第57話「みんなの盾」
ボクたちはコイマの森での初めての狩りを終えて、ルトナの街へと戻ってきた。
午前中に狩った小狼と、午後に狩れた黒狼の素材を換金しに行くと、とても驚かされることになった。小狼の換金額は九匹分で銅貨五十四枚。黒狼の換金額は六匹分で銅貨百八枚だったからだ。一匹当たりの稼ぎがなんと三倍にもなった。それをパーティー七人で分けると、一人当たり銅貨二十三枚の報酬だ。冒険者たちがどうして危険な森の中へ狩りに出かけるのかが分かった気がする。
「くはー! うっめえな、おい!!」
ここはリーシェの酒場。ジェニオくんはいつものようにビールを喉の奥へと流し込んでいく。ボクたちは夕飯を食べながら今日の反省会をすることになった。
「どうだった、コイマの森は?」
ナナトさんの質問から始まる。
「あたしは……何もできなかったわ。反省点を挙げるとしたら、全ての音に敏感になりすぎてたってことかしらね?」
「そうだね、ルミルは誰よりも機敏だし、戦闘体勢に入るのも早い。でも、全ての相手にそれをしていたら追い付かないんだ」
「そうね。でも、分かってても反応しちゃうのよ」
「それは……君が怖がっている証拠だよ」
「あたしが?」
「そうだよ。認められない? でも、それを認めないと改善しないよ。おれだって怖いし、マキアだってそうだろ?」
「……ええ」
ルミルさんは、ボクたちの中では一番勇気があって、みんなが億劫になることでも率先してやってくれる女の子だ。そんな彼女が怖がるような場所に足を踏み入れているということを、嫌でも自覚してしまう。
「認めるわ。仲間に強がっても仕方ないし」
「どういう所が怖いのか、言葉にできる?」
「……そうね。やっぱり相手が襲ってくるまで姿が見えないことかしら? 猪や小狼とは違って」
「確かに、木とかもやたら太くて……物陰にいると見つかんないよね」
「だな。襲って来たときには既に目の前だしな」
「…怖かった」
ボクもみんなと同じ。だけど、ボクはずっと正面にいたから、みんなよりも安全だったのかもしれない。ボクはみんなを守る盾なのに……。
「あ、あの……いいかな?」
「うん」
「じ、陣形でのボクの位置……なんだけど、左右のどちらかに移動した方が……いいのかなって」
「ブレンが?」
「おめえは盾なんだから正面の方がいいんじゃねーの?」
「で、でも、正面は隠れる場所も……少ないし、左右の方が危険は多いんじゃ……ないかな?」
「言われてみればそうかも。ブレンは先頭に居てもらわないと困るって勝手に思い込んでた」
ナナトさんがボクの方を見ていたことに気がついた。笑って頷いてくれた。それを見てボクは言ってみて良かったなって思えた。
「ブレンを外にするにしても、正面はどうするのがいいかな?」
「そら、オレかおめえだろ?」
「それはそうだけど、ジェニオはどっちがやり易い?」
「そうだなあ、オレは別にどっちでも構わねえけど」
「……俺の意見としては、仮にジェニオが正面に立った場合、武器の射程もあるし今日の二回目の時みたいな奇襲だとすぐに対処できるかなって。でもその場合、俺が片側を抱える形になるから指示が出しづらいんだよね」
レイトくんはリーダーだから、全体を見れていないといけないわけで、今日みたいにレイトくんの方を集中して狙われちゃうと、指示なんて出せる状況じゃなくなっちゃうよね。
「逆に、俺が正面に立つと左右からの奇襲は対処しやすくなるし、指示も出せるんだけど……右も左も見ないといけなくなるから、援護に行く余裕がなくなるんだよね」
今までとは違って周りが見えないし、突然三方向から襲われるから対応がどうしても遅れてしまう。作戦通りに完璧に……とはいかない。
「陣形の修正点が見えてきたね」
「すみません。まだまだ話し合わないといけないことはたくさんあるのに」
「構わないよ。しっかりと確認しよう」
「それで、どーすんだよ? オレが前か? レイトが前か?」
「うーん……」
「……正面は見張らしもいいし、前に誰もいないなら狙いやすいし……あたしが立つわ」
ルミルさんが立候補した。
「おいおい、それはねーだろ? おめえは抱えられねえじゃねーか」
「寄られる前に倒せばいいんでしょ?」
「簡単に言うんじゃねーよ! 何かあってからじゃおせーんだぞ?」
「……なにあんた、あたしのこと心配してくれるんだ?」
「あ!? ……ちっ、勝手にしろよ!!」
「ルミル。俺もちょっと無謀かなって思うんだけど、何か案があったりする?」
「あたしたちの中で黒狼を抱えられるのは四人。でも、マキアには悪いけど省かせてもらうわ」
「…………」
「残り三人で三方向って考えると、どうしてもレイトが全体を見渡せる位置にいられないでしょ?」
「うん」
「だから、左側は複数を抱えられるブレンに任せて、右側をジェニオとレイトの二人で守る。ジェニオが前、レイトが後ろっていう風にすれば全体も見えるでしょ?」
「考えたね。相手の奇襲方向で臨機応変に対応できる布陣かもね。ジェニオが正面にも右側にも動けるっていうのは」
ナナトさんがその提案に乗った。
「レイトは指示を出し終えたらジェニオと入れ替わってもいいし、そのまま正面まで飛び出してもいい」
「それに、あたしが正面で、ココハが中央にいればどちらにも援護にいけるし、あんたたちを盾にもできる。マキアが最後尾いてくれるから、レイトが前に出てもココハを守ってくれるし」
「ええ」
「……うん、それが良さそうだね。みんな、反対意見はある?」
誰も挙手はしなかった。こうして、ルミルさんの案が採用されることになった。
「この陣形は、ブレンが絶対に片側を守ってくれるっていう信頼があってこそだね。ブレンにはプレッシャーになるかもしれないけど」
ナナトさんがそう言った。
「ボ、ボクはみんなの盾だし、まだまだ攻撃参加も……できないですから。だからせめて、絶対に守ってみせます。それがボクの……役割だから」
「ありがとうブレン。それから、いつも頼ってばかりでごめん」
「ううん、こ、こんな図体だけ大きなボクを使ってくれて……嬉しいよ」
「そんなことない。ブレンはもっと自信を持っていいと思う」
「あたしもそう思うわ」
「…私も」
みんながこんなにもボクに期待……って言ってもいいのかな? うん、期待してくれてるのがすごく嬉しい。ナナトさんが言った通り、少しプレッシャーに感じたりもするけど、ボクもちゃんとパーティーの仲間なんだなって思える。当然のことかもしれないけど、何故かすごく嬉しいんだよね。
「まあブレンはオレが育てたみてえなとこはあるからな! オレ様に感謝しろよ?」
「なんでだよ」
「は、はははは……」
あの日、ジェニオくんが前のパーティーを抜けた時……正直に言うと、ボクも一緒に抜けるかどうかは少し迷ったんだ。このままパーティーを抜けてしまったら、この先は生きていけるのかも分からないって思ったから。
でも、今はあれで良かったって思う。ボクが盾士になったのは、誰かを守りたいって気持ちが強かったからで。自分の言いたいことも言えないボクには、ジェニオくんの存在は対になった矛で。ボクたちはお互いに正反対だからこそ一緒にいられたんだよね。




