第29話「仲間として」
「それからいろいろと旅をして回ったよ。港町から船に乗って他の大陸にも渡った。まぁその話は今はいいかな。そして、おれは約束を果たす為にまたこの街に帰ってきた」
ナナトが自分の過去とマキアとの思い出を話してくれた。あたしたちはそれを黙って聞いていた。内容はまぁこの男が特殊なだけであって、恋愛話としてはよくあるようなもの……だと思うけど。
「後のことはレイトやココハちゃんが知ってるかな。二人と出会って、みんなとも出会った。そして、ヒーラーの加入を勧めてみたら、それがマキアだった。おれの知っている彼女ではなかったけどね」
寂しそうな目をして話し終えた彼はため息を吐いていた。
「話の中では、あたしたちが知っているマキアでもなかったわね」
「そうだろうね。あの子はいつも笑顔で、楽しそうに生きていた……はずだったから」
「何かあったってことですかね? ナナトさんが旅に出ている間に」
レイトが分かりきったことを聞く。
「そう思うよ」
「他の仲間はどーしたんだ?」
ジェニオがわりとまともなことを聞いた。
「分からない。街で見かけたことはないし、マキアと同じように神殿にいるのか……それとも」
「マキアの様子といい、神殿のやつらに何かされているって可能性はないの? 記憶を消去するくらいのやつらだし」
「神殿のことについては君たちの方が詳しいんじゃないかな? というよりも、神殿に所属していない人間には何も知りようがないっていうのが正しいかな」
「た、確かめに……行ってみますか?」
ブレンがみんなの顔色を伺いながら言った。
「確かめようがないんじゃない? 神殿の人間があたしたちに話すと思う?」
「そ、それは……」
「ヤルミさんならどうかな? 俺たちにマキアさんを紹介してくれたのもあの人だし」
レイトはあの司祭、ヤルミって女をだいぶ信用しているような気がするわね。あたしも神殿の中ではまともな方だと思ってるけど……でも、やっぱりダメ。だって、マキアの命とあたしたちの命を比べるような人間だし。神殿のルールだか知らないけど、神に仕える人間が命を平等に扱わないのはどうなのよ? 気にくわない。
「…でも、神殿だと……ナナトさんは、通してもらえないと……思う」
ココハの言うことは間違っていない。
ナナトは神殿とは無関係の記憶喪失者。神殿所属のあたしたちでさえ紋様を見せないと通れないのに、マキアの知り合いだからって理由で通されるとは到底考えられないもの。
「おれは……知るべきなのか悩んでる。マキアに無理矢理にでも問いただすことはできる。でも、彼女が話したくないのなら」
「だったら、それも含めて本人に聞きましょう?」
そう言うと、みんなの視線があたしに集まった。
「マキアさんが話すと思う?」
「思わない。でも、仲間じゃない? だから、あたしは信じたい」
「いいんじゃねーの? とりあえず聞いてみりゃあ。話したくねーってんなら仕方ねーだろ」
「そ、そう……だね」
「分かった。それじゃあ明日の朝にでも聞いてみようか。ナナトさんはどうしますか?」
「おれは……彼女が話してもいいと言ったなら後で教えてくれるかな? 話したくないと言われたら、聞かないことにするよ」
「それでいいんですか?」
「ああ」
「……分かりました。それじゃあみんな、今日はこれで解散にしよう」
リーシェの酒場を出てみんなと別れた後、あたしとココハと……あとレイトも一緒だけど、風呂屋へと寄った。ココハは街一番の安宿に泊まっているらしいけど、大丈夫なのかしら? マキアもだけど、あたしはこの子のことも心配。魔法のこともあるし。
風呂屋から出ると、そこで二人とは別れて、あたしは自分の宿へと帰った。女性冒険者専用の宿。宿代は正直……安くはないわ。でも、男が立ち入れない空間というだけであたしは安心できる。別にあたしは男嫌いとかそういうのではない。あいつらは自分よりも弱いと判断した相手に容赦をしない。手加減とかそういうことを知らないから、好きにはなれないだけ。
例えば、女の虐めは陰湿で憎たらしく精神的に追い詰めるものだ。もちろんそれも許されることではないけど。男の虐めはもっと直接的。暴力……あたしはそれを絶対に許せない。そのせいであたしの弟は……。だから、あたしは男を敵として見てる。警戒すべき存在でしかないのよ。
冒険者になってから日課になっている矢を作る作業をしながら、失ったはずの記憶、弟の存在を何故思い出せたのかを考えていた。ココハが記憶は上書きされただけで実は残っているのかもしれない……みたいなことを言っていたわね。もしかしたら、あたしにとってどうしても許せないという気持ちが強くて、上書きされても滲み出てきたのかもしれない。そういう風にしか考えつかなかった。
――翌朝、南門の前、八時。あたしたち五人は少し早めに到着してマキアを待っていた。昨日作った矢は、もしかしたら今日は使わないかもしれない。そんな気がしている。
「おはようございます」
マキアがやって来た。いつも通りの無表情で。ナナトの話に出てきた彼女とはまるで違うわ。
「マキアさん、おはよう」
レイトの声色、あたしたちの雰囲気、マキアは何か様子がおかしいことには気づいている。でも、気づいていないフリをしているんだと思った。
「マキア、ちょっといい?」
あたしが聞かないと誰も聞けないでしょうし。
「なんですか?」
「聞いたわ、昔のあなたのこと。ナナトから」
マキアの無表情が崩れた。でも、すぐに冷静さを取り戻そうとする。
「一応言っておくけど、彼を問いただして話をさせたのはあたし。でも、悪いとは思ってないわ。知人の思い出語りを聞いただけ、その登場人物の中にあなたがいただけだもの」
「そう」
マキアは俯いて答えた。
「だから、今度はあなたに聞くわ。ナナトが旅に出てからあたしたちと出会うまで、あなたはどこでどう過ごしていたの?」
マキアは黙ったままで微動だにしない。レイトが前に出て来て話し出す。
「あの、話してくれませんか? マキアさんが何かを抱えていて、俺たちにはそれを解決できないのかもしれないけど、仲間になったんだし知っておきたいんです。もちろん無理にはってことじゃないですけど」
「ダメよレイト。無理にでも話してもらうわ」
「いや、でもそれは……」
「あんた契約のこと忘れたの? あたしたちには知る権利があるはず」
「それは……うん、まぁ」
レイトだって馬鹿じゃないから、あの契約が異常なことだとは理解しているはず。ただ、あたしたちにはヒーラーが必要だった。だからそれについては仕方なかったとは思うわ。でも、相手のことを何も知らないのに命を賭けて守るなんて無理でしょ。
「あなたがナナトに伝えてほしくないのなら黙ってる。あいつはそれでいいと言ってたしね。本当は知りたいくせに。マキアは望んでないかもしれないとか、マキアが話したくないのならとか、自分の記憶も見つけられなかったというのに、あいつの頭の中はあなたのことばっかり。いいの? このままで」
「わたしは……あの人に合わせる顔なんてない。話せない。笑うことも泣くことだって、そんな資格……ないもの」
「なんだよ資格って、そんなもん必要ねーだろ」
「そ、そう……ですよ。ボクたちとは話してくれてるじゃ……ないですか」
「それは……パーティーとして必要なことだから」
「だったらこれも必要なことよ。別にあなたの過去を知ってどうこうしたいわけじゃないの。ただ知っておきたいだけ。仲間のことを知りたいと思うのは間違ってる?」
マキアは何も答えない。逃げ出そうともしない。彼女も戦っている。自分の中の何かと。そう感じた。
「…マキア、さん」
ココハが小さな声で呼びかけた。
「…私は臆病で、弱虫で……泣き虫で。冒険者になってからも、自分一人では何もできなくて……いつもレイトくんに助けてもらって、生きてきました。初めて酒場へ行った時に……酔っぱらいの人に絡まれて、とても怖い思いをしました。もう酒場へは行けない……行きたくないって思いました。そんな時に、ナナトさんと出会ったんです。会ったばかりなのに……ナナトさんは、私のことを全て見抜いていて……君が、レイトくんの足を引っ張ってるんだよ……と言われました。君はそんな自分が嫌で、変わりたいのかもしれないけど……人は簡単には変われない。だから、急いで変わろうとしなくていい……誰かに甘えることも悪いことじゃないと、教えてくれました。それで私は……一歩を踏み出せたんです。ただ、もう一度酒場へ行くだけ……そんな小さな一歩です。でも、私はそれだけで……自分を変えられたと思いました。勇気を出せるようになったんです。レイトくんが、私の手を引いてくれたように……ナナトさんも、きっとマキアさんを支えてくれます。見捨てられるなんてことは……絶対にありません。だから、勇気を出して……一歩だけ踏み出してください。お願いします」
ココハがこんなに長々と話しているのは初めて見たかもしれない。マキアは下唇を噛み、短杖を持った右腕を左手で抱えるようにしてそれを聞いていた。たぶんだけど、ココハの言葉は彼女に響いてると思う。内容とかじゃなくて、気持ちが。マキアの表情を見ればそれは分かる。だって今にも泣き出しそうだもの。
「……ごめんなさい。それでも、私の口からはどうしても言えない」
「あなたが話せないのなら、司祭ヤルミ……あの人に聞くわ。知っているんでしょう?」
マキアはゆっくりと頷いた。
それは司祭ヤルミから事情を聞いてもいいという返事も含まれている……そう捉えることにした。
「彼にも聞かせていいのね?」
「……ええ」
「分かったわ。でも、彼はあなたを放ってはおかないわよ? 近いうちに向き合う日は必ず来るはず」
頷いた彼女を見て、時間はかかりそうだけど大丈夫だと、いつか向き合ってくれる日は来ると思えた。あとはナナト次第ね。悔しいけど……助けてあげられるとしたらあいつしかいないでしょうし。
「……ごめんなさい。今日は、帰らせてください」
マキアがそう言うと「分かりました」とレイトが答えた。マキアは年下のあたしたちに向かって深く頭を下げ、そのまま背を向けて去って行った。
「なんかあれだな、あれ」
「なんだよあれって?」
「分からねえよ」
「なんだよそれ」
ジェニオとレイトの意味不明な会話を聞きながら、あたしたちの今日の仕事は中止となった。
――街の北東の高台にある、旅から帰って来てもそのまま自分の部屋として利用しているという貸宿を探して、ナナトを呼びに行った。マキアのことを話しても「そうか」と一言で済ませた彼は、まるで何かを察しているかのようだったわ。
アムリス神殿へ向かうと入り口の門の前で司祭ヤルミが待っていた。マキアから事情を聞いて「神殿に所属しない者も来るだろうということだったので」とここで待っていたのだという。
「わたくしも、当時の彼女の証言でしか顛末を存じ上げませんが……よろしいでしょうか?」
「いいわ。聞かせて?」
「分かりました。では、彼女の言葉としてお聞きください」




