第22話「青い紋様」
ココハを失いかけた翌日、俺たちは今日も猪狩りへと向かった。最初はあまり大きくはない個体を探して、一戦一戦終わる度に話し合いをする。反省し意見を出し合うと、次を探す。
『こんなにのんびりやってる暇なんかあんのかよ?』
ジェニオはそう言っていたが、昨日の二の舞はごめんだ。入念に準備をして作戦を考えて、安全に、かつ確実に勝てるようにする。遠回りかもしれないけど、俺たちが生き残るためにはそれしかないんだ。
「最初はさ、やっぱりルミルの矢を合図にするのが一番分かりやすいし、隙も作れるから良いと思うんだ」
「そ、そうだね。ボクたちは後ろが見えないし、見てる余裕もないから……手信号よりは助かるかも」
「だな」
「あたしも構わないけど、一ついい?」
「なに?」
「初撃のタイミングも任せてくれない?」
「え、いいけど。俺……また遅かった?」
作戦の指揮にまだ慣れないせいか、みんなには負担をかけているんだろうな。でも、ルミルは「そうじゃないわ」と首を横に振った。
「初撃って弓にとっては最大のチャンスでしょ? もっと集中して射ちたいのよ」
「あーなるほど。うん、分かった。俺たちはなるべく、ルミルが射つ前に準備を終えているようにするよ」
「助かるわ。あたしも後ろから見てるし、先走らないようにするから」
「うん。それじゃあ戦闘が始まったら、ブレンはすぐに前に出て防御、ジェニオは右側面から、俺は左側面から脚を狙う。ルミルは猪の進行方向を予測したら、ココハを連れて次の狙撃地点に移動。これでやってみよう」
「うっし! 本番いくか!!」
――シシノ平原を南に少し進む。昨日と同じ狩場まで来ると、大きめの猪たちが悠々と闊歩していた。乱戦になりそうな相手は避け、周囲に他の個体がいない相手を選んでいく。
「み、見つけたよ。昨日と同じくらいの……大きさかな?」
「慎重にやろう」
「バッカ! 慎重さも大事だけどな、大胆さも必要だぞ?」
「そうね」
ルミルがジェニオの意見に賛同するのは珍しい……ような気がする。まぁでも俺もそう思ってはいるんだよ。
「死なないこと。それが何よりも最優先だから。今日もみんなで無事に帰ってさ、美味しい料理を腹一杯食おうよ」
心を一つにして、全員で頷き合う。
作戦開始。ブレンが猪の正面から近寄っていく。ジェニオは右側から回り込む。俺は左側へと進む。そろそろ、猪に気づかれる距離だ。ルミルの方を確認する。ルミルは既に弓を構えており、上下に張った弦を引き、狙いを定めている。
……いつもより、反ってないか? 溜めが長く、力を込めているのが伝わってくる。猪がブレンに気づいたのか地面に向けていた鼻を前方へと向けた。ヒュンッ……と風の切る音が聞こえる。弓から矢が放たれたようだ。それは瞬く間に猪の胴体へ到達し、皮膚を貫いて肉を抉った。
「おっしゃああああ!!」
ジェニオの叫び声の後、一斉に飛びかかる。ブレンは猪が怯んでいる隙に鼻先で盾を構えて踏ん張る。俺とジェニオは両側から脚を狙う。硬い。皮膚は思ったよりも硬いとジェニオが言っていたが、確かに硬い。剣で斬り裂くことは難しい。それでも猪だって痛くないってことはないはずだ。首を振り、牙を使って攻撃してくる。俺は一旦距離を置く、ジェニオも離れたが長槍での攻撃は続けている。
「ごめん、そろそろ……持たない!」
ブレンが盾を引いて横に避ける。
猪は駆け出すと俺たちから離れた位置で止まった。ゆっくりと振り向き、前脚で地面を数回ほど蹴る動作をしている。 風を切る音と共に、再びルミルの矢が猪を襲う。その隙に俺たちは距離を詰めていく。猪が体勢を整える方が早そうだ。俺は急いで回り込もうとした。
「…レイトくん!」
ココハの声が聞こえた。
俺は立ち止まり、声のした方向を見る。ルミルが矢を射つのが見えた。あのまま進んでいたら射線上に突っ込んでいただろう。ココハの声に助けられた。
二度の矢で動きを止められた猪はブレンによって抑え込まれていた。ジェニオが長槍で脚を突き、薙ぎ払う。猪は既に満身創痍だ。俺も側面からの攻撃を開始する。猪は最後の足掻きとでもいうように、前脚を浮かせ、目の前の盾を踏みつける。
「ぐわっ!」
ブレンが後ろに吹っ飛ばされた。
危険だ。猪がこのまま走りだしたら踏み殺されるかもしれない。俺は視線を上げ、猪の首元に見えた赤黒い管のようなものを剣で斬り上げた。猪は声にならないような声で鳴くと、体を地面に向かって倒していく。
「やった……のか?」
「みてえだな」
俺もジェニオも息が切れて、肩で呼吸をしている。ルミルとココハが駆け寄ってくる。ブレンは右足を引きずるようにして立ち上がった。
「大丈夫?」
「うん、でも……いてて」
「…どこか、痛む?」
「あ、足首を……やっちゃったみたい」
ブレンを休ませている間に、俺とジェニオで簡易荷車を準備して猪を乗せた。昨日は三人で抱えて帰ったけど、さすがに重くて毎日運ぶのは耐えられなかった。そこで今朝、出発前に市場へ寄って猪運搬用の簡易荷車を買ってきた。
「今日はこれで帰ろう」
「ご、ごめんね。怪我なんて……しちゃって」
「謝ることはないよ。一番危険な役回りだし、感謝してるよ……本当に」
帰り道、ココハが一緒に荷車を引いてくれている。
「さっきは、ありがとね」
「…ん?」
「ルミルの矢が飛んでくるって、教えてくれただろ?」
「…あ、うん」
「あのまま走ってたら危なかったし、本当に助かったよ」
「…私、役に立ててた……かな?」
「うん。少なくとも俺はそう思うよ」
「…良かった」
ココハが笑顔を見せてくれる。久しぶりに見た気がした。
「最初の矢、いつもと違ったよな?」
後ろから荷車を押しているジェニオとルミルの話し声が聞こえてきた。
「ああ、あれね。考えてたのよ。初撃は狙いやすいし、少しでも威力が出せないかなって」
「必殺技みてえだったな、かっけーじゃねーか!!」
「あはは、ホント男ってそういうの好きよね?」
「たりめーだろ! 男のロマンだぜ!!」
「必殺技か。名前を付けるなら……襲撃って感じかしら?」
「良いじゃねーか! くっそー! 俺も必殺技とか考えてーなー!!」
「戦闘が始まると余裕がなくて、あんまり使えないけどね」
「まーなんだ。その余裕を作れないのは、前衛のオレたちが不甲斐ねーからだろ」
「あら、あんたでも反省するのね?」
「ああ!? これはあれだ……必殺技に対する敬意なんだよ。おめえに対してじゃねーからな?」
「はいはい」
なんだろう。喧嘩しているようで仲が良さそうというか。例えるなら……なんだろう?
「…姉弟、みたいだね?」
ココハがそう例えてくれた。
そうか、昨日の話。ルミルには弟がいて、ジェニオは次男坊だった。二人の関係は正にそれだなと思った。ルミルがジェニオの扱いが上手いのもなんとなくだけど分かった気がする。
――街に着くと、狩りで得た素材を換金し、持ち帰った猪は夕飯まで料理屋で預かってもらえることになった。ブレンを長椅子に座らせて休ませながら、四人で話をする。
「どーするよ、今日は解散するか?」
「いや、ちょっと待って」
「どうしたの? ブレンの足だと狩りの続きは無理よ?」
「そうじゃなくて、せっかく時間があるからさ……探してみない?」
「何をだよ?」
「…ヒーラー?」
「うん」
そうだ。俺たちにはヒーラーが必要だ。今日みたいなことは狩りをしていたらよくあることだろう。誰かが怪我をしたら仕事ができなくなってしまうような時でも、ヒーラーがいれば治してもらえる。特に傷を負いやすいのはディフェンダーだし、ブレン抜きだと俺たちは猪の前にだって立っていられないんだから。
「探すっつってもなー。ヒーラーなんて貴重な人材。余ってると思うか?」
「いないわね……間違いなく」
分かってはいる。でも、俺には一つだけ可能性のようなものを感じていた。それはココハも気づいているみたいだ。
「…探してくれる人を、探す?」
「そう。ナナトさんが言ってただろ? あれがどうしても気になってて」
「でもな、どういう意味だよ。人探しのプロにでも頼むのかよ?」
「…そういう意味では、ないと……思う」
「ココハ、何か分かるの?」
ルミルがココハの頭を撫でながら質問する。
「…ナナトさんの言葉は不思議で、私は何度も助けてもらったの。だから……昨日の夜に考えていたんだけど」
俺にも分かる。あの人は意味のないことを言わないし、何か確信があって言ったんだと思う。ただ、言い方が謎めいているっていうか……はっきりとした答えはくれないんだよな。
「…たぶんだけど。ナナトさんには心当たりが、あったんだと思うの。でもそれは…ナナトさんには分からないことで。私たちに伝えるには、ああいう風に言うしかなかった……のかなって」
ナナトさんは俺たちが冒険者になる前からこの街にいて、その頃にも俺たちみたいな新人の冒険者にアドバイスをしてたって言ってたっけ。ナナトさん自身も冒険者の女性を探してるって言ってた。ナナトさんはその人を見つけられなかったのに、俺たちには仲間を探してくれる人がいる……みたいな言い方だ。どうしてだろう?
「…ごめんね? あんまり、上手に言えなくて」
「いいのよ。さすがにあれだけじゃ何も分からないわよ」
「オレたちみたいな神殿に所属してる冒険者なんてな、王国ギルドに所属してるやつらと比べて規模が小さすぎんだよ。なんなら王都にでも行ってみっか?」
「……まて、よ?」
「あ?」
「ジェニオ! それだよ、それ」
「あ? どれだよ?」
「ナナトさんは昨日、お前と話してて気づいたんだよ。俺たちが神殿所属の冒険者だってことに」
「どういうこと?」
「ジェニオの頬の紋様だよ。ナナトさんが以前に一緒にいたっていう冒険者も、きっと神殿に所属してたんだ。それで気づいて……」
「待ってよ、話が見えない」
「なんだよ紋様って?」
「お前の顔のそれだよ。俺も首の後ろにあるはず……ほら」
俺は背中を向けて後ろ髪を持ち上げる。そこには同じ紋様が刻まれているはずだ。
「なんだよそれ、オレにもあんのか?」
「知らなかったのかよ……鏡とかで見れば」
「そんなもんねーだろ、高級品だぞ?」
そういえばそうか、俺は冒険者になってから自分の顔を見た覚えがない。水面に映ったり、何かに反射して映り込んだりはしていたかもしれない。でも、意識して覗き込んだことはない。ジェニオが気づかなかったとしても不思議ではないんだ。
「ごめん。それもそうだな」
「レイト、順を追ってちゃんと説明して?」
「分かった」
俺はみんなに話した。まずは紋様について。神殿によって記憶を消された冒険者は必ず体のどこかに青い紋様があって、それが赤く染まった時に一人前と認められ、本当の意味で神殿に所属することができるのだということ。それを修練室で指導をしてくれた、俺たちと同じ記憶消失者の人から聞いたことを。
次に、ナナトさんのことを簡単に説明した。新人の冒険者にアドバイスしたり、世話をしていたことがあったと言っていたこと。自分も人探しをしているのに、俺たちには探してくれる人がいるみたいな発言をしたことを。
「つまり、どーいうことだよ?」
「あたしたち冒険者のことを名前、クラス、武器まで全て把握していて、そこに所属していない人間が踏み入ることを許していない場所……」
「…アムリス神殿?」
「そういうこと。神殿の関係者なら俺たちみたいな神殿所属の冒険者のことを知っているはずだし、その中にヒーラーがいれば、紹介してくれるのかもしれない」
「そんな上手い話なんてあんのかよ?」
「それは……分からないけど、あてもなく探し歩くよりはいいだろ?」
「まーな」
「正直、あそこに戻るのは嫌なんだけど、この際仕方ないわね」
「うん、行ってみよう!」
こうして俺たちはルトナの街の南西端にある、アムリス神殿へと向かうことになった。




