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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第2章<シシノ平原編>

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第31話「空気の読めない男」

 司祭のヤルミさんが話し終えた後も、俺たちは誰も声を出すことすらできなかった。あまりにも重たい話だった。俺とココハはコイマの森の入り口まで行ったことはある。あの時は入り口の黒狼(コイマウルフ)を見ただけでも恐怖を感じたものだ。それよりも、もっと恐るべき魔獣があの森には生息している。


 ランデーグさんたちは大丈夫だろうか。いや、あのパーティーは決して無茶はしないだろう。一度仲間を失っているし、何よりも森での狩りの経験者だ。


「それでは、わたくしはこれで失礼しますね。ああ、話に出てきた地下牢ですが、実際には存在しませんのでご安心ください」


 そんなことはどうだってよかった。マキアさんが神殿で軟禁状態だったのは変わらない。


「…マキアさんは、どうして私たちのパーティーに……入ってくれたのかな?」

「気になるわね。紋様は青いままだって以前にあの司祭が言っていたし、話に出てきた騎士(ナイト)の男は気に入らないけど、そいつが言うにはもうすぐ赤く染まるはずってことみたいだしね」

「か、仮預かりの身だとも言っていたし、もしかしたら、騎士(ナイト)の人じゃなくて……神殿の人が外に出させたのかも?」

「ブレンの言う通りかもな。赤とか青とか妙にこだわってる気がするしよ」

「気がするっていうか、完全にこだわってるだろ。契約のこともそうだし、赤の待遇が良すぎるよ」

「とにかく、あとは本人と……あんた次第だけど?」

 ルミルは問いかけた。


 しかし、彼は考え事をしているのか聞いてはいない。


「ナナトさん?」

「ん? ああ、ごめん。何?」

「いえ、その……」

「これからどうするのかって話」

 ルミルが再度問う。


「そうだな……とりあえず、おれは自分にできることをするだけかな」

 具体的に何をするのかは教えてくれなかった。


「今の彼女は君たちのパーティーにいる。どう接していくのか考えてあげてよ」

「はい。俺たちにできることがあるのかは分かりませんけど」

「急がなくていいよ。彼女にだって時間は必要なんだ」

「はい」

「……仲間に、してあげてくれ」

「え?」


 仲間にって、もう俺たちは同じパーティーですけど。ナナトさんはたまによく分からないことを言う。でもそれは、あとから思い返してみるとヒントになっていたりする。


「それじゃあ、行くよ。やらないといけないこともあるし」

「分かりました」

「ココハちゃん」

「…はい!?」

 ココハは急に名前を呼ばれて驚いている。


「またね、みんなも」

「…また、です」


 何故ココハの名前だけ呼んだのか。ココハ本人も不思議な顔をしている。これも何かのヒントなのか? 今はまだ分からない。


「さてと、明日からどんな顔して会えばいいんだ?」

 ジェニオがそんな疑問を口にした。


「どんなって普通にしていればいいじゃない。余計な気を遣う方が嫌がるでしょ」

「普通ってどんな顔だよ?」

「知らないわよ。あんたの顔でしょ?」

「ははは、ジェニオでも戸惑うことはあるんだな」

「あ? レイトてめえぶっ飛ばすぞ!!」

「その言い方とかは気に食わないけどさ、それがいつものお前だろ? 気に食わないけど」

「ちっ、二度も言うんじゃねーよ!!」


 とにもかくにも明日だ。マキアさんは来てくれるのかな?



 ――翌日、俺たちは相変わらず南門の前で待っている。最近はここで彼女の到着をそわそわしながら待つことが多くなった。他の仲間たちだとそうはならない。マキアさんは年上で美人で、話してると緊張することもある。でも、そういうことじゃないんだろう。俺がそわそわしてるのは、きっと心配だからだ。


 一回目は命の契約のこともあって、どんな人が来るのかっていう心配だった。二回目はいつも無表情で感情を表に出さない彼女が、どうしてナナトさんを避けるのか、彼と離れている間に一体何があったのかを、ちゃんと教えてもらえるのか心配だった。そして三回目は今日、事情を知った俺たちとこれからもパーティーを組んでくれるのか。そして何より……今日ここに来てくれるのかどうかの心配だ。


「ったくよー! いつまで待つんだっての。もう来ねえんじゃねーの?」

「…来ます」

「それ何回目だよ。もう九時過ぎてんだぞ? つーかもう十時になっちまうわ!!」


 集合時間は八時だ。今は十時ちょっと前。さすがに希望はないか? でも、それを口には出せない。ココハとルミルは信じているみたいだし、俺も信じたいからだ。ブレンもきっと同じ気持ちのはずだ。みんなで西側の通路をじっと見つめている。


 ゴーン……ゴーン……と時計塔の鐘が鳴った。十時になったということだ。ジェニオが落ち着きなくウロウロし始めた。限界か。俺はみんなに声をかけようとした。


「…あ」

 ココハの小さな声が聞こえた。


 視線の先には西側の通路を俯きながら歩いて来る、白と青の神官服を着た女性の姿があった。マキアさんが来たんだ。彼女は視線を感じたのか顔を上げる。俺たちの姿を見て驚いたのか、立ち止まりそうになったが覚悟を決めたように再び足を踏み出し、俺たちの前で止まった。


「どうして?」

 マキアさんが問いかける。


「…おはよう、ございます」

「おはよう、マキア」

 ココハとルミルは問いには答えずに挨拶をした。


「……お、おはよう」

 マキアさんは困ったように挨拶を返した。


「わたしのこと、ヤルミさんから聞いたんじゃないの?」

「聞いたわよ?」

「だったら……どうして、待っているの?」

「それは俺たちがパーティーを組んでいて、仲間だからですよ」

「そうじゃない。私は過去に仲間を死なせてしまったヒーラーで、惨めにも救われた。それなのに……生きていたことに安心してしまったような女なの。薄情で最低な人間。あなたたちは、そんな女とまだパーティーを組んでいたいっていうの?」

「当然でしょ?」

 ルミルが即答した。


「マ、マキアさんは、薄情でも最低でも……ないと思います。だって、生きていて安心するのは……誰だって同じだと思うし。ボクだって同じ境遇なら安心……しちゃうかも」

「…私も、そう思います。仲間の人たちだって……マキアさんが生きていてくれて、良かったと思っているはずです。私なんかの言葉には……説得力なんてないけど、恨んでいたりとか……そういうことはないと、思います」

「正直な話、俺たちにはマキアさんの気持ちを完全に理解できるほど、冒険者としての経験がまだまだ足りないんですよ。パーティーのリーダーとして、貴重なヒーラーに抜けられてしまうのはやっぱり困ります。俺たちは弱い。これからだってたくさん傷つくだろうし、もしかしたら誰かが死にかけるかもしれない。だから、助けてほしいんですよ……俺たちを」

「マキア、あなたはあたしたちのことをどう思ってる? 冒険者の後輩? 仕事の同僚? それとも友達かしら?」


 マキアさんは考えているのか、答えたくないのか、口を閉じたままだ。


「あたしたちはあなたをどう思っているか分かる? 不本意だけど、全員が同じ答えを持ってると思うわよ。本当に不本意だけどね」

 ココハとブレンが頷いている。ジェニオはそっぽを向いている。


「レイト、マキアにも言ってあげて。あたしたちのパーティーがどういう関係なのかを」

「ああ……」

 俺は前に踏み出し、息を吸う。


「俺は、俺たちはパーティーを家族だと思っています。元々同期だけで組んだ新人冒険者の集まりで、知らないことや分からないことばっかりだから、上手くいかないことは多いし、喧嘩もよくしてしまいます。でも、俺たちは仲間を、家族を見捨てたりすることは絶対にない。助けたいし、助けてほしい。家族が悲しんでたら一緒に泣きたいし、家族が喜んでたら一緒に笑いたい。マキアだってもう俺たちのパーティーだろ? だったらもう家族なんだよ。放っておけるはずないだろ!」


 自分でも熱くなっていることには気づいていた。でも、感情を止められなかった。マキアさんはじっとしたまま微動だにしない。


「レイト、あんた途中から敬語忘れてるわよ?」

「え? あ、ごめん!」

「別に、それでいい」

 マキアさんはそう言った。


「だって、家族……なんでしょ?」

「はい……いや、うん」


 何とか俺たちの気持ちは通じたようだ。それでも急に変わるのは難しいだろう。ナナトさんもそう言っていた。時間をかけてゆっくり進んでいこう。俺たちにはまだまだ時間はあるんだから。


「…良かった」

「ココハさん……いえ、ココハ。ありがとう。私もまだ勇気を出せなくて、一歩を踏み出すのはとても怖いけど、頑張ってみる」

「…うん、一緒に」

「ええ。みんなも、ありがとう」


 何とか繋がった。本当の意味でマキアさんを仲間に迎えられた。そんな気がした。そう……みんなが思い始めた時、あいつが動き出した。そっぽを向いて今の今まで黙っていたあいつが。


「まてよ」

 全員の視線がジェニオに集まる。


「マキアおめえよお、オレたちに言うことはねーのか?」


 空気がまた重くなる。何がしたいんだよ、こいつは。


「ジェニオ、お前何が言いたいんだよ?」

「うるせえ! 今大事な話してんだから黙ってろよ!!」

「黙ってるわけないだろ、なんでいちいちお前は空気を悪くするようなことをするんだよ」

「あ? 空気が読めねえってか?」

「違うのかよ?」

「おめえがそう思うならそうなんじゃねーの? どうでもいいけどな!!」


 なんなんだよイライラする。こいつに対してこんな気持ちになるのは久々だ。でも、やっぱりこいつはこういうやつだ。俺と相性が悪い。どうしても相容れない存在なんだよな。


「オレはな、許せねーんだよ。人として当然のことができてねーんだよ。分かるか? お前の事情とかはかんけーねえ。気の毒だとは思うけどな。お前らの仲良しごっこも好きにやれよって感じだわ。でもな、オレたちのパーティーに入るんならそこんとこはちゃんとしろよ」

「ジェニオ、あんたの言い方は回りくどい。男ならもっとはっきり言いなさいよ」

 ルミルが煽るとジェニオは舌打ちをして指差した。


「今、何時だと思ってやがる」


 ジェニオが指差した時計塔の針は十時二十分を示していた。


「あ……ごめんなさい、遅刻して」

 マキアは素直に謝罪をした。


「ったくよ、遅えんだよ。オレが我流閃技(セルフトートスキル)を鍛える時間が減っちまったじゃねーか!!」


 は? こいつ……それだけのことでこんな空気を作ったのかよ。信じられないよ。ブレンが「まぁまぁ」と言ってジェニオをなだめ始めた。ルミルもマキアに声をかけていた。とにかく、切り替えていかないと。


「それじゃあ、みんな。出発しようか」


 ジェニオが余計なことをしなければきっと気持ちよく出発できたのにな。本当に空気の読めないやつだよ。バカジェニオ!

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