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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第2章<シシノ平原編>

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第33話「精霊との対話」

 ナナトさんが私を迎えに来た? 精霊魔法の使い方が分かった? パーティーから離脱? 修練をする? 私の頭はもう破裂してしまいそうです。私は精霊術士(エレメンタラー)になれるってことなの?


「パーティーを離脱って、そんなに時間がかかるんですか?」

「ココハちゃん次第……かな」


 私次第。そんなの無理です。ナナトさんの方を向いてみると、目が合ってしまいました。思わず背けてしまいます。


「ココハ一人をあなたの元に預けろって?」

 ルミルがナナトさんに詰め寄っていきました。


「まぁ、そうなるね」

「そんなの……!」

「信用できない? それなら君も付いてくればいい。仲間たちが君抜きでも仕事ができるのなら、だけどね」

「それは……」

「もしくはココハちゃんが魔法を習得するまで、パーティー全員が仕事を休みにする?」


 そんな……私のせいでお休みになんて。いつになるのかも分からないのに。そんなのはダメだよ。


「どうする? リーダーの意見は?」

「俺はナナトさんのことをもちろん信用していますし、ココハが魔法を使えるようになるなら賛成です……けど」

「けど?」

「なんていうか心配で、その……俺は」

「レイトが心配することは分かっていたかな。ずっとこの子の面倒を見てきたのは君だし。でも、だからこそ送り出してほしい。君が今、信用すべきなのはおれじゃない、ココハちゃんだと思うけど?」

「…………」

 レイトくんは何も答えません。


「あの時、ココハちゃんに言ったことを今度は君に言おうか?」

「……俺が、ココハの足を引っ張っていると?」

「正確には、引っ張ろうとしている……だけどな、違うか?」

「違いません。いずれココハには必要になるのは分かっていましたし、でも、その……何て言えばいいのか」

 レイトくんは悩んでいるみたいです。私は……どうしたらいいのでしょうか?


「ちょっといい……ですか?」

 マキアさんの声がしました。レイトくんもナナトさんも彼女に視線を向けました。


「ココハ、あなたはどうしたいの?」

「…え?」

 わ、私?


「精霊魔法を習得するためにパーティーを一時的に離脱するのか、精霊魔法を諦めてここに残るのか」

「…わ、私は」

 どうしたらいいのか分からないです……とは言えない。


「わたしは修練するべきだと思う。今のままだと困るのはあなただけじゃない。パーティーとしても前に進めない」

「ちょっとマキア!」

 ルミルが少し乱暴に呼びました。


「ごめんなさい。厳しいことを言っているのは分かってる。でも、冒険者として生きていくのなら、戦える力は必要なの。この先もずっと誰かが守り続けられるとは限らないし、せめて自衛くらいはできないと。わたしはもう……仲間を失いたくないから」


 そうだ……私、マキアさんにあれだけ好き勝手言っておいて、自分のことになると怖くて、逃げて、隠れてしまっている。情けない。


「十日。とりあえず十日間だけ試してみようか。魔法を使えるようにさえなれば、ココハちゃんならおれの指導なしでもやっていけると思うし。逆に、もしも十日で魔法を使えそうになかった場合は……みんなでどうするのか考えよう」


 十日なんて……短すぎます。どうしてナナトさんは私のことをそんなにも過大評価しているのでしょうか? 自信なんてない……でも。


「…私、やってみたい……です」

「ココハ」

 レイトくんが心配そうにしてくれています。


「…できるのかは分からないけど、逃げたらダメだって……思うの。レイトくんに頼ってばっかりだし、一人の力でやってみたいの」

「……分かった。ココハ、頑張って」

「…うん、ありがとう」

「ナナトさん、一つだけ聞いてもいいですか?」

「いいよ、何?」

「どうしてここまでしてくれるんですか? 俺たちのために」

「んー。君たちのため……とは少し違うかもな。こんな性格だからとか、放っておけないからとか、また後悔したくないからとか……いろいろあるけどさ。はっきりとした理由はないかな。おれはただ、ココハちゃんの作る魔法が見たいだけなんだと思うよ?」


 それは、以前にレイトくんが言ってくれた言葉と同じだった。レイトくんの方を見たら目が合いました。少し笑ってくれた気がします。


「みんなも見てみたいだろ?」

「はい」とマキアさんが答えると「そうね」とルミルも言ってくれた。ブレンくんが「ボ、ボクも……見てみたいな」と手を上げると「まあな」とジェニオくんも言ってくれました。


「ナナトさん、ココハのこと……お願いします」

「ああ、立派な精霊術士(エレメンタラー)にしてみせるよ」


 こうして、私とナナトさんは二人だけで先に街へと戻ることになりました。



 ――ルトナの街。ナナトさんが市場で少し買いたいものがあるというので私は長椅子に座って待っています。さっきまでは不安だったのに、今は少し楽しみになっています。みんなが応援してくれたからかな? 不思議。早く魔法を使ってみたい。


「お待たせ」

 ナナトさんが戻ってきて私の隣に腰掛けました。手には球体を持っています。直径十五センチくらいの小さな球です。何かに使うのかな?


「はい、これ持ってて?」

「…はい」


 渡されました。皮でできた球体。子供たちが投げたり蹴ったりして遊ぶものかもしれません。


「できるだけそれを両手で持ったまま生活してみて」

「…え? 持ったまま、ですか?」

「そうそう、大きさとか形とか、それを手離しても感覚として認識できるようになるまで」


 どういうことだろう。でも、必要なこと……なんだと思います。


「…分かり、ました」

「うん、今日はもうそんなに時間もないし、本格的に始めるのは明日からにしようか」

「…はい」

「うん。その前に少し聞いておきたいことがあるんだけどいいかな?」

「…?」

「精霊魔法とは、精霊と対話し、魔法力を分け与えることでその力を借り、自分が望み、思い描いた魔法を生み出すもの」

「…はい」

「精霊との対話。これが必須条件だよね?」


 あ、そうか。精霊の姿は誰にも見えないから、私が対話できないと話にならないんだ。


「…ごめんなさい」

「まだ、聞こえないんだね?」

「…はい」

「属性は風だったよね?」

「…はい」

「これはおれの推測だけど、風の精霊はもう君に話しかけたことはあるんじゃないかな?」

「…え?」

「これまでに、変わった風を感じたりとかそういうことはなかった?」

「…ないと、思います」

「そうか……精霊との対話。会話ではなく対話。そこが気になってるんだよね」

「…会話と対話?」

「うん。会話は、相手と特に内容を定めずに雑談をするってことだよね。対話は、どちらかというと質問と応答……そういう意味だと思うんだ」

「…なんとなく、分かります」

「そのやりとりは発声でするもの……というのは人間同士での考え方だと思う。精霊との問答はもっと別だと思うんだ」

「…………」

「難しいかな? 風の精霊は君の声に対して、風を使って応えるんじゃないかなって。君がこうしたいって言えば、精霊はこんな感じかい? って風を吹かせてくれる。そんな感覚のやりとりが精霊魔法なんだと思う」

「…風で応える」


 いつだったかな。レイトくんが私にこんなことを聞いてきたことがあった。


『ココハ、背中を押してくれた? 風の力みたいなので』


 あれは確か、ランデーグさんたちのパーティーを脱退する日、最後に狩りをした時だったはずです。レイトくんが初めて、自分の力だけで小狼(レッサーウルフ)を倒すことができた日、その帰り道でそう聞かれました。あの時はよく分からなかったけど、レイトくんを応援したい気持ちがあって、彼の名前を叫んだ記憶はあります。あれで背中を押せたのかな? 私は、その時のことをナナトさんに話してみました。なるべく正確に。


「それ……それだよ、ココハちゃん。対話できていたんだよ」

「…そう、なんですか?」

「まだ実感はないだろうね。でも、それが分かればあとは意識して魔法力を渡し、風を動かしてもらうだけだよ。まぁそれも簡単じゃないだろうけど、時間の問題だと思う」


 ナナトさんはなんだか嬉しそうだ。私もついつい笑顔になって、手に持った球体を挟んでいる力を強くしたり弱くしたりして弾力を楽しんでいた。



 ――ゴーン……ゴーン……と鐘の音が鳴った。時計塔は午後六時だと示している。


「とりあえず、明日だな。今日はどこかで夕飯を食べてから帰ろうか」

「…お風呂にも、入りたいです」

「あ、宿にシャワーとかはない感じ?」

「…はい、安宿なので」

「そっか。じゃあ食べたら風呂屋にも寄って行こうか。暗くなりそうだし、宿まで送っていくよ」

「…ありがとう、ございます」

「うん。でも、女の子が安宿とか怖いだろ。大丈夫なの?」


 宿の部屋は鍵もかけられないし、もちろん怖くないってことはありません。


「…レイトくんもいるので。あと、他に借りているお客さんは……ほとんどいなくて」

「そうなんだ。まぁ魔法を使えるようになって、もっと稼げるようになったら新しい宿を探してもいいかもね」

「…はい。ふふっ」

「ん?」

「…あ、ごめんなさい。ルミルにも……同じようなこと言われたなって、思い出して」

「そっか、ルミルはココハちゃんのことを溺愛してるよね?」

「…ルミルは、優しくて……かっこよくて、お姉ちゃんみたい……なんです」

「好きなんだな、ルミルのこと」

「…はい!」

 私がそう言うと、ナナトさんはとても嬉しそうに笑ってくれました。


「良い返事だ。最初に会った頃に比べると、ずいぶん話せるようにもなったね」

「…レイトくんと、みんなのおかげです。もちろん……ナナトさんも」

「甘えることは悪いことじゃなかっただろ?」

「…そう、ですね。レイトくんには……まだまだ甘えて、助けてもらって……ばかりだけど」

「この修練が終わったら、今までの感謝を少しずつ返していけばいいよ。だから、頑張ろう」

「…はい!」


 ナナトさんは不思議。いつも私に勇気をくれる。私だけじゃない、他のみんなも同じように感じていると思う。特に……マキアさんは。最初は表情を変えなかった彼女だけど、今では少しずつ雰囲気が柔らかくなってきていると思う。それはやっぱり、ナナトさんがいたから。私たちの知らないところでお話ができたのか、昔のように……とはまだ難しそうだけど、元に戻りつつあるのは感じました。ナナトさんにはそういう力がある。不思議な力。それは、魔法みたいだな……と私は思いました。

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