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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第2章<シシノ平原編>

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第18話「シシノ平原」

 ――決起集会となった日の二日後。俺はココハと一緒に南門の前でみんなを待っていた。今日からは同期たちと組んだ新しいパーティーで、シシノ平原へ行き(ボアー)狩りをすることになっている。五人中、三人が(ボアー)との戦闘経験がある。


 クテルさんが(ボアー)は食べられるって言ってたし、食費が節約できるなら最低でも宿代と風呂代を稼げばいいだけだ。無茶をしなくてもなんとか生活はできるかもしれない。


「おはよう、早いわね?」

「…ルミル、おはよう」

「おはよう」


 ルミルは俺が修練室で見た小型のものではなく、一メートルほどの大きな弓とたくさんの矢が入った矢筒を持って現れた。弓使い(アーチャー)用の胸当ても装備していた。あれは必要だよな……詳しくは知らないけど、胸を押さえる役割もあるのだろうか? ルミルにとってはあれが無いと射ちづらいだろうし。うん、絶対に聞いたりはできないけどね。


「ココハ、大丈夫? 無理はしなくていいから」

「…うん、ありがとう。でも……大丈夫だから」


 どうして昨日は一日空いてしまったのか。それはやっぱり、ココハの件を知ったジェニオとブレンの気持ちの整理があるからで。とはいえ、ブレンはそういうのに寛容だったのと、ジェニオは最初に騒ぎ立てたものの、意外とすぐに納得してくれたことには驚いた。あいつのことだからもっと罵倒したりしてくるものだと身構えていたが、少し拍子抜けした。


 ジェニオってもしかしたら仲間想い? というかやたらと空回ってるけど空気感を大事にしようとしてる気はする。ノリで生きてるって感じもするけど。まぁ俺には『ぼっち決め込んでろよ』なんて言いやがったけどな。とにかく、ココハのことを知った上で、改めてパーティーを組んでも良いということになった。一応、気持ちの整理と狩りの準備をするということで昨日は休日として過ごした。


「はえーなおめえら、やる気まんまんかよ?」

「み、みんな……おはよう」


 二メートル以上はありそうなとても長い槍を持って、軽量の鎧を着ているジェニオと、重量感のある鎧と兜、ジートさんの使っていた大盾よりも更に巨大な盾を持ったブレンがやって来た。これで全員が集合した。


「よし、じゃあ行こうか」

 俺が先頭で南門を潜る。みんなはそれに付いてくる。


「ったく、仕切ってんじゃねーよ!!」

「レ、レイトくんはリーダーなんだから……仕方ないよ」


 そうだ、俺がこのパーティーのリーダーになってしまった。別に立候補したわけではない。経験値的に俺はルミルを推したかったが『あたしが真っ先にパーティーを離れる可能性があるし』と言われて却下された。


『その時はココハも連れて行くから、この子もなしね。あんたたちの誰かがやって。でも、ジェニオの指示に従うのは嫌だから他の二人ね』

『なんだと、てめえ!!』


 ジェニオはキレていたが『まぁオレは前に出て戦えればいいしな、いちいち戦況とか見ながら指示するのはめんどくせえからパスだわ』と言っていた。


『ボ、ボクもそういうのは……ちょっと苦手かな』


 ブレンの一言でみんなの視線が俺に集まった。特に誰も反対しなかったので、そのまま決定してしまった。消去法かよ。


 門を出るとすぐに平原が広がっていた。それはどこまでも続いているのではないかと思ってしまうほど広大で、景色としても素晴らしい眺めだった。北にある草原とは違って、地面も平坦で歩きやすい。


(ボアー)ってどの辺にいるの?」

「あ、んーとね、街の近くには怖くて……寄ってこないらしいけど、少し離れるとどこにでもいるって……感じかな」

「へぇー、臆病なの?」

「そ、そんなことは……ないかな。戦闘になると鼻息とかすごいから……驚くと思うよ?」

「まぁオレがいればよゆーだっての!!」

「頼りにしてるわ、アタッカーさん」

「おうルミル、任せとけよ!!」


 俺たちのパーティーでの役割分担。ブレンは盾士(ガーディアン)だから、もちろんディフェンダー。真っ直ぐにしか駆けて来ないらしい猪の正面で防御(ガード)をして動きを止める役だ。アタッカーは槍使い(ランサー)のジェニオ。長いリーチを活かして側面から攻撃したり、足払いをして転倒を狙っていく。


 弓使い(アーチャー)のルミルはサポーターとして後方から弓矢で援護。突進力がある猪相手だと正面に立つのは怖いらしいけど。同じくサポーターである剣士(フェンサー)の俺は、役割としてはサブのアタッカーも担当する。基本的にはサポーターでいいかなとは思ってるけど。ジェニオが仕留めきれなかったり、想定外のことが起きた場合には前に出てフォローする。それ以外にも、戦況次第ではリーダーとしてみんなに指示を出さなければならない。


 ココハはルミルの後ろで待機することになった。まだ魔法が使えない彼女が狙われたらどうしようもない。ランデーグさんたちのパーティーにいた頃と同じように、戦場の空気を感じながら精霊との対話方法を探る。何か気づいたことがあれば、また叫んで知らせてくれるだろう。



 ――街を出てから二十分ほど歩いていると、それは姿を現した。体長は一メートルほどで、茶色の毛を丸い胴体に生やし、突き出た鼻とその下には鋭い牙だろうか。脚は短く、とても突進力が出せるような速度で走れるようには見えない。


「シシノ(ボアー)

「レ、レイトくん、鼻が良いから……そろそろ気づかれるかも」

「分かった。よし、みんな、準備しよう」


 俺とココハにとっては初めての(ボアー)狩りだ。慣れた小狼(レッサーウルフ)とは違うけど、大丈夫……油断はしていない。


「作戦通りにブレンは正面、ジェニオは側面から。ルミルの射撃を合図に始める」


 全員が頷いた。周囲に他の(ボアー)の姿は見えない。初戦だし、まずはどんな動きをするのかを見ておきたい。深呼吸をする。手を上げてルミルに合図をした。


 風を切るような音がする。ルミルの射った矢が(ボアー)の背中に突き刺さる。(ボアー)は大きく悲鳴を上げると、こちらに向き直り鼻息を荒げた。ブレンが正面に陣取り、盾を構える。(ボアー)は前脚で地面を数回ほど蹴ってから走り出した。


「速い!」

 思わず声に出してしまった。


 ブレンとの距離が近くて最高速に達することはなかっただろうけど、その速度は小狼(レッサーウルフ)にも負けてはいなかった。


「ぐうぅぅぅ!」

 突進の衝撃でブレンが盾を構えたまま後方に引きずられる。すかさずジェニオが飛び出してくる。


「おらあぁぁぁあ!!」

 (ボアー)の横腹を長槍で突いたが、そんなにダメージはなさそうだ。


 (ボアー)はそのままブレンの盾を押していく。ジェニオは長槍を持ち直すと脚を払うように横へ振った。(ボアー)は見事に転倒する。ジェニオは(ボアー)の胴体や首元を何度も何度も突いていく。そのうち動かなくなった相手を見ると手を止め、大きく息を吐いていた。どうやら終わったようだ。


 俺の出番はなかったけど、それは上手くいったということなので気にはしない。これだと経験値を積めないのではないのかという疑問はあるけどさ。


「二人ともお疲れさま。ルミルも」


 振り返るとルミルは構えていた弓から矢を外した。いつでも援護できるようにしていたのだろう。でも、さっきみたいな接近戦になっちゃうと弓矢は射ちづらいだろうな。下手をすると仲間に刺さってしまうからだ。


「え、えっと、(ボアー)狩りは……こんな感じだよ? 今回のはちょっと……上手くいきすぎたから、あんまり参考には……ならないかもだけど」

「やっぱりそうなんだ。あまりにも簡単そうだったからそうだと思ってた」

「レイト! オレの槍捌き見てたかよ!?」

「ああ、見てたよ。ちょっと感動した」

「だろ?」


 槍捌きの方じゃなくて、お前が連携して戦えてることに……だけどな。まぁ言ってしまうと面倒なことになるだろうから口にはしないけど。


「今回のは小物だったわね、どうする? 持って帰る?」

「あーいや、とりあえず剥ぎ取れるものだけにしよう。もう少し戦ってみたいし、持って帰るのは最後のやつで」


 (ボアー)は食料になる。もちろんそのままでは食べられない。病原菌やら寄生虫やらがいる可能性もある。知識のある仲間がいればその場で調理もできるんだろうけど、俺たちの中にはそういう人はいないから街に持って帰り、専門の料理人に手間賃を払って調理してもらうことになる。


 (ボアー)は重い。ブレンなら一人でも抱えられるかもしれないけど、俺とジェニオは二人で何とか運べるくらいかな。女の子には無理だろう。なにより獣臭が……酷い。



 ――午前中は小物が多かったからか、特に苦戦をすることもなく狩りは安定していた。周囲に(ボアー)がいないことを確認してから、みんなで昼食を摂った。


 俺とココハはいつものサンドイッチ。ブレンは米を三角の形に握った……いわゆる、おにぎりをいくつか。ジェニオも同じくおにぎりだが、それは大きな丸い塊でとても食べにくそうだった。ルミルは小さな器に思い思いに具材を詰めてあるものだ。


「ルミルは弁当? もしかして自分で?」

「そうよ、意外?」

「いや、そんなことはないよ。すごいとは思うけど」

「旨そうだな! 分けてくれよ!!」

「は? 嫌だけど」


 本気で嫌そうな顔をジェニオに向けるルミルを見て、ブレンは「はははは」と笑っていた。


「…でも、美味しそう。私も料理……できたらな」

「ん、ココハも作ってみたい? 教えてあげようか?」

「…いいの?」

「もう少し落ち着いたら、一緒に作りましょう?」

「…うん! あ、でも……このサンドイッチも、美味しいよ?」

「そうなんだ、あたしも今度買ってみようかな?」

「…あ、案内する!」

「本当に? やった、じゃあそれも今度、一緒に行きましょう」

「…うん!」

「なーんか、姉妹みてえだな」

 ジェニオがボソッと言った。


 確かに……でも、悪くない。ココハにとってルミルは同年代で同期で同性で、安心できる存在なんだろうな。二人のやり取りは見ているだけで和む。まるでピクニックに来ているみたいだ。

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