第53話「魔法の工程」
「精霊魔法が普通の魔法とは全然違うものだということは、みんなも分かってるよね?」
「……はい」
「増幅、形成、動作、効果、始動……これら五つの工程を行うことで魔法は発動することができるわけだけど、まずは増幅。これは、いわゆる詠唱を行うことで魔法効果を高めることができる」
神官と僧侶のように、クラスによって詠唱が可能だったり、そもそも必要がなかったりする……というのは以前にマキアから教えてもらった。
「詠唱は魔法を発動させるきっかけにもなっているけど、必須ではなく、省いてしまっても魔法は発動する。そして、精霊魔法は詠唱をする必要がないのも分かるかな?」
「えっと……」
確かにココハはいつも魔法名だけで、詠唱している姿は一度も見ていない。
「まぁ、先に唱術について話そうか。唱術とは、形成、動作、効果、始動の四つの工程を、魔法力とその属性を持つ術士なら誰にでも使えるように簡略、自動化されたものなんだ」
唱術によって魔法力を体外に放出することで属性が宿る……だったかな?
「形成……魔法力を実体化させること。空気弾ならあの球体がそうだね。動作……形成したものがどのような動きをするのかを定めること。球体を前方に飛ばす、刃を回転させる、などだね。効果……その魔法によって得られる現象のこと。焼く、凍るのような属性効果や、斬る、刺さるのような物理効果があるね。最後に始動……これはそのまま、魔法を発動する合図のこと。これらをまとめたものが唱術と呼ばれている」
術士なら基本的なことなのかもしれないけど、俺たち戦士タイプと呼ばれた冒険者は詠唱と唱術ぐらいの言葉しか知らなかった。
「精霊魔法はその工程を自分で作っていかなければならない。仮に他にも風の精霊術士が存在したとして、術者と精霊が同じイメージを共有しなければならない精霊魔法だと、唱術として他者に継承させることはできないんだ」
同じように、普通の術士は精霊とイメージを共有できないから、精霊魔法の唱術があったとしても発動しないということか。
「詠唱が必要ないというのは、唱術を使用しない精霊術士は毎回四つの工程を手動で行う必要があるからで、ココハちゃんの場合は魔法名を呼ぶことで、その一連の工程をイメージとして記憶から呼び出してるんだよ」
空気弾と言えばその工程が、追い風と言えばその工程が頭に浮かぶようにしてある……ということらしい。
「唱術と違うところは、イメージを自在に変えられることと、全ての工程を自由に行うことができる点かな。唱術の場合は、魔法力が体外に放出された時点で魔法は自動的に発動してしまうけど、精霊魔法だと始動だけ遅らせたり、形成だけ先に済ませておく……ということもできる」
ココハの魔法を始めて見た日、空気弾を撃たずにその場で留めているのを見たけど、あれは精霊魔法だからこそできることだったのか。
「……さて、精霊魔法についての説明はこんなところかな。何か質問は?」
ナナトさんはなるべく俺たちにでも分かるように話してくれたと思う。うん、精霊魔法については分かった。でも、まだ俺たちの質問には答えてもらっていない。
「さっきの行為について聞かせて」
ルミルは待ちきれない様子で尋ねた。
ナナトさんとココハが自分で自分の腕を剣で裂いたこと。必要なことだと言っていたが何故それが必要だったのか、納得する理由は聞いておきたい。
「精霊術士は唱術を使用せず、全ての工程を手動で行う必要がある。だから、その全てを自分で理解していなければいけないんだ」
「どういうこと?」
「さっき、ココハちゃんが発動した魔法はブレンの盾まで飛んでいったのに消滅してしまっただろ? あれは、ココハちゃんがそこまでの工程しか理解していなかったからなんだ」
刃を出現させ、回転させながら飛ばす。つまり、形成と動作、始動の工程はできたということか?
「魔法に期待するもの……それはやはりその魔法の効果を得るためだよね? でも、その効果を理解するのが一番大変なんだ。例えば、空気弾で得られる効果は、当たった時の打撃、破裂した時の衝撃……この二つだね」
猪の攻撃を阻止できる打撃と衝撃の魔法。軽い相手なら吹き飛ばすこともできると言っていたような。猪は重いし、狼は速くて当たらなかったから、その瞬間はまだ見れてはいないけど。
「今作ってる魔法の効果は分かるかな?」
「……えっと、斬る……ですよね?」
「そうだね、斬撃。風の刃だからより鋭い裂傷効果が期待できるよね。では、それはどのようにして相手を傷つける? どんな切り口でどんな痛みが襲う?」
「……それは」
「精霊術士は魔法の工程、その全てを自分で理解していなければならない」
「だからココハは……自分で?」
ココハの方を見ると、今にも謝りそうな顔でこっちを見ていた。
「相手が受ける痛みを知る必要があった。もちろん命を削るような深い痛みでなくていい。小さな痛みでも理解して、より大きな痛みを想像できるのならね」
「あんたが自分の腕を斬ったのは?」
「それは傷口を見せるため。刃で斬るとどんな切り口になるのかも知る必要があるからね。ココハちゃんが自分の腕を斬った時に切り口も痛みも同時に覚えられるならそれでも良かった。でも、できなければ何度でも同じ事を繰り返すことになる」
ナナトさんだって何度もココハが傷つくのは見たくなかったはずだ。だから、自分で腕を斬ってでもココハの試行回数を減らそうとしたんだ。
「話せることはこれくらいだけど」
「……はい」
俺だけではなく、みんなも言葉が見つからない様子だ。ココハは毎回こうやって魔法を作っていかないといけないのか。
「マキア、治癒魔法で傷を治す時にそれがどういう仕組みで、どうして治るのかって理解してる?」
「……いえ」
「光魔法はさ、たぶん特別なんだとは思うけど、人間には想像できないレベルの魔法だよね。おそらく、神……もしくは神から力を与えられた者が唱術化して人間に継承させたものなんだと思う。唱術にさえなっていれば、神への信仰心が無くても使用できるというのは魔法の面白いところだね」
女神アムリスとそれに仕える天使族か。それを崇める神殿の人間たちから王国の冒険者ギルドの方へと広まっていったのかな。
「今さらなんだけどよ? 精霊術士はイメージさえできれば魔法は作れんだろ? それなのにココハはなんで風属性しか使えねーんだ?」
「それはココハちゃんと対話できる精霊が風の精霊だけだからだよ。他属性の魔法を想像しても、精霊が応えられないなら魔法は発動しない」
「ほーん、やっぱ無理なのか」
「精霊魔法は魔法力を精霊に与えることで発動する。簡単に言うと、魔法を使っているのは精霊なんだよ。術者は報酬を渡してお願いしているって立場だね」
「か、風の精霊が使えるのは風属性の魔法だけ……ということですね?」
「そういうこと」
みんなが一つ一つ疑問を解消させていく。俺たちはあまりにも精霊術士について知らなさすぎる。ココハの苦悩も何も理解してあげられてなかったんだな。
ナナトさんは魔法の知識もなかったはずなのに、ゼロから調べた上で、精霊術士という特殊なクラスを推測と検証、実験をしてここまで理解している。本当にすごいとしか言いようがない。
「ココハちゃん、どうかな。イメージは固まりそう?」
「…はい、大丈夫です」
「じゃあ試してみようか」
ナナトさんがこちらを向いた。
「はい。みんな、少し休憩が長引いちゃったけど、そろそろ午後の部を始めよう」
こうして、狩りを再開することになった。ココハの件は驚いたし怖かったけど、話を聞けて納得……完全に納得できたわけじゃないけど、ココハ本人が受け入れていることを否定することもできないし。俺たちにも何かしてあげられることがあればいいんだけど……。
――三匹の小狼を見つけた。俺はブレンとジェニオを先頭にするいつもの作戦で始めようとしたが、ナナトさんに「ココハちゃんに魔法を試させたい」と言われたので、一匹はわざと後ろに流してくれとブレンに頼んだ。
「魔法が魔法なだけに、ここはおれが抑えるよ。仮に失敗してもみんなに怪我をさせるわけにはいかないからね」
ナナトさんはそう言ってブレンとジェニオの後ろから付いていく。
「ココハちゃん、上からでも横からでもいいから……背後からおれを避けるように狙ってみて」
「…え、あ、はい!」
ナナトさんが小狼を正面で抑え、ココハはその後ろから回り込むように刃を小狼に向かって魔法を飛ばすみたいだ。
「レイト、ココハの護衛を任せてもいい? あたしはマキアを連れてナナトのそばで待機する」
「……そうだね。分かったよ」
「マキア、行きましょう」
「ええ」
前からブレンとジェニオ、右寄りにナナトさん、そのやや後方の左寄りにルミルとマキア、そして最後尾にココハと俺の四列となった。
「ココハ、大丈夫?」
「…うん」
小狼が動き出した。ブレンは左側の盾だけで防御の体勢になり、二匹の攻撃を受け止めた。残った一匹は右側から突破して駆け抜けてくる。ジェニオはそれを確認するとブレンの援護に入った。
ナナトさんがゆっくりと刀を鞘から抜いていく。近くでルミルがいつでも援護できるように待機している。ココハは両手を前に構えると、周囲に風を吹かせ刃の形成を始めた。
小狼がナナトさんに飛びかかった。ナナトさんは刀の峰で小狼の牙を抑え込み、そのまま器用に地面へと降ろさせた。
ココハの形成した黄緑色の刃が回転を始める。それは瞬く間に高速になり円盤状になった。
「…行って!」
ココハがそう命じると刃は右上へと浮上しながら回り込んでいく。
ここからナナトさんまでは五メートルくらいだろうか。回転した刃は浮上を終えると、今度は降下しながら左下へと進む。ナナトさんの体を避けるように向こう側にいる小狼へと吸い込まれていくみたいだ。
「キャン!」と小狼の鳴く声がした。どうやら当たったみたいだがナナトさんが刀を引く様子はない。
「ココハちゃん!」
ナナトさんから再び攻撃するように指示がくる。
ココハは刃を形成し、回転させると右上へと飛ばした。浮上し、左下へと降下していく。反応がない。小狼はどうなったのか、俺の位置からではよく見えない。
ナナトさんが押し退けるように刀を前に押し出し、そのまま斬り伏せるように縦に振り下ろしたから、小狼にトドメを刺したんだと思う。
前方からブレンとジェニオが戻ってくる。周囲に他の小狼は確認できない。戦闘終了だ。みんながココハの元へ集まってくる。
「どうだ? うまくできたのかよ?」
「えっと……魔法はちゃんと発動してたよ。俺の位置からだと効果はよく見えなかったけど」
「…………」
黙っているココハの表情から上手くできたという喜びの表情は伺えない。何か失敗したようには見えなかったけど、どうなんだろうか?
「ココハちゃん……それは優しさじゃないよ?」
ナナトさんがそう言った。




