第47話「狼との戦い方」
「あれが小狼ね?」
あたしたちは岩影に潜みながら小狼の姿を確認している。
「猪と比べると弱そうじゃね? ちっせーし」
「油断はしない方がいい。前にも話したけど、猪とは瞬発力がまるで違うから」
「ええ、それに耳も鼻も良いから気配を察知するのがとても早い」
「ボ、ボクはどういう風に近づいたら……いいのかな?」
「最初はゆっくりと、気づかれたら一気に距離を詰める感じかな」
レイトとココハ、それにマキアは狼狩りの経験者だから、基本的な動きは分かっているみたい。あたしは狼相手だと初撃を任されることはなさそうね。
「とりあえず、やってみよう」
「だな」
「ブレンは正面から、ジェニオは右から回り込んで」
「うん、行って……くるよ」
ブレンが返事をして、ジェニオと目配せをしてからゆっくりと進んでいく。
ジェニオもそれに合わせて歩み寄っていく。あたしの隣にいるレイトは、やや左に寄ったが前に出ようとはしない。相手は一匹だし、これで十分ということだと思う。ココハとマキアはあたしの後ろにいる。もしものことがあるかもしれないし、弓に矢をつがえておく。
体を伏せて休んでいた小狼の耳がピクリと反応して、すかさず起き上がったのを見ると「一気に!」とレイトが叫び、ブレンとジェニオが距離を詰めていく。小狼は戦うのか逃げるのかを迷ったように首を振って二人の姿を見た。判断をする前に詰め寄られて逃げる選択肢はなくなったみたいね。ブレンが盾を構えるとそれに飛びかかった。
「よっしゃ! そのまま抑えてろ!!」
ジェニオが駆け寄って長槍を縦に振り下ろす。しかし、小狼は横に跳ねて避けた。
「逃がすかよ!!」
そのまま長槍を前に突き出すと小狼の腹に突き刺さった。
猪とは違って狼の皮膚は硬くはないみたいね。これならあたしの矢も簡単に通りそう。倒した小狼を連れて二人が戻ってきた。
「なんだよレイト。おめえは何にもしねーつもりかよ?」
「そんなつもりはないって。ただ、初戦だし狼の動きをちゃんと見たいだろうなって思っただけ。それにこれも作戦の内だよ」
「作戦ねえ?」
またジェニオがレイトに絡んでいる。毎回飽きもせずによくやるわね。でも、レイトの作戦とやらを聞いておくのも良いのかもしれないと思ったから、止めはしない。
「狼はディフェンダーをすり抜けて突破してくることもあるから、安易に前衛後衛で分けるのは危険だと思うんだ」
「じゃあどーすんだよ?」
「相手が三匹以下の場合、まずはブレンとジェニオの二人で攻める。突破されなければ俺も前に出るけど、仮に突破された場合は俺とルミルで相手をする」
「…私は、どうしたらいい?」
「ココハは周辺の警戒をして何かあったら教えて。あと、俺たちも突破されちゃったらマキアと二人でお互いを助け合ってほしい……まぁそんな状況になること自体が最悪なケースだけど」
「そうね」
突破されるということは、それほど狼の動きは速いということでしょうね。レイトが言うには速度自体は猪の突進と同じくらいだけど、横の動きもあるから予測しにくい……ということみたいね。
「よ、四匹以上だったら……どうするの?」
「その場合は、ブレンが前に出て抱えられるだけ抱えてもらうことになるかな……負担は大きいけど」
「うん、やってみる……任せて」
「ありがとう。それで、漏れた分をココハとルミルで足止めしたり、できれば数を減らしてもらって、俺とジェニオで順に倒していくって感じかな」
「…………」
ココハが少し俯いたように見えた。
「わたしたちが相手にできる最大数も把握しておいた方がいいと思う」
「えっと……」
「ブレンで二匹……良くて三匹? ジェニオとレイトで一匹ずつ、わたしも一匹くらいなら抑えられる」
「五、六匹ってとこか?」
「それぐらいかな。ブレンは三匹いけそう?」
「ど、どうだろう? もう少し……戦ってみないとかな」
「小狼と黒狼でも違うと思うし、慣れるまでは無理しないようにしよう」
――それからしばらくは、小狼一匹を相手にいろんな状況を想定して戦ってみたりした。前衛の二人が慣れてきたら、あたしも動いている相手に弓を射ってみたかったから、わざと見つかってから戦闘を開始してみたりもした。
猪と比べるとどうしても命中率は下がってしまうけど、目で追えない速度でもないし、慣れてしまえば問題なさそうね。ただ、ココハは狙いを定めるのに手こずっているみたいだった。猪と違って動きが読めないし、自分の元に迫ってくる恐怖でうまく魔法をイメージできなくなっているみたいね。せめて、空気弾の軌道を変えられるようになれば少しは調整できると思うけど。
――午後になり、みんなも慣れてきたということでもう少し奥へと進み、複数を相手にしてみることになった。
「三匹いる、あれで試してみよう。ブレン二匹、ジェニオ一匹で」
「我は唄う、光よ、かの者に救いを……護盾」
マキアがブレンに光魔法をかける。
「ブレン、難しそうなら後ろに流していいからね?」
「うん、了解……だよ」
あたしたちは後ろで二人が戦闘に入るのを見ている。ブレンが防御の体勢に入ると小狼二匹が飛びかかっていく。ジェニオもちゃんと一匹と交戦状態になっている。
「よし、俺も前に出るよ。ルミル、二人をお願い」
「任せて」
レイトがブレンの方へ向かって駆けて行った。ブレンは盾士だから攻撃の手段は少ない。抱えているだけでも体力は消耗するだろうし、猪の時とは違って不用意にマキアを前には出せない。その為にレイトは攻撃への参加や後衛の護衛にと臨機応変に動く必要がある。
「…左から二匹、来てる!」
レイトがブレンの元へ到着したのを見届けると同時くらいに、ココハが叫んだ。
どうやら近くに別の群れがいたみたい。小狼は黒狼とは違ってそんなに群れることはないみたいだけど、自分たちと敵対するものがいる場合は例外なんでしょうね。
前衛の三人にもココハの声は聞こえただろうけど、戻ってくる余裕はないみたい。あたしは弓の弦を引いて狙いを定める。左右に動いて狙われないようにしているのがとても煩わしくてなかなか射てない。
「…空気弾!」
ココハの魔法が飛んでいき地面に当たって弾けた。二匹の小狼はそれを避ける為に跳躍して動きが制限された。
今! そう思った時には弦を離していた。放った矢は右側の小狼に命中して仕留められた。しかし、左側にいた小狼はその一瞬の隙に距離を詰めてきた。二射目は間に合わない!
「ルミル、下がって!」
マキアの声が聞こえて思わず一歩後退した。
次の瞬間、迷いなく小狼に突っ込んでいくマキアの姿が横目に見えた。短杖を使って小狼の牙を抑えている。援護しないといけない。でも、この位置だとマキアの背中しか見えない。
「…マキアさん、離れて!」
ココハがそう叫ぶと、マキアは力を振り絞るようにして小狼を押し退けた。
「急速前進!!」
叫び声と共にジェニオが駆けて来て、後ろに飛び退いた小狼の横から長槍を突き出すようにして貫き、そのまま駆け抜けて行った。
「大丈夫!?」
レイトとブレンも戻ってきた。
「マキア、ごめん……」
「え? どうしてルミルが謝るの?」
「だって、危険な目に合わせちゃったし」
マキアは一匹くらいなら抑えられるとは確かに言っていた。でも、ヒーラーを前に出させるのはやっぱり最善ではないとあたしは思ってしまう。
「突然の奇襲だったのに、いち早く気づいたココハも、それに対応してみせたルミルも良かったと思う。わたしもわたしにできることをしただけ」
「そうね……でも、やっぱりマキアに頼ってしまうのは怖いのよ」
マキアに助けられることが嫌なわけじゃない。この距離まで近寄られると弓使いのあたしには為す術もないというのも分かっている。でも……。
「…ごめんなさい。私がちゃんと当てていれば」
「「ココハは悪くない」」
マキアと声が重なった。
そうね、気持ちは同じ。お互いに守りたいと思って行動して、できることをできる範囲でやるしかない。できないことは補い合っていくしかないのよね。
「マキア、ありがとう。助かったわ」
「……ええ。わたしも」
心配そうにやり取りを見ていたレイトが、深く息を吐いているのが見えた。
「縦横無尽に動けるオレ様ってやっぱすげーよな!!」
ジェニオが高笑いをしながら戻ってきた。
「お疲れさま。こういう時はジェニオの我流閃技って便利だよな」
「だろ?」
「そうね。でも、勢いがありすぎて仲間から孤立する位置まで駆け抜けるっていうのはどうなの?」
「おめえな、助けてやったってのになんだよ!!」
「はいはい、ありがとう」
「気持ちが込もってねーんだよ!!」
「まぁまぁ……」
息を切らしていたブレンを見てマキアが治癒魔法をかけに行った。
「でもさ、勢いよく前に出る急速前進を後退する時に使うとそうなるよな。もう少し勢いを抑えたりできないのか?」
「どうだろうな? しなりを調整すればいけるか? んーでもな……せっかくだし新しい後退用の技でも考えっかなー?」
二人の会話を聞きながら、ココハが俯いてじっとしているのが見えた。
「ココハ、どうかした?」
「…ううん」
「そう……何かあったらちゃんと言ってよね?」
「…うん」
弱々しい返事だったけど、顔を上げてくれたからそれ以上は何も聞かなかった。みんなそれぞれに課題ができた。コイマの森に踏み入る前にそれをクリアしないといけない。
――小狼狩り初日は日が暮れる前に街へ戻ることになった。今日の稼ぎは一人銅貨十二枚程度だった。まぁ貯金もあるし問題はないわ。
反省会も兼ねてみんなで酒場へ寄って、夕食を摂りながら話し合った。今日は奇襲を受けて危ない場面もあったけど、パーティー全体の動きや作戦は変えないことになった。
個人の行動については、レイトは攻守の判断と状況が変化した時の指示。ジェニオは新しい技を考える。ブレンは二匹までは抱えられるけど、三匹はまだ難しいからそれを練習したいって。ココハは魔法の軌道変更と新しい魔法も考えたいということだった。マキアは特になし。彼女の場合は過去に一度経験していることだろうし、驚きはしない。
「あたしは……猪の時の戦い方がまだ抜けてないみたい。どうも狙い過ぎて射つのが遅れちゃう。小狼相手だと襲撃の余裕もないし、あたしも何か新しい射ち方を考えないとかしらね」
「ルミルとココハは近寄られる前にどうにかしないとだもんね。なるべく気をつけるけど、今日みたいな奇襲はこれからもあるかもしれないし……そこは対策を考えないとだね」
「二人はわたしが守るから」
「うん、それはお願い。俺たちもなるべくすぐに戻るからさ」
「ええ」
ヒーラーが前に出て怪我をされても困るし、なるべくあんな状況にはならないようにしたい。マキアの場合は特に。
「マキアがどうこうってことじゃないけど、やっぱり契約のことが頭をよぎっちゃうのよね」
「ああ……命の契約、だね?」
「あれな」
「なに? 契約って?」
「え?」
あたしたちは耳を疑った。それを尋ねてきたのがマキア本人だったから。
「え、なんでマキアが知らないのよ?」
「わたしにだって知らないことはあるから」
「いや、そういうことじゃなくて……」
嘘をついている様子もないし本当に知らないんだわ。どういうこと? 司祭ヤルミは彼女には伝えなかったの? やっぱり神殿の人間は信用ならないわね。




