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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第2章<シシノ平原編>

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第34話「リーダー失格」

 ココハがナナトさんと修練に向かってから、もう四日だ。あれからココハとは会えずにいた。同じ宿に泊まっているはずなのにすれ違うこともない。ちゃんと帰ってきているのかな?


「あーあ、今日もダメだったな」

 宿屋のベッドに寝転びながら呟いた。


 ココハがいなくても俺たちは狩りをするために仕事へ出かける。いつもと同じ場所で、いつもと同じ相手を、いつもと同じように倒すだけ。そのはずだったのに……。



『おいレイト! 早くトドメさせよ!!』


 ジェニオの声で我に返る。(ボアー)が体勢を崩していた。俺は……何してたんだっけ?


『ご、ごめん! もう……無理』

 ブレンが盾を引いてしまった。


 (ボアー)は上体を起こして威嚇をする。俺とジェニオが堪らず距離を取ると、(ボアー)は一気に駆けていった。


『なにしてんのよ!』

 ルミルが慌てて弓を構える。


 準備をしてなかったのか? 違う。いつもならあれで戦闘は終わっていたはずだからだ。だからといって気を緩めてはいけないはずだ。でも、それを俺が言えるはずもなく。


『レイト、集中して!』

 マキアに怒鳴られた。


 普段は表情を変えることはないのに、喜怒哀楽の内、怒りの感情だけはしっかりとぶつけてくる。いや、まぁ俺が悪いんだけどさ。とにかく、今はやれることをやらないとだ。


『ブレンは正面に、ジェニオは左から!』

『ご、ごめん、ちょっと……無理かも』

『え?』

『どうすんだよ!!』

『マキア! ブレンを回復して!』

『そんな暇あるかよ! 来るぞ!!』


 嘘……だろ? まだ何も準備できてない。ルミルが矢を射った。その矢が(ボアー)の首元に直撃し、そいつはそのまま崩れてしまう。倒した……のか?


『助かった……』

『おいてめえ!!』

 ジェニオが駆け寄ってきて俺の胸ぐらを掴んだ。苦しい。こいつ、こんなに力が強かったのか?


『何のつもりだ、ああ!?』

『なん……だよ?』

『なんでトドメを刺さなかったのか聞いてんだよ!!』

『あれは……間に合わなくて』

『んなわけねーだろ! あれだけの隙だぞ!? どーやったら間に合わねーんだよ!!』

『ジェニオ、離して』

 ルミルが割って入ってくる。


 ジェニオは舌打ちをしてから乱暴に手を離した。その直後だった。頬から破裂したような音が聞こえ、衝撃が襲ってきた。何が起きたのかを理解するのには時間がかかった。


『あんた、仲間を殺す気? 死にたいなら一人で勝手に死んで』


 俺はヒリヒリと痛む頬を触りながら睨むルミルを見た。どうやら、彼女に叩かれたみたいだ。視界の隅でマキアがブレンの疲労を回復させている姿が映った。


『……ごめん』

 それしか言えなかった。


 確かに俺のせいでみんなを危険に晒した。ルミルの矢が(ボアー)の急所に刺さらなかったら、どうなっていたのかは想像もできない。全員が突進を避けられたかは分からないし、誰かが怪我をしていたかもしれない。最悪、命を散らしていた可能性もある。それだけのミスをした。ジェニオが言った通り、(ボアー)は十分なほど体勢を崩していて、余裕を持って急所に剣を振ることはできた。いつもなら。今日は違った。俺は考え事をしてしまっていた。


『ココハのこと、考えてた?』

 俺の心を読んだように、マキアがそう言った。


 慌てて否定しようとしたが、ここで嘘をつくのは良いことではないと思ってやめた。


『……ごめん』

『ごめんじゃすまねーんだよ!!』

『そうね、確かに謝って済む問題じゃないわ』


 いつもならなだめてくれるブレンも今回は何も言わない。それはそうだ、一番危険だったのはどう考えてもブレンだ。俺はそんな目に遭わせた人に助けを求めようとしたのかと、情けなくなった。


『お前よお、ただでさえ影が薄くて役に立たねえのにな。リーダーって肩書きと急所の位置を知ってるだけのやつだって自覚しておけよ!!』


 何も言い返せない。俺だって一生懸命やってるし、リーダーを押し付けたのだってみんなだ。指示を出したりするのも得意じゃないのに頑張ってる。ルミルはろくに指示を聞いたことすらないじゃないか。ジェニオだって急所の位置を教えたのに覚えようとしなかった。


 俺だけが悪いのか? お前がトドメを刺せればそれで良かったんじゃないか? でも、言い返せない。それができてしまったら、俺自身が自分の存在をパーティーには必要ないと認めることになるからだ。


『ココハのことが心配なのはみんな同じなのよ。なんなら、あんたよりあたしの方が心配してるわ。でもね、戦闘中は集中して。遊びじゃないんだから』

『ごめん、気をつける』


 謝ることしかできないのがつらかった。俺の仲間は以前とは違ってココハだけじゃない。みんなが大事な仲間なんだ。


『今日は……もう帰りましょう』

 マキアがそう言うと、みんなは帰る準備を始めた。今日の稼ぎはほとんどないようなものだろう。



 ――街に着くと、マキアが俺の代わりに素材を換金しに行った。得られたのは銅貨五十枚だった。一人当たり十枚。狩った(ボアー)を持って帰ることもしなかったので完全に赤字だ。俺に配られることはないだろう。早くその場から離れてしまいたかった。


『はい、レイト』

『え? なん……で?』

『あなたは許されない失敗をした。でも、失敗は誰だってする。失敗したから報酬を受け取らないというのは間違ってる。報酬を受け取らなければ失敗してもいい……ということにはならないでしょ? もう同じことは繰り返さないで、お願いだから』

『ごめん、ありがとう』

『誰もレイトの失敗をカバーできなかったというのも反省点だと思う。絶対はない……そう言ったのはわたしなのに、ごめんなさい。明日は最後まで油断せずに戦いましょう』

 マキアは俺にだけじゃなく、みんなに向かってそう言った。


『そうね、あたしも弓を構えることを止めていた。次は気をつけるわ。密集した後にも何かできることがないか考えてみる』

『ボ、ボクも、もう少し疲れない受け方とかを研究して、攻撃のチャンスを……増やしたいな。マキアさんの負担も……減らせるかもしれないし』

『けっ! なんでもいいけどよ、せめて自分の役割くれーは果たせよな!!』

『分かってる。明日からはちゃんとするよ』

『たりめーだろ!!』

 そう言うとジェニオはブレンを連れて行ってしまった。そして、ルミルもマキアに挨拶をすると去ってしまった。


『さっきはありがとう。ああ言ってもらえなかったら俺の居場所はなくなってたかも』

『そんなことはない……とは言い切れないけど、みんなだってあなたを追い出そうとはしない……そう思う』

『そうかな?』

『あなたは他人を引っ張っていくようなリーダーじゃないけど、そのかわり、みんなを信じて頼ってくれる。誰がどう動きたいのかも分かってくれてるし……今日は上手くいかなかったけど、他の誰かがリーダーだったらまだまだ苦戦してたと思う』

『そんなこと……俺はただ必死なだけで、自分が楽をしたいだけだよ』

『楽……なのは良くないけど、自分が動きやすいように他人を動かせられるのは良いことじゃない? 考え方一つだと思うけど』

 そう……なのかな? そんな風に考えたことはなかった。


『もっと前向きになっていいと思う。頼りないリーダーでもいいじゃない。わたしもみんなも、ちゃんと支えるから』

『……ありがとう』

『それじゃあ、わたしも帰るね。また明日』

『うん、また明日』


 マキアとちゃんと話ができる日が来るなんてな。慰めてもらうなんていう内容じゃなければ……最高だったのに。本当に優しくていい人だな。美人だし。ナナトさんという存在がいるから平常心でいられるけど、もしも、ナナトさんがいなかったら……なんて、そんな風に考えるのは良くないな。


『俺も帰ろう』


 そうして、今日の仕事は終わった。宿へと帰り、反省して、ココハのことを考えて……そうしているうちに、いつの間にか眠っていた。

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