無人島に宿はねぇ
無人島に宿はねぇ。
私たちは濡れ鼠になって島へ上陸し、点呼、そして実験の趣旨を説明されてからチーム分けを行った。
もちろん、参加者のなかには面接などで顔を見たこともある奴らがいたが、ほとんどは今朝会ったばかりの輩どもだ。全員よそ行きの対応で一応はまとまるわけだが……仮面が剥がれる時の話についてはまた後にしよう。
チームはくじ引き。
男女比は驚くことに男女半々くらいだった。意外にアグレッシブな女史が多いんだろうか。
主催はサバイバル系には女が強いよねぇなんて笑ってたが。
さて本題。
無人島で暮らす際に一番にすべき事は、何か?
①水と食料の確保 食料
②寝床の確保 住居
③環境の確保 安全、快適、利便性
おそらくは、①だろう。食わねば生きていけない。
だが今回の実験に限っては、の話だが、一番に行ったのは②だ。
つまり、寝床や住居の確保。
これは、①が最低限保証されているからだった。
最初にこれはサバイバルではないと書いた通り。今回の趣旨は実験だった。水や食料は最低限用意されていた。と思う。
思う、と曖昧なのは、まるで足りていた覚えがないからだが……。たぶん活動に最低限の量は支給されていたのだろう。たぶん。
まぁ、水や食料については後回し。無人島生活といえば、な食料確保もしたから、あとで語ろう。
まずは住居だ。
無人島なので、もちろんホテルも旅館もない。
主催側はテントを立てており、キャンプみたいだった。
私たちに支給されたのはというと、ビニールシートだ。あの、花見やレジャーで敷いて使う、青いシートだ。大きいやつ。それが二枚。
男女別の寝床を作るべし。それが主催からの指令だ。
ちなみにこの実験。主催から度々指令が言い渡され、それをクリアするとご褒美がもらえる。
支給される水とか食料が豪華になったりするのだ。
先着順とか、達成度とか、いろんな基準で決められるから、私たちは常に気を抜かず指令に取り組んでいた。
なんだか実験動物に対して餌を与えて誘導する成果的動機付けっぽいだろう。実際に実験だからしかたない。
とにかく、宿を立てよとの指令だ。
終わったらトイレも男女別に掘れと。
まずは寝床。
無人島は虫の宝庫だった。蚊、イナゴ、蜘蛛なんかはまだ気持ち悪いで済むが、ムカデなんかもいるらしい。
それらに対策できるような寝床を立てなければいけない。
というわけで、浜に戻って漂流物から資材を確保する。
事前に主催側が現地入りして、資材を集めて保管して置いてくれたらしい。
大量の木の板、竹、浮き玉、ロープなんかが雑多に積まれてるなかから、支柱となる竹を見繕う。
スコップを借りれたので固い、根がはい回る地面に穴を堀り、支柱を立てる。
だが、うちのチームに建築士はいなかった。
説明が難しいのだが、私たちは斜めに立てた柱を2本バッテン交差させロープで固定。それを2つ用意。屋根に竹を通して、床から屋根へビニールシートをかぶせた。
テントみたいな三角形の形にはなった。
だが、ビニールシートは男用に1枚しかない。切るわけにもいかなかったので、結局半オープンのテントになった。
めくって入り込む形だ。それでも直に地面じゃないだけありがたい。ビニールシートの上に虫がいたら目立つからね。
不恰好だが宿は立った。
四時間かかって汗だくだ。
休む暇もなく今度はトイレの用意。
さてまたまた質問。
穴を掘ってトイレを作る場合、仮に男15人分、4日分としよう。
どれくらいの大きさの穴が必要になるか?
①深さ大きさが浴槽くらい
②深さ大きさが車くらい
どちらだと思うか。
答えは、①だった。私たちの場合は。
浴槽くらいの穴を掘るのに数人で四時間かけた。
しかも、これでは足りなかったのである。
ほんと、人間は生きてるだけで糞をたくさん作り出す。それが15人分だ。しかも糞を落とした時に跳ね返らないように深さが必要だった。
苦労して穴を堀り、板を通して足場にした。この不恰好な古式ぼっとん便所、というより肥溜めに落ちたら最悪だろうが、幸いに終了までに落ちた人はいなかった。隠したかもしれないが。
私は思った。
下水機能、水洗トイレという文明の利器は素晴らしい。と。
中世ヨーロッパでは汚物が街に蔓延したという話はさもありなん。戦国時代で籠城する際には汚物から疫病が蔓延するのは当たり前。
異世界文明開化もので水洗トイレがアーティファクト扱いされるのも頷ける。
わかる。いいよね。臭いもないし。清潔だし。
ぜひ実体験していただきたい。庭に穴掘ってトイレは毎回そこで。やってみたら異世界文明開化ものへの見方が深まるだろう。
まじで。ありがたみがわかるから。
と、汚い話はこれくらいで。でも大事だからね。
初日は移動、設営、穴堀りで日が暮れようとしていた。
さすがに男の方が体力はあるのか、元気だった私たちは女性用トイレも頑張って掘った。セクハラかなとも思ったが、そんな細かい事を気にするような輩は、そもそも無人島には来ないらしい。
団結して取り組んだということで、私たちのチームはバナナがもらえた。
ますます実験めいてるなと思っていたが、バナナは甘くておいしかった。
家という住環境は素晴らしい。
そして、水洗トイレも素晴らしい。のだ。
当たり前が当たり前じゃない空間にいると、ありがたみがわかる。
宿とトイレの話はここまで。