第30話「回想―壊滅―」
あの人が旅に出てしまってからしばらくして、わたしたちのパーティーはコイマの森の入り口で黒狼と戦うようになりました。小狼とは大きさも強さも桁違いでしたが、森から離れると追っては来ない……ということを利用して、戦っては逃げるを繰り返して少しずつ慣れていくことができました。
それからゆっくりと時間をかけて、奥へ、奥へと進みました。わたしたちには目標があった。あの人が帰って来るまでに一人前と呼ばれるくらいに成長して、あの人と肩を並べて一緒に冒険をすること。その目標を達成するために怖いもの知らずで挑んでいました。
攻守の要でリーダーのカッシュが黒狼をしっかりと抑えて、スティーの弓矢やナジュの魔法で数を減らし、チーノが残りを倒していく。わたしもヒーラーとして、時にはサポーターとして戦いました。わたしたちのパーティーは人数が少なかったし、同期だけで組んだ新人冒険者の集まりでしたが、順調なほどにどんどん奥へと進むことができました。夜になると危険だということは知っていましたが、行って帰ってくるまでの距離を、昨日よりも今日、今日よりも明日は遠くまで行ってみようと意気込んでいました。
そしてある時、わたしたちはとうとう帰れなくなりました。十匹……いや、その倍以上の黒狼に囲まれて、出口とは逆の、森の奥へ奥へと追い込まれていきました。そこで、あの怪物と出会ってしまったのです。
体は赤く、金色のたてがみを持った獅子のようで、尻尾は蠍のようでした。足がとても速くナジュが尻尾の先の毒針に刺されて動けなくなりました。カッシュが防御で動きを止めようとしましたが、それを飛び越えてきてスティーの頭を噛みちぎりました。
わたしはチーノに連れられて逃げました。仲間たちを犠牲にして。途中でカッシュの叫び声が響いてきた時には、わたしはもう走れなくなっていました。チーノはわたしを岩陰に隠すと「明るくなったら一人で逃げろ」と言って戻って行きました。彼は囮になってあの怪物を引き離してくれようとしたんだと思います。わたしは恐怖で動けませんでした。
気がつくと辺りは明るくなっていました。わたしはチーノの残した言葉通りに逃げようと思いました。でも、足が震えて動かなかった。それでも何とか岩陰から抜け出すことはできました。しかし、不幸なことにちょうどそこに黒狼たちが現れたのです。
わたしは死を覚悟しました。仲間を犠牲に生き残ることは許されないのだと。未熟な新人冒険者だけで森に入るべきではなかった。誰か引き止めてくれるような存在に頼るべきだったのだと。あの人の顔が最後に脳裏をよぎりました。約束を守れなくなったこと、もう二度と会えないこと、彼をまた一人ぼっちにしてしまうことに涙が溢れてきました。
黒狼が静かに迫ってきます。わたしは目を瞑り、運命を受け入れる覚悟をしました。しかし、黒狼たちの悲鳴が聞こえて、わたしはそっと目を開きました。そこには長い剣と大きな盾を持ち、白い鎧を着た金髪の男性が立っていました。
「大丈夫かい?」
そう声をかけられました。
わたしは声を出すことができずに放心状態でした。その男性の仲間たちも現れ、わたしは救助されることになりました。正直……安心しました。わたしは生きているのだと。この恐怖から解放されたのだと。でも、思い出したのです。
「仲間が、怪物に……向こうに……いるはずで」
絞り出すように何とか声を出して伝えました。
「君の仲間らしい遺体は見つけた。こちらで埋葬しておいたよ」
その言葉を聞いて、わたしは意識を失いました。
気がついたらここに……アムリス神殿にいました。わたしは助かってしまった。わたし一人だけが。嘆き悲しみたかった。でも、もう涙は出てこなかった。わたしはなんて薄情な人間なんだと思った。仲間に助けられ、犠牲にして、一人だけ生き残って、彼らに対して涙も流せないなんて。最低だ。わたしも死んでしまいたい。そうやって自分を責めていないと正気を保っていられないと思った。
「気がついたかい?」
ノックもせずに部屋に入って来てそう言ったのは、わたしを助けてくれた騎士の男性でした。
「僕はノスマート、神殿を守護する騎士団の一員さ」
そう名乗っていた。
「君は神殿所属の冒険者だったので、ここへ運ばせてもらったよ。ああ、紋様は仲間に確認させたよ。もちろん女性だから安心して? 僕は紳士的な男だからね」
「…………」
わたしは頭を下げた。でも、言葉は出てこなかった。
「君の左肩の紋様はまだ青かったらしいが、魔獣と遭遇して生き残ったんだ。十分に資格はあると思ったので、神殿預かりにしても問題ないだろうと進言しておいてあげたよ」
「魔獣……?」
「ああ、魔獣マンティコア。君たちのパーティーを壊滅させた怪物の名前だよ。コイマの森の奥地に生息していると言われていたが、事実だったみたいだね」
マンティコア。ナジュを、スティーを、カッシュを、チーノを殺した……魔獣。
「冒険者たちに指令ではなく、依頼という形で討伐を任せることになるそうだよ。まぁ挑む者がいるのなら……だけどね」
「あなたは……?」
「僕? ありえないね。僕たち神殿預かりの者は簡単に命を散らすことは許されない。神殿の指令以外では戦闘することを許可されていないのさ」
「それなら、どうしてあの時」
「君を助けた時のことかい? あれは指令でイルボング山へ行っていたのさ。少々手間取ってしまってね、地形の関係もあってユトの丘よりもコイマの森を抜けた方が早かっただけさ。その通り道に君がいた。見つけてしまったからには放ってはおけないだろう? 襲われているのが男だったら、見て見ぬふりをしたかもしれないけどね」
本当にただの偶然。そんな偶然にわたしは助けられたんだ。みんなは死んでしまったのに。どうしてもっと早く来てくれなかったのか。そんな八つ当たりができるわけもなく、わたしは黙って聞いているしかなかった。
「仲間の仇を取りたいかい? でも、それはもう無理だ。君はその紋様が赤く染まるまでこの神殿に匿われていればいい。もう何もする必要はないのさ」
「そんなのは、死んでるのと同じ」
「もう勝手に死ぬことも許されないよ? 自害を試みようものなら地下の牢に鎖で繋がれ、舌を噛み切れないように器具で固定されることになるかもね」
「…………」
「ふふふ、怖いかい? 冗談さ」
「あなたは神殿の人間なの?」
「違うよ。僕も君と同じさ。ほらここに、紋様だってある」
彼は袖を捲って右手首に浮かんだ紋様をわたしに見せた。
それは赤く染まっていた。この人もわたしたちと同じで記憶を消去された志願冒険者なんだ。
「……分かりました。仇を取ろうとも、自害しようとも思いません。ここで大人しくしています」
「ふふ、いい子だね。しばらくしたら紋様は赤く染まるだろう。その時、君は僕に感謝することになるよ」
何も答えなかった。わたしには笑うことも泣くことも、もう許されないのだと……そう思ったから。




