ある日爆弾がみんなを男性にして、私は女の子が好きだったことに気付いた
私の大好きなマヤちゃんは、高い身長とボーイッシュな見た目がすごく素敵な女の子だ。
制服のスカートからのぞくすらりと長い脚は本当に細くて綺麗で、走るとき(彼女はなぜかよく走っている)に躍動感たっぷりに動く様子は、見ていて挟まれたい気持ちでいっぱいになる。
私は、そんな彼女が好きだった。
私にないものをたくさん持った彼女が――同じ性別のはずなのに、まったく別の生き物みたいに見える、素敵すぎる彼女が、好きだった。
でも、ある日、宇宙人が世界に爆弾を落として、私たちは男になってしまった。
私の気持ちは変わらない。
性別なんか関係ない――だって、もともと、同じ女性同士なのに、マヤちゃんのこと好きだったんだから、男同士になったって、気持ちは一緒だ。
一緒なんだ……
そう思ってたのに……
やっぱり私は、女の子のマヤちゃんが好き。
なにもかも手遅れになったあとで、ようやくそのことに気付いた。
◆
「お母さん、どうして人類は男にされちゃったんだろう」
食卓にはトーストが四枚と卵三個ぶんのスクランブルエッグ、それにソーセージが五本もあった。
大量の牛乳をなみなみとコップに注いで飲みながら、野菜のない朝食をもりもりと口に詰めこんでいく。
人類総男性化爆弾が落とされてから一ヶ月、私はまだ男の体になじめないでいた。
この体はとにかくお腹が減って、朝食の量は四倍ぐらいに増えてしまった。
トイレもお風呂もまだ慣れない。
着替えとかでもともと女の子だったみんなの体を見るのもまだまだドキドキするし、逆に、男性に体を見られるのも、まだ慣れない。
「さあねぇ。宇宙人の考えることだから」
お母さんはテレビのニュースを見ながら、つぶやく。
人類総男性化爆弾は、もともと男だった人たちにはなんの影響ももたらさなかった。
でも、女性は一律で『十五歳前後の男性』にされてしまっていて、今ではお母さんがお母さんなんだかお兄ちゃんなんだか、わからない。
「まあでも、いいことよ。うちはパパがいないでしょう? 母子家庭っていうのはとにかくナメられがちだし、女性ならではの苦労もあったけど、男性化したら性別に起因する悩みは綺麗になくなったわ。まあ、『男性化した女性』っていうものに対する偏見はあるけどね。ほら、ニュースでも言ってる」
お母さんは朝のこの時間、よくニュースを見ている。
私はニュースというものを好きになれなくって、テレビから入ってくる音声を聞き流している。
感情のない声で解決しようもない問題を読み上げて、時に怒りをあおるだけあおるような情報しかもたらさないこの情報媒体は、なんだかイヤな気持ちにばかりさせられるのだ。
今だって『男性化女性のもたらす様々な問題!』とかいう話をしているのだけれど、ちょっと耳に入ってくる情報を聞いただけでも、『怒りの声』とか『差別への抵抗』とか、気持ちの暗くなることばかりで、明るい話を一つもしてくれない。
「ねぇママ、私たち、どうなっちゃうんだろう」
「なよなよしないの。男でしょ」
ママは笑った。
私は笑えない。
だって、好きで男になったわけじゃない。
みんな宇宙人のせいなのに、どうしてこれが受け入れられるんだろう?
◆
明るいニュースが舞い込んだのは、お昼休みの学校でだった。
『女性に戻る方法を発見しました』
そんな情報はあっというまに駆け巡って、私とマヤちゃんのところにまでとどいた。
これまで何度か似たような話はあったんだけれど、今度は政府広報のアカウントが発信した情報みたいで、みんな、本当に発見されたんだと興奮していた。
私は、目の前ですごく大きなコッペパンをほおばるマヤちゃんに問いかける。
「どうする?」
もちろん、『女性に戻るかどうか』だ。
私は、男性化した女性は、みんなもとに戻りたいものだと思っていたのだけれど……
周囲の声を聞くと、そうでもないらしいことがわかった。
半分とまでは言わないけれど、それに近い人数が、『男のままでもいいか』って考えてるみたいだった。
私は、もちろん、戻りたい。
マヤちゃんは――
「ボクはいいかな。男でも」
「ダメだよ!」
思わず立ち上がっていた。
マヤちゃんはきょとんとしている。
周囲の人の注目も集まってしまった。
私は、恥ずかしくなって椅子に座りなおしながら、
「……ダメだよ。やっぱり、女の子がいいよ。今は男になってからそんなに経ってないから、『男でもいい』って思うかもしれないけど……絶対、後悔するよ」
「でもさ、一人称も直しちゃったし。それに、ボクは今までも別に女の子っぽくなかったっていうか……そりゃあ、君はふわふわしててカワイイ感じだったから、戻るべきだって思うけどさ。……うん、っていうか、君は戻ってよ。それがいい」
「一緒に戻ろうよ」
「……」
そこでマヤちゃんは押し黙った。
五秒、十秒、十五秒……すごくこわい無言の時間が続く。
二十秒、三十秒。耐えきれなくなった私が、口を開きかけた時――
「放課後、時間ある?」
マヤちゃんは言った。
私は「あるけど……」と答える。
「じゃあ、ちょっと放課後付き合ってよ」
うん、とうなずいた。
そのあとは居心地の悪い沈黙だけがあって、私はお弁当のタコさんウィンナーを滅多刺しにして沈黙に耐えた。
無惨な穴だらけのタコさんは、最後にきちんといただいた。
◆
連れて行かれたのはちょっと高めの珈琲ショップだった。
男になってから空腹を埋めるためにものすごい勢いでお金が消えていて、お財布の中身がこころもとない私は「やめよう」と言った。
でも、マヤちゃんは「おごるから」と言って、私を無理矢理に連れ込んだ。
中はシックな木目調の調度品がたくさんあって、家具にあしらわれている上品な真鍮の輝きがキラキラと視界にまたたく。
ギャルソン姿の店員さんと、メイド服姿の店員さん(もちろん男性)がいて、彼らは落ち着いた雰囲気で私たちが二名であることを確認し、禁煙席に通してくれた。
マヤちゃんは一杯千円もする珈琲を私のぶんまで注文してから、小さな声で話し始める。
「あのね、こんなことを言うと、おかしいって思われるかもしれないんだけどさ……」
歯切れが悪い。
マヤちゃんがこんなに思い悩む様子を見るのは初めてで、私は心配になった。
「どこか悪いの?」
「ああ、いや、その……うん、よし! ……あのね、ボクは……実は、男性化を歓迎してるんだ」
「……え?」
「男になりたかった――って言うと、ちょっと違うんだけど……その、ね。……君と違う性別になりたかったんだ」
「……どうして?」
「好きだから」
「……?」
「君のこと、好きだから」
…………。
………………。
……!?
「え、えええええええええ!?」
また、立ち上がってしまった。
クラシックの流れる静かな店内で私の大声はよく響いた。
周囲のお客さんが迷惑そうに私を見て、私は謝りながら再び席につく。
マヤちゃんは、寂しそうな顔をしていた。
「ごめん、おどろくよね。……今も昔も、同じ性別だし……」
「え、う、うん、おどろく、けど……」
「ふわふわしてて、かわいくって……小動物みたいで……私の……ボクのあとをちょこまかついてきて、よく転んで、よく泣いて――」
「や、やめてよ……」
「そういう君が、好きだったんだ」
「……」
私は真っ赤になってうつむいてしまう。
マヤちゃんはテーブルに身を乗りだした。
「だから私は、男のまま、君を――」
珈琲が運ばれてきた。
私たちはメイド服の男性が珈琲を注いでくれるあいだ、奇妙に言葉を打ち切ったまま、沈黙していた。
珈琲を注ぎ終えたウェイターさんが遠ざかって、マヤちゃんは言う。
「……だから、私は男のままでもいいかなって思ってるんだよ」
私はなんにも言えなくて、黙っていた。
千円もする珈琲の味は、全然わからなかった。
◆
女の子に戻りたい人の募集、最終日が来た。
これはあくまでも『第一回』の募集みたいで、あとにも何度かやるらしい。
でも、私はこれが最後の機会であるかのように悩んでいた。
私とマヤちゃんは両思いだったんだ。
それはとっても嬉しい――でも、私は女の子のマヤちゃんが好きで、男の子になってしまったマヤちゃんには、前みたいな気持ちを感じない。
なんでだろう?
マヤちゃんは変わった。
見た目が男の子らしくなって、背がちょっと伸びた。
一人称を『ボク』に変えた。今はぎこちないけど、きっといつか、なじむんだろう。
マヤちゃんは、変わってない。
ハキハキしてて、元気で、運動が得意で、優しくて、男になっても、綺麗なままだ。
心は変わっていない。
私のことを好きでいてくれる。
私が女の子に戻って、マヤちゃんが男の子のままなら、私たちはきっと、普通に、普通の恋人になれるんだろう。
でも。
……でも。
朝早く、私はマヤちゃんを呼びだした。
幼なじみの私たちがよく遊んだ公園――
ブランコに座って、私は、彼女を待つ。
◆
「女の子に戻ろうよ」
私は言った。
マヤちゃんは寂しそうに笑う。
「それは――その、やっぱり、ダメってことなのかな。ボクと付き合うのは」
「違うよ。私は――女の子のあなたが好きなの」
「……」
「あなたじゃなきゃ、ダメ。でも、男の子でも、ダメ。女の子の、あなたが、好きなんだよ」
「どうして? 女の子同士はやっぱり……ダメだよ」
「どうしてとかじゃないの!」
思わず叫んだ。
私の声は無人の児童公園に響いたけれど――
あたりに、人は、いなかった。
いても、かまわなかった。
「わかんないよ! 私だって、わかんない! でも、ダメなんだから仕方ないじゃない! 女の子のあなたが好きなの! 素敵で、格好よくて、憧れてたの! ……それは、もちろん、普通じゃないかもしれないけど……そんなの、どうだっていいよ。普通かどうかなんて、そんなのじゃ、私は自分を説得できない!」
「……」
「女の子に戻ろうよ。一緒に戻ろう。……手とかつなごう。抱き合ってキスしよう。女の子に戻って、恋人になろう。……それとも、普通じゃないからイヤ?」
「……イヤじゃないよ」
静かな朝の公園でなければ聞き逃しそうな小声だった。
「イヤじゃない。うん、ボクも――私も、イヤじゃない。女の子に戻ろう。二人で戻って――どうしたらいいか、わからないけど。恋人みたいなことを、しよう。どうすれば恋人みたいなのか、探そう」
私たちは見つめ合った。
私は急に照れてしまって、うまくマヤちゃんの顔を見ることができなかった。
でも、マヤちゃんは綺麗な笑顔を浮かべて、私に近付くと、私の手をとって、引き寄せた。
バランスを崩して、かたい胸板に倒れこんでしまう。
見上げたマヤちゃんの顔は、男性化しているのに、綺麗だった。
見惚れていると、どこか薄暗い空に、なにかが見えた。
豆粒みたいな大きさだったそれは、だんだん大きくなってきて――
そして、私たちのすぐ横に着弾して、爆ぜた。
◆
私たちが思いを確かめ合ったあの日――
もう一度爆弾が落ちてきて、世界が女の子だけになってしまった。
私とマヤちゃんは女の子に戻って、手をつないで、映画を見て、甘いものを食べた。
私たちは『恋人みたいなこと』をどうしたらいいか全然知らなくて、だから、ただ遊びたいように遊んで、でも、ちょっとだけ、触れ合っている時間が増えた。
街に出ればそこらじゅうに女性がいる。
彼女たちがもともと男性だった女性なのか、女性だった女性なのかは、わからない。
どうでもよかった。
女の子で、格好いい、憧れのマヤちゃんと手をつないで歩いている。
それだけが大事なことで、それだけ、握りしめていれば幸せに前を向いて生きていけるから。
「世界、滅びるかもね」
マヤちゃんは言う。
私も「そうだね」と彼女の腕に抱きついて言う。
爆弾を落とした宇宙人がなにをしたいのか、私たちにはわからない。
でも――
私たちは、宇宙人のおかげで幸せです。