第六十五話 静かな冬
冬も近くなり、町は秋から冬へと移行し始めていた。
「ハイカットー!」
あぐりは撮影セットから降りる。ため息をつきながら台本を確認する。
「だから、どうして君が――」
「あぐりちゃん!」
幼馴染役の指原がやって来て、ペットボトルの水を差し出した。
「あぁ……ありがとう、指原くん」
「順調?」
「ううん。ちょっと厳しい」
「問題なさそうだったけど」
「うん。でも、ラストシーンだけ最終日まで持ってきちゃったからね。それくらい悩んでる」
「あー、あの泣くシーン。難しそうだよね」
「指原くんも、さっきのシーン良かったよ」
「本当!? 結構心配だったんだ。違和感ないかなって」
「大丈夫だよ。指原くん才能あるもん」
「ありがとう。……そうだ、連ドラの話聞いてる?」
「あー、次のだっけ?」
「それの主役に、あぐりちゃんが候補に挙がってるんだ」
「うそ!?」
「本当だよ。さっきプロデューサーが見に来てたよ」
「……挨拶しといた方がよかったかな」
「いや、あのプロはそういうの嫌いな人だから。媚び売ってるみたいで嫌なんだって」
「あー、わかるかも」
「すいません、撮影入ります」
スタッフが声をかけると、2人は急いでセットに戻って行った。
チタはアキラの席に座って考え事をしていた。すると隣の席の男性が、
「チタさん、自分の席に戻った方がいいですよ。今日は課長がいるんですから……」
「うーん、でもさ、宮崎さんいないとこう……」
「ここの所ずっと休みですもんね……急にどうしたんでしょうか」
「寒くなると人は鬱っぽくなるからな、まあそういうことだろう!」
チタは立ち上がり、自分のデスクに戻って行った。
定時になり、チタとチコはまた手を繋いで家路を行く。その途中、鉛色の分厚い空から白い結晶がほろりほろりと落ちてきた。
「雪だ……」
チタは雪を手に受け止める。
「綺麗だね、聖女様が散った時みたい」
「あの時は晴れていたよ」
「見て見たかったね」
「……いや、見えなくて良かったかもしれない。見ていたら私は、嘆き悲しみ、怒りの余り何を仕出かしていたかわからない」
「まぁ、それもそうだね」
「……そろそろ帰るか?」
「そうだね、もう随分見送って来た。もう後は大丈夫でしょ」
二人は顔を合わせ、そっと微笑み合った。




