第36話「魔法修練―前半―」
修練一日目。ルトナの街の西門を潜った先の街道で始まりました。北や南には街道がないので獣族が現れる可能性もあるし、東か西の街道のうち、人の通りが少ない方で修練しよう…とナナトさんの提案があったからです。私は直径十五センチほどの球を両手で持ち、立っています。
「まずは精霊魔法の復習から始めようか。発動条件は?」
「…はい。精霊と対話をして、魔法力を分け与える……ことです」
「うん、そうだね。じゃあ対話してみて?」
「…え? でも、私には……まだ難しいです」
「ココハちゃんはおれと話すのは今でも苦手?」
「…い、いえ……そんなことは」
「それなら大丈夫だよ。精霊はおれよりも優しい存在だからね」
「…分かるんですか?」
「だってココハちゃんの精霊だからね、きっと可愛くて素直な良い子だと思ってるよ」
「…そんな、こと」
「とりあえず、話しかけてみて?」
そう言われても困ります。姿の見えない存在と何を話せば良いのでしょうか?
「まずは自己紹介からでも」
「…私は、ココハです。精霊術士……です。属性は風。長所は、ありません。短所は……たくさんあります。精霊さんは、私の声が……聞こえますか?」
風が応えることはありません。失敗?
「いいよ、もっと自信を持ってやろうか。精霊魔法を使えるようになったら何がしたい?」
「…私は、みんなの役に……立ちたいです。いつも、助けられてばっかりなのに……足を引っ張っているので」
言葉にすればするほど自信なんてなくなっていきます。だって、私には今まで何かを成し遂げたこともないから。ただいつだって誰かの背中に隠れていただけなんです。
「こんな魔法を使ってみたい、とかはあるかな?」
「…えっと、思いつかない……です」
「想像してみよう。風をもっと感じてみて? 精霊魔法はたぶん具体的にイメージしないと発動しないよ。精霊に自分の魔法を理解してもらわないと」
イメージ。頭の中で妄想したりするのはわりと得意なはず……なのに、浮かんではきません。魔法なんて、治癒魔法しか見たことがないから。
「ココハちゃん、その球を渡してくれる?」
「…はい」
ナナトさんに手渡しすると、手のひらに残った感触から寂しさを覚えました。昨日は宿に戻った後もずっと握っていて、寝るときは抱いたままでした。
「その状態で球を持っているとイメージできる?」
「…はい」
「大きさから輪郭だけをイメージして、その中に空気を入れて膨らませる感じで」
「…やって、みます」
胸の前で手を向かい合わせて球を持っていた時のように少しだけ力を加える。その中に丸い球体をイメージしてみる。こういうのはやっぱり得意です。想像したのは透明な球体の器。それを膨らませるように中に黄緑色の煙を少しずつ集めていく。これが私のイメージする風。心地よくなってきました。まるでそよ風に頭を撫でられているような。
「…え?」
イメージが消えて想像した球も消えてしまいました。さっきは確かに誰かが髪に触れたような?
「……ココハちゃんは、天才かもしれないね」
「…?」
「気がつかなかった? 今、ココハちゃんの周囲にだけ風が吹いてたよ」
もしかして、さっきのあれかな? でも、一瞬だけだったような。
「イメージするのを止めたら風も止んだみたいだね。まずは、想像したままで意識できるようにしようか」
「…はい」
――修練二日目。この日も透明な球体をイメージする修練。どうしてナナトさんが私にあの球を持たせていたのかが分かったので、昨日は宿に戻ってからもずっと一人で練習をしていました。失敗して暴走とかしたら危ないからと、宿ではやらない方がいいよと言われたけど…我慢できませんでした。実体のある球と実体のない球体を交互に持ったり想像したりしていました。おかげで今日は上手くできそうです。
「…精霊さん、私の手の中にある球体に……空気を入れてください」
黄緑色の煙が少しずつ透明な球体の中に充満していくのを想像します。頭を撫でられているように風が私の周囲に集まってくるのを感じました。
「集中を切らさないようにね」
ナナトさんの声が聞こえます。
球体の中が空気でいっぱいになるまでイメージできるようになりました。これが私の魔法なんだ……ちょっと感激します。でも、集中しないと消えちゃう。えっと……この後はどうすれば?
「そのまま球体を保てるだけイメージを続けて?」
「…はい」
ふと、ナナトさんの言葉が気になった。まるで私の想像したものが完成したことを知っているみたいな言い方だった……ような? その瞬間、パッとイメージが途絶えてしまい、手の中の球体は消えてしまいました。
「…あ」
「余計なこと、考えたでしょ?」
「…ご、ごめんなさい」
「いいよ。でも、上達したね」
「…ありがとう、ございます。あの……」
「ん?」
「…何か、見えていましたか?」
「ああ、なるほど。それで集中が切れちゃったのか。うん、見えてたよ。黄緑色の球がね」
やっぱり……見えていたんだ。何だろう、少しだけ恥ずかしいような。自分が想像したものを見られるのは心の中を見られているみたいです。
「今の球をイメージして固定できるようになったら、それを飛ばす練習をしようか」
「…飛ばすんですか?」
「そうそう、こんな風に」
ナナトさんは手に持っていた球を両手で挟み込むと、胸の前で手首を返して前方へと投げた。球はまっすぐに飛んでいき、街道に植えられていた木に当たって地面に落ちました。
「ココハちゃんのイメージだと透明な球体の形をした器の中に、空気が充満していく感じだよね?」
「…はい」
「それを飛ばして相手にぶつけると器が割れて、中の空気が外に漏れてその勢いで相手に衝撃が伝わるようにする。それがとりあえずはこの修練での目標かな」
「…難しい、です」
「大丈夫だよ。一つ一つイメージできるようにしよう。一連の工程を覚えてしまえば、あとは精霊がやってくれるから」
「…はい」
――修練三日目で球体のイメージを固定して持てるようになりました。私が意識している間は、それをナナトさんにも渡せるようになりました。楽しい。とても楽しくなってきました。
――修練四日目からは固定した球体を前方に飛ばす練習になりましたが、これがとても難しくて上手くできません。
「飛んでいくのがイメージできてないんだろうね。だからさ、この球でキャッチボールしようか」
「…キャッチボール?」
ナナトさんが私から三メートルほど離れてこちらを振り返りました。
「いくよ?」
「…はい」
ナナトさんがゆっくりと球を投げます。
私は怖くて目を瞑ってしまいました。球はお腹に当たって地面に落ちてしまいます。
「受けるのは怖い?」
「…はい、ごめんなさい」
「いいよ。おれも先に聞くべきだったね、ごめん」
「…いえ、そんな」
「ココハちゃんが飛ばす練習だから、投げるのだけやってみよう」
「…は、はい」
球を拾って胸の前へと運び両手で挟み込む。ナナトさんが手を広げて待っている。あんまり強く投げたらダメですよね? ゆっくり、優しく投げ……。
「…ぁ」
球はナナトさんのところまで届きませんでした。それに、まっすぐにも飛びませんでした。恥ずかしい。ナナトさんが拾いに行ってくれました。
「ココハちゃんはあれだな、運動できない子だね」
そう言って笑っている。
恥ずかしい。恥ずかしくて泣いてしまいそうです。ナナトさんがこちらへ来ます。
「ごめんごめん、傷ついた?」
「…い、いえ……恥ずかしくて、情けなくて。私……どんくさいから」
「気にしない気にしない。ココハちゃんはそうだろうなと思ってたし、おれは可愛いなって思ったよ?」
そんなはずない。あんなの全然可愛くなんてないです。ぐすん。
「やり方を変えてみよう。これ持って?」
球を私に手渡すと、ナナトさんは私の後ろに回り込みました。
「手、握るからね?」
そう言うと、後ろからナナトさんの手が伸びて私の手に触れました。それはとてもドキドキするような行為で、私は固まってしまいます。
「前の木を見て。飛んでいく球を風景として覚えようか」
「…は、はい!」
無駄に大きな声が出てしまいました。
ナナトさんはそれに構わずに、私の手を握ったまま球を投げます。私の手から抜けて飛んでいく球は少しだけ山なりに弧を描き、無事に木に当たると跳ね返って地面に落ちました。
「どうかな?」
「…んーと」
「もう一回かな?」
「…はい、ごめんなさい」
――修練五日目。今日もナナトさんに後ろからだ、だだ、抱きしめられるようにして球を投げ続けます。恥ずかしさはいつまで経っても消えません。何度か投げてもらってから、今度は想像して作った黄緑色の球体を使って飛ばしてみました。それはゆっくりと飛んでいき、木に触れると溶けるように消えていきました。
「…ごめんなさい」
「大丈夫。最初はそんなイメージでいいよ。慣れたらもっといろんな風に飛ばせるようになるはずだから」
「…いろんな?」
「うん。例えば球の飛んでいく速度。弾速に強弱を付けられるようになったら相手は避けにくくなるよね? それから球の軌道も変えられるようになればいいかな。上下左右とまっすぐ、どこからでも狙えるのは仲間との連携にも使えるし、良いと思うよ」
ナナトさんはすごい。もうそんなに先のことも考えてるんだ。私はただ必死になって言われたことをするしかない。私の魔法なのに情けないです。
「今の課題は球体をイメージしたまま飛ばすことだから、細かいことは後回しで」
「…はい」
今日で折り返し……もうあと五日しかないよ。魔法はまだ不完全だけど使えるようになってきた。レイトくん……みんなも褒めてくれるかな?




