第35話「酔った勢いで」
くっそ! レイトのやつ、気に食わねえ。何の取り柄もねえくせに自分の役割も果たせねーならいる意味なんてねーだろ。戦闘中に考え事……しかも女のことを考えてましただ? ふざけやがって。
オレはグラスに入ったビールを一気に喉の奥へと流し込む。ここはリーシェの酒場だ。いつものテーブル席ではない。今夜はカウンター席だ。ブレンのやつは誘ってやったのに「きょ、今日は……止めておくよ」とか言って来ねえし、こうなったら一人で朝まで飲んでやるぜ。
「なに? あんた一人で飲んでんの?」
「ああ!?」
女。髪の長い女だ。ムダにでけえ乳をぶら下げてオレの前に現れやがった。
「酔ってんの?」
「うっせーぞ、ルミルゥ」
そうだ、この女の名前だ。オレたちのパーティーの弓使いで口うるせえ女。
「あたし、カシスオレンジで」
店員にそう言ってオレの隣に座りやがった。
おいおい、誰の許可を得て座ってんだコイツ。どうなってもしらねーぞ?
「お前そればっかだな、うめえのかよ?」
「さぁね、飲んでみれば?」
「なんだよ……」
酒が出されるまでの間、それ以外の会話はなかった。ルミルは用意された酒を一口だけ飲むと、オレに話しかけてきやがった。
「あんたさ……レイトのことどう思ってんの?」
「ああ? クズだろ、あんなやつ」
「あんたに言われるとか、あいつもかわいそうね」
「どういう意味だ、ああ!? やっちまうぞこら!!」
「あたしに触れたら殺すわよ?」
「こ、殺すなよ……あぶねーやつだな」
コイツのは冗談なのか本気なのか分からねーんだよな。調子が狂う。
「レイト……初めて見た時は頼りなさそうなやつだって思った。次に会った時は冒険者としてだったけど、すぐに死ぬんだろうなって思ってたわ」
ルミルがレイトのことを話し始めた。
オレはあんなヤツに興味はねえけどな、仕方ねーから聞いてやる。
「酒場であんたたちと会った時、ちょっと様子が変わってた。ココハの事情を知っても見捨てていなかったことには関心もしたわ」
「そうかあ? あんま覚えてねーけど」
「それから同期でパーティーを組んでの猪狩り初日。レイトはあの日、初めて猪を見たはずなのに、あたしたち経験者に指示を出してた。判断は遅いし、めちゃくちゃであんなことになっちゃったけど。それでも、リーダーとしての役割は果たそうとしてるって感じたわ」
確かにアイツは周りがよく見えてるっつーのは分かる。オレが初めて猪を見た時は仲間のことなんて考えてられなかった。アタッカーのオレが避けるのに必死になってた。なんでだ? 前のパーティーで狼狩りをしてたって言っていたが、狼は猪よりもヤバかったのか? それは気に食わねえな。絶対にねえ。
「マキアが加入してからは猪を二体同時に相手にして狩れるようにもなった」
「あれはオレの我流閃技のおかげだろうが」
「もちろんそれもある。でも、レイトは猪の急所をいち早く見つけた。経験者のあたしたちでも気づかなかったのに」
「それは……まあな。オレらが前にいたパーティーでさえ誰も知らなかったぞ、あんなの」
「あいつはナナトの動きを一度見ただけでそれに気づいたのよ? そして料理屋で皮を剥がされるのを見て確信になった」
「……だからなんだよ。だからって今日のミスは許されねえだろ!!」
「許すなんて言ってないでしょ? でも、誰もレイトをパーティーから追い出そうともしなかった」
そうだ。それが気に食わねえ。何の取り柄もねえのに、敵の弱点を知ってるからってだけでいい気になりやがって。首元にある血管を斬るだけ? そんなもんな……戦闘中に見えるわけねーだろ。どんな集中力を発揮したら血管なんて見えんだよ。猪には毛皮だってあるんだぞ。簡単に言いやがって。くそ!
「もし、ココハが魔法を使えるようになって戻ってきたら、あたしたちのパーティーはかなり良いところまでいけるんじゃない?」
「なんだよ、良いところって?」
「いつまでも猪ばっかり狩って生きていたくないでしょ? お金を稼ぐにしても、いつかこの街を離れるにしても、もっといろんな場所に行っていろんなことを知りたいじゃない?」
「……まあな。悪魔族とやらも拝んでみてえしな」
「あんたなんか一瞬で殺されそうね?」
「ああ!? んなわけねーだろ。オレは最強の槍使いだって言ってんだろーが!!」
「はいはい」
ったくよ、また簡単に話を流しやがる。それで? なんでコイツはそんな話をしてきたんだよ。
「……で?」
「ん?」
「要は旅に出たいんだろ、いつかは。それにはアイツも必要だって言いたいんだろ?」
「そうね、あたしたち六人。誰も欠かせないと思う」
「オレは……別にどーでもいいけどな。ただまあ、今より稼ぎがよくなるんならいいんじゃねーの? アイツが今後も同じミスをしねえとは言い切れねえけどな」
「あはは、思ったよりもレイトのことを認めてるのね?」
「ああ? なんでそーなんだよ?」
「なんとなく、そう思っただけ」
「なんだよ……」
オレは空になったグラスを店員に渡し、ビールを再度注文した。カウンター席だからか、それは直ぐに用意された。それをまた一気に喉の奥へと流し込む。うめえ。ルミルは一杯目をゆっくり飲んでんのか? 酔いが回らないように? オレを警戒してんのかよ。
「ルミルおめえよお」
「なに?」
「なんでそんなに男を嫌ってんだ?」
「なによ、急に」
「わっかんねえけど」
「……あたしには弟がいたって言ったでしょ?」
「あ? ああ」
「名前も顔も思い出せないの。でも、あの子がいたってことだけは覚えてる。それだけは間違いない」
ルミルがその弟の話を始める。
「あの子とは歳が離れてた。いつも服をドロドロにして帰ってくるあの子は、友達と公園で遊んでたって言ってたから、そういうのが楽しい時期なんだって思ってたの。でも、いつからか怪我をして帰ってきたりもするようになった。男の子だし、そういうものだろうって注意だけで済ませてた。でも……ある日、あの子は帰って来なかった。何日も何日も、あたしは当然探したわ。それはもう必死に。そして連絡が来たの、弟を見つけたって。あたしはすぐにその場所へ向かった。そこは病院だった。暗い部屋の硬いベッドの上にあの子はいた。顔に白い布を被せられていてね。本人確認をしてくださいって、捲ったの。それは確かに弟だったわ。顔を真っ白にして、息もせずに寝ていた。弟は……生きてはいなかった」
ルミルがグラスに残った酒を一気に飲み込みやがった。止めようとしたが間に合わなかった。
「弟は自殺だった。他の男の子たちから集団いじめに遭ってたって聞いた。最初は軽いものだったって、でも、徐々にエスカレートしていって、最後は全員で殴る蹴るの酷いものだったみたい。あたしは許せなかった。いじめたやつらもだけど、それに気づいてあげられなかったあたし自身も許せなかった。それからかな、男は簡単に他人を傷つけるものだって思い始めたのは。あたしにとっての敵なの。別に全ての男が嫌いってわけじゃない。弱いものを平気で傷つけるやつが嫌いなだけ……分かった?」
「あ、ああ」
思ってた以上に重たい話で、何をどう言えばいいのか分からねえ。
「あんたが聞いてきたんでしょ? なんでしんみりしてんのよ。似合わないわね」
「う、うるせーよ……いや、うるせーですよ」
「なんで敬語? まさかあんた、あたしに気を遣ってんの?」
「んなわけ……ねーだろ」
「あはは、ホントあんたは見た目だけね」
「ああ? オレはな、おめえの弟に同情しただけで、おめえの態度に納得したわけじゃねーからな?」
「はいはい。なーんであたしこんなことあんたに話してんだろ。今まで誰にも話したことないのに」
「へっ、惚れんじゃねーぞバカヤロウ」
「誰が」
なんだか酔いが覚めてきちまったな。まあいいか、明日も仕事だしな。今日はもう酔えそうにないし、さっさと帰って寝るかな。コイツ……誘ったら付いてくるか? いやいや、ねーな。くっそ、やっぱりまだ酔ってるわ。なんでオレがコイツを慰めてやろうとか考えなきゃいけねーんだよ。バカかよ。




