第27話「回想―出会い―」
おれの記憶にある最も古いもの。それは宿のベッドで目を覚ました瞬間からだ。それまで何をして生きて来たのかは知らない。また今日という日がが始まったんだと思った。部屋のテーブルには銀貨十枚が入った皮袋が置いてあり、それ以外に私物のようなものは何もなかった。
窓の外を見ると快晴だった。なんとなく、今日が晴れであることは知っていたような気がした。視線を落とすと北門の前に若い冒険者たちの姿が見えた。それを確認すると、おれは玄関へと向かい、そこに立て掛けられていた刀を持って外へと出た。
街の北西にある少し高台になっている場所に宿はあった。階段を降りて行くと北門が見えたのでそこで立ち止まった。先ほど窓から見えていた若い冒険者たちがそこにはいた。きっと待ち合わせでもしているのだろう。おれは一呼吸してから足を前に踏み出そうとした。
肩に衝撃が走って何かに……いや、誰かにぶつかったんだと思った。その女の子は少しふらついていたがすぐに体勢を立て直した。
「ごめんなさい!」
彼女はそう言って頭を下げた。
でも、急に動き出したのはおれの方なんだよなと思った。
「こちらこそ、ごめんね。怪我しなかった?」
おれはそこで初めて彼女の姿を見た。
その女の子は白と青の神官服を着ていて、薄い青色の長い髪を頭の後ろでまとめていた。ポニーテールというやつだ。一目で冒険者なのだろうことは分かった。これが、おれと彼女の出会いだ。
「はい! わたしは、大丈夫です!」
彼女はそう言って、両手で握り拳を作り顔の前で構えてみせた。その仕草がとても可愛かったのを覚えている。
「良かった」
おれはそう返事をして笑って見せると、彼女も首を少しだけ傾け笑顔を見せてくれた。
でも、すぐに彼女は待ち合わせしていることを思い出したのか、北門の前で待っている仲間たちの元へと慌てるように駆けて行ってしまった。
「おはよう、みんな!」
彼女の声が聞こえる。
「おっはー! マキア!」
魔法帽を被った女の子が返事をすると「おう」と剣と盾を持った男の子が手を上げ「おはよー!」と弓を担いだ男の子が元気よく挨拶をし「ああ」と腰に短剣を差した男の子が頷いていた。そのパーティーは五人組だった。
しばらく雑談をしたり仲良くしている姿をおれはボーッと眺めていた。彼女たちが仕事に出発してしまうまで。
――それから数日後の夕暮れ時。おれは食事をしようと宿を出て階段を降りていた。先日と同じ場所に彼女が彼らと共にいた。
「あ! こんばんは!」
彼女、確か……マキアと呼ばれていた女の子はおれの姿を見るとすぐに挨拶をしてきた。
弓を担いでいる仲間の男の子も釣られて「こんばんは!」と挨拶をしてきたが、おれのことを知らなかったのだろう「って誰? マキアの知り合い?」と言っていた。
「えっと、知り合いというわけではないんだけど……」
マキアはそう返事をしていた。
彼女とおれは知り合いではなかった。まぁそうだろうとは思っていたが少し残念な気持ちになったことは覚えている。
「この間はぶつかってしまって、すみませんでした!」
「いや、おれもボーッとしてたし、ごめんね?」
以前と同じようなやり取りを繰り返していることに気がついて、おれと彼女は二人して思わず笑ってしまった。
「えーと、冒険者の人?」
剣と盾を持った男の子が問いかけてきた。
おれが返事に困っていると、腰に短剣を差した男の子が「あんまり見かけない人だな」と言った。
「おれは……自分が冒険者なのかどうかは分からないんだ。記憶がないからさ」
そう、おれは記憶喪失だった。そんな冗談みたいなことを言ったおれを、彼らは特に驚いた様子もなく見ていた。もちろん冗談ではないのだが。
「なになに? もしかして、うちらの先輩さん?」
魔法帽を被った女の子がそう言った。だけど、おれにはその意味も分からなかった。
「君たちはおれのことを知っているのか?」
「いや、知らないっすね。記憶がないみたいなんで、神殿に所属している冒険者なのかなって思っただけですね」
剣と盾を持った男の子が説明してくれた。
「神殿……?」
「アムリス神殿っすよ、この街の南東にある」
「……知らないな」
どうやらおれは彼らの先輩ではないみたいだった。
「君たちも記憶喪失?」
「いえ、わたしたちは記憶喪失ではなくて……消去されたんです」
神官服の女の子、マキアがそう言った。消去されたとはどういうことなのか、それもおれには分からなかった。
「もしかして、深く聞いたらまずい話かな?」
「大丈夫ですよ? とはいっても、わたしたちも知っていることはあまり多くなくて」
「そうなんだ」
「あ、そうだ! 自己紹介……まだしていませんでしたね!」
思い出したように彼女はそう言い、一人ずつ順番に紹介してくれた。
「この人はリーダーで騎士のカッシュ」
「どうも」
剣と盾を持った、装備を見る限りではディフェンダーであり、アタッカーも兼任しているというのは後から知った。体格も良いし仲間からは頼りにされていたよ。
「その隣が弓使いのスティー」
「よろしくー!」
小型の弓を担いでいるその子は、どこか子供っぽく、人懐っこい感じがする小柄な男の子だ。
「盗賊のチーノ」
腰に短剣を差した男の子が無言で会釈をした。彼はそこそこ無口で、少し頼りなさそうな感じはしてたけど、目つきは盗賊らしく鋭かった。
「彼女は陽炎術士のナジュ」
「よーろしくねー!」
魔法帽を被ったその女の子は、明るく元気で、パーティーのムードメーカーだ。
「そして、わたしはマキア。神官です」
一歩前へと踏み出し、右手を胸の上に添えながら言った。マキアは仲間想いで一生懸命で、一度会っただけのおれを覚えていてくれるような、優しい女の子だ。
「ああ、よろしくね」
みんなの顔をそれぞれ見て名前を覚える努力をした。
「えっと……お名前とかは覚えていませんか?」
「え、あーおれの? ごめん。分からない」
「仲間とか知り合いとか、そういう人はいないんすか?」
カッシュにも問われた。
「どうだろう。それも覚えていない。この前、マキアちゃんと会った日がおれの中にある一番古い記憶かな」
「ちゃ、ちゃん付けはやめてください!」
怒らせてしまった……と思ったが、照れている彼女を見て子供扱いされたくないんだろうなと思った。
「名前がないとさー、何て呼べばいいのか困っちゃうよねー?」
スティーはおれの顔をじっと眺めると「お兄さんとかでもいい?」と聞いてきた。
おれが答えずにいると「名無しさんとでも呼んじゃう?」とナジュが言った。
「もう! 適当に呼んだら失礼だよ!」
マキアが注意をしてくれた。
「だったらマキアが考えろよ。 最初に会ったのもマキアなんだからな」
カッシュがそう言うと、マキアは困ったような顔をしておれの方を向いた。
「それじゃあ……ナナト、さん?」
「……名無しに引っ張られたな」
チーノがボソッと言った。
「仕方ないでしょ! 突然だったんだから!」
「それなら名無しさんでも同じじゃない?」
「いやいや、お兄さんだよー!」
「えっと、候補はこれだけなんすけど……どれがいいっすか? もちろん、選ばなくてもいいんすけど」
選ぶといっても、選択肢なんてないだろ……と思った。
「それなら、ナナトでいいよ。名前っぽいのはこれだけだしね」
マキアと目が合った。彼女は照れたように笑っていた。
――ゴーン……ゴーン……と時計塔の鐘が鳴り始めた。どうやらだいぶ話し込んでいたみたいだ。
「ごめんね、ちょっと長話し過ぎたみたいだ」
彼らは冒険者として朝から仕事に行っていたはずだ。疲れているだろうし、帰らせるべきだ。簡単に挨拶を済ませると彼らは背を向けて歩き出した。マキアが一人だけまだ残っていて、じっとおれの目を見ていた。
「今日は声をかけてくれてありがとう。ずっと一人だったからさ、誰かと会話ができたのは嬉しかったよ」
そう伝えると、彼女はニコッと笑みを浮かべて「はい!」と言ってくれた。軽く頭を下げてから仲間たちを追いかけていく彼女を、姿が見えなくなるまでおれはずっと眺めていた。




