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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第2章<シシノ平原編>

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第32話「彼らも成長していく」

 レイトたちと一緒に神殿の司祭、ヤルミ……だったか? あの人に彼女の話を聞いてから数日後の夕方。そろそろ彼らがシシノ平原での仕事から帰ってくる時間だ。おれは街の南西にあるアムリス神殿へと続く道、その通りの端で壁に背を預けて立っていた。彼女がここを通ることを知っているからだ。


 本当はまだ会うべきではないのかもしれない。でも、伝えておきたいことがあった。ここで彼女に受け入れられないのであれば、おれは彼女だけではなく、彼らとも会いにくくなってしまうだろう。彼女は彼らのパーティーの一員だからだ。おれは、自分が今できることをするしかない。そのためには、どうしても彼女と話をしておかなければならない。たとえ、一方通行の気持ちだとしても。


 ゴーン……ゴーン……と時計塔の鐘が鳴った。そろそろのはずだ。何度か深呼吸をする。緊張しているのか、指先が少しだけ震えている。拳を握るようにして力を込める。大丈夫だ。足音が聞こえてくる。この道を使うのは神殿関係者だけだろうし、足音は一つだけ。姿が見えた。彼女だ。


「マキア」


 おれが声をかけると、彼女は驚いて立ち止まり、こちらを向いた。おれの存在を確認すると、すかさず顔をそらしてその場から走り去ろうとした。


「待って!」


 彼女は止まってくれた。しかし、背を向けたままで振り向いてはくれなかった。


「……聞いたよ。おれも、君たちのことを」


 彼女はじっとして動かなかった。少しだけ下を向いたようにも見えた。


「ごめんね。君が一番つらい時に、一緒にいてあげられなかった。みんなを……助けてあげられなかった。おれならそれができたはずなのに、ごめん」


 頭の中が謝罪の言葉で埋め尽くされたような感覚になった。話したいこととは違ったのに後に引けなくなった。今は気持ちのままに話すしかない。


「本当は、記憶探しなんてどうでもよかった。君たちは眩しくて……いつか、おれの存在が迷惑になるんじゃないかって怖くなって、逃げ出したんだ。おれには、君たちが全てで失いたくなかった。君たちがいれば、記憶なんて戻らなくてもいいとさえ思った。でも結局……おれは両方とも失ってしまった。でもね、マキア。おれは君とまた会えて、嬉しいと思ったよ。君がおれと目を合わせてくれなくても、声を聞かせてくれなくても、おれは……嬉しかったんだ」


 声が震えていた。彼女も肩を上下に揺らして、鼻をすすっている音が聞こえる。おれは深呼吸をしてから続けた。


「マキア。あいつら、良いパーティーだったろ? もう話はしたのかな? 信じてあげてほしいんだ。もしも、君が冒険者としてもう一度歩き出せるのなら、あいつらと一緒が良いとおれは思う。今の君に必要なのは手を引いてくれる人でも、背中を押してくれる人でもない。一緒に並んで歩いていける……そういう存在なんだよ。真っ直ぐで、一生懸命で、まだまだ頼りないけど助けてあげてほしい。あいつらならきっと、君を……君の心を救ってくれるんじゃないかって思うんだ。おれも、君を助けてあげられたらいいんだけど、今のおれには何もできないから。でもいつか、君がおれを必要としてくれるなら、その時はおれが、君を……君たち全員を守るから」

 おれの声はもう震えてはいなかった。


「おれはまだ、君に言えてない言葉がある。君に言って欲しかった言葉もある。でも、それはまだ言わないし、聞かない。おれはずっと待ってるから、君が帰ってくるのを」


 彼女が静かに、そして微かに頷いたように見えた。おれの気持ちは伝えた。あとは彼らに任せよう。


「引き止めてごめんね。話はそれだけだから。それじゃあ、マキア……またね」


 おれは彼女が歩いて来た道を戻って行く。振り返ることはしない。また君に会えた。今はそれだけでいい。



 ――それから更に数日後、おれは市場で魔法書や歴史書などを買っては読み耽った。別に知識を増やそうということではない、約束を果たそうとしているだけだ。


「やっぱり、全然分からないな」


 あんまり時間はかけられない。こうしている間にも彼らの差は広がっていく。そうなったらあの子はそこにいられなくなる。みんなの歩みを止めることになるからだ。


「とりあえず、やらせてみるしかないか」


 おれは冒険者でもなければ術士(メイジ)でもない。それでも、魔法の知識は多少なりとも得られた。流し読み程度ですんなり覚えられたことから、もしかしたら記憶を失う前のおれには魔法に関する知識が多少なりともあったのかもしれない。


 時計塔で時刻を確認する。午後四時を過ぎている。彼らが戻って来るまでにはまだ時間はあるだろう。


「様子を見に行ってみるか」


 街の南門を潜り、シシノ平原を進む。彼らが狩場にしている場所はだいたい覚えている。今でもまだ変えていなければ、だけど。街を出てから二十分ほどで彼らを見つけることができた。


「うらぁぁあああ! 急速前進(ファストムーブ)!!」

 ジェニオが地面に刺した長槍を蹴り上げて大きく前方に跳躍していく。長槍には鎖が付けられており、飛んだ反動で地面から抜け、彼の手元へと引っ張られていった。


 後方では弓に付いた弦を大きく引いているルミルの姿があった。右手に掴んでいた矢を離すと、解放されたように射出された。空気を切るような音を響かせて、その矢はジェニオが狙っている相手とは別の(ボアー)に突き刺さった。


「よし、ブレンは手前のやつを防御(ガード)で抑えて! 俺はジェニオの方を援護するから!」

「わ、分かった……!」


 彼らは二頭の(ボアー)を同時に相手していた。ルミルの矢で怯んだ方をブレンが抑え込み、その間にジェニオとレイトでもう一方を倒そうというのだろう。しかし、二人で倒せるのか?


「おらぁぁあああ!!」


 ジェニオが加速したまま(ボアー)の腹に槍を差し込む。なるほど、あれだけの速度があれば、あの硬い皮膚も貫けるようになったということか。(ボアー)は痛みに耐えかねると首を振ってジェニオを弾き飛ばした。


「うおっ!!」

「すぐに下がって!」

 マキアが後方から叫ぶ。


 彼女の後ろにはココハちゃんがいる。(ボアー)がジェニオの方を向こうと体勢を整えようとしている。


「ここだ!」

 レイトは横を向いた(ボアー)の側面から首の急所を狙って剣を振り上げた。


 (ボアー)はそのまま倒れ込んだ。そうか、彼らは戦う相手のことをちゃんと知ったんだな。成長している。


「…レイトくん、そろそろ!」

 ココハちゃんが叫んでいる。


「よし、ブレン! 受け流せ! マキアはジェニオを回復! ルミル!」

「準備できてるわ!」


 連携もしっかり取れている。レイトの指揮も上手くなっているな。ブレンは抑えていた(ボアー)から距離を取る。仲間のいる方に背を向けそちらには行かせないようにしている。(ボアー)は逃げるように駆け出した。


「我は唄う、光よ、かの者に癒やしを……治癒(ヒール)

 マキアがジェニオの治療を始めた。


 動きを止めた(ボアー)が態勢を整え始める。それを見てルミルが動いた。弓を再び大きく反らせて狙いを定めていた矢を解き放つ。それは見事に(ボアー)へ命中した。結構な距離があったと思うが、ルミルの目が良いのか腕が良いのか……両方かな?


 (ボアー)は怯んだがブレンはその場から動こうとしない。前に出るべきではないだろうか? この距離ならば(ボアー)は多少なりとも進行方向を変えられるはずだ。以前はこれで危険な状況に陥ったはずだが?


 しかし、彼らも彼らなりに考えての作戦だったのだろう。この状況でブレンが一人だけで(ボアー)に突っ込むことになると、それは一つのミスで死に繋がる危険性もある。これはレイトの作戦だ。無茶はさせないだろう。


 (ボアー)が標的を見定めるように前脚で地面を蹴り始める。


「うおぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

 大きな叫び声が響いた。


 こんなに叫ぶのはジェニオくらいのはずだが、彼は治療を受けているはずだ。もう終わったのか? 違う。叫んでいたのはブレンだ。左手で持った盾を前に構えて、右手に着けた鉄製のグローブでそれを叩いている。鉄と鉄とがぶつかり合う激しい音がする。(ボアー)の注意はそちらへ釘付けとなった。なるほど、これが狙いか。


「来るぞ! みんな、準備だ!」

「ええ」

「…はい!」

「任せて!」

「オレ様ふっかーつ!!」


 (ボアー)が駆けてくる。やはり標的はブレンだ。


「ぐうぅぅぅ!」

 ぶつかった衝撃でブレンは後ろに少し引きずられていた。


 レイトとジェニオが挟み込むように左右へと分かれた。マキアはブレンの背後へゆっくりと向かう。ココハちゃんはルミルの方へと走っていく。


「我は唄う、光よ、かの者に癒やしを……治癒(ヒール)

 マキアがブレンの疲労を回復させる。決着はもう近そうだ。


「ぐぅぅおおおお!」

 ブレンが(ボアー)を押し返すとジェニオが長槍を横に振るい前脚を払った。隙が生まれる。


「これで!」

 レイトが首元へと寄り、急所に向かって剣を振り上げる。


 (ボアー)の動きが固まって横に崩れるように倒れ伏せた。完勝だな。


 前衛の男の子たち三人は息を切らせてその場に座り込んだ。マキアは安心したように胸を撫で下ろしている。ルミルは自分が射った矢を回収して再利用できるのかを確認しているみたいだ。ココハちゃんは……こっちを見ていた。戦闘中も周囲を確認していたみたいだが、ちゃんとおれの姿も見えていたんだな。おれは軽く手を振って見せ、ゆっくりと近づいていく。


「あ……」

 ブレンがおれに気づいた。みんなもそれに反応するようにして視線をこちらへ向けた。


「ナナトさん!」

 レイトはそう言うとハッとしたようにマキアの方を向いた。しかし、彼女もみんなと同じようにこちらをしっかりと見ていた。


「お疲れさま、見てたよ。良い作戦だったと思うよ? 感心した。レイトの指示の出し方、躊躇いなく急所を攻める姿勢。ジェニオの勢いのある攻撃」

我流閃技(セルフトートスキル)急速前進(ファストムーブ)な!!」

「そうか……それな。そしてブレンは防御(ガード)が安定してきたな。見てても冷や冷やしなくなったよ」

「あ、ありがとう……ございます!」

「それと、最後のあれ。相手に注目させるのが目的だろ? あれも良かったよ」

「言ってやれよブレン、お前の我流閃技(セルフトートスキル)をバシッとな!!」

「あ、あれはジェニオくんが挑発(エキサイト)と……名付けてくれました」

「そっか、良いと思う。ルミルのあれもそうか?」

「まぁね、一応……襲撃(チャージ)って呼んでる」

「でも、何よりもすごいのはあれを的確に命中させる君の目と腕かな?」

「どうも」

 そっけなく答えられて、少し笑みがこぼれてしまった。


「そうそう、ココハちゃんも戦っていたね?」

「…私は」

 この子は変わってない。まだ自信が持てないでいる。


「ココハには周囲の警戒と相手の動きを伝えてもらっています」

 レイトが代わりに答えた。それも変わってない。


「そうだね、周りはよく見えていたと思うよ。おれのことにも気づいていたみたいだしね?」

「…………」

 ココハちゃんは小さく頷いた。


「それから、マキアも」

 名前を呼んだだけで、その場の空気が張り詰めたように重くなった。それは仲間たちがマキアのことを心配している証拠でもあるのだが……少し寂しかった。


「はい」

 彼女はその空気を払うように返事をしてくれた。


「ふぅ……」

 誰かが息を吐く声がして、張り詰めた緊張感は解かれたようだ。


「ところで……我流閃技(セルフトートスキル)って何?」

「あー、それは」

「知らねーのかよ! 我流閃技(セルフトートスキル)ってのはだな、つまり……あれだ。レイト、言ってやれ!!」

「お前、忘れてるだろ? えっと、技能(スキル)ってありますよね?」

「ああ」

「それを自分の発想力で自由に考えて閃いたもの……それが我流閃技(セルフトートスキル)なんです。俺たちが勝手にそう呼んでるだけですけど」

「ほー、なるほどね。命名したのはレイトか?」

「いえ、ココハです」

「へぇ……」

「ココハはそういうのが得意なのよ」

 ルミルは自分のことのように得意気に言った。


「そうか、ココハちゃんは創作が得意なんだね?」

「…ただの、妄想……です」

「いや、おれは納得したよ。君はなるべくしてなったんだなって」

「…?」

 ココハちゃんは首を傾げている。


「何にですか?」

 レイトが代わりに質問した。


「決まってるだろ? 精霊術士(エレメンタラー)に、だよ」


 みんなが無言のまま固まってしまう。もしかして、忘れていたわけじゃないよな?


「精霊魔法とは、精霊と対話し、魔法力を分け与えることでその力を借り、自分が望み、思い描いた魔法を生み出すもの……だろ? ココハちゃんにぴったりじゃないか」

「確かに……ココハらしい魔法だって思います。でも」

「正直、可能性は低いかもしれないと思ってたよ。まだココハちゃんには早いのかなって」

「ちょっと待って、ナナトあなた……何か分かったの?」


 おれは以前に約束をした。精霊術士(エレメンタラー)について調べてみると。それを思い出したのだろう。


「んー魔法書や歴史書を読み漁ってみたけど、精霊術士(エレメンタラー)のことはどこにも記載されていなかったよ」


 期待させるなよ……とでも言いたげな顔をされた。言い方が悪かったのかもしれない。


「でも、おれなりの答えはもうほとんど出てる。たぶん、魔法の使い方を教えてあげられると思うよ?」


 またみんなが無言のまま固まってしまった。おれは堪らず笑ってしまう。


「ほ、本当なんですか? 是非、教えてください!」

「そう急かすなって。一朝一夕でできるものじゃない。修練が必要だよ」

「…………」

 ココハちゃんは口を開けたまま固まっている。まだ思考が追いついてこないみたいだ。


「しばらくの間、ココハちゃんをパーティーから離脱させてもらう」

「え?」

「おれがここに来たのはそれが理由だよ。ココハちゃんを迎えに来たんだ」

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