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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第3章<コイマの森編>

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第60話「兄貴ってなんだよ」

 ――コイマの森の結界の近くで狩りを続けて数日、俺たちは少しずつ滞在時間も伸びてきていて、森を出る頃には日が沈みかけていることも増えてきた。もっと奥へと進むのか、それとも、このままこの場所で狩りを続けていくのか。みんなと話し合った結果……もう少し進んでみたいという意見が多かった。俺たちは無理のない程度に少しずつ進んで行こうということになった。


「ごめん、そろそろ矢のストックが底をつくから、一日だけ休暇をもらえない?」

 ルミルからの申し出があった。


「矢なんて売ってるだろ? 買って来たらいいじゃねえかよ?」

「自分で調達できるものにお金を使いたくないのよ」

「だけどよ、それでオレたちの一日分の収入が減っちまうじゃねーか!!」

「ジェニオ、それは仕方ないだろ。ルミルは弓使い(アーチャー)で矢は消耗品なんだから、俺たちより出費は多いんだ」

「そんなもん自業自得じゃねーか、自分でその武器を選んだんだろーが!!」


 ジェニオはどうしてこんなにも自己中心的な考え方なんだろうか? もっと他人に優しくしたっていいじゃないか。


「もういいわ。狩りへ行くなら勝手にして、でも、あたしは何もできないからね?」

「いや、行かないよ。明日は休みにしよう」

「あ!? なんでだよ! 矢なんて買えばいいって言ってんだろーが!!」

「……ごめんなさい。わたしも一日、休暇がほしい」

「マキアも?」

「ええ。これからもっと奥へ進むのなら、日が暮れ始めるまでに森を出るのが難しくなる日もあると思うし、習っておきたい唱術(スペル)があって」

「分かったよ。その修練って一日で終わるの?」

「ええ、そんなに難しい魔法ではないから」

「そっか、それじゃあ……ジェニオ、これにも反対するのか?」

「……ちっ、勝手にしろよ」

「じゃあ、決まりってことで。明日は休みにするからしっかり体を休めて。明後日、いつもの時間に北門に集合で」


 ジェニオがブレンを連れてさっさと帰って行った。まったく、疲れるよ。


「マキア、さっきはありがとう」

 ルミルがマキアにお礼を言っていた。


「ううん、習いたい唱術(スペル)があるのは本当だから」

「ジェニオってなんであんなに他人に厳しいんだろうね? 自分には甘々なのに」

「さぁ? 考えたくもないわ」

「……みんなはジェニオのことをあんまり好きにはなれないか?」

 ナナトさんが少しだけ悲しそうな表情を浮かべていた。


「まぁジェニオですからね。戦闘ではちゃんと役割を果たしてくれてるし、良いアタッカーだとは思ってるんですけどね。あの性格じゃなければな……とは思っちゃいます」

「そうか。まぁ他人の心の中なんて簡単には分からないよな」

 またナナトさんが意味深な発言をした。でも、それはジェニオのことなんだろうし、ちょっと今は深く聞きたいとは思えなかった。


「それじゃあ、おれもこれで……またな」

「はい」

「あ、待ってください!」

 マキアがナナトさんに駆け寄って行った。


 一言二言話すとこちらを振り向いて、手を振ってから二人で歩いて行ってしまった。


「あの二人、順調そうね」

「…デートとか、するの……かな?」

「やっぱり……そういう関係だと思う?」

「どうかしらね。お互いに相手の気持ちは分かってるとは思うけど、まだどこか遠慮はしてるって感じがする」

「だよね」

「……さて、あたしも帰るわ。またうるさいのにあーだこーだ言われたくないから、たくさん作らないと」

「…ルミル、私も……手伝ったらダメかな?」

「え? ココハ、手伝ってくれるの?」

「…うん、手伝ってみたいの」

「助かるわ。ありがと」

「あー、俺も手伝おうか?」

「……ありがと。でも、レイトはいいわ」

「あ……そっか」


 まぁ……そうだよな。うん。


「迷惑とかじゃなくて、あたしの借りてる宿は男子禁制だからってことね?」

「あ、そうなんだ? そっか……うん、それじゃあ頑張ってよ」

「ありがと、リーダーさん。ココハを借りるわね?」

「うん。ココハも頑張ってね?」

「…うん!」

「それじゃあ、また……明後日」

「また明後日」

「…レイトくん、おやすみなさい」

「おやすみ」


 ルミルとココハは並んで歩いて行く。その後ろ姿を見ていると、やっぱり姉妹みたいだなって思った。



 ――翌日。今日は休日だ。冒険者になってから、こんなにも何もすることがない一日っていうのは初めてかもしれない。休日は今までにもあったけど、それなりにバタバタしていたり、疲れて動く気にもなれなかったりしていた。でも、今回はそういうことは全くなくて、本当に自由に使える時間ができた。


 俺は武具屋に新しい剣を見に行ったり、これまで街の中でもあまり行ったことのない場所を探して、散策してみたりしていた。一人だし、昼食も適当に済ませてしまうと、午後からは街の北西に足を伸ばしてみた。


 俺とココハが寝泊まりしている、街一番の安宿は街の南東にある。ナナトさんがいる高台の宿は北東。マキアのいるアムリス神殿は南西。そして、ルミルや、ブレンとジェニオが宿泊しているのがこの北西の地域らしい。


 この辺りは宿が密集していて、大体の冒険者はこの地域で暮らしているらしい。それらしき人も多く見かける。空き地で剣の素振りをしている人や、シートの上に座り込んで瞑想している人もいる。泊まる宿がないのか、稼ぎがないのかは分からないけど……路上で寝ている人の姿も見える。


「俺たちも一歩間違っていたら、ああいうことになっていた可能性もあるんだよな……」


 俺はいろんな出会いのおかげでここまでやってこれた。自分一人の力では生きてはこられなかっただろう。装備も買い替えていない俺は、お金もそれなりに貯められているし、出来すぎなくらいに運がいい冒険者なんだろうな。


「レ、レイト……くん?」

 後ろから名前を呼ばれた。


 振り返ってみると、そこには背が高くとても存在感があって、でもどこか温かみのある優しそうな短髪の男性が立っていた。


「ブレン?」

「や、やあ……どうしたの? 珍しいね、こっちに来てる……なんて」

「うん、ちょっと散歩してた」

「そ、そうなんだ。休日……だもんね」

「もうこの街にいるのもだいぶ長いのに、まだ行ったことない場所とかいろいろありそうだなって思って」

「そ、そう……だね。ボクも今度、探検して……みようかな?」

「ははは、いいかもね」


 ブレンは他人のすることにいちいち文句を言ったりしない。本当にいい人なんだよな。それなのに、なんでいつもあいつと一緒にいるんだろう? 神殿の修練室からずっと一緒にやってきたからなのかな? 嫌になったりはしないのだろうか?


「ブレンは何してたの?」

「ボ、ボク? ボクは盾や防具の手入れをしたり、少し……運動もしたかな」

「ちゃんと休まないと、休日なんだから」

「そ、そうだよね……ごめん。でも、もっと鍛えてみんなを守れるようにならないとって思ったら……つい、ね」

「ブレンはもう十分すぎるくらいに守ってくれてるよ。ブレンがいなかったら俺たち何回全滅してるか……数えられないよ」

「そ、そっか……ありがとう、レイトくん」

「うん」


 面と向かって言うのは少し照れくさかったけど、ちゃんと伝えるのって大事だよな。いつ何が起こるかなんて分からないし、言いたいことは言っておかないと。


「ジェニオは? あいつは……何してるの?」

「あー、ジェニオくんはたぶん……リーシェの酒場かな」

「一人で? どんだけ酒が好きなんだよ、あいつ」

「さ、最近は、仲良くしてる冒険者の人と……行ってるんだと思う」

「へぇー、そうなんだ」


 ジェニオと仲良くしてくれる冒険者の人なんているんだな。


「もしかして……女の人だったりする?」

「……い、行って……みる?」

「え、でも……」

「ほ、他の冒険者の人と話すのは情報収集にもなるかも……しれないよ?」

「……そっか。そうだね、行ってみようかな?」


 こうして、俺とブレンの二人はリーシェの酒場へと向かうことになった。別に、ジェニオと仲良くしている冒険者のことが気になるわけではないけど。ただ、情報収集はしておいても損はないよな?



 ――リーシェの酒場。一階のテーブル席に一際大きな笑い声が響いていた。その声の主は金髪に近い茶髪で、ツンツンした逆毛が目立つ男だ。俺はその席へと向かうブレンの後ろから付いて行った。


「ジェ、ジェニオくん……」

「お? おー! ブレンじゃねーか……ってなんでレイトも一緒なんだよ?」

「う、うん、バッタリ……会ってね」

「おはよう」

「おう、もうおはようって時間じゃねーけどな!!」

「おおん? レイトって確か……ジェニオんとこのリーダーだったか?」

 ジェニオと同席していた人がそう言った。


 歳は俺たちより少し上だろうか? ジェニオと同じようなツンツン頭で、真っ赤に染まった髪をしている男性だ。


「そうなんすよ。この頼りなくて影が薄くて、役立たずなのがリーダーなんすよ、がはは!!」


 酔っているのか……でも、本心なのは間違いない。ジェニオに何を言われても今さら何とも思わないけど。


「悪かったな、役立たずで」

「そう思うなら努力しろよな!!」

「はいはい」

「おい! 流してんじゃねーよ!!」

「はっは! やるなリーダー!」


 赤髪の男にリーダー呼びされても困る。俺は苦笑いをするしかなかった。


「あ、相席……させてもらってもいいかな?」

「おお! 飲もーぜ! 座れよ!!」

「あ、ありがとう……」

「リーダー! こっち座れよ!」


 ブレンがジェニオの隣に座ると、赤髪の男が俺を隣に座らせた。


「失礼します」

「おうリーダー。おれはネスカだ、よろしくな!」

「あ、はい。えっと……レイトです」

「よしレイト、飲むぞ!」

「飲むぞレイト!!」

「あ、はい……うん」


 俺はネスカさんとジェニオに勝手にビールを注文され、仕方なく飲むことになった。どうせなら、もう少し後なら夕飯も一緒に食べられるんだけどな。


「ネスカさんも冒険者なんですか?」

「おお! おまえらと同じ、神殿の冒険者だぜ?」

「え、そう……なんですか?」

「背中に紋様もあるぜ? 見るか?」

「……いえ、大丈夫です」

「遠慮すんじゃねーよ!」

「いや、さすがにここで脱ぐのは……」

「おれは脱げる! 全裸にだってなれるぞ!」

「よっ! さすがネスカの兄貴!!」


 いやいや、なんだよこのノリは……。それに、兄貴ってなんだよ。意味が分からない。


「おまえらはあれだろ? 同期でパーティーを組んでんだってな? いいよな、おれもそうすりゃあ良かったぜ」

「今は、先輩冒険者と……あともう一人、お世話になってる人がいますけど」

「でも、おまえがリーダーなんだろ?」

「まぁ……一応は」

「コイツはそれぐらいしか取り柄がねーっすから!!」


 うるさいわ。


「いや、マジで羨ましいぜ。おれのとこなんてリーダーのおっさんが偉そうに命令とかしてくるからな? やりてーようにやらしてくれねーし嫌んなるぞ? マジ抜けてーわ」

「抜けましょーよ、そんなクソパーティーなんて!!」

「そうだな、抜けちまうか! 今度イラッと来たら抜ける! 決定だ!」

「おっしゃ! 兄貴、乾杯しましょう!!」

「おうよ!」


 それから……結局は夕飯時まで延々と愚痴を聞かされたり、無理やりビールを飲まされたりして時間が過ぎていった。他の冒険者と話をするのは情報収集になる……なんてことはなかった。こんなことなら、ブレンと二人で街を探検していた方が楽しかったかもしれないな。

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