第66話「帰還を告げる言葉」
魔獣マンティコアは俺の幻影によって動きを止めている。しかし、先程と同じで長くは持たないだろう。
「よっしゃ! ココハ、援護しろ!!」
「…はい!」
ジェニオが長槍を地面へと突き刺した。まさかまた急速前進からの攻撃を仕掛けるつもりか? しかし、長槍の刺さっている角度がやけに傾いているように見える。まさか、焦ってるのか?
ジェニオは構わずに足を長槍に乗せてしならせていく。ココハの方を見てタイミングを合わせる。そろそろ、マンティコアの行動不能が解けてしまう。
「…風鋭刃!」
ココハの前に高速に回転する刃が現れる。その数は……二つ。俺がさっきココハに注文したものだ。その刃がマンティコアへと向かって飛ぶ。一つ目は左上から回り込むように。二つ目は右下から浮かび上がるように。
マンティコアが動き出す。俺を狙っていたはずなのに、やっぱりココハの魔法を警戒したのか尻尾の針で左上から回り込んできた刃を叩き落とす。しかし、右下から急浮上した刃には対応できなかった。
ザシュッ! と尻尾の先を斬り落とす。赤い液体と紫の液体が辺りに飛び散った。
「ガアァァァアアア!!」
マンティコアはその場で苦しそうに悲鳴を上げている。
「……いくぜ! 必殺!!」
ここでジェニオが動いた。
長槍に両足を乗せて体重をかけると、しなりと反動を利用して跳躍した。前……ではなく、上に。
「威圧跳躍!!」
鎖に引っ張られて地面に刺さっていた長槍も空中へと飛んでいく。十メートル以上の上空で長槍を回収すると、降下しながら体重を長槍に乗せていく。
「これで終わりだぁぁああ!!」
苦しみもがいているマンティコアの背中へと突き刺さった長槍は、胴体を貫通して腹の下から切っ先を出した。
「ガアァァァァアアアアアアアア!!!!」
マンティコアはこれまでにない大きな悲鳴を上げた。ジェニオは鎖を外して背中から飛び降りる。武器を手放したものの、マンティコアはもはやそれどころではなかった。首を振り、体を捻り、切れた尻尾を地面に叩きつけて暴れている。
俺たちはそれをただ黙って見ていた。徐々に、ゆっくりと、そして静かに、マンティコアはその体を地面へと預けていく。ドスゥゥゥン……と倒れ込むとそのまま動かなくなった。
「やった……のか?」
「ははっ! やってやったぞ! がはははは! オレ様が最強だおらぁぁああ!!」
きっとそのジェニオの雄叫びは森中に響いただろう。
「うるさいな、本当に」
「あ!? なんか言ったかよ、レイト!?」
「……お前は本当に最強の槍使いだよ」
「はっ! 今さらかよっ! かかか!!」
ナナトさんがルミルを抱きかかえてマキアの方へと向かっていく。ジェニオもみんなと合流するために移動した。
「…ルミル、お姫様抱っこ」
「ちょっと! 降ろしてよ! 恥ずかしいじゃない!」
「このお姫様はおてんばだなー」
「ナナトあんた! 覚えてなさいよ!?」
「はははは、元気……だね?」
「ナナトさん降ろしてください、治療します」
「ああ、任せるよ」
ナナトさんがゆっくりと地面へ降ろすと、ルミルはナナトさんをじっと睨んでいた。
「我は唄う、光よ、かの者に癒しを……治癒」
マキアが治療を始めた。ルミルの様子を見た感じだと命に関わる怪我ではなかったみたいだ。これでマキアの治癒魔法はもう使えない。しばらく休めば魔法力は回復するだろうけど、ここまで連戦だったから休む暇もなくてようやくかって感じだ。
ジェニオとブレンはお互いに背中を預け合って座り込んでいる。ココハはナナトさんに頭を撫でられていた。さっきの魔法を褒められてるのかな? 俺の注文に一発で応えてみせたココハは、やっぱり精霊術士としての才能があったんだなって改めて思う。以前ジェニオも言っていたけど、激戦の中でイメージを固定するだけの集中力があるってことだもんな。
「レイトもお疲れさま!」
ナナトさんがこっちを向いて呼びかけてくれる。
みんながこっちを見て笑っていた。ルミルの治療が終わったのか、あの無表情だったマキアもとびきり綺麗な笑顔を見せてくれた。俺はみんなの元へと歩み寄る。
「……おいレイト!!」
「なんだよ?」
「おいおいおいおい! 嘘だろ!?」
なんだよ。なんでお前はそんなに怯えてるんだよ。あれ? 他のみんなも? ナナトさんまで何を驚いているんだ? 俺……じゃない。後ろ? 俺はそっと振り返った。
……長槍の刺さった赤い胴体に金色のたてがみ、切断された尻尾。長い戦闘の末に倒したはずだった魔獣……マンティコアがそこに立っていた。
「うっそ……だろ?」
マキアはもう治癒魔法が使えない。ジェニオは武器を持たない。ルミルは傷は癒えたが矢の残りもそう多くはないだろう。ブレンは治癒魔法を受けていないからもう立つことすらもしんどいはずだ。まともに動けるのは俺とココハと……ナナトさんはどうなんだ?
しかし、不運というものは重なるものだ。風が吹いて雲が流れたのか、月の光が弱まり、辺りは徐々に暗闇へと変わっていく。完全に暗闇というわけではない。みんなの影も何とか見える程度だ。マンティコアとは距離があって見失ってしまった。
「マキア、眩耀は使えるか?」
「……一度、だけなら」
「おれが合図をしたら……頼む」
「はい……」
ナナトさんが前に出る。最後はこの人に任せるしかないのか? この暗闇だとルミルとココハは攻撃することができないだろうし。いや、俺にも何かできることはあるかもしれない。聞き耳を立てながら少しずつ移動していく。マンティコアの足音が聞こえる。ゆっくりと確実に近づいて来てる。ナナトさんも刀を抜いて間合いを詰めていく。もうすぐ相対する……その時だった。
「うっ……」
ナナトさんが動きを止めた。
口から血を吹き出して片膝を付いた。何が起きたのか……もしかして、ルミルをかばった時に毒針を受けていた!? もしそうなら、もう戦える状態じゃないはずだ。
マンティコアがナナトさんを射程距離に捉える。右の前脚を持ち上げて払うようにしてナナトさんを吹き飛ばした。
「ナナトさん!」
マキアが悲鳴のように名前を呼ぶ。
ナナトさんは木に背中からぶつかってぐったりしているようだ。嘘だろ? あのナナトさんがこんな……。全員の顔が絶望に染まっていく。ダメだ、俺たちはここで全滅するのか?
『諦めるな。まだおれたちは生きてる。誰も死なせたりはしない。約束しただろ? おれが守ってやる』
ナナトさんがマキアに言った言葉が脳裏をよぎった。
そうだ、俺たちはまだ生きている。この絶望に抗うことができる。諦めてほしくない。それは俺がココハに言ったことでもある。俺はこのパーティーのリーダーだ。リーダーが真っ先に諦めるわけにはいかない! 俺が……やるんだ!
「うおぉぉおおおお!」
俺は叫んだ。自暴自棄になったわけじゃない。マンティコアの意識をこっちに向けないといけない。幸い、俺だけはみんなと離れている。誰かが巻き込まれることはないだろう。誘った上で戦ってやる。
マンティコアがこちらへと向かってくる。駆けては来ない。いや、もうそんな力も残ってないんじゃないのか? 俺は右回りに歩き出す。マンティコアが足を止める。なんだ? 俺の位置が分からないのか?
俺はマンティコアに向かって殺気をぶつける。やつはそれに反応してこちらへと向かってくる。俺は更に回り込む為に移動した。マンティコアが攻撃する。幻影が煙となって消滅した。しかし、マンティコアはもう行動不能になることはなかった。
俺は幻影を出現させずに殺気だけをぶつけていく。するとやつはその方向に攻撃を仕掛ける。やはりそうだ。こいつには俺の姿だけじゃない、気配すら感じられていない。殺気には気づくわけだし、弱っているからとか、そういう理由ではないんだろう。こいつだって獣族と索敵方法は変わらないはずだ。臭いや足音に反応したっておかしくはないはずなのに。
この感覚はどこかで一度経験している。そうだ、初めて夜戦を経験したあの日。みんなを森の外へと逃がした後、俺はナナトさんと二人で黒狼と暗闇で対峙した。やつらは唸り声で威嚇してくるだけで、襲ってくることはなかった。あの時と同じ現象が起きている。
俺はマンティコアに殺気をぶつける。やつが近づいてくるのを避けて横腹を斬りつける。マンティコアは驚いたように振り返るが俺はもうそこにはいない。背後から殺気をぶつける。振り返って攻撃してくるが俺は更に横から回り込んで後脚の間接に剣を突き立てる。
俺は戦いながらも考えていた。あの時と同じ現象が起きたのには何か理由があるはずだと。まず思ったのは夜だ。暗闇の中だったこと、これは共通している。そして、俺の魔法適性が影属性だったこと。影は闇そのものなんじゃないかと思った。最後に浮かんだのはジェニオの言葉……。
『レイトはよ、影が薄いんだよな』
そうだよ。俺は影が薄い……つまり存在を感じられにくいってことなんじゃないか? 暗闇での存在感、そして無自覚に発動しているのだろう影技能。この環境は俺の武器になっているんだ。
マンティコアが俺を探しているのが分かる。俺は殺気をぶつけつつ移動し、もう片方の後脚の間接にも剣を突き立てる。マンティコアが慌てて振り返るがそこに俺はもういない。残った右の前脚も斬りつけるとやつはもう立っていられずに地面に体を付ける。まだだ、こいつはしぶとい。確実にトドメを刺すにはどうすればいい? 思いついた方法はある。でも、俺一人だと難しい……。
願いが通じたのか、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。この状態で突っ込んで来られる人を俺は一人しか知らない。この人なら俺と同じ決断をしてくれるに違いないと、俺は剣を構えて待っていた。
「マキア!」
その人が合図をする。
「我は唄う、光よ、かの者に輝きを……眩耀」
光魔法が打ち上げられる。マンティコアの正面で咲いた光は辺りを昼間のように明るく照らす。やつはその光を直視して目が眩んでしまう。
マンティコアの首を挟んでその人と目が合った。俺に気づいて微笑んでみせた……ナナトさんと。
「レイト!」
「ナナトさん!」
俺たちはタイミングを合わせるように剣を振り上げると、マンティコアの首を左右から同時に斬り裂いた。マンティコアの首は地面へと落下し、その命を確実に奪うことができた。魔獣との戦闘はこれで本当に終了したんだ。
眩耀の効果は切れたが、雲が流れたことで再び辺りを月明かりが照らしていく。俺がいてナナトさんがいて、ブレンとジェニオもいるし、ココハとルミルもいる。そして、マキアもちゃんといる。七人全員が生き残った。これは奇跡ではない。これは俺たちが生きようと足掻いた結果だ。俺はまた思ったんだ。生きていてよかったと。生きていることはこんなにも嬉しいことなんだって。
――この広間に黒狼は近づいて来れないのか、日が昇り始めてもその姿を現さなかった。十分に休んで魔法力を回復したマキアがナナトさんとブレンの治療をした。ナナトさんは毒針は少しだけ掠めた程度だと言っていた。
俺たちは月明かりのあったこの場所で朝まで待って、魔獣マンティコアの爪や牙、たてがみ、そしてココハが斬り落とした毒針の付いた尻尾を持ち帰ることにした。もちろん、ジェニオの長槍もしっかりと回収して。
「ごめんなさい。少し寄り道してもいい?」
マキアがそう言ったが誰も反対はしなかった。広間の脇に小さな部屋のような場所があり、そこには三つの大きめの石が並べられていた。マキアはその前で両膝を付くと両手を合わせて握り、額の前にかざした。
「みんな、遅くなってごめん。わたしはみんなのおかげでこうしてまだ生きてるよ。なんでわたしだけって後悔もした。でも、新しい仲間がわたしを救ってくれた。ナナトさんともまた会えたんだよ? わたしはまだみんなの所へは行けないけど、見守っててほしい。ごめんなさい、ありがとう……さようなら」
ナナトさんもマキアの隣で両手を合わせていた。ここはマキアのかつての仲間たちが眠っている場所。簡単には訪れることができない場所だ。俺たちも先輩冒険者たちの墓石に向かって手を合わせることにした。
――帰り道は不思議なことに黒狼と出会うこともなく、簡単に森の外へ出ることができた。
『なんで墓石は三つしかなかったんだ?』とジェニオが不思議がっていたが『あんな場所だし、たぶん近くに転がっている石が他になかったんだと思う』とマキアは冷静に答えていた。
「…レイトくん」
「ん?」
「…あの時、どうしてマンティコアは……レイトくんのことを見失っていたのかな?」
「ああ、あれね……」
「なんだよ?」
「ジェニオには言いたくないんだけど」
「なんでだよ!!」
「……俺の……俺の影が薄いからだよ」
一瞬の沈黙の後、みんなが爆笑の渦に包まれた。
「がはは! おめえってやつは最高だな!!」
「そうね、レイトらしいわ」
「はははは、ごめんねレイトくん……はははは!」
「…ふふっ」
「おー笑え笑え」
もう笑われてもいいや。なんだか自分の欠点だったものを素直に受け入れられるようになった気がした。
「影技能か?」
流石にナナトさんは鋭いな。
「はい、たぶん無意識に発動してるんだと思います。暗闇の中でしかあれだけの効果は得られないみたいですが」
「でも……それってかなりの武器になるんじゃない?」
マキアがそう言ってくれた。
「うん、俺もそう思ってる」
俺は幻影に続いて新しい我流閃技を習得した。名付けるなら……闇隠……かな。
「まあ、オレ様の新技の方が何倍もすげーけどな! がはは!!」
「はいはい」
「おいルミル! 適当に流すんじゃねーよ! 帰ったらあれだぞ、宿舎探しだからな!?」
「……そうね」
「あ!?」
「…え?」
「いいわよ、別に」
「マジ!?」
「まじ」
「…本当に?」
「もう諦めてあげる。みんなで一緒に暮らしてもいいわ」
ここでまさかの発表。
「び、びっくり……だね」
「うん」
「…マキアさんは?」
「わたし……うん、わたしも一緒で構わない?」
「…はい!」
「ありがと」
「よっしゃー! 燃えてきたな! あれだな、部屋割り? オレはいいぜ、一緒に寝てやってもな!!」
「あら、本当に?」
「おおよ! ルミル、おめえが来るか!?」
「そうね……でも、ごめんなさい。あんたにはもっと相応しい相手がいるでしょ?」
「あ? 誰だよ?」
あー嫌な予感がする。女性陣が口を揃えるようにその人物の名を呼ぶ。
「…「レイト」くん」
ほらな。
「はあぁぁぁあああああ!?」
部屋はきっちり人数分ある家を探そう。絶対にこればっかりは譲れない。身の危険を感じ……ないけどさ。
――ルトナの街。俺たちは帰ってきた。北門を潜るとものすごく安心した。いつの間にかこの冒険者の街は俺たちの帰る場所になっていたんだな。とりあえず、腹が減ったよ。何か食べたい。
「レイト」
ルミルに呼び止められた。
振り返るとみんなが北門の方を見ていた。ここには同期の五人しかいない。あれ? マキアとナナトさんは?
北門の外。ナナトさんが先に立ち止まったのか、マキアが門の前で待っているようだ。俺は二人に声をかけようとしたが、またルミルに止められてしまった。
「マキア、ちゃんと前に進めたね?」
「はい」
「おれは信じてたよ。君が帰ってくるって」
「わたしも……です」
「うん。おれはまだ、君に言えてない言葉がある。君に言って欲しかった言葉もある。あの約束を今、ここで果たしてもいいかな?」
「……はい」
「マキア、ただいま!」
「おかえりなさい、ナナトさん……」
そうか……この二人はようやく再会できたんだな。ナナトさんはずっと探していたんだ。昔に再会の約束をして別れた彼女のことを。本当の意味で彼女を見つけることができたんだ。 後ろ姿しか見えないけど、マキアは泣いてしまっているみたいだ。でも、きっと笑ってもいる。その顔は今までの無表情を感じさせない素敵な笑顔のはずだ。ナナトさんにだけ見ることを許されたとびっきりの笑顔だ。
ココハとルミルももらい泣きしているのか鼻をすすっている。俺はどうなんだろう? もちろん嬉しいことなんだけど、少しだけ寂しいと感じているのかもしれない。
ナナトさんがマキアの頭を撫でている。マキアはそれを照れくさそうにしながらも受け入れている。あとはもう二人っきりにさせてあげた方がいいんじゃないか? 俺は時計塔を見る。朝の五時だ。腹を満たして宿で寝て、しばらくはゆっくり休養したいな……なんて考えていた。
ドサッ……と何かが倒れる音がした。振り返るとマキアが慌てふためいた声で叫んでいた。
「ナナトさん!?」




