第55話「クラス」
おれたちは今日、コイマの森へ足を踏み入れることになっている。しかし、その前に小狼で最終調整を行う予定だ。みんながどのくらい動けるのかを見ておきたいからだ。
「ご、五匹……いるね」
ブレンが小狼の群れを見つけたようだ。
正確には群れてはいなくて、ただ近くにいるっていうだけだ。レイトがみんなに指示を出していく。
「ブレンは先行して三匹。二匹は後ろに流して?」
「うん、分かった……よ」
「ジェニオ、ブレンが防御で抑えるから、一匹倒したらすぐに援護へ向かってくれ」
「……防壁!!」
「は?」
「ブレンの両手防御は防壁って名付けたんだよ!!」
ブレンの方へ視線を送るとレイトに向かって頷いていた。そういえば、そんな話をしていたなと思い出した。
「ジェニオ、ブレンが防壁で抑えるから、一匹倒したらすぐに援護へ向かってくれ」
レイトがわざわざ言い直していた。
「おっしゃ、任せろ!!」
「ルミルはジェニオの援護に、ココハはこっちをお願い」
「分かったわ」
「…はい!」
アタッカーのジェニオはサポーターのルミルと、サポーターのレイトはアタッカーのココハちゃんと組む。うん、良い組み合わせだと思う。
「マキアはブレンに護盾を使ったら、周囲の警戒を…… ナナトさんは、マキアの護衛をお願いします」
「ええ」
「おーけー、リーダー」
「あ、それと……ナナトさん」
「ん?」
「余裕があったらでいいんですけど、ちょっと見てもらいたいものがあるので……えっと、俺が声をかけたらこっちを見ててもらえますか?」
「……分かったよ」
何のことかは分かっていない。でも、レイトはおれの知らない何かをここで見せようとしているのだと思った。
「お願いします。よし、みんな! 戦闘配置だ!」
号令がかかると、みんなが一斉に動き出した。
「我は唄う、光よ、かの者に救いを……護盾」
ブレンはマキアの光魔法を受けると、盾を構えて小狼の方へと向かって行く。ジェニオは右から回り込むようにしてその後ろを追っていく。レイトは前に出過ぎないように、そして、やや左側に位置を取る。ココハちゃんはレイトの右後方、ルミルはレイトとジェニオの中間よりも少しだけ下がった位置だ。マキアとおれはココハちゃんの右側にいる。
小狼たちがブレンに気づいて起き上がった。ブレンは駆け出した。戦闘開始だ。おれは最後尾から全員の動きを逃さないように見るつもりだ。ブレンが両手の盾を体の前で構える防壁の体勢になった。挑発は使わない。狼には効果があったりなかったりと、使ってみるまでは判断ができないのと、仮に全ての相手に効果が出てしまうと危険だからと話し合って決めたようだ。もちろん、必要があればレイトから指示が飛ぶだろう。
作戦通りに三匹の小狼がブレンに飛びかかった。護盾も張ってあるし、しばらくは耐えられるだろう。残った二匹がブレンの左右からすり抜けてくる。右側の方が少し速いか?
「ジェニオ! 右から!」
ルミルがそう叫ぶと同時に、矢が放たれた。
ジェニオは長槍を体の右側で持ち直し、走りながら両手でそれを大きく振りかぶった。
ルミルの放った矢が小狼の左正面の地面に突き刺さる。それは跳躍して避けられたが、そこにジェニオの長槍が薙ぎ払いを仕掛ける。小狼はそれに脚を取られ転倒してしまった。
「おらぁぁあああ!!」
ジェニオはすかさず長槍を前方へと突き出すと、小狼の横腹へ貫通させた。あっという間に一匹目を仕留めてみせた。
「ルミル、ナイス援護だぜ!!」
そう叫ぶとジェニオはブレンの援護へ向かって行った。
「…空気弾!」
ココハちゃんが魔法名を叫ぶ声が聞こえた。今度はレイトたちの番だ。
前方から駆けて来る小狼をレイトは正面から迎え討つ。左右にフェイントを仕掛けてくるが、レイトは剣を構えたままその時を待っている。ココハちゃんの放った精霊魔法が、レイトの背後から弧を描くように頭上を越えて落下していく。それはちょうど小狼の進路上に落ちた。
小狼は驚いたように急停止してしまう。その隙にレイトは一気に距離を詰めるように走った。剣を振るうと小狼も必死になって牙で受け止めた。
「ココハ!」
しっかりと抑え込み、レイトが合図を送った。
「…風鋭刃!」
ココハちゃんが新しい魔法名を叫んだ。
刃が高速で回転して円盤状になったものが、レイトを避けるように右側から回り込んで飛んでいく。小狼にはそれが見えておらず、背中を斬り裂かれて血を噴き出させた。
「よし、これで!」
レイトは小狼の緩んだ口元から剣を引き抜き、頭の上で構えると……そのまま振り下ろした。小狼の首元を斬りつけ絶命させた。これで二匹目だ。
「右から来る!」
おれの隣にいるマキアが叫んだ。
そちらを確認すると、小狼が更に三匹も迫って来ていた。ここで増援か……この奇襲をどう対処できるのかでこのパーティーのレベルは大体分かるだろう。もしもの時は、おれも助けに向かわなければならない。
「ルミル!」
「分かってるわ!」
ルミルが矢筒から矢を数本取り出して、その全てを右手で持った。レイトは右側へと移動しようとしている。
「…レイトくん! 待って!」
ココハちゃんの声でレイトが立ち止まり、振り返った。
「…ルミル! 初撃は私が!」
「お願い!」
「…空気弾!」
どうやら、魔法の射線上をレイトが通ろうとしたので呼び止めたみたいだ。ココハちゃんもちゃんと仲間たちの動きを見ているみたいだな。
精霊魔法が高速で飛んでいく。修練していた頃よりも弾速の最大速度も向上しているみたいだ。それは瞬く間に三匹の小狼の元へと到達して地面から衝撃音を響かせる。左側に二匹、右側に一匹というように分断させた。ルミルは右側の小狼を標的と定めたようだ。
放った矢が小狼の進路上へ向かう。それはやはり跳躍して避けられ再度進路を変えられる。しかし、ルミルはそれを読んでいて、進路を変えた先にも既に矢が放たれていた。小狼は堪らず上に跳躍してそれをも避けた。ルミルは更にそれも予測し、既に弓の弦を引いて力を込めている。
「瞬速!」
その我流閃技の名に相応しい瞬速の矢が放たれ、小狼の額を射ち貫いた。
「ほう」
おれも思わず関心してしまう。
しかし、増援の小狼はまだ二匹残っている。レイトは足を止めてしまった以上、もう間に合わないだろう。マキアが短杖を強く握りしめていた。
「…風鋭刃!」
ココハちゃんが精霊魔法を撃ち込んだ。
距離はだいぶ離れているが彼女にはそれが問題にはならない。しっかりと動作の工程を更新しているからだ。その刃は緩やかに右へと弧を描いて飛んでいく。小狼たちは進行方向を変えてしまう。しかし、その精霊魔法も急激に角度を変えて、左側を走る小狼の首をはねた。
それでも刃は消失せずに右側の小狼にも迫っていく。さすがに警戒されてしまったのか、跳躍されて避けられてしまう。
「ココハ、ありがとう!」
ルミルの声が聞こえた。既に射撃体勢に入っている。
「襲撃!」
ヒュンッ…と風の切る音がした。
その音が止んだ時には矢が小狼の背中に刺さっており、その衝撃で体は吹っ飛んでしまっている。奇襲してきた三匹の小狼は二人の遠距離攻撃によってあっという間に処理された。ルミルとココハちゃんのコンビネーションはなかなかのものだった。
「急速後退!!」
叫び声と共にジェニオが跳躍して戻ってきた。滑るように着地をして長槍を受け止めて自分の相手を探す。しかし、周囲には小狼の姿はない。
「オレの敵はどこだよ!?」
「もういないわよ」
「なにぃぃぃいいいい!?」
前方を確認するとブレンの抱えていた小狼は全て倒されていた。ジェニオなりに急いで駆けつけようとしたんだろうな。ブレンもこちらに向かって来ている。
……これで戦闘終了か。
「ナナトさん!」
レイトの声が聞こえた。
全員がそちらを振り向いただろう。そこには、一匹の小狼と対峙しているレイトの姿があった。どうやら、左からも増援があったみたいだ。
「…レイトくん!」
「ココハちゃん、待った!」
「…え?」
レイトはおれの名前を呼んでいた。何かを見せてくれるんだろう?
小狼と睨みあったままレイトは硬直状態になっている。深呼吸をしてから、思いきり殺気を相手に向けたのか、小狼が少しうろたえたように見えた。それを見たレイトが動いたので攻めるつもりなんだと思った。しかし、おれの予想とは違いレイトは小狼の側面へと移動をする。
……おれは奇妙な違和感を覚えた。目の錯覚だろうか。レイトが二人いるように見える。一人は剣を構えたまま未だに小狼の正面に立ったままだ。いつまでも襲ってこない相手に隙があると思ったのか、小狼が正面のレイトに飛びかかり牙を突き立てた。
レイトだったそれは消滅し、灰色の煙となって辺りに散布された。側面にいたレイトがゆっくりと小狼に歩み寄って行くが全く気づいていないのか、小狼はじっとしたままでいる。レイトが剣を振り上げて、その首に振り下ろしたが全く避ける様子もなかった。あれが何だったのかはおれにも分からなかったが、とにかく、戦闘はこれで終わったようだ。
おれと男の子たちで素材を剥ぎ取っていく。女の子たちはルミルの矢を回収している。作業を終えると荷物を置いてある岩の方へとみんなで戻った。
「ナナトさん、あの……さっきのやつなんですけど」
「うん、あれは……おれにも分からないね」
「そうですか」
「やっぱり魔法なんじゃねーの?」
ジェニオはそう言ったけど……。
「いや、あれは魔法ではないと思うよ」
「じゃあなんなんだよ?」
「……あくまでもおれの推測でしかないけど、あれは魔法力を消費して使う技能だと思う」
「なんだそりゃ?」
「そんなの、聞いたことがありません」
マキアも不思議そうにしている。
「魔法技能ってことになるけど、まぁ我流閃技ってことでいいんじゃないか?」
「俺の……我流閃技」
「……幻影、だな!!」
「え?」
「なんだよ、気に入らねえってか?」
「いや、逆だよ。幻影か……いいな、それ」
「だろ?」
ジェニオは自慢気に胸を張っている。
「レイトは魔法の適性があったんだな?」
「はい、一応……少しだけですけど」
「か、影の属性……だよね?」
「うん」
「なるほどね」
……影属性の魔法適性を持った剣士か。
「折角だし、幻影剣士って名乗ったらどうだ?」
「え、幻影……剣士?」
「なんだと! そんなのありかよ!?」
「なに? どうしたんだよ?」
「勝手に別のクラスを名乗ってもいいものなのか!?」
「いや、おれも知らないけど?」
「なんっっだよ!!」
「なによ、どうしたの?」
「幻影剣士? カッコよすぎだろ!? コイツにはもったいねーわ!!」
「は、はははは……」
どうやらジェニオは二つ名みたいなクラスに憧れがあるみたいだ。まぁそういうのも分からなくはないけど。
「あの、ナナトさんは……?」
マキアがそっと疑問を口にする。
「ナナトさんのクラスは何になるのかな?」
「ん、おれ?」
「そういえばそうね。冒険者じゃないとはいえ、仲間になった以上はそういうのはあった方がいいのかもしれないわね」
「そうだなあ……刀を使うクラスだろ? やっぱりサ……」
「…ス!」
ジェニオの言葉にココハちゃんの言葉が被さった。
「サ、ス……?」
「ココハ、何か思いついた?」
「…あ、でもジェニオくんが……」
「言ってみろよ、オレがどっちがいいか判断してやるぜ!!」
「なんでそんなに偉そうなんだよ」
「うるせーぞレイト!!」
「ココハ、教えて?」
「…うん。えっと、軍師っていうのは……どうかな?」
「軍師? えっと……それは?」
「…ナナトさんは、ここにいる誰よりも強くて……戦い方も知っていて、それを私たちに教えてくれる……先生、みたいな感じで……どうかな?」
「わたしはそれがいいと思う」
「そうね、あたしも」
「ボ、ボクも同意見……かな」
「俺も。ジェニオの案はどうする?」
「うるせーぞレイト! 黙っとけ!!」
「なんだよそれ……」
決まったみたいだな。みんなの視線がおれに集まってくる。
「軍師か。その名に恥じないように頑張るよ」
「…………」
「ココハちゃん、ありがとう」
「…は、はい」
最終確認ではおれが予想してたよりも、格段にこのパーティーのレベルは高かった。これならば、コイマの森に入ってもやっていけるだろう。絶対とは言いきれないけど、足りない分はおれが埋めてやればいい。
「先生と……生徒か」




