第六十二話 静かなクリスマス
会社のオフィスの中、タイピングの音がよく響いていた。
「宮崎さん」
「はい!」
アキラは急いで立ち上がる。
「あぁ、そんなに慌てないで。お説教じゃないから」
「すいません……」
「これを本社までお願いね」
「わかりました」
「じゃあ宮崎さん、これも」
「これもお願いします」
次々と箱を渡されていく。アキラはコートを羽織ると、ポスターケースと段ボール箱をいくつか抱えてオフィスを出て行った。
「宮崎さん、入社して間もないのによく働くわよねぇ。そう思わない、福田ちゃん?」
「え?」
「はい?」
よく似た顔の二人が振り返った。
「やだ、お兄さんの方じゃなくて」
「もー、紛らわしいんですよ。下の名前で呼んでくださいよ」
「それも嫌よ。福田ちゃんは妹の方、福田くんはお兄さんの方だから」
「でも俺も社長に福田ちゃんって呼ばれてるんですけど」
「面倒くさいわねー」
女性社員はそう言ってその場を離れた。
「私、宮崎さんの補佐行ってきます」
「あっじゃあ俺も本社に物取りに行ってきます!」
双子の福田は走ってアキラを追いかけた。
アキラが荷物を足元に置いて突っ立っているのを発見する。
「宮崎さーん!」
「あっ……えっと……」
「チコです」
「どうもチタですー!」
「手伝いに来てくれたの?」
「はい」
チコとチタが段ボールを分けて持つ。
「2人はよく似ているね。最初の頃は見分けがつかなかったよ」
「ですよね。しかも、お兄ちゃんは女の子っぽいからますます見分けにくいんですよ」
「俺を女の子にしてたのは誰だよ。俺を着せ替え人形にして遊んでたくせに」
「昔の話じゃん!」
本社に行き、荷物を置いて、チタは別の段ボールを持ってやって来る。
「ついでにお昼でも行かない?」
「いいですね!」
「宮崎さん奢ってくださいよ!」
「えっ、それはちょっと……」
「チタ、宮崎さんは入って間もないんだから!」
「んなこと言ったってよ~」
二人で近くの中華料理店に入る。
「宮崎さん何にします? あ、これおすすめですよ」
「へぇ、じゃあこれにしようかな」
「すいませーん、激辛担々麺と酸辣湯麵二つ!」
三人の目の前にラーメンが並べられる。チコは嬉しそうに箸を割ると、真っ赤なラーメンを幸せそうな顔ですすり始めた。
「うわ……匂いだけで目が痛い」
「僕もです……」
二人でめをしぱしぱさせる。
すると店員の一人がに卵を小皿に入れて差し出した。
「これ、店長から。担々麺を嬉しそうに食べてくれてる顔を見たら、嬉しくなってきたってんで」
眼鏡の男性はそっと皿を机に置く。ふと、その顔に見覚えがあった。店員とアキラは指をさし、
「常森さん!」
「宮崎さん!?」
二人は嬉しそうに手を握り合う。
「宮崎さん、知り合いですか?」
「あぁ、同じムショ……」
アキラは急いで口を押える。すると常森が急いで、
「む、昔、お世話になったんですよ! お住まいは今どの辺に? 今度何か持ってきますよ」
「えぇ、いいんですか? この辺なんですけど……」
「あっ、近いですね!」
常森はメモを受け取り、
「今度遊びに行かせてもらいます」
「あぁ、ありがとう」
「良かったですね、宮崎さん。ほら、麺が伸びちゃいますよ!」
チタがそう言い肩を叩くと、アキラは急いでラーメンをすすった。
「すっぱー!」
「あれ、無理でした?」
「何ですかこれ……」
「酸辣湯麵です。美味しいでしょう?」
「美味しいけど……」
「お兄ちゃん、いつもこうやって色んな人に食わせるんですよ。ダメだったら私が食べましょうか? お代わりしたいですし」
「いえ、自分で食べます……」
アキラは涙目でラーメンをすする。
「そんなに酸っぱいかぁ?」
チタは怪訝そうな顔でラーメンを覗く。
「お兄ちゃんの舌がおかしいの!」
「それ言ったらお前だっておかしいだろ」
食べ終わった三人は店を出て、まっすぐ職場に戻る。
「さーてと、午後の仕事も頑張りましょー!」
チコが両手を上げて伸びをする。
「だるー、チョー眠い。帰りたい」
「ほら、今日は帰りにケーキでも買おうよ! クリスマス近いでしょ」
「あー、もうそんな時期か。リア充死ね」
「またそう言う事言ってー!」
「お二人は一緒に暮らしているんですか?」
「双子ですからね」
「家を出る時に一緒に出ちゃおうって事で、毎日仲良く暮らしてますっ」
「いいですね、家に帰って誰かいるの」
「じゃあ宮崎さんの家に住みついちゃおうかな~?」
チタが擦り寄って来る。
「ダメダメ、やめた方がいいですよ宮崎さん。コイツドテチンですから、冷蔵庫すぐ空にするんです。片付けないしだらしないし」
「お前だって風呂上りは全裸で出歩いてるじゃねぇか」
「何でそれをここで言うの!」
チコは怒ってチタの足を思いっきりヒールで踏みつけた。
「バカー!」
チタは涙目で足を押さえる。
「宮崎さんは、クリスマスはどうお過ごしになさるつもりですか?」
「僕は……友人と過ごします。付き合いの長い奴がいて、毎年一緒にいるんです」
「いいですね! 私はもう30年近くコイツと過ごしてます」
チコはチタを指さす。
「コイツって何だよ~」
「もう、昼休み終わっちゃうよ! ほら立って、行くよ!」
チコはチタを引っ張ってオフィスに入って行く。
クリスマスの日。アキラが紙袋を持ってハチ公像前で待っていた。周りは待ち合わせの若いカップルばかりで、40も近い自分がとても浮いて見えた。
「おまたせっ」
視界に華奢な足がやって来た。顔を上げると、フェイクファーの付いた薄いピンクのコートに身を包んだあぐりが笑顔で立っていた。
「ひさしぶり」
「おひさー。ねえ、何でスーツ?」
「いや、これくらいしか持って無くて……」
「えー、服買ってあげたのあるじゃん!」
「そ、それに、折角クリスマスだから、まともな服装がいいかなって……」
アキラは耳を赤く染めて後頭部を撫でた。
「ま、そのおじさんも十分カッコイイよ。早く行こうよ!」
あぐりはアキラの手を引いて歩き出した。予約を入れていたレストランに入る。今まで来たことのない、まず近寄ろうともしない煌びやかでゴージャスなレストランだった。
「な、何か落ち着かないね……」
アキラがそわそわしていると、あぐりはクスリと笑い出し、
「なんか、これからプロポーズする人みたいだね」
「えっ」
「まさかするの?」
「い、いやいや! そんな! そんなわけ……ねぇ」
アキラは肩を落とす。するとあぐりは手を伸ばしてアキラの顎を持ち上げると、
「随分変わったね。髪も切って、髭も剃って、若く見える」
「これでも40になるおじさんだけどね……」
「うん、このおじさんもいいね!」
そう言い、あぐりはスマホのカメラを向けた。
「ねぇ、SNSにアップしていい?」
「えっダメだよ」
「嘘だよ。あぁでも、手元とかならいい?」
「彼氏だとか言わないでね……」
「言わない言わない。親戚のおじさんって事にする」
「親戚の……ねぇ」
こんな自分でも親戚くらいには思っていることに、アキラは少し安心した。
「ねぇねぇ、ここの料理本当に美味しいんだよ!」
「へぇ、どれがおすすめ?」
「これとかねー、あとこれ。あっ、ワイン頼む?」
「1人分でいいよ」
「お酒弱いもんねー」
二人でメニューを覗き込む。そしてスタッフを呼び、いくつか料理を頼んだ。
ワインに口をつけながら会話をする。
「最近どんな?」
「んーとね、良いニュースが1つあってね」
「何?」
あぐりは机に身を低く下げると、小声で、
「……主役決まったんだよ」
「本当に!?」
あぐりは嬉しそうに小声で笑う。
「撮影は来年から。来年の終わりには映画が公開されるかな」
「公開日の一番最初のスクリーンで見るよ」
「空いてるから絶対見れるよ」
「いや、そんな事ないよ。終日満席だよ」
「そんなの、ピ〇サーでさえ無理なのに」
「それ言って大丈夫なの?」
あぐりは嬉しそうに笑う。そこへ料理がやって来てテーブルに並べられる。
「わぁ! すごいすごい」
あぐりは手を叩き、写真を撮る。そしてグラスを持ち、
「メリークリスマス、アキラおじさん」
「め、メリークリスマス、あぐりちゃん」
グラスがチンッと弾けた音を立てる。
あぐりは足をパタパタと揺らして嬉しそうに料理を口に運ぶ。
「すっごい美味しい! シェフ呼びたい。これを作ったのは君かい? とても素晴らしいね! って」
「白黒の洋画にありそうだね」
アキラがそう言うと、あぐりは嬉しそうに笑う。
「前回の作品はあんまりだったからね。まー、結構マイナーな感じだったし、監督もまだ無名だったから」
「ドラマ、DVD買ったよ」
「嘘!? 気持ち悪っ」
アキラの胸に何かが刺さった気がした。
「ごめんごめん、おじさんがそこまでガチファンだったとは思わなくて」
「そりゃ、自分の子供みたいなものだからさ」
「そうだね、おじさんは私の三人目のお父さんみたいなものだもんね」
「お父さん……そうだね」
アキラは肩を落とした。そしてワインに口をつけた時、店の奥の方で拍手が聞こえた。
「なぁに?」
あぐりと二人で店の奥を見る。すると女性が嬉しそうに自分の手を見つめ、男性は小さな箱を手に持っていた。
「あぁ、プロポーズがあったみたいだよ」
「へー、ロマンチック。成功したみたいだね」
するとカップルは熱い口づけをした。
「わお」
あぐりはグラスに残っていたワインを飲み干す。アキラは耳を赤くしてどぎまぎしながら席を座り直す。するとあぐりは悪戯な笑みを浮かべ、
「おじさんは好きな人とかいるの?」
「えっ!?」
思わず大きな声が店内に響き、急いで口を押える。
「い、いないよ……特には」
「お母さん大好きだもんね」
「そう言うあぐりちゃんはそうなんだよ」
「ん? 私はおじさんだよ」
アキラは思いがけない答えに口を開けてあぐりを見つめた。
「なぁにその顔。やめてよ」
「い、いや……予想外の答えで……」
するとあぐりは小さな箱を机に置き、
「プレゼント」
そのサイズにアキラは唾を飲み込む。そしてそっと手を伸ばして箱を開けた。中には瓶が入っていた。
「これ……は……?」
「香水。そろそろ加齢臭がやばいお年頃でしょ? だから、あまり嫌にならない香水選んできた。これ私の好きな匂いなんだ」
「あ、ありがとう……。そうだ、僕も」
アキラは小さい紙袋を差し出す。あぐりは特に躊躇する様子もなく自然に中の物を取り出す。中にはメッセージカードが入っていて、中には一枚のチケットが入っていた。
「これ何? 旅行券?」
「アークィヴンシャラの旅行券。10年待ちの……年に十数名しか入国できない。どうにか予約取れたけど、結構先になっちゃって……」
あぐりは笑いながら、
「本当だ。4年も先じゃん」
だが予約日を見て、そっと目を押さえた。
「ありがとう、おじさん。お母さんにサプライズできるね」
あぐりはそっと首をかしげて微笑んだ。




