第21話「家族と記憶」
ボクたちはルトナの街へと戻ってきた。もっと話し合わないといけないことはたくさんあるけど、いつまでも倒した猪を放置しておくわけにはいかない。腐らせてしまうと食べられなくなってしまうからだ。
シシノ猪はこの街の名産で、食用としても販売されている。どういうわけか、どれだけ狩ってもその数は減ることがないらしい。シシノ平原はとても広大だけど、放っておくとそのうち一面が猪だらけになったりするのかな? ボクたち冒険者が狩りをする理由はいくつかある。増えすぎた猪が街へ来て被害を出さないようにする為、自らの腕を磨く為、そして、食料として確保する為でもある。
最後に戦った猪は今日一番の大きさで、夕飯の食材にすることとなった。その猪を狩ったのはボクたちではないんだけど。レイトくんとココハさんの知り合いで、ナナトさんという人がボクたちのピンチを救ってくれた。その人は冒険者を名乗ってはいないみたいだけど、ボクたちと同じように狩りをして生活しているみたいだった。パーティーを組まずにたった一人で。しかも、鎧も身に付けず刀一本で……というから凄い。
ナナトさんは経験の差だと言っていたけど、ボクはその差が埋まることはけしてないんじゃないのかと思った。桁違いっていうか……あと何十年あったとしても、あの域には達せないと思う。ナナトさんの戦いを見て、言葉を聞いて、ボクたちは自分たちの未熟さを知った。みんなでちゃんと反省して、話し合って、明日からも狩りを続けていく。そうすることしか今のボクたちにはできない。そして、仕事をする為にはちゃんと食べないといけないんだ。
――連れて帰ることになった猪は重くて一人では持てなかったので、ジェニオくんとレイトくんにも協力してもらい三人で街まで運んだ。シシノ猪を専門にしている料理屋へと持っていき、銅貨十枚で調理してもらった。その破格の安さにレイトくんはすごく驚いていた。調理している所も見学しているみたいだった。安さの秘密は、自分たちが狩りをしたということ、そして、一頭分の牙や毛皮を換金分として差し引いてくれるかららしい。
何種類もの肉料理がテーブルに並べられている。これだけの量を普通に注文すると銅貨三十枚はするはずだ。半額以下でお腹いっぱいになるまで食べられるというのは、新人冒険者のボクたちにとってはとても助かる。でも、猪狩りは稼ぎが少ない。今回は初日だったから余計にそう思っちゃうのかもしれないけど、一人当たり銅貨十枚ほどだった。正確には、ジェニオくんが十四枚、ボクとルミルさんが十枚、レイトくんとココハさんが八枚だった。
『なんでろくに戦ってねえやつと折半されないといけねーんだよ! 少なくとも銅貨十四枚、それ以下はありえねーからな!!』
ジェニオくんの言い分はこうだった。
レイトくんと少し揉めていたけど、ボクとルミルさんが少しずつ出し合うことでその場は収まった。
「あーうめえ! マジで猪様々だな!!」
ジェニオくんが我先にと猪肉にかぶりついた。
「ジェ、ジェニオくんは……よく食べるよね? ボクなんかよりも……ずっと」
「ったりめーよ! 食わねえと戦えねーだろうが!!」
「でもホント、こんなご馳走を毎日食べられるなら悪くないわよね」
「ぶくぶく太って豚にならなきゃいいがな!!」
「は?」
ルミルさんが無表情でジェニオくんを睨んだ。
急に空気が重くなったように感じる。レイトくんとココハさんも冷や冷やしているみたい。
「まーお前の場合、脂肪は全て胸に吸われちまうんだろうけどな!!」
ほんの少しだけ時間が止まったように思う。ジェニオくんはもう酔っているのか気づいておらず、がははと高笑いをしている。
……ドンッ! とテーブルから衝撃音が鳴り、時間が動き出したように感じた。
「は? 今なんか言った?」
ルミルさんの拳がテーブルの上に置かれている。ジェニオくんもようやく気がついたのか、肉を差したままのフォークを握った手が止まっている。それを迎え入れる体勢を整えていた口は開きっぱなしだ。
「わ、悪りい……」
ジェニオくんが素直に謝った。
たぶん本当に怖かったんだと思う。隣にいるボクも怖かったよ。
「ジェニオ、酔いすぎ。口が悪いのはいつものことだけど」
「うるせえよ、レイト」
この空気、なんとかしないと……話題を戻してみようかな?
「と、とにかく、毎日食べられるように……頑張らないとね?」
「まーな。今日のは結局、あのナナトってヤツに持っていかれちまったしな」
「あー、そ、そうだね。ナナトさん……すごい人だったよね」
「すごいよ、あの人は本当に。戦ってるのは俺たちも初めて見たんだけど、すごく頼りになる親戚のお兄さん……みたいな?」
レイトくんは自分のことのように嬉しそうだ。
「レイトってそういう例え方が多いわね? パーティーは家族……だとか、そういうの」
「ああ……それは、前のパーティーでお世話になった人たちが言ってくれたことなんだ」
「へぇー、レイトくんたちは、良いパーティーに……参加してたんだね?」
「うん。このマントも脱退するときにさ、持っていけって渡されたものなんだ」
「良いじゃない。丈夫そうだし、男の子が好きそうな感じはするわね」
「分かる? かなり気に入ってるよ」
そのやり取りを聞いているココハさんもどこか嬉しそうだ。二人が前のパーティーを抜けたというのは聞いたけど、その理由までは知らない。でも、きっとボクたちとは違って円満だったはずだと……そう感じた。
「か、家族……か」
「どうしたーブレンよお、懐郷病かあ?」
「はははは。かもしれないね。ただ……気になって」
「何をだよ?」
「ボ、ボクたちにも、家族はいるはずだよね……本当の」
ボクたちには記憶がない。冒険者になる為に神殿へ志願しに行き、そこで記憶を消去されてしまった。神殿にはボクたちがサインした同意書もあった。記憶がないので、サインをした時のことは覚えていないけど。ボクはどうして冒険者になろうと思ったのかなって、たまに考えてしまう。
「親は当然だけど、兄弟とかもいたのかな?」
レイトくんがそう言うと、何かを思い出そうとしてみんなが天井の方を見上げた。
「…私は、一人っ子だったと……思う。覚えて、ないけど」
「そっか。たぶん俺も同じかな」
レイトくんとココハさんは少しだけ雰囲気が似てる気がする。性格が違うのは当たり前なんだけど、なんていうのかな……感覚が似ているとボクは思う。
「オレには……兄貴がいた……ような気がする。気がするだけだけどな」
「ジェニオは次男って感じだもんな」
「バカにしてんのか?」
「別にしてないだろ」
ジェニオくんはわがまま次男坊っていうのは分かる気がする。さすがに本人には言えないけどね。ボクはわがままに付き合わされるのは慣れている気がするんだ。なんでだろう……ふと、考えてみた。
「ボ、ボクは、妹がいたような気がするかな……なんとなく」
「ブレンは優しそうなお兄ちゃんって感じするよね」
「そ、そうかな……はははは」
「妹、かわいいのかよ?」
「え? 覚えてはいないけど……どうなんだろう?」
「くっそ! なんで覚えてねーんだよ!!」
「仕方がないだろ、記憶がないんだから……ていうかなんでブレンの妹を狙おうとしてるんだよ?」
「いいだろ、別に」
「いいけどさ……いいのか?」
もし本当に妹がいたら、ジェニオくんに紹介したかな? なんとなく、なんとなくだけど……しなかったと思う。それはジェニオくんだからということではないんだけど。なんでだろう。
「ルミルは?」
「あたしは……弟がいた。気のせいじゃなくて、本当に」
「覚えてるの?」
「覚えては……いないわ。でも、確かにいたって思えるの」
「なんだよそれ」
「さあね。でも、あたしにとっては大事な子だった。守ってあげたかった。そういうのが私の中には確信としてあるのよ」
「…もしかしたら、だけど」
ココハさんが何かを思いついたように、静かに話し始めた。
「…私たちの記憶は、消去されたって……言ってたけど、本当は消えてない……とか?」
「どういうことだよ?」
「…うまく、言えないんだけど……真っ白な記憶を、上書きされたような……感じ」
「つまり、消去されたんじゃなくて、空っぽの記憶に差し替えられた?」
「も、もしそうなら、ふとした拍子に……記憶が蘇るかもしれない、とか?」
「マジかよ」
「…分からない。でも、ルミルの話を聞いてたら……そう思ったの」
あくまでも推測の話だけど、ボクたちはほんの少しだけ安堵した。記憶が戻るかもしれないというのは希望になる。思い出すことは一生ないのかもしれないけど、ただ、その日を生きていくのが精一杯のボクたちには、その希望はとても嬉しかった。




