解毒薬を譲ってください! お願いします!』

 マキアが必死に懇願していた。


 ニョスニさんが『分かりました』と解毒薬を取りに行ってくれた。待っている間に少しでもお金を用意しておこうと、ナナトさんの部屋の前に置かれたままになっていた、マンティコアの素材を換金しに行くことになった。


 換金屋の前ではランデーグさんたちと会うことができた。昨日は街に戻ってから、夜遅くまで北門の前で待っていてくれたらしい。日が昇っても俺たちが帰って来なかったから一度宿に戻って休み、素材を換金してからまた北門の前で待っているつもりだったらしい。


 俺たちが無事に帰ってきただけではなく、魔獣まで狩ってきたということを聞いてすごく驚いていた。もちろんそれはナナトさんがいたからであって、俺たちは足手まといでしかなかったのかもしれないけど。そのナナトさんが大変なんですと伝えると、自分たちにも責任はあるから協力すると言ってくれた。マンティコアの素材は牙と爪、たてがみを合わせて銀貨二十枚にもなった。尻尾は買い取ってもらえなかった。


『みなさん、ここにいらっしゃいましたか……』

 ニョスニさんが息を切らしながら走ってきた。


 思ったよりも早く戻っていたらしく、俺たちを探してくれていたみたいだ。俺たちが換金している素材を見て魔獣を討伐したことに気づいたのか、とても驚いていた。しかし、本当に驚かされたのは俺たちの方だった。解毒薬。その値段は銀貨にして百五十枚だった。あまりにも高額すぎて頭が真っ白になってしまう。


『……討伐報酬はもう受け取りましたかな?』

 ニョスニさんが言った。


 巨大猪(ヌシ)の時と同じように、マンティコアにも懸賞金がかけられているそうだ。その額は銀貨二百八十枚だという。『わたくしが申請しておきますので、そこから解毒薬分を支払ってくれれば大丈夫ですよ』と言ってくれた。


 それから……『その尻尾! 魔獣のものですかな!? これは貴重ですぞ? わたくしに譲って頂けるのなら、銀貨十枚で買い取りますよ?』とも言われた。少しでもお金になるのならと、俺たちはそれを了承した。懸賞金で銀貨二百八十枚、素材を全て合わせて銀貨三十枚、そこから解毒薬分の銀貨百五十枚を差し引くと……残りは銀貨百六十枚になった。


 ランデーグさんたちに協力してもらうことなく、解毒薬を手に入れることができた。マキアは急いでナナトさんの所へと戻ろうとする。王国への申請などはニョスニさんに任せて、俺たちもマキアの後を追いかける。


『ランデーグさん、みなさん! すみません!』

『明日の朝、酒場へ来い! 祝勝会だからな!』

『は、はい! ありがとうございます!』


 ナナトさんに解毒薬を飲ませると、安心したからなのか、空腹と睡魔が押し寄せてきた。どうやらみんなも同じみたいで、一旦解散することになった。みんながそれぞれの宿へ戻った後も、マキアは一人残って看病をしていたんだろうな。



 ――夜。俺たちはまだ祝勝会を続けていた。ブレンとジェニオも起きてきて合流した。ルミルはマキアを呼びに行ってくれている。看病も大事だけど、マキア自身が倒れちゃうと困るからね。


 ランデーグさんは、俺たちが今までどんな狩りをしてきたのかを聞きたがっていた。それにジェニオが応えて、まるで自分の武勇伝を語るようにみんなに聞かせていた。あまりにも脚色が酷かったから、俺はそれを訂正していく役になっていた。


 話が終盤に差し掛かった頃、ルミルがマキアを連れて戻ってきた。マキアもちゃんと眠れたみたいで顔色は悪くなかった。ジェニオが騒いでいるのを見て「またなの?」とルミルは呆れたように言っていた。


「冒険者さんたち、お待たせしました」


 夕飯を食べていると、商人のニョスニさんが皮袋を持って現れた。懸賞金の残りを持って来てくれたみたいだ。商人ってお金に汚くて、こういうのは持って逃げそうなイメージがあったけど、この人はそういうことをしないんだな。


 解毒薬についてもそうだ。困っている俺たちを見て、もっと理不尽な額を要求することもできただろうにしなかった。お金の手配やらもやってくれたし、もしかしたら価格も相当頑張って下げてくれていたのかもしれない。


「こちらが銀貨百六十枚になります。勘定をお願いしますね?」

「いえ、ニョスニさんのことは信用してるので」

「おや! それは嬉しい言葉ですなぁ。商人として、信用という言葉は何より誇りになりますよ!」

「これからも、何かあったら頼らせてもらいます」

「ええ、ええ! もちろんお力添えさせて頂きますよ!」

「ありがとうございます。それで……謝礼……ですよね?」

「いえいえ、今回は結構でございます」

「え?」


 驚く俺を見て、ニョスニさんは少し考えるような素振りを見せてから話してくれた。


「実はですね、あの魔獣の尻尾。切断面がとても綺麗でしたので、二つある毒袋の内、一つは破れてしまっていましたが、もう一つはとても良い状態で残されていたものですので……それが高く売れそうなんですよ」

「そう……なんですか?」

「いやぁ、すみませんね。譲って頂いた方にこんな話を」

「大丈夫ですよ。俺たちが持ってても仕方ないですし、価値とかも分からないですから」


 ニョスニさんは頭を手でかきながら、ぺこぺこと下げている。こんなに腰が低いのに商人なんてできるんだな。でも、この人はそういう腕があるんだろうな。俺たちにとってのルミルみたいに、才能……みたいなものが。


「切断面が綺麗だったって。ココハのおかげね?」

「…そ、そんな……」

「照れてる、ココハ可愛い」

「あらあ、ココハちゃあん。素敵なお姉さんがたくさんいるのねえ?」

「…は、はい!」


 ドリンさんと楽しそうに話している女性陣の姿が見える。その光景に少し口元が緩む。


「おいレイト! 独占してんじゃねえ! 分け前を配りやがれ!!」

 ジェニオが待ちきれない様子で叫んだ。


 ブレンに計算してもらおうとすると、マキアが「待って」と言った。


「今回の報酬、わたしとナナトさんの分はいいから、みんなで分けて?」

「え、どうして?」

「解毒薬のこともあったし、たぶんナナトさんもそうしたと思うから」

「……でも、マキアは? いいの?」

「ええ。わたしはお金にはできないものをみんなに貰ったから」

「そっか……うん、分かったよ」


 マキアはこう見えてなかなか頑固だし、たぶんどうしても受け取ってはくれないだろうな。それに、ナナトさんの為に全財産を投げ出すつもりだった彼女にとっては、彼が生きていてくれることの方が大事なんだと思う。


「え、えっと、銀貨百六十枚……だから、一人当たり銀貨三十二枚……だね」

「すっげえな、おい!!」

「これでも巨大猪(ヌシ)の時の三倍ね」


 俺はみんなに配っていく。ジェニオは受け取るとすぐに「よっしゃー! 今日はオレ様の奢りだ! みんな飲んでくれやあ!!」と酒場中を駆け回っていた。


「ココハ」

 俺はそっと声をかける。


 ココハはこちらを向いて頷く。俺たちはそれぞれ、銀貨二十枚をランデーグさんの前に差し出した。


「あ? なんだ、これは?」

「俺とココハの気持ちです。持って行ってください」

「あらあ」

「ダメだ、これは受け取れねぇ! お前らが魔獣を討伐して得た報酬だろ!」

「いいんです。ランデーグさんたちがいなかったら、俺たちは冒険者にだってなれていなかったはずですから」

「けどよぉ?」

「旦那、親なら素直に受け取るもんですぜ?」

 クテルさんがいつかランデーグさんが俺たちに言った言葉を用いて後押ししてくれた。


「俺たちはこれからもまだまだ稼げますから!」

「…最後に、親孝行……させてください!」

「けっ! 親を泣かせんじゃねぇよ……!」

「あらあらあ……」


 無事に受け取ってもらえた。俺とココハの感謝の気持ちは、たったの銀貨二十枚では全然返せはしないけど、とても清々しい気持ちにはなれた。この人たちはパーティーを抜けても、冒険者ではなくなってしまっても、これからもずっと俺たちの家族なんだ。家族でいたいって思えた。

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