第23話「神殿との契約」
アムリス神殿……俺がここを出発し冒険者になってから、半月は過ぎただろうか。階段を登り入り口の前まで行くと、赤い十字の紋様が刻まれた銀色の鎧を着た衛兵に止められた。
「お前たちは神殿所属の冒険者か?」
「はい」
「ならば、その証を見せよ」
証……? ああ、紋様のことか。俺は首の後ろにある紋様を見せた。
「よし、お前は……頬にあるな。他の者は?」
「す、すみません。ボクはどこにあるのか……まだ確認してなくて」
「見せられないなら、立ち入りは許可できない」
「は? ふざけないでよ。神殿にはあたしたちがいたっていう証拠はあるでしょ?」
「そういう規則だ。紋様を見せろ」
「嫌よ」
「そっちの女は?」
「…わ、私は」
ココハはお腹を押さえた。
もしかしたら、そこに? でも、ココハはローブを着ている。上下に繋ぎ目などはない。お腹を見せるということは、つまり足元から捲り上げないと不可能だろう。
「どうした、見せろ」
「ココハ、見せなくていいわよ」
「ならば、神殿に入れるのは二人だけだ。残りはここで待て」
そう言われて俺は少しムッとした。
「なんだよそれ。この子の格好を見れば見せられないってことぐらい分かるだろ?」
「関係ない。規則だと言っただろう」
「もういいだろ、オレらだけでいこーぜ?」
「……何を、騒いでいるのですか?」
揉めていると神殿の中から女の人の声がした。赤い色で十字の刺繍が入った黒いローブを着ており、緑色の髪に眼鏡をかけている二十代前半くらいの女性。
「これは司祭様。この冒険者たちが、証を見せずに神殿へと足を踏み入れようとしていたものですので」
その女性が俺たちを確認すると、少しだけ驚いた顔をした。
「あら、みなさん。お久しぶりですね?」
「……ヤルミさん」
その人は礼拝堂のような部屋で俺たちにこの街と周辺地域について、それと、この世界の歴史についても教えてくれた人だった。
「わたくしのこと、覚えていていただけたのですね。とても嬉しいです」
「ここの衛兵は最悪ね、あたしたちは二度と神殿へは入れないところだったわ」
「あら、何かありましたか?」
「中に入りたければ、服を脱いで裸になれ……そう言ったのよ」
「本当……ですか?」
ヤルミさんは振り返って衛兵に確認をした。
「いえ、自分は証を見せろと申しただけでございまして」
「同じことでしょ? あたしの紋様は裸にならないと見えない場所にあるんだから」
裸にならないと見えない場所……? やばい、変に意識してしまいそうになる。いったいどこにあるのだろうか。気にはなる。絶対に聞けないけど。
「えっと、ルミルさん……でしたね。申し訳ございません。証を見せるのは規則だと言ってはあるのですが、この者はモラルに欠けておりました。わたくしから謝罪をさせてください」
「別に……あなたに謝ってほしいわけじゃないわ」
「そうですか。では、わたくしが保証いたしますので、どうか中へ入られてください」
「あ、いえ……もういいんです」
「あら、何かご用があったのではありませんか?」
「はい。俺たちの用があったのは……ヤルミさん、あなたですから」
彼女はまた少し驚いたような表情を見せたが、話を聞いてくれることになった。他の人の通行の邪魔にならないようにと門の隅の方までみんなで移動した。
「それで、お話とはなんでしょう?」
「はい。実は、ここにいるメンバーでパーティーを組んだんですが」
「あら、同期で組まれることにしたのですね?」
「はい。それで、狩りにも行ってみたんですけど、ブレンが怪我をしてしまって」
「あらあら」
「アムリス神殿は……所属している冒険者のことは把握してますよね?」
「そうですね。どこにいるのかまで詳しくは分かりませんが、基本的にこの街で滞在することになっておりますので、遠征中でなければ会えると思いますよ」
「ヒーラー……治癒魔法が使える冒険者をご存知ありませんか? 俺たちにはどうしてもヒーラーが必要で」
「なるほど、そういうお話でしたか」
ヤルミさんはしばらく考えていたが、何かを思い出したように再び話を始めた。
「わたくしが知る限り、現在もあなた方のように冒険者として仕事をなさっている中に、そういった方はいらっしゃいませんね」
「そうですか」
ダメだった。ジェニオが言った通り、そんなに上手い話なんてなかったということか。そう誰もが思っていただろう。
「あくまでも、現在も冒険者として働いている者の中には……ですよ?」
「え?」
「一人だけ、心当たりがあります」
「本当ですか!?」
「マジかよ!!」
「や、やった……」
「…来て、良かった」
「そうね」
俺たちは口々に喜びを声に出した。ただ、ヤルミさんの表情は明るいものではなかった。
「ただし、条件として契約を結んで頂く必要があります」
「……契約?」
嫌な予感がする。なんといっても、神殿の人間がすることだ。また記憶を奪われるかもしれないという恐怖が俺たちの脳裏をよぎる。
「はい。彼女はまだ赤い紋様をお持ちにはなっておりませんが、神殿に仮預かりの身となっております」
「それってつまり、ジートさんと同じような扱いということですか?」
「そうですね。騎士団長は赤い紋様をお持ちなので、正式に神殿が護り、神殿を護るために戦う者となっております」
紋様が赤くなると神殿から護ってもらえるようにもなるのか。そして神殿を護ることを仕事とすることで、実質的には何もしなくても生活は保証されているというわけか。
「それで、契約とは?」
「はい。神殿預かりとなった者を、もう一度冒険者として外へ出す場合の条件となっております。その者の命は冒険者のそれとは価値の違うもの……それは神殿の定めたものであり、絶対のものです」
「難しいことはいいわ、分かりやすく言って」
「そうですね……仮に、神殿預りの身の者がその命を散らした場合、どんな理由があろうとも、あなた方の命を持ってそれを償うことになる……ということです」
は? どういうこと? ヒーラーは貸してやるけど、もし死なせてしまったらお前たち全員死刑な……ってこと?
……なんだよそれ。
「オレたちの命に価値はねえってか?」
「そうではありません。あなた方もいずれはその紋様が赤く染まる日が来るはずです。その場合はあなた方も神殿にその身を預けていただけることになりますので」
「で、でも、今のボクたちは……まだ」
「どうなされますか? 契約を結ぶのであれば彼女を紹介させて頂きます。ただ、彼女が参加すると言うかはわたくしには分かりませんが」
「なによそれ」
「彼女の意志が尊重されますので、我々にも強制はできませんよ?」
どうするのが正解なんだろうか。俺はみんなの様子を確認する。不安そうだ。仮にその人を死なせてしまったら、俺たちは神殿によって処分される。要は、自分の命を捨ててでもその人を守りなさいということだろう。もちろん仲間は死なせたくないし、守ろうとするのは当然だ。でも、それを契約という言葉にされることで重みが全然違ってくる。
「レイト、どうするの?」
「……俺個人の気持ちは決まってる。みんながどう思ってるのかが知りたい」
「…私は、レイトくんの……思う通りでいいよ?」
「ボ、ボクも。レイトくんの……判断に任せるよ」
「リーダーはあんただしね」
「別に、誰も死なせたりしねーから問題ねーよ!!」
答えは決まった。
「ヤルミさん、その人を紹介してください。俺たちは………その契約を結びます」
「分かりました」
俺たちは命の契約を結んだ。全員の命は神殿によって握られてしまう。だけど、ヒーラーは必要だ。治癒魔法がなければ仕事も満足にできないし、いつかは誰かが死んでしまうかもしれない。今はとにかく生きること、生き続けることを優先しないといけないんだ。
ヤルミさんは俺たちから明日の集合時間と場所を確認すると「彼女に伝えておきますが、もしも時間までに到着していなかった場合は断られたと思ってください」と言って、神殿の中へと戻っていった。俺たちは体から何かが抜け落ちたような、地に足が着かない状態で階段を降り……アムリス神殿を後にした。




