第19話「未熟なパーティーの末路」
「ぐうぅぅぅ!」
ブレンが猪の突進を盾で防ぐ。
だが、勢い余って弾かれてしまった。猪はそのまま駆け抜ける。しばらく進んでから停止し、ゆっくりと向きを変える。こちらを向くと、前脚で地面を数回ほど蹴る動作をした。
――午後になってから、大きめの猪に遭遇するようになった。今回のは今までで一番の大きさで、体長は百五十センチほどだ。ブレンでも当たり負けするくらいの突進力。動きを止めないことにはジェニオが攻撃するチャンスも作れない。
「来るぞ! ブレンは正面に移動! ジェニオは転倒狙いで! ルミルは……うわっ!」
矢が風の切る音と共に目の前を走っていき、俺は思わずその場に尻餅を付いた。猪が吠えている。どうやら矢は命中したようだ。
「レイト! なにやってんだ!!」
「いや、危ないって!」
ルミルは再び矢を準備する。冗談じゃない。俺は立ち上がり、位置取りを変えようと移動する。ルミルの二射目は猪の左目に刺さった。
「ルミル! 指示を待って!」
「待ってたら狙えないわよ!」
だからって仲間がいてもお構いなしなのはダメだろ。
「行っていいのかよ!?」
ジェニオが攻めるタイミングを確認してくる。ちょっと待ってくれよ。
「おいレイト! どこ行った!!」
「ここにいるよ!」
猪が再び突進してくる。ブレンがそれをなんとか受け止める。
「ジェニオ!」
「おっしゃあああ!!」
脚に向かって長槍を薙ぎ払う。しかし猪は倒れない。
前脚を浮かせて上体を起こすと、ブレンの盾にのしかかるように踏みつける。相当な重量だろう、ブレンは堪らず盾を引いてしまう。その隙に猪はまた走り出した。
「おいおい、どーすんだよ!!」
走って遠ざかる猪をルミルの射った矢が追いかけていく。しかし、届かずに途中で失速してしまう。
「受け止められないなら、狙える位置まで誘導してよ!」
「簡単に言うんじゃねえ!!」
「あーもう! ブレン、もう一回だ! 次はジェニオと俺の二人で攻めるから! ルミルは狙いやすい位置に移動して!」
猪が向きを変える。距離はだいぶ離れている。前脚で地面を蹴る回数が増えている気がした。疲れてるのか? ブレンとジェニオの位置を確認する。今なら回り込めるかもしれない。
猪が駆けて来る。ブレンが腰を降ろして盾を構える。だが、距離がありすぎたのか緩やかに軌道がずれていき、猪はブレンの横を通り過ぎてしまう。
「……え?」
違った。やつの狙いはブレンじゃなかった。地面を蹴る回数が増えていたのは疲れていたからではなく、標的を見定めていただけだ。やつにとって当たり負けしているブレンは敵ではない。だったら誰を狙う? やつに一番ダメージを与えているのは体に刺さっているあの矢だろう。狙いは……彼女だ。
「ルミル! 逃げろ!」
俺の声を聞いて、ルミルは咄嗟に横へ飛び込むように転がった。しかし、その後ろには武器を持たず、魔法も使うことができない術士の女の子がいた。
「ココハ!」
彼女は……棒立ちだった。嘘だろ? 俺は走った。追いつくはずなんてないのに。でも、走らずにはいられない。ココハ……ココハが! 猪はルミルの横を通り過ぎても止まらない。それどころか加速していく。最悪の事態が脳裏をよぎる。ココハの怯える表情が目に映った。
……刹那、ココハの体が視界から消えた。猪の向こう側面から刃が縦に振られるのが見えた。失速していく猪はしばらく進んだ先で倒れて動かなくなった。俺はそれを確認すると走っていた足を止めた。
後ろからブレンが追い付いてくる。ルミルは近くで立ち上がろうとしていた。ジェニオも追いかけていたのか、ココハのすぐそばにいた。助けたのはジェニオか? 違う。あの刃はジェニオの長槍のものではなかった。ココハの前に立っているその人は、猪の血が付着した刀を振ってそれを払うと、そっと鞘に戻した。
「ココハちゃん、大丈夫?」
二十代後半くらいであろうその人は、街で会った時と変わらないような服装だった。鎧もマントもなく、刀を腰に留めている以外は普段着のままだ。まるで散歩にでも来ているみたいな、そんな印象を受ける。
「ナナト……さん?」
俺の声を聞くと、その人はこちらを振り向いた。
「よう、レイト。ちゃんと生きてたな?」
ナナトさんはわざとらしく笑っている。
ココハを救ってくれたのはこの人だ。緊張の糸が切れたのか、ココハがその場に座り込んでしまった。
「ココハ! 大丈夫なの?」
ルミルが心配して駆け寄っていく。俺たちもそれに続いた。
――周囲には猪の姿を確認できない。ココハを休ませながら、俺はナナトさんにこれまでの経緯を簡単に説明して、新しい仲間を紹介した。
「そうか、自分たちでパーティーを組むことにしたのか」
「そうですね、他に思いつく案もなかったので」
「いいんじゃないか? そういうのも珍しくはないし」
ナナトさんはみんなに目をやり、武器や防具などを見ているようだ。
「パーティーのバランスも悪くない。でも、ヒーラーがいないと厳しいだろ?」
「そう……なんですけどね。ヒーラーはどのパーティーからも必要とされるので、やっぱり見つからなくて」
「そうか、大変だな」
「……ちょっといいかよ?」
ジェニオがナナトさんに詰め寄って来る。おいおい、絡むつもりじゃないだろうな?
「どうした?」
「あんた、猪を一振りで倒してたよな? あれはどーなってんだ? あいつらの皮膚は思ったよりも硬えーし、あんなに簡単にくたばるか? なかなかしぶといはずだろ」
「感覚……かな」
「感覚?」
「要は経験だよ。慣れと言ってもいい」
「そんな単純な話か? オレらだってもう二十日は狩ってんだぞ。数にしたって相当なはずだぜ。でもな、あんなにあっさり倒しちまうやつには会ったことねーよ」
「た、確かに。あのサイズの猪は、前にいたパーティーでも……苦労してたね」
ジェニオとブレンは、俺たちと組む前に猪狩りを主な仕事にしているパーティーに入っていた。専門にしているその人たちでも苦労していたのに、こんな軽装……というか普段着みたいな格好で、しかも一人でふらっと現れて一撃で倒してしまう光景を見て、驚いたというよりも……何が起きたのか理解できないって感じだろうか?
「君たちは猪と戦っていたわけじゃない。ただ仕事をこなしていただけなんじゃないか?」
「は? どういうことだよ?」
「ジェニオと言ったね、君はシシノ猪についてどの程度知ってる?」
「そんなのめちゃくちゃ知ってるっつーの。鼻息が荒くて、突進力があって、街の名産品で、食ったらうめえ!!」
……それだけかよ。他にもあるだろ。俺も急には思いつかないけどさ。
「猪の性格、習性、雄と雌の違い、身体能力など……そういうのは分かる?」
「そんなこと知ってどーすんだよ。お友だちにでもなろうってか?」
「そうだな。それは良いと思うけど?」
「ふざけてんのかよ!!」
「おい、ジェニオ!」
さすがに態度が悪すぎる。だけど、ナナトさんは手のひらをこちらに見せて俺を静止した。別に構わない……と。
「君は……レイトとおれ、仮に戦うとしたらどうだ?」
「なに?」
「どっちの方が戦いやすい?」
「そんなもん……レイトだろ」
「何故?」
「初対面のあんたより、戦いの動きを見て知ってるからだ。少しだけだけどな」
「そういうことだろ?」
「ああ!?」
ジェニオは理解できねーわ! って顔をしている。
「おれとレイトは同じ人間だ。それなのに戦いやすさが変わってしまうのは何故か。もちろん、実力の差はあると思うよ。経験値が違うからね。でも、それ以上に相手を知っているのかどうかだ。戦術っていうのはただ剣を振っていれば身に付くものじゃない。相手を知り、己を知ることで組み上げていくものだよ。猪が相手であっても同じこと。何を考えててどう動くのかが分かっていれば、武器なんてなくても仕留めることはできるんだ。例えば、罠を張って誘導したりすればね。そして、自分の力量を見誤りさえしなければ、自然とできることとできないことが分かってくる。あとは経験を積んで、相手の急所も把握してしまえば、さっきみたいなことは誰にだってできるよ」
ジェニオは黙って聞いていた。ジェニオだけではない。俺もブレンも、ルミルとココハも、ナナトさんの言葉に耳を傾けていた。
俺はさっきの戦闘で何を見ていただろうか。猪のことは駆けているのかいないのか程度にしか把握していなかった。あとはずっと仲間たちの動きを目で追っていた気がする。それは、猪よりも仲間の動きを理解していないってことなんじゃないか?
リーダーとして指示を出さないといけないから……というのは言い訳だろう。俺は自分がどう動けばいいのか分からず、仲間がどう動きたいのかも分からず、猪の考えも読みきれずにいた。その結果がさっきのあれだ。俺は知らないんだ。猪のことも、仲間のことも。
「納得してくれたかな? 理解はまぁ……まだできなくてもいいと思うよ。まだ二十日間しか経験がないんだ、これからこれから」
「ナナトさん、その……すみません」
「いいよ。分からないことを知ろうとするのは良いことだって、おれは考えてるから」
俺が謝ったのは、ジェニオの態度についてだったんだけど。ナナトさんは全く気にも留めていないのか、太陽の位置を確認するように空を見上げた。
「さて、おれはそろそろ帰るとするよ」
その言葉を聞くと、ココハが立ち上がってナナトさんに駆け寄って行く。
「…ナナト、さん」
「ん?」
「…ありがとう、ござい……ました」
ココハは深く頭を下げた。
「うん。ココハちゃんが無事で良かったよ」
「…いつも、助けられて……ばかりで」
「おれは気にしてない。むしろ、助けてあげられなかった時の方が嫌だからね」
「…はい」
「仲間もそう思ってるんじゃないかな? 術士は自衛する手段が少ないって知ってるから」
「…はい」
「感謝を返したいなら、君にできることで返していけばいい。術士ならできることはたくさんあるはずだよ?」
「…あ、はい……」
泣きそうな顔で俯いてしまうココハを見て、ナナトさんは首を傾げた。そうだった。さっき経緯を説明した時には省いてしまったから、ナナトさんはココハが魔法を使えないことを知らないんだ。
「ナナトさん!」
俺はココハの事情を話すことにした。
ココハもそれを拒もうとはしなかった。それに、もしかしたらナナトさんならば、精霊術士について何か知っているかもしれない……と思っていたが「初めて聞くクラスだな」という一言で察してしまった。
「精霊術士……か。説明を聞いた感じだと、面白そうだけどな?」
「…面白く、ない……です」
「そっか」
「あんまりココハを悲しませるようなことは言わないで!」
ルミルがココハを後ろから抱きしめながらナナトさんを睨む。
「ごめんね。お詫びに、精霊術士についてはおれも調べておいてあげるよ」
「調べられるの?」
「……分からない」
「なによ、それ」
「それだけ特殊なクラスなんだ。でも、自分たちだけで調べるよりは良いんじゃないかな?」
「それは……確かにそうだけど」
「よし、じゃあそういうことで。狩りの続き、頑張れよ?」
ナナトさんがルトナの街の方へ向かって歩き出した……と思ったら振り返った。
「あ、そうそう。君たちはちゃんとヒーラーを仲間にすること。もし自分たちで探せないのなら、探してくれる人を探すのも手だと思うよ?」
そう言って手を上げると、再び歩き出して行ってしまった。




